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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
Nuages・・・雲のようにふんわりとしています

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CATS

お元気ですか?

日曜日、映画CATSを観てきました。T.S.エリオットの詩をベースにアンドリュー・ロイド・ウェバーが曲を書いたミュージカルの映画化です。1981年にロンドンで初演されて以来ブロードウェイでもロングランを続け、日本でも劇団四季が今も上演を続けています。
今、ネットで見たのですが劇団四季のCATSって良いお値段なんですね。一番高いのが12100円、安いのは3300円ですけどどんな席なんでしょう。劇団四季が日本の演劇に果たした役割は認めますし、ミュージカルをこれほどに日常的に上演してくださるのですから私は嬉しいのですが、それにしてもお値段が高過ぎます。歌舞伎はもっとお安いですよね。

劇団四季の舞台は見たことがありませんが、1988年にロンドンでCATSを見たことがあります。
ロンドンをお散歩していたお昼過ぎ、チケット売り場が目にとまったので何が上演されているんだろうと覗いて見るとCATSがかかっていたのでチケットを買い、夕方いそいそと劇場に出かけたのです。その劇場はとても小さな劇場でギリシャ劇の舞台のようにすり鉢状に座席が半円形をし舞台を巻いていました。真ん中には機関車が置かれています。私は前列から三列目ぐらいのところに席をとったのですが、役者さんたちがすぐそばを駆け回りそれこそ猫の尻尾が触れんばかりです。
もともとお芝居が好きで小劇場のお芝居をよく見ていましたから、ロンドンの小劇場だと私は大喜びしたものでした。あの時のチケット代がいくらだったかは覚えていませんが、10000円もしたはずはありません。せいぜい4000円ぐらいだったのではないでしょうか。
歌舞伎を見に行く時は銀座に出かけてとか国立劇場に出かけてと言う感じですから少しは気構えがあります。男性も女性も服装にも気を使いますしそれも楽しみの一つです。ミュージカルもそうかもしれません。楽しみにしていたミュージカルを家族や恋人と見に行く高揚感。気合も入りますね。
一方、お散歩の途中、おっ今日は何がかかってるんだ?ちょっと寄っていこうかといった具合、寄せに入って好きな噺家さんや芸人さんの漫才を見て、おっもうこんな時間かいけねぇなんて熊さん八っさんになって家路につく。そんなお芝居の楽しみも私は良いんじゃないかと思うのです。

少し噺が脱線しましたね。実は今回CATSの映画を見て、この芝居は小劇場向きの作品だなと感じました。映画ならではのワイヤーアクションやCGを使っていますが、どれほど意味があるのか。人間の建物、窓やドアは猫に比べて大きく描かれています。しかし登場人物である猫は擬人化されていますから見ている方はどこか違和感を感じ続けていなければなりません。画面の背景をどう描くのかが難しいのです。これが舞台の小劇場ならば描かなくてもいいところは描かなくて済むのです。

今回、観客は私たちと同年代、小学生を連れた親の世代、その子供たちの世代と三段階があったようです。皆さんどんな感想を持ったのでしょう。舞台を見たことのある人、劇団四季のCATSを見たことのある人、とアンケートをとったら面白いかななんて想像してみます。映画をきっかけにして舞台を見たいと思ってくださる人も出ることでしょう。それもまた良いことです。

余談ですが、主人公の白猫ヴィクトリアを演じたフランチェスカ・ヘイワードが広瀬すずに見えてしかたありませんでした。

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テーマ : 映画館で観た映画
ジャンル : 映画

出会う力  『五次元世界のぼうけん』

明けましておめでとうございます。

昨年は引っ越しや母との同居と我が家にとって小さな節目となる年でした。今年は母との生活でどんな変化が起こるのか楽しみにしようと思っています。
本を読む時間もテレビで映画を見る時間も減ってしまったのですが、それでも気になることはあります。トランプ大統領になって以来テレビドラマではマイノリティーに対する差別や移民問題の矛盾不合理を台本に織り込んだドラマが増えました。映画やドラマは時代を写しているのです。SF映画は良く見ますが、超能力者を扱ったドラマも見ます。これは好きというよりどうゆう物語を描くのかに興味があるからなのですが、大抵のドラマが超能力者とそれを脅威とみなして敵対する人間、そしてその人間に利用される超能力者というパターンを脱しきれていません。いつか超能力者を描く新境地を見せていただきたいものです。

