プロフィール

杣人・somabito

Author:杣人・somabito
Nuages・・・雲のようにふんわりとしています

カレンダー
01 | 2018/02 | 03
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 - - -
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
リンク
ブログランキング

FC2ブログランキング

人気のあれこれ!
月別アーカイブ
最近のトラックバック

夜のピアノ

お元気ですか?

新年になって初めての記事です。今年も宜しくお願いいたします。

当地は物作りの町として売り出しています。関東と関西の中間地点にあって南アルプスを経由して流れ込む豊富な水、広い平地、物流に適した交通網とあって自動車産業や音楽(楽器)産業が盛んですし、農作物も豊富で人々の生活が比較的のどかで安定しています。
そんな町の駅、新幹線の改札を抜け待合室に行く途中に産業品を展示する二十畳ほどのスペースがあります。自動車が展示されたり、楽器が展示されたりして新幹線に乗る旅行客に当地の産業をPRするスペースなのです。

このスペース、私は大好きで新幹線を利用するときには必ず立ち止まっているのですが、それは展示された楽器に触れたり新しい車やバイクを見ることが出来るからです。ドラムや電子ピアノなど自由に弾いてみることもできます。電子楽器はヘッドホンをつけることができますから私のような素人さんでもへっちゃらです。時々小さなお子さんがお母さんの笑顔を横に一生懸命ピアノを弾いていることもあります。

先日14日、京都に出かけるため新幹線に乗ろうとしたらこのスペースに河合楽器のピアノが三台展示されていました。透明なアクリル板で作ったピアノ、小型のグランドピアノ、そしてアップライトのピアノの三台です。思わず近寄ってクリスタルのピアノの鍵盤に指をあて音を出します。少し甲高いキラキラした音が響いてきました。想像した通りですが、どんな音楽で使うのか私には想像がつきません。グランドピアノを試すと柔らかく落ち着いた音が響いてきました。ではアップライトをと試しますと、こちらもしっとりとした音を響かせています。きっと此処で触ってショールームに行きたくなる人もいるのでしょう。

一日京都で遊んで夜10時半ごろ新幹線で帰ってくると、グランドピアノを弾いている男性がいます。見た感じ30才台半ば、背広を着ていますからサラリーマンの方でしょうか。曲名は分かりませんでしたが演奏は確りした音を出しています。音楽活動をしている方かもしれません。このぐらい弾けたら楽しいでしょうと思いながら私は改札を抜けて帰宅しました。

数日後、知り合いにこの話をすると、入場券を買ってピアノの練習をしている人がいるそうだと教えてくれました。なるほどそうゆう利用の仕方があったのですね。都会ほどではないとは言え、当地も住宅地で楽器を演奏すればそれなりに音は響きます。我が家の筋向いにもピアノを弾かれる家がありますが、夜の演奏はけっこう聞こえてきます。もし本格的に練習したいとなれば相応の防音室を用意しなければならないでしょう。JRの入場券を買って自由にピアノが練習できるとしたらこれは使いたくなるのも分かります。それにしても噂になるほど練習するとは気合が入っていますね。

そんな話をしていたら、フランスの街角や日本でも商店街の一角にピアノがおいてあって自由に弾けるところがあるという話を思い出しました。音楽のあるところには人が集まり優しい空気が生まれます。上手な人もいるでしょうし、習いたての曲を弾いてみたいお子さんもいることでしょう。楽器が弾ける町は平和な町です。世界中の駅に楽器が自由に弾ける場所があるといいですね。

ではまた。
スポンサーサイト

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

スイスのお土産

お元気ですか?

