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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
Nuages・・・雲のようにふんわりとしています

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明けましておめでとうございます。

明けましておめでとうございます。

正月、当地は穏やかな元旦を迎え、私は朝お雑煮をいただいてから射会に出かけるという幸せな時間を過ごしていました。
二日はのんびり家で過ごし、三日ようやく近所の神社にお参りに伺う呑気な生活。さて、今年はどんな年になるのやら。

昨年は月に一二回しか記事を書かないほとんど休眠状態のブログでした。本を読んだり映画やお芝居の感想を書いたりとごく個人的なブログなのですが、それでも訪れて下さる方がいらっしゃることを思うと申し訳ない気持ちです。
本を読んでないわけでもないのですが、それでもぐっと減ってしまったのは、弓道の生活が非常に濃くなっていたからで去年は節目の年だったようです。今年もそれは続くのですが、もう少しこちらのブログも大切にしますね。

去年、マイクル・コナリーを少しお休みして読んでいたのが夏目漱石の『それから』でした。以前『三四郎』を食べ物を中心に読んでみるという試みをしてとても面白かったので、『それから』でもやってみようと思ったのでした。ところが『三四郎』では汽車の中のお弁当に始まって、神田や小石川あたりの食べ物屋さんが沢山登場しますし福神漬の缶詰なども出てきて興味を惹かれること忙しく文庫本に付箋がいっぱい貼られ鉛筆で印がつけられとしたのですが、『それから』には食べ物の話は皆無なのです。それでも「西洋料理屋にあがった」という記述や、氷水、アイスクリームという言葉を発見します。「金杉橋の袂にある鰻屋」というのもあります。「誠太郎、チョコレートを飲むかい」なんて会話もあります。「葡萄酒の瓶を持ってふってみせた」り「ウェーファーが菓子皿にあった。」りします。「ミルクセークのごとく回転させるために」などという記述もあります。
どうやら『それから』では具体的な場所とお店を登場させるのは控えて一般的な記述に抑えている気がします。明治四十一年の『三四郎』と翌年の『それから』の間に何があったのでしょう。こんな読み解きを楽しむのは少し個人趣味に過ぎるのですが、楽しみというのはあくまでも個人のもので、これをもって文学論を語りたいわけでもありません。
そんな『それから』ですこし肩透かしを喰らってしまったのですが、充電期間を経て『こころ』に進まなくては思っています。

先日、NHKの「100分de名著」という番組で『フランケンシュタイン』を取り上げていました。イギリスの女性小説家メアリー・シェリーの作品です。時代的に女性作家というのが珍しい時代200年前の作品で文学サロンからの誕生という面も持つこの作品の魅力に改めて気づかされたのですが、そこで思い出したのが、パトリシア・ハイスミスです。
女性作家と言えば私の好きなサラ・パレツキーがすぐ浮かび、女探偵 V・I・ウォーショースキーの活躍が思い出されます。少し前にはテリー・ホワイトの『真夜中の相棒』を知り、すっかり酔ってしまいました。今回そういえば『太陽がいっぱい』のパトリシア・ハイスミスは女性ではないかと気が付いて、本棚から出して読み直しているのです。
私の年代では『太陽がいっぱい』はアラン・ドロン主演の映画という決定的作品があるのですが、実は主人公トム・リプリーを主人公にした映画は他にもあります。最近そんな映画の何本かを見た事も私に再読をうながすきっかけになっていたのでしょう。
読み出してみると、とても繊細な描写が続き感心します。今までは映画のイメージが強かったのですが再読ではそんな事もなく楽しめています。

そうゆう近況ですので、今年もゆっくりとしたブログになるかと思いますが、ご訪問くださる方に飽きられないよう続けてゆきますので、よろしくお付き合いのほどお願いいたします。

今年も皆さまにとって良い年になりますよう。
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テーマ : オススメの本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

赤鼻のトナカイ(再録2018)  

お元気ですか?