昨年の暮れから「パッセージ」というドラマを見ています。原作がジャスティン・クローニン、監督はリドリー・スコット。物語は疫病の蔓延で人類滅亡の危機が迫る中新たに発見されたウイルスから新薬を開発しようとするプロジェクトが進んでいた。しかしその開発で人体実験にされた人は人間の血を求める吸血鬼へと変化しテレパシーで意思を伝え合うようになってゆく。実験のために誘拐された少女エイミーは組織に雇われて誘拐する側にいた連邦捜査官ブラッドと一緒に逃走するが、そんな中エイミーにも新たな力が生まれてゆく・・・。

まぁこんなお話で、パンデミックと超能力が絡まったお話と言えます。今のところドラマのテンポもよく面白く見ているのですが、私が今回注目したのはエイミーが読んでいる本でした。
『五次元世界のぼうけん』マデレイン・レングル著です。エイミーが読んでいると捜査官のブラッドが良い本で自分も読んだと言うのです。少女と気持ちを通わせるためのちょっとした会話かも知れませんが、私は妙に気になりました。そこでAmazonで調べてみましたが現在の日本では出版されていません。図書館で検索するとあったので注文することにしました。
『五次元世界のぼうけん』は 原書をA wrinkle in time (時間のしわ)といい1962年に出版され翌年ニューベリー賞を受賞しています。日本ではあかね書房から国際児童文学賞全集の一巻として出版されていて今回図書館から届いた本も1967年刊ですが、その本でした。その後日本では出版がされていないところを見るとあまり評判にはならなかったようですが、今回私が読んでみてとても興味を持って読んでいます。

物語は主人公の少女マーガレット・ミューリが知能の優れた弟チャールズと人の心が読める男の子カルビンと一緒に行方不明になった物理学者のお父さんを探して宇宙を旅するというお話です。宇宙を旅するというとロケットか円盤にでも乗ってと思いますが、これが奇想天外、森に住むワトシット夫人ら三夫人に導かれて瞬間的に移動するのです。そしてお父さんが囚われていた世界とは・・・。

読んでいてその想像力の大きさに驚かされます。SF小説には科学的裏付けを大事にするものがありますが、必ずしも重要ではありません。いきなり星を見下ろす宇宙空間にいたとしても私たちが読んでその世界を頭に描き浮かべることが出来ればいいのです。
本を読んでいる最中、パートナーさんがwowowで映画が放送される事を教えてくれました。タイトルは英語の原題そのままの A wrinkle in time です。映画の製作者がテレビドラマのパッセージを意識していたかどうかは知りません。しかし、私がテレビドラマを見、その中の些細なセリフから本を知り読み、wowowで映画の存在を知り・・・。というのは偶然ですが巡り合わせです。そして私はこうゆう巡り合わせに導かれている自分を良く知っています。

3年ほど前になるかも知れません、私はあるブログから一冊の本を知りました。『アミ 小さな宇宙人』という本とそのシリーズでした。この本も少年がアミという宇宙人に導かれて旅をし地球がまだ未完成で野蛮な星であることを教えられるお話です。とてもスピリチャルなところのあるお話ですから好き嫌いは別れるかも知れませんが、読んでいくうちに心が洗われる本であると私は思いました。今回『五次元世界のぼうけん』を読んでいるうちにこの『アミ 小さな宇宙人』をもう一度読みたくなったのでAmazonでみたら驚く様な値段になっているではありませんか。少し悲しくなりました。子供が読んで良い本は出版社に努力していただく必要があります。出版するということの意義・使命がそこにあるからです。そして読者はそれを支え応援する義務があると私は信じています。
良い本は誕生し、見つけたら、出版社と読者が一緒になって存在させ続けていきたい。そう私は思っているのです。