知り合いが会議に出席するためスイスに出かけていた。私たちと同じくワインの好きな人なのでスイスでどんなワインを飲んでいるのだろうとパートナーさんとたわいもない会話をしていたが、その彼がお土産をくださった。

20170914.jpg

スイスといえば、チョコレート。それも世界的メーカーネスレのチョコレートだ。
彼はアリマンタリウムAlimentariumというネスレ財団が運営するフードミュージアムに行きたかったそうなのだが、日程が合わず2016年6月にオープンしたミュージアム「ネストNest」に行ったという。
ネスレといえば日本ではコーヒーの会社というイメージが強いが、もともとは粉ミルクの製造から始まった食品・医薬品会社だ。
このミュージアムはネスレ創業150年を記念してオープンしたという。スイスではチョコレートの原料であるカカオがとれるわけでもなくもともとは貴重品として貴族やお金持ちさんの使う薬として存在していた。それがスイス人によるミルクチョコレートの開発により知名度が上がったのだそうだ。

海外を旅行すると風景を楽しんだり歴史的建物や美術館を歩いたりと興味を引くところを回るのに忙しい。そんな観光のテーマの一つにネストのような企業が行っている博物館を訪ねるのはどうだろうか。
自動車の博物館であったり食品の博物館であったりと探せば色々と見つかる。商品として知っている物だが人がどんな思いをもって作り出して来たのかと歴史を知ると人の力の素晴らしさに感動するものだ。

ところでいただいたチョコレートはやはりクリーミーな感じで美味しい。我が家ではかなり前からパートナーさんがチョコレートのポリフェノールが健康に良いということで、毎日チョコレートを欠かさない。甘いものも好きだが、毎日食べるチョコレートはカカオの含有量の高いものを選んでいる。
先日テレビを見ていたら、嗜好品外来という新しい医療の形があるのを紹介していた。番組によるとチョコレートを20g~30g毎日食べることで動脈硬化などを防ぎ高血圧の人を正常値に下げる効果があるという。病気を治すというよりは病気にまでならないように臨界値にある人に予防的に行う医療だ。私は少し血圧が高めなのでチョコレートは願ったりの嗜好品というわけだ。
テレビを見た後、パートナーさんに「貴女の言う通りだね」と言うと、そうでしょうという顔をしながら番組で紹介していたココアを飲もうとかいつも焼いているパンにクルミを混ぜてみようとか、チャレンジモードにスイッチが入ったようだ。そんな試したがりのパートナーさんの姿も楽しい。

スイスのミュージアム「ネスト」で本場もののネスレのチョコレートをお土産にくださった彼に感謝しながら。
ではまた。




テーマ : 日記
ジャンル : 日記

敵対する心

お元気ですか?

私のブログにしては珍しく痛々しいタイトルです。お許しください。
先日からNHKのテレビ番組「100分de名著」で哲学者ハンナ・アーレントの『全体主義の起原』という本が取り上げられています。ハンナ・アーレントについてはこのブログでも以前に映画『ハンナ・アーレント』を紹介しましたし、『アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち』という映画ではそのアーレントが傍聴しレポートしたアイヒマン裁判(1961年にイスラエルのエルサレムで開廷)をテレビ放送で伝えようと奔走するプロデューサーのミルトン・フルックマンと監督レオ・フルビッツの姿が描かれていました。このふたつの映画は一方は哲学としてアイヒマン裁判が何を考えさせるのかを私たちに問いますし、一方はジャーナリズムとしてのテレビ放送のあり方を問うています。ご興味のある方はぜひご覧いただきたい映画です。
そして、そのアイヒマン裁判の根っことでも言うべき歴史が二十世紀になって誕生した新しい政治体制「全体主義」の台頭といえるのです。