いよいよクリスマス
先日から私の頭の中では、クリスマスソングが色々流れています

ウインター・ワンダーランド、ホワイト・クリスマス、サンタが街にやって来る・・・
そして、赤鼻のトナカイ

日本語の歌詞ではわからないのですが、このトナカイ、ルドルフって名前なんです。
なんたって、原題は Rudolph the Red-nosed Reindeer

イントロでは他の8頭のトナカイもちゃんと名前を紹介されています。

You know Dasher and Dancer and Prancer and Vixen,
Comet and Cupid And Donner and Blitzen.
But do you recall
The most famous reindeer of all?

Rudolph, the red-nosed reindeer
had a very shiny nose
and if you ever saw it
you would even say it glows.

All of the other reindeer
used to laugh and call him names
they never let poor Rudolph
join in any reindeer games.

Then one foggy Christmas eve
Santa came to say:
"Rudolph with your nose so bright
won't you guide my sleigh tonight?"

Then how the reindeer loved him
as they shouted out with glee (yippee)
"Rudolph, the red-nosed reindeer you'll go down in history."





リズミックバージョンもいいですよ




この素敵なクリスマスのお話は、1938年に通販会社モンゴメリー・ウォードのコピーライターロバート・メイによって書かれました。
ロバートは癌で伏している妻エヴリンと寂しい思いの娘バーバラのために、「人と違っていても、大丈夫。それは素晴らしいことなんだ」と伝えます。

素晴らしいお話なので販促用の小冊子としても使われますが、絵本は600万部を超える大ベストセラーに。
1948年、義理の弟ジョニー・マックスによって歌詞と曲がつけられジーン・オートリーの歌でレコードが200万枚を売り上げてビルボードチャートで1位。
そして、1964年にTV用アニメーションとして作られたのが、ごらんのビデオなんです。

このアニメーション、アーサー・ランキン.Jrという名プロデューサーによるものですが製作は日本の人形アニメーションの草分、持永只仁さん。
1コマづつ人形を動かして撮影する大変な作業を重ね、1年半かかって完成したそうです。

ちょっとうれしいお話ですね。

クリスマス みなさんも、赤鼻のトナカイを歌って暖ったかくなりませんか
私も車の中で、口ずさみながらうきうきしちゃいます

ルドルフ 赤鼻のトナカイ【絵本付きDVD】ルドルフ 赤鼻のトナカイ【絵本付きDVD】
(2008/11/05)
アーサー・ランキン

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テーマ : 今日のつぶやき。
ジャンル : 日記

インスタグラム 2

お元気ですか?

インスタグラムをやるようになって半年がたちました。切っ掛けはNHKのニュースの中で“インスタ映え”という言葉が何回も出てくるので市民権を得たのかなと思ったからで、どんな世界なのか試してみようという軽い気持ちでした。
ちょうど京都に行ったので偶然知った神社の写真からスタートし、どうゆう写真が興味を持たれるのかと私の身近な弓道、食べ物、風景とテーマを探りながら投稿します。
すると、海外の方がご覧になったり、知り合いがインスタグラムをやっているのを知ったりとちょっとした楽しみが生まれました。特にレストラン関係の知り合いの投稿には季節の食材や料理が載っているので、シェフがどんな話をしながら料理を作っているのか想像が膨らんで嬉しくなります。
一方で、同じ知り合いでも閉じているインスタグラムもあります。申請をしてOKを貰わないと見られないものです。人それぞれの利用の仕方がありますのでいいのですが、私の考えとは違うのでそうゆう方のインスタグラムにはお仲間になろうとは考えず、フォロアーになる事はありません。

私はインスタグラムを“ご自由にご覧下さい”というスタンスで投稿しています。タグは写真に連携した言葉ですから本や映画のタイトルと一緒で作品の一部と思いますが、タグを工夫することで見る人を増やしたりしようという気持ちはあまりもっていません。最近キーワードとしてのタグと一緒に短い文を載せる事が出来るのに思い至り、メッセージ性を強める事が出来るのだと分かりました。そんな程度です。
写真だって普通の写真でインスタ映えを狙ってなんてこれっぽっちも考えていません。