そしてそうゆう本やドラマに出会う力を持った人がいます。出版社の企画にいる人や読者の人でこの本は、このドラマはと気がつく人、出会う力を持った人は自分の眼力を信じて世間に知らせて下さることが大切です。そしてその声にたまたま気がついて本や物語に巡り合った人は感謝と喜びとをもって隣にいる人に教えて差し上げてください。『ねぇ、面白い本を読んだんだよ』って。

今年私はどんな本やドラマ・映画に出会うでしょう。決して多くはないかも知れません。でも出会った一冊一冊、ドラマの一話に心から感動し、私がそれに出会った意味を理解し、喜びを近くの人にお話できるくらいになりたいと思います。
それが私の出会う力。私の超能力でもあるのですから。

皆様、今年もお付き合いのほどよろしくお願いいたします。





テーマ : 読書
ジャンル : 小説・文学

「アパートの鍵貸します」

お元気ですか?

とうとう今年も残すところ僅かになりました。でも今年は何をしただろうかと振り返る暇もないほど忙しい日を過ごしています。

今日、久しぶりに懐かしい映画を見ました。「アパートの鍵貸します」です。ビリー・ワイルダー監督、ジャック・レモン、シャリー・マクレーンによる喜劇です。お話の内容はWikipediaでも見ていただくとして、私はこの映画ですっかりシャーリー・マクレーンのファンになりました。小学生の頃のお話です。

同じ時期、私は私の映画の方向を決める四つの映画に出会っています。「ローマの休日」、「シェルブールの雨傘」、「7年目の浮気」、「アパートの鍵貸します」です。「7年目の浮気」もビリー・ワイルダー監督によるコメディですね。そして四つの作品はどれも素敵な女優さんが主演した代表作。オードリー・ヘップバーン、カトリーヌ・ドヌーブ、マリリン・モンロー、シャーリー・マクレーン。小学生のませた男の子には天国のような女優さんたちです。でもそれぞれの女優さんの映画を私は見続けて来ましたし、これまで2000タイトルを越す映画を見てきているはずでもちろん素晴らしい俳優さん、もちろん男の俳優さんも、お気に入りの方はいるのですが、心に刻み込まれたのはこの四作品と言って間違いないのです。
「ローマの休日」ではサンタンジェロが気になって大人になったらサンタンジェロの船着場に行って見たいと刻み、その後歌劇「トスカ」の舞台もサンタンジェロ城と知るとサンタンジェロは憧れの場所から行くべき所になりました。
「シェルブールの雨傘」ではミュージカルファンになりましたし、フランス語好きになって行く強いきっかけも貰いました。大人になってシェルブールを歩いた時に教会の入り口にある貝を見て映画そのままの姿に感動したものです。
「7年目の浮気」はやはりコメディーの面白さ、皮肉などに興味を持ちましたがラフマニノフを弾くほどにはなりませんでした。でも私は映画の中のマリリン・モンローにセクシー女優とは違う彼女の演技に対する努力や必死なほどに自分を変えて行きたいという本質を見ていて、私のモンローファンとしての視点はここにあります。

そして、「アパートの鍵貸します」。コメディー映画ではありますが、悲しい映画です。小学生の頃はシャーリー・マクレーンの可愛い笑顔が好きでしたしミュージカル女優として舞台に立つ彼女の身のこなしに魅了されていて、それは老いた今も映画に出ている彼女にも同じく感心するのですが、「アパートの鍵貸します」のお話は悲しい大人の恋です。小学生だから見れた映画だったのかもしれません。正直なところ一時期私はこの映画が辛くて見られませんでした。
でも、私がパスタ好きになったのはこの映画のおかげかもしれません。私が子供の頃は今ほど家庭にパスタはありませんでしたから自分で生活するようになってパスタが私の得意料理になっていくのはこの映画の影響なのです。そしてトランプ好きも同じです。シャーリーがトランプを切るシーンにほろっとしたのでしょう。エレベーターが好きなのも。なんかすごく単純な私です。
そして極め付けはラストの年越しのシーン。悲しく必死な恋の姿が年越しのパーティーシーンに重なって痛々しいほどです。