なぜ今この難解な哲学書が「100分de名著」に取り上げらているのかということも実は問題として考えなければならないのですが、ハンナ・アーレントの『全体主義の起原』は全米で今年の一月にベストセラーを記録したといいます。その原因は排外主義の政策を唱えるトランプ政権の誕生にアメリカの国民が(きっと反トランプ派なのだと思いますが)買い求めたからなのだそうです。
『全体主義の起原』を詳しく紹介することは私の任ではありませんが、大きな要旨だけ言うと、フランス革命を経てヨーロッパには「国民国家」が誕生するが、同一の文化を共有することを基盤にしたこの国家は「共通の敵」を見出すことで自分たちの同質性を高めていく。産業革命がおこり資源を求めて植民地化を進めた国はそこで現地の人たちを「野蛮な未開人」として差別し「人種主義」をはびこらせていく。大航海時代キリスト教による布教を建前として現地人を支配改宗させていった思考と軍事力と経済を武器に植民地化を進めていた国々の姿を私は見比べたいと思う。
ドイツやロシアは自らの民族が他の民族に対して優秀であると唱え「汎民族運動」を展開し中欧・東欧の民族的少数者たちを支配してゆく。これが「民族的ナショナリズム」だ。
第一次世界大戦後、ヨーロッパはその国境が大きく変容し「国民国家」も衰退してゆく。代わって生まれてきたのが「大衆」による「世界観政党」ともいうべきもので戦争を経て疲弊した国民は新たな「世界観」を示してくれるものに集まってゆくようになる。ナチスドイツが「陰謀史観」や「民族の歴史的な使命」を用いながら巧妙に民衆をひきつけていった背景だ。
さて、ナチスドイツ、ヒットラーによる政権は突然よその国から侵略されて出来たのではなく、国民が選挙で選び政権をゆだねていったものだ。結果「人種としての優位性」を唱えるヒットラーの政策に飲み込まれて行き、ジプシーや少数民族などが標的にされてゆくことになる。「ユダヤ人の大量虐殺」はその極端な事件だが、アイヒマン裁判を傍聴したハンナ・アーレントは残虐なホロコーストを行ったアイヒマンの裁判を見て、彼が悪の象徴のような人物ではなく、ごく普通の与えられた命令をこなす小役人に過ぎないことに驚愕し、アイヒマンという存在は特別なものではなく「誰もがアイヒマンになりうる」と考える。では「人間にとって悪とは何か」そして悪を避けるにはどうしたらいいのかと問うてゆく。

現代社会で私たちは国境を失った。希望すれば大抵の国に行き来し住むこともできる。世界の各地で起こった出来事はテレビニュースを通じて毎日伝えられるしインターネットで海外の同僚や友人、家族とまるで隣近所の人とするように会話をすることが出来る。確かに生まれ育った土地、食べ物、言語、歴史、それら環境によって私たちは形成されている部分がある。そうした共通項をもつ人同士が安心した環境であるのは理解できる。しかし方言で通じにくいことや、まったく体験したことのない食べ物を食べている土地の人がいる。ならばそれを世界に当てはめて考えれば地球に住む人間、水を飲み食物から栄養を取り言語を主として意思を疎通しあう人間として考えたらなら私たちは何処に違いがあるのだろうか。

ヨーロッパではアフリカ大陸や東ヨーロッパから逃れてきた難民の問題を契機にして、ナショナリズムが台頭してきた。アメリカはトランプのように分かりやすい人間が大統領になったため国民が分断されるような事態も起こっているが、もともと差別的発言を繰り返している彼の下では混乱は続くばかりだ。私はトランプを大統領に選んだアメリカに深く悲しむ。
そして最近見るアメリカ製のテレビドラマの中に、排他的政策を批判したり人種主義を否定する会話を織り込んだものが見られるように感じている。しかしそうゆう兆候を私が反トランプの表れとして賛成しているのかといえばそれは全く違う。逆に警戒感をもって見ている。

ハンナ・アーレントの『全体主義の起原』に拠っているわけではないが、歴史を見ていると人間はいつも敵対するものを求めているように感じる。国家であるか個人であるかにかかわらず、身を守るためか自分の優位性を高めるためかは分からない。しかしいつも敵対するものを求める。これは人間の性なのだろうか。

夏の記憶

お元気ですか?