数日前、インスタグラムの会社の責任者が来日しビジネス利用の可能性を強化してゆくという発表をしました。
すると突然インスタグラムの中に企業広告が頻繁に出てくるようになりました。化粧品やサプリメント、野菜の宅配などご商売の広告が頻繁ですし、中には医療活動のものもあります。
正直インスタグラムがつまらなくなりました。もちろんこれまでもレストランや個人や小規模なお店の方が商品を載せて宣伝しているケースはありました。でもつつましやかなものです。
SNSの良さ、興味深さは個人の感覚がストレートに発信できるところにあると思っています。個どうしだからお互いに距離をはかりながらも近づいたり繋がったりすることが出来るし、個の多様性、意外性に惹かれ楽しむのだと思っています。

静かな住宅地で自分の家の庭を手入れしながら垣根越しに眺めたり挨拶したりしていた生活が、いきなり巨大なテーマパークが周りに出来たら息苦しくて生活できなくなってしまう。そんな違和感をインスタグラムの広告に感じています。

せっかくインスタグラムにも慣れて、信頼できる方や好きな人の投稿を楽しんだり、「いいね!」を貰って喜んだりしていたのに、なんかつまんない。

ではまた。

テーマ : ひとりごとのようなもの
ジャンル : 日記

子供の頃、全て決まっていた。

お元気ですか?

小学生の頃、学校帰りの道で同級生の女の子が三人、誰かの噂話をしていた。離れて歩いていた私に聞こえてきたその人物評を聞いて私は思った。自分の知らないところで誰かに批評されるのは嫌だな。もし私が誰かの批評を他人としていたら当然私も誰かにその何倍も批評されているんだろうなと。その時から、私は誰かの批評を他人とした事はない。もちろん人間関係の中で人を観察し評価することはある。良い事なら他の人と話しても良いだろうが、そうでないなら口は閉じておこう。
ところが、先日ある人に誰誰さんの事は注意しておいた方がいいよという話をした。これは本当に注意が必要だったのでしたのだが、聞くと他の人からも言われた事があったそうだ。これはこれで仕方の無い事でその人が傷つかないために注意をしたのだが、私は家に帰ってからも気持ち悪さを胸に抱えた。人の事は批評したくない。小学生の頃に心に決めたことを少し曲げた自分が苦しかった。

小学一年生になった春、新学期の二日目に担任の女の先生から注意事項が言い渡された。その中に学校の廊下は走らない、手をつないで歩いてはいけない。というのがあった。休み時間になりトイレから戻った私を先生は教壇の所に呼び、いきなり平手でびんたを喰らわした。何が起こったのか分からなかった私は目を丸くするばかりだったのだが、先生は私が誰かの手を握って廊下を走ったと同級生の男の子から聞いたというのだった。全く身に覚えのない話だ。
小学一年生二日目の私は、先生といえども間違った事をするのだとその瞬間に分った。私はびんたをはられた頬っぺたの痛みよりもその事の方が印象に残った。何故なら私の祖父は教育者で父はその事を誇りに思い事あるごとに私に祖父の話をしてくれていたからだ。父の中で教育者は立派な人格者であった。
更に悪い事に、同級生がざわめく中女の子が「杣人さんはそんな事してません」と言い、嘘の告げ口だったと分かったにも関わらず先生は自分が間違った事を私に謝らなかった。告げ口をした男の子の事も注意しなかった。
これは決定的な出来事だった。私は先生といえども間違いをする。しかも間違った事を謝らず、都合の悪い事に蓋をするのだという事を知った。

それ以来、教育者で人格者であるべき先生と、立場を守り自分の間違いをぬぐう人間が先生と呼ばれている事に辛い思いを抱えている。父の理想を傷つけている気がするからだ。願わくば父と同じように先生は人格者であると信じていたかった。

小学校一年生からそんな経験をしてしまった私は学校の先生を慕ったり尊敬するという事が出来なかった。もちろん立派な先生もいたのだが、それでも一度心に刻み込まれた思いは変わらなかった。
加えて、学校の先生というのは職業上学生を評価しなければならない。私はこれを不幸な事だと思っている。先生という権威を与えられて人を評価するという立場に置かれるのはつらい事だ。先生は沢山の鎧を着せられている。そしていつしかそれに慣れてしまっている。

