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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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『殺意はやさしく誘う』

お元気ですか?

すっかり秋めいて、朝夕は寒いくらいの時があります。
パートナーさんは、空を見上げて「空が高いね。変わらないはずなのにどうして高く見えるのかな」
なんて言っていますが、私には気の利いた答えが浮かびません。
子供電話相談室に聞いてみようかしら、なんて思ってしまいます。

ここ最近、読書モード全開のパートナーさん。
炊事洗濯以外はずーっと本を読んでいます。
読み終わった本は、Book off 行きとそうでないのと二つの段ボール箱に仕分けされます。

「ねぇ、なんか面白い本ある?」
先日から東直己さんの本を読みながら、他の本もつまんでいます。

「これなんかどう」ってパートナーさんは4冊の文庫を選んでくれました。
どれも、厚めの推理小説、女性の作家です。
まずは、2005年度MWAメアリー・ヒギンズ・クラーク賞ノミネート作品と書かれている、
クリスティアーヌ・ヘガンの『殺意はやさしく誘う』を読んでみましょう。

最近よくお邪魔しているブログ、探偵小説三昧 のsugataさんが、
先日、『ロマンスの王様 ハーレクインの世界』という本を紹介するなかで、

「ひとつのジャンル文学として、ロマンスとミステリはそれほど遠い関係ではないと思っていたからだ。
どちらもストーリーの枠組みや構成等に一定のコードがある文学である。
いわゆる職人タイプの作家が、そのコードさえきちんとマスターしていれば、どちらも巧みに書けるのではないか。」


とおっしゃっていました。

私も、ハーレクインは読んだことがありませんが、全くの同感。
将棋の駒を動かすように、登場人物に役割をきちんと演じてもらえば、
棋譜に性格があるように、推理小説もストーリーを展開することが出来る。

社会背景やキャラクターの設定、配置、などを構図に当てはめるように置いていけば、
そこそこのものは書ける…かな?

そんな、ハーレクインの匂いがする『殺意はやさしく誘う』
ね、タイトルもハーレクインでしょう。

ストーリーは、
写真家のジェナ・メイヤーソンのところに、別れた夫で企業弁護士のアダムが
訪ねてくるところから始まります。
ジェナとアダムの学生時代の友人で恋の鞘当てもした私立探偵フランクが登場し…

ね、ハーレクインでしょう。

お話はそこそこに書けています。登場人物の立ち位置、役どころもお決まりで
“えぇ~、どうしてこの人にこんな事させるの”っていう失敗もありません。
まるで絵に書いたように、(小説です。変な例え方ですね)登場人物が役柄を与えられた
通りに演じています。

ですから、頑固な刑事も、人のいい向かいのおあばさんも、子供たちも、
そして、主人公ジェナの父親で元主席検事のウラ話も、
やっぱりねってお決まりそのもの。

5分の2ほど読んで登場人物が出揃ったところで、犯人わかっちゃった。

犯罪のトリックを楽しむようなところもないし、
登場人物がお決まりなように、人物描写も凡庸だし…
何を楽しくて書いているんだろう、編集者は担当していてつまんなくないかな?
そんなことを考えながら読んでしまいます。

でもせっかくです、この小説で良いところを二つ挙げるとしましょう。

一つは、私立探偵の車がフォードの57年型サンダーバードだということ。
サンダーバードは好きな車です。

250px-1957_Ford_Thunderbird.jpg

数年前に日本に11代目になる新車が来たときに間近に見て座ってみたのですが、
デザインが綺麗でアメリカ車らしくて良い! (私が乗ったのはこちらです)

250px-Modern_Ford_Thunderbird.jpg

アメリカ人は車が大好きです。
古い車も丁寧に手入れをしたり、レストアして乗っていますし、
オークションも盛んで投資対象にもなっています。

推理小説を読むときの楽しみにどんな車が登場するかがありますし、
車によって登場人物の性格づけもしますね。

だから、サンダーバードは○です。

もう一つ。当たり前な話なんですが、ニューヨークの街が舞台だということ。
まぁボルチモアでもサンフランシスコでも良いのですが、
訪れたことのある街、歩きまわったことのある街が舞台だと
イメージが湧きやすいでね。

