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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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『食卓のつぶやき』

お元気ですか?

相変わらず暑い日が続いていますが、
今日は、その暑い空気の中にもかすかに涼しい風が混ざっています。
アスファルトに覆われ、ビルに囲まれた都会ではそうはいかないのでしょうが、
当地、住宅地の周りに田圃もありますから、秋が近づくのも早いのでしょう。

いつものように見つけて来た池波正太郎の『食卓のつぶやき』
フランス旅行での話や、若い頃の思い出など食に関連した馴染の話に混ざって
「二黒土星(じこくどせい)」という話があります。

池波氏は晩年「気学」というのを学び、ものの質、運勢などを観じます。
今回はそのお話です。

四国の高松市にあった[高はし]という料理屋。
池波氏は荻昌弘さんが紹介する文と写真を見て、写っていた女性に惹かれます。

「ほのかに笑みをたたえた、ほとけさまのように美しく落ちついた、
珠恵さんなる女人の、写真の顔を見たとき、私は家人に、
「このひとの星は、きっと二黒土星だよ」といった」
 そうです。

池波氏の説によると二黒土星というのは、
「大地、柔和、努力の象意があり、妻の星である。根気もあり世話ずきで真面目な性格だ。
この星をもった人は、自分が経営者になったり、先頭に立って物事を運ぶよりも、
人の片腕となって協力をするほうがよい。何となれば妻の星だからである。」

と言います。

はたして、この荻昌弘さんが紹介した四国の[高はし]の女性、高橋珠恵さんは
池波氏の観たて通り、大学を出た後、両親の店を助けるべく高松に戻り、
店を盛り上げていました。

しかし、ある歳の正月。池波氏は文藝春秋の随想欄に作家の早瀬圭一さんが寄せた、
[左遷・珠恵さんの死]という文を見つけ、読み進むうちに、
それが四国の[高はし]の珠恵さんであることに気づきます。

早瀬さんも、新聞社時代に四国に配転され、珠恵さんに接し、深く心に刻んだ1人でした。

荻昌弘さんの記事を読んでから[高はし]に行きたい、珠恵さんに会いたいと
思っていた池波氏は早瀬さんの随想で珠恵さんが亡くなった事を知ります。

そして、お嬢さんを亡くした[高はし]は店を閉じます。

しかし、人の縁というものは、導かれ繋がり、新たな芽吹きを得るものです。
池波氏の随想を読んだ、珠恵さんのお母様から氏は手紙をもらい、交流が生まれます。

お母様、高橋朝子様によると若い頃に
「修験者に呼びとめられ、あなたの顔は仏相だと言われた」 ことがあるという珠恵さん。
大学で「西行研究の問題点」という卒業論文を書いています。

「人間の、真実の生き方は道の中に自己を投げ棄てること、
道と一つになることである。道とは何も歌には限らない。
自分のするべきことをするところにあるものである。
各々、自分に合った道を歩めば、それが今の瞬間に現成しているとき、
そのまま仏性である」


遺品の中にあった卒論を読み「あふれる涙を、こらえきれなかった」
とご両親は言います。
私も、息をのみました。

池波正太郎氏は
「卒業するや、両親をたすけて家業に生涯をささげる道をえらんで迷わず、
多くの人々をささえるちからとなって五十年の生涯を終えたわけだが、
世の中には稀にではあるが、このような人があらわれる。」

「こうなると人であって、人でないようなおもいにさせられる。」
 と言い、こう続けます。

「珠恵さんの場合は自分の星の良の象意を、すべてにおいて、
「生かしきった…」といえるだろう。
また、そこに一点の我欲もなかったのだから、これは人であって人でないのだ。」



私たちはこの世に縁を得て生まれきます。
どのような縁であるのかは分かりませんから、一生をかけて目をみはり探します。
何故この親の下に、何故この時代に、何故この体に…
色々な縁を見つめます。

友を得、師を得て教えを請います。

それと同時に、業も得てきます。
何故こんなことが出来ないのか、何故こんな嫌なものがあるのか、
何故こんな苦労をするのか…
生きてこの業を浄化することが私たちの勤めです。

縁を知り業を整理浄化することが、生きるということでしょう。

珠恵さんは、病に擱かされながら、お店の常連客の事を気づかい
お弁当を届けたりします。
入院してもなお、看病してくれる母親を心配します。
正に生き切っているのです。


ジャン・コクトーはレイモン・ラディゲの死に際し、
「天の手袋」という手記を残しています。
曰く、神は最も愛すべき人、自らの為すべきことを為し、輝かしい生を生きている
人から突然に全てを奪い去る。
それは、まるで神の白い手袋から手を抜くようなものである。

というような趣旨です。

高橋珠恵さんも、神が天の手袋から静かに御手を抜いたのでしょう。
それは、人として為すべき事を為した者だけが与えられるご褒美だったのかもしれません。

私は、じたばたしながら生きています。
何を為すべきかを思いながらも、不甲斐なさにもだえ苦しんでいます。
手袋からは程遠い存在です。
でも、この苦しみこそが自分の業を浄化する道と諦めずにいます。
もし、神様が「そろそろ手を抜こうか?」なんて言うようでしたら、
「ちょっと待って、まだこの世でじたばたしたいんだから」とでも応えてみましょう。

池波正太郎氏は、「二黒土星」と題した三編の話を次のように結んでいます。

「高松市の料理屋[高はし]の高橋珠恵さんのことを書きつらねたのは、
この御一家がしめす家族や親族というもののあり方が、いまの日本には稀薄になるばかりで、
その歪みの恐ろしさに、おもい至ったからである。」


『食卓のつぶやき』が連載を終え、単行本として朝日新聞社から上梓されたのが
1984年10月。今から26年前である。

さて、今の日本。歪みの恐ろしさはどうなったのであろうか。
目をそむけないで見つめなければならない。

新装版 食卓のつぶやき 池波正太郎エッセイ・シリーズ6 (朝日文庫 い 10-11 池波正太郎エッセイ・シリーズ 6)新装版 食卓のつぶやき 池波正太郎エッセイ・シリーズ6 (朝日文庫 い 10-11 池波正太郎エッセイ・シリーズ 6)
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