映画には忘れられないシーンというのがあります。
「シェルブールの雨傘」ではラストのクリスマスの雪のシーン。思い出すだけで涙が出て今も込み上げて来てしまいました。「アパートの鍵貸します」ではやはりラストの年越しのシーンです。会社の中の喧騒と二人の対比が悲しさをいやましにします。
ですから年末のこの時期、私にとってはこの二つの映画は必ず思い出される映画ですし、テレビでも必ずのように放送するのだと思うのです。
それにしても、「アパートの鍵貸します」は悲しく苦しい映画です。大人になるって苦しいことを知ることなのでしょうか。

ではまた。


連獅子

お元気ですか?

能の「石橋 狻猊(さんげい)之式」という薪能を見た。京都平安神宮で行われたもので京都の歴史と深く関係する金剛流による上演だ。この能は歌舞伎でもよく知られる連獅子の原型となった能だそうで、舞台には大きな紅白の牡丹が飾られ、白い頭の親獅子と二人の赤い頭の子獅子が登場する。普段よく見る幽玄な世界の能とは違い飛んだり跳ねたり転がったりととてもダイナミックな動きで目が離せない面白さがある。

子供の頃、叔父の家に良く行っていた。木材の加工を営む工場を経営していて大きな家だった。叔父と父は経営者という同じ仕事環境のせいか仲がよかったようで会うと二人で静かに話している姿が今も私の記憶にある。大人の男が楽しげに話す姿というのが子供心にも珍しく素敵なものに思えた。叔父と父は石を楽しむという趣味もあり時々珍しい石があると会っていたようだった。そんな石のいくつかが今も私の家にある。

叔父の家に行くと家族で泊まってくるのだが、私は従兄弟と一緒に子どもたちで布団を並べた。中庭に面した長い廊下を歩き障子を開けて普段は何に使われているのか分からない部屋に寝るのだ。私にしても従兄弟たちにしても普段とは違う異空間。昼間の遊びに疲れていても明日はなにをしようと話が弾み、「いい加減して寝なさい」と叔母に言われるまで続いた。
子供たちの臨時の寝室にそれは有った。子供の背丈より高い箪笥の上のガラスケースの中にある錦糸の重たそうな着物を着た赤い髪の人形。真っ白な顔にふさふさの髪が足元まで伸びている。夜、布団から出て一人でトイレに立つとその人形の前を通り廊下に出なければならない。怖いもの見たさで見上げるのだがすぐに目をそらして障子を開けて廊下に出、どうしてこんなお化けのような人形を飾っているのだろうと、何か叔父の家の秘密に触れたような気持ちになった。
翌日陽の光のさすその部屋に用もないのに入り込み、恐る恐る人形を見るとやはり不気味さの片鱗を残したまま同じガラスケースの中にある。実は夜見たのは夢であり昼間には人形は消えて無くなっているのではないかという私の期待を無視するかのように人形は居るのだ。一夜の宿借りの私よりよほど自分の方がこの部屋にふさわしいと言っているようだった。

何年かたちテレビで歌舞伎を見るようになり、私の頭の中では叔父の家の人形が連獅子だと分かるようにはなるのだが、それが素直に結びつかない。叔父の家の人形は私の中では夜不気味な空気を放つものでありはしゃぎ遊び疲れた子供を睨む異能の存在であった。

子供の時代が終わって何回か叔父の家に行くことがあったがあの部屋を覗くことはなかった。記憶に留まった廊下の先の寝室と人形は変わることなく今も私の中にある。
いつしか叔父の家は建て替えられ、贅沢な木材を使った綺麗な家に変わった。あの人形はどうしただろうと思わないこともないが、私にとっては記憶にある姿で充分だ。なぜなら子供だった私を異界に誘う連獅子だったのだから。

歌舞伎の連獅子を見る機会は多い。子供の成長を願うおめでたい舞台は、芸を親から子に繋ぐ歌舞伎の世界に合い観客も笑みと惜しみない拍手を送る。その気持ちは私も同じだ。ただ同時に夜の部屋で薄明かりの中見たあれにより身の震えを抑え足音を忍ばせ自分の気配を消して歩いた記憶も同時に思い出す。連獅子は私にとって記憶の扉であり、確かに異界を覗いた記憶である。

テーマ : ひとりごとのようなもの
ジャンル : 日記

高田郁と北原亞以子

お元気ですか?