中学時代、三年間担任を務めて下さった先生は私の事をよく気にかけてくれて、音楽の道にすすむのだろうかとか、先生になると良いのになどと親に話していた。懐かしく思う先生だが早く亡くなって卒業以来会う事もなかった。
そして、その頃将来の事を思い、私は先生と呼ばれる職業にはなりたくないと思うようになっていた。医者も弁護士ももちろん学校の先生もだが、今思うと少し短絡的でもったいない事をしてしまったと思うのだが、まぁそれは人生の笑い話だ。


私がやっている弓道で、私には先生が二人いる。一人は現道場でご一緒している先生で下手な私をいつも見守ってくださって「杣人はコツコツ真面目にやっているんだ」とだけ仰ってくださる。もう一人は私が入門した道場の先生で最初の先生。最近はあまりお会い出来ないのだが、最近古い仲間と会ったら私の事を話題にしてくださっているのを知った。有り難く、また習いに伺いたくなっている。私も一応だが称号をもっているので世間的には先生と呼ばれる身ではあるのだが、そんなのは全く鎧の紐だ。ほどけば裸の身。二人の先生と先生の意味が違う。だから私は弓の仲間にはどうか私を先生と呼ばないでくれとお願いしている。先生と呼ばれる程に恥ずかしくて辛くなるからだ。分かってくれる人は少ないのだが。


最近、国会で大臣の資質を問う質問を野党の議員がしていてニュースにもなっている。国民のために働く国会議員であり大臣であるからそれなりの人格者であったり資質を備えた人間であって欲しいのだが、見ていて苦しい。
先生と呼ばれる人たちが人のあら探しの批評を繰り返しているように思えて、寒々しい。
小学生の時に知った人の批評の虚しさや先生と呼ばれる人の嘘。なんだ国会でもやっているんだと悲しくなってしまう。

ではまた。




テーマ : ひとりごとのようなもの
ジャンル : 日記

『ぼたん雪が舞うとき』

お元気ですか?

劇団青年座の『ぼたん雪が舞うとき』というお芝居をテレビで見ました。2011年3月の東日本大震災の福島第一原発事故により立ち入り禁止区域に取り残された夫婦を描いたお芝居です。
原発事故や原爆をテーマにしたお芝居というのはこれまでもあります。絵本作家、レイモンド・ブリッグズ原作による『風が吹くとき』はアニメーション映画にもなり日本でも多くの人がご覧になっていると思います。しかし今回の『ぼたん雪が舞うとき』というお芝居は作者の高木達氏がご自身福島の実家に帰省していて体験した事をもとに劇を書かれたのだと言います。津波から逃れた高木氏は翌日12日、テレビのテロップで原発から半径20㎞圏内の住民に避難指示が出たのを見ます。「これは逃げなきゃいけない」と思ったそうです。ここで逃げた人と逃げない人とが出てきます。そして20㎞から30㎞圏内の逃げない人には屋内退避という指示が出されます。
冷静に考えれば分かることですが、避難指示が出ているということは放射能の線量が高いということです。第一原発の状況も分からずこれからどうゆう被害が起こるのかも分からない段階で避難しないという判断はありません。災害でも犯罪でも身を守る基本は危険な現場から速やかに離れる事です。
実際原発はメルトダウンを起こしますし救援物資を運ぶトラックや警察、消防などの立ち入りも出来なくなってゆきました。
そうゆう刻一刻と深刻化してゆく被害のなかで、屋内退避を選択した人たちは情報もないまま孤立化していったのです。中には高齢で体が思うように動かなかったり、家族に障害をもつ人がいて避難所へ行くことを遠慮した人もいたでしょう。本人の望まない形で自宅での屋内退避を選択せざるを得なかった人たち、災害弱者と呼ばれる人たちが生まれていたのです。