街のバーガースタンドや濡れた歩道やビルの石壁の質感。
そんなものを読みながら思い起こして楽しむことができます。

「どう、犯人わかった」
「うん、○○でしょう。」
と犯人割り出しの推理をご披露する私。

パートナーさんはニヤニヤしています。

皆さん、推理小説はお好きですか?
読書の秋!推理小説でお茶の間の話題づくりはいかがでしょう。

さて問題です。この『殺意はやさしく誘う』はどっちのダンボールに行ったでしょう!
よーく考えてくださいね。

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

水戸の秋 2

お元気ですか?

今日は趣向を変えまして、皆様に高いところからご挨拶。
杣人こと抱腹亭絶頂の高座をお楽しみください。


デデンデンデンデン・・・・
出囃子とともに、ようやく二つ目に(あっいや二枚目ではありません)なったばかりの
杣人、あらため、抱腹亭絶倒が登場です。

え~、皆様お忙しいところをわざわざのお運びをいただきまして、有難うございます。
お彼岸の入も無事すぎてと言いたい所なのですが、彼岸花も咲くのが遅れているそうで、
せっかくの観光客の皆さんも、がっかりな様子がニュースなどで伝えられています。
中には、咲いた頃また来ようなんてお客さんもいらっしゃって、
そのうちに雪なんか降らなきゃいいんですが。

まぁ、本当に日本人の旅行好き、観光好きには驚くばかりですが、
旅で思い出すのは、皆さんもご存知の松尾芭蕉先生。
日本の旅行作家の大先輩ですね。
旅しながら、行く先々で篤志家、まぁ今で言うファンクラブの支部長さんのような方から
饗しを受け、句会を模様しては大人気の旅でございます。

今でも、そこらへんの観光地に行くと、松尾芭蕉の句碑なんていうのが至る所に立っていて
へぇ~こんな処にも来ていたんだ、なんて感心はしょっちゅうで、
逆にありがたみが薄れるってくらいですね。

で、秋の句といえば越後・市振の宿で読んだ

一家に遊女もねたり萩と月  というのがなんとも色っぽいのですが、

この市振、私の実家のすぐそばということもあって、やけに親しみを感じる句でもあるんです。
で私が中学生の時の国語の時間なんですが、
この松尾芭蕉先生と旅を一緒にしている河合曽良っていう男がいるんですが、
これを、女性にしてしまって くノ一 としたらどうだろうなんて悪戯を考えてみたことがあったんですね。
というのも松尾芭蕉先生には、実は忍者で各地の様子を探る旅をしていたっていう
まことしあかな話があるもんですから、いっそのこと曽良を女にしちまえって。

芭蕉先生と女性の曽良が夫婦旅行のような旅をしたなら奥の細道はどんなふうに読めるだろう
って想像力をふくらませるひねりを加えて遊んでみた。

まぁ中学生の色気ついた子が考えそうな話なんですけど、遊女やくノ一に囲まれた先生。
月を見上げてどうだったんでしょうね。

ところで、日本全国を漫遊する有名人といえば、芭蕉先生と双璧をなすのが、水戸のご老公こと
水戸光圀公ですね。
そう、格さん助さんはもちろん、うっかり八平やかげろうお銀の由美かおるを引き連れて、
諸国漫遊をしながら悪を懲らしめるなんていうのはいかにも日本人好みのお話。

ちなにみ、私、抱腹亭絶倒は西野バレエ団の近くのブティックで由美かおるさんをお見かけし、
11PM以来のファンでもあるので、思わず、ぽっ~っとしたことがあったとか無かったとか…