夏休みが終わり小中学生の新学期が始まりました。当地では学校の授業を見直し夏休みを短縮する動きがあるそうです。夏休みを削って授業日数を増やす一方、平日の授業を午前中で終わる日を増やすのだそうです。私にはその事の是非はわかりません。夏休み普通の通学日にかかわらず、子供たちが豊かな経験をし記憶にしっかり留めてもらいたいと思っています。

今年の夏、私は実家のかたずけをしながら父の思い出の品を少しづつ持ち帰りました。父が好きだった茶碗と茶筌、茶さじも持ち帰り遺影の前に置いてみました。お茶碗がそろそろどうぞと言ってくれたら真似事でお茶をたててみようと思っています。

今回は置いてきましたが、中国で頂いてきたと思しき硯も見つけました。これもそのうちにゆっくりと湿らせて静かに墨をすってみたいと思います。その前に京都に出かけて香雪軒さんで筆を用意しなければと夢見ています。文人たちのような字は書けませんが、良い道具は字の書き方を教えてくれます。

先日から或ることを再開しました。高校生の時に学んだ事なのですが、当時はほとんど参考に出来る書物が無くかなり苦心しながら学んだものでした。最近必要を感じ再開するとお休みしていた間に色々な本が出ていることが分かりあれこれ買い集めてしまいます。毎日のように練習し勘を取り戻すとともに本で理解を深めます。一か月ほど続いていますが、だいぶ馴染んできています。
それが何かをここで申し上げるのは控えますが、自分らしさに少し安堵しています。

皆さまの夏。どんな記憶の種をまきましたか?

ではまた。

栽培記録

お元気ですか?

京都の帰り、うみんぴあ大飯という道の駅に立ち寄って、椎茸の栽培キットを見つけました。椎茸が大好きな私としては前々から榾木に生えた椎茸を摘んで料理をしてみたいと思っていたのですが、機会がありませんでした。
旅の途中、気持ちも開放的になっていたのでしょう、パートナーさんもすっかりその気になって「これ育ててみたら」と積極的です。

そこで一つ買い求めて家に持ち帰り。どれほど育つのか全く未知の世界ですが、パンフレットによると二回以上収穫できるようですし上手に出来ると何か月も楽しめるようです。

20170504.jpg
こちらが5月4日、買ってきた次の日の朝の椎茸です。

20170505.jpg  20170505b.jpg
そしてさらに次の日の5日の朝には傘がしっかりしてきて、夜には一人前の椎茸になっています。
お店の人の説明やパンフレットによると傘が開く前に間引いた方が良いと教えられましたが間引くどころの話ではなく、収穫と言っても良いでしょう。

そこでこの日は椎茸とソーセージをバターで炒めていただきます。なんと言ったって取れたての椎茸ですから味も濃くて美味しのは期待通りなのですが、自分で収穫して調理するという喜びがプラスされて食卓が活き活きしています。

20170506.jpg

翌日の6日、昨日収穫したのが分からないくらい大きく育っています。どこまで増えるのかわからないのですが今日も収穫して食べなければ密集の度合いがさらに進んで少し不気味なくらいです。そこで小さ目の椎茸も遠慮なく収穫し、昆布と一緒に煮てお弁当のおかずを作りました。

20170507.jpg

そして今日7日。またしても育った椎茸たちにパートナーさんも恐れをなしたのか、「もう収穫して干しシイタケにしたら」なんて言いだします。私はせっかく生の美味しい椎茸を食べられるのですからその都度収穫する方が良いと思っているのですが、それにしても量が多いのでパートナーさんの言葉に従って収穫だけは進めることにしました。

20170508.jpg

さすがに沢山取ったので少し寂しい状態ですが、この状態からどうゆう風に新しい椎茸が出てくるのか興味も沸いています。収穫した椎茸はソテーにしたり湯豆腐にしたりして椎茸三昧の食事を作ることとしましょう。

それにしてもこれでまだ一回目の収穫です。どこまで出来るのか興味津々。
今年のゴールデンウィークは潮干狩りに始まり椎茸栽培となかなか楽しいお休みでまとまったようです。

ではまた。

杣人のNuages

ブログ内検索
 RSSフィード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ホテル探しに!
クリックをお願いします!
Google