私たち人間は悲劇の中に喜劇を見ます。劇の中で初老の夫婦は自宅の奥まった部屋に避難をし、換気口を塞ぎます。配給所でもらったインスタントラーメンをお湯が沸かせずそのままかじったり、粉ミルクを舐めてむせたりします。実際にこうゆう事はある話ですし私たちはそれを無知だとか準備不足だとかと非難する事は出来ません。
夫婦は極限の生活をしながらも、家族のアルバムを開いては親への感謝を言葉にしたり、娘が連れてくる初孫に会う事に期待を膨らませるのです。

今年は私たちの周りで大きな災害が起き、九州・四国・広島など西日本の人たちを思い心を痛くする日が続きました。先月北海道の地震で実家が停電になった時にはLineで従兄に連絡をとり母の様子を見に行ってもらいました。劇の中でもフランスに住む娘が携帯電話に連絡をよこすのですが、電気がないため携帯が切れて通話が途切れてしまうシーンがあります。被害にあっている現地より外の人間の方が状況を把握できるという事があるのです。

先日の台風で私の住む街でも大規模な停電が起こりました。夜中、電気がついたり切れたりしていると思いながら寝て、朝完全に停電になっているのを知ります。テレビもパソコンも使えませんから情報を得るのは私のiPhoneでラジオのニュースを聞くばかりでした。ちょうどその朝はパンを焼き、ご飯を炊く日だったので朝どちらも出来ていなくて朝食をとることが出来ません。水道も出ませんから夜のうちに溜めておいた水で身づくろいをし、パートナーさんは職場へ私は道場へ出かけました。パートナーさんの職場は地域の基幹施設ですし自家発電もあるので機能しているのです。私の場合は電気が通じないと本を読むぐらいしか出来ないので道場に出かけて練習でもしようと・・・。
ところが、道場へ向かう道は信号機が停電で機能していません。ところどころ倒木のせいなのか道路封鎖もあり迂回しなければなりません。警察官も出ているのですが、すべての交差点に配備できるわけもなく、交差点ではお互いに相手の動きを察しながら手だったりアイコンタクトをとりながら注意して進みます。こうゆうところは日本人ってジェントルだと改めて感心します。
道場は雨どいやシャッターが壊れ屋根の鬼瓦が飛んでいました。掃除をし応急処置をして練習をしますが、市の施設ですから直るまでに時間はかかる見込みです。
お昼、コンビニは停電と配送遅延のためお弁当やパンといった食べ物は全く無く、スーパーも同様でした。皆さん少しでも商品がある処に来るのがよくわかります。コンビニでは懐中電灯や電池が売れ、携帯電話の充電池が売り切れていましたが停電なのにちょっと不思議な感じです。道場は幸い電気が通じていたので充電でき、お湯も沸かしてお昼を頂くことができましたが、市役所の行政放送では充電設備のあるところを紹介していました。

私たち人間は自分に都合の悪い解釈からは避けて通る傾向があります。株で買った銘柄が下がりだしてもまだまだ大丈夫と思って損が広がるなんて典型的な例です。だから災害の時の備えというのもいざ災害に合ってから考えてはだめなのです。コンビニに行けば食べるものがあるだろうと思ってもありません。電気はすぐに復旧するだろうと思っても当地では最大四日間も停電が続きました。私も含めて皆自分に都合の良いように思いたがるのです。今回の災害でそのことを私は改めて感じました。

芝居を見ながら、行政の指示に注意するとしても大規模災害になったら最後は身を守るのは自分の判断だという事を感じます。屋内退避の指示を守りながら飢えや寒さに耐え薬も無く死んでゆくなんて悲劇はご免です。自分の命は自分の判断で守る。そのためにも普段から備え、孤立しないためにも地域のコミュニティーを大切にする。情報を集めながらも正しい情報を見極める知見を持つ。希望を支えあえる家族を大切にする。そんなことを考えます。

物語の最後、初老の夫婦は隣近所は逃げ出し孤立した家の窓を開けます。空からぼたん雪が降ってきています。でもこれは本当にぼたん雪なのでしょうか。私には死の灰に見えます。私たち人間が作りながらも最終処理の出来ない原子力の灰に埋もれて私たちは死んでゆくのでしょうか。

ではまた。

テーマ : ひとりごとのようなもの
ジャンル : 日記

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