でも、実際の水戸のご老公。藩主のころは江戸詰めで引退後も関東の中も旅をしなかったというのが
真実のようで、これはもう放送作家さんの力量たるや感心するしかないですね。
もっともそのおかげで、NHKののど自慢よろしく日本中のご当地をめぐる黄門様ご一行に
私ども下々の者は拍手喝采で、由美かおるさんの入浴シーンもお楽しみというおまけ付きなわけです。

さて、この水戸のご老公、旅はあまりしなかったかもしれませんが、新しもの好きだったようで、
光圀公が大日本史編纂の際に招いた中国の儒学者朱舜水が光圀公にラーメン献上したという記録が
レシピ付きで残っているそうです。

ただ、残念なことに私、抱腹亭絶倒はラーメンをあまり食べないものですから、
水戸の街を歩いていて至る所に水戸藩ラーメンなる暖簾をやのぼり旗を見ても
少しも食指を動かされない。

そのかわり、水戸名物の鮟鱇鍋や鰻の店を見つけると、思わずカメラを向ける始末です。

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今回も水戸の街を歩きながら、鮟鱇鍋の老舗、山翠さんを見つけてパチリ。
(こちらの鮟鱇鍋はあん肝を練りこんだ味噌を加えるのでコクがあって美味)
お武家さんが造る酒、郷乃誉を買ってはパチリと楽しんでいます。

DSCN1139_convert_20100926233553_convert_20100927230837.jpg  DSCN1141_convert_20100926233617_convert_20100927230902.jpg

そして、由美かおるさんに似ている…と聞こえたかどうか、
抱腹亭絶倒の旅のパートナーさんは、駅前にご老公様一行のお姿を拝見し
「あぁ、あった!」と自分の記憶に安堵するように写真をパチリとし
道に咲くマンホールの梅にもパチリとしたのです。

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仕舞いには、ラーメンならぬパエリアで水戸のグルメをご満喫。
(那珂湊で求めたムール貝を使い、貝の出汁を染み込ませた抱腹亭絶倒オリジナルです)
ご老公のように、かっかっかっかと高笑いしながら、旅を続けるのです。


お後がよろしいようで。



テーマ : 国内旅行
ジャンル : 旅行

水戸の秋

お元気ですか?

すっかり秋めいて、肌寒くなっってきました。
季節の変わり目、特に気温が急に下がるとアレルギー反応が出て
鼻炎が始まりちょっと憂鬱になります。
季節の変化、どうお過ごしでしょうか。

土曜日から所要で水戸に出かけていました。
食いしん坊で飲み助の私とパートナーさん。
日頃お世話になっている近所の酒屋さんで
「今度水戸に行くんですけど、美味しいお酒を教えて」って情報収集。
酒屋のご主人、うてば響くとばかり、
「郷乃誉がいいよ!」って。

ご主人のお勧めは我が家の好みと合って、これまで間違いがありません。
これは期待が持てます。

と、ウキウキワクワクの水戸ドライブ。

例によって朝早く出、お昼についた水戸。
ネットで調べてあった酒屋さん金澤留造酒店を訪ねて郷乃誉を買い求めます。
郷乃誉を造っている須藤本家株式会社さんは武家が酒造りをしたという古い造り酒屋さんだそうで、
お勧めの純米吟醸をいただくことにします。お値段も手頃です。

で、美味しいお酒の話はここまでにして、次回ご紹介しますね。
乞うご期待!


以前私が水戸に仕事で来たときに大洗に寄り、国道沿いの海産物センターで
蝦蛄をケース買いして、家で調理して食べたことがありました。
そんな思い出を車中で懐かしく話していたのですが、

パートナーさんは酒屋さんのご主人に、
「大洗に行こうと思っているんですけど、海産センターのようなとこあります?」って聞いています。
「それなら、那珂湊がいいよ、観光バスも寄るこのあたりでは有名なところですよ」って
ほう、“美味しいものは地元っ子に聞け”ですね。

ということで、那珂湊に足をのばすことにしました。

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新鮮でお安い魚がいっぱいならび、歩いているだけでも楽しくなります。
こうゆう賑わいが大好きな私。
パートナーさんは、ホテルで食べる夕食のおかずを探