夜になると我が家の周りの木々にいるであろう虫たちが鳴き声を聞かせてくれます。みなさんは虫の声を聞き分けることができますか?私はちょっと苦手です。
NHKのTVを見ていたら駅ピアノという番組がありました。ロンドンやプラハの駅に置かれたピアノに通りすがりの人が座り好きな音楽を弾いて楽しそうです。小さい子供もいればピアノを習いはじめたばかりの大人、プロの音楽家も弾いています。見ているとこちらまで楽しくなってきます。
あぁ、楽しいな私もまた弾きたいなと思ってしまいます。実家にあったピアノは帰省のたびに弾いていましたが今はありません。いつかまたピアノのある家もいいかなと思います。一緒に演奏する家族がいればさらに楽しいでしょう。

高田郁のみおつくし料理帖という本を読みました。
朝、TVの経済番組を見ているのですが、その中で製薬会社の社長さんが紹介する本として登場したのです。食べることの大好きな私、料理をテーマにした時代小説ということだったので好奇心がうずうずしました。早速Bookoffに行って買ってきたのですが、喜んで買って来たのは『天の梯』というシリーズ最後の本でした。でもいいのです。
読んでいるうちにすこし鼻についてきました。江戸時代の設定なので散りばめられた言葉も時代がかっているのですが、私の感覚から言えば、言葉が生きていません。言葉の持つ音、リズム、登場人物たちが演じる情景がどうも江戸時代の町家ではないのです。読み進んでいるうちに、漆塗りの器にマジックか塗料を塗った感じがしてきました。ちょっと残念ですね。

私は食べることが好きですし自分でも料理をします。だから食物に関係する本があるとついつい手にとります。池波正太郎は小説は読みませんがエッセイは読みます。食べ物話が豊富ですから。夏目漱石を食べ物をピックアップしながら読んだりもします。だから高田郁のみおつくしシリーズも1冊目から読みたいとは思いますが、さて無事に読むことが出来るでしょうか。

そんな感想を持ちながら頭によぎったのが北原亞以子の本でした。深川澪通り木戸番小屋のシリーズや慶次郎縁側日記のシリーズでファンも多い女性作家です。NHKのドラマにもなっていますのでそちらでご存知の方もおおいでしょう。
実は私も木戸番小屋のシリーズを神田正輝、池上季実子の主演の金曜時代劇で知った一人でした。北原自身が新橋の生まれというのを差し引いてもしっかりした風景描写と登場人物たちの息遣いが江戸の町家を想起させます。
北原の前に樋口一葉が思い出されたのですが、北原亞以子を読みたいと切実に思いました。口直しと言うか軌道修正というか。(高田郁さんごめんなさい)

そこで、北原亞以子の本を図書館で借りてきました。『こはだの酢』という文庫本です。やはり食べ物のタイトルです。こはだの押し寿司をもらった主人公が誘惑に負けてつまみ食いをしてしまう話です。読みながらこはだの酢じめが食べたくなりましたし、私が愛用している押し寿司用の木型が思い出されてきました。北原亞以子の作品には弱い人間が色々出てきます。読んでいるうちに自分と重ねちょっと恥ずかしくもなりますし、いたたまれない気持ちにもなるのですがそんな情けない人間が織りなすのが人の世界なのでしょう。ちょっと辛いですね。
オー・ヘンリーにも似た弱く情けなくて苦笑いしてしまう人間の姿。

こはだの押し寿司は初春を待ちますが、今夜は美味しいものを作って食べましょう。辛い人の世に幸せを感じさせる一椀一皿を用意しましょう。



テーマ : 読書
ジャンル : 小説・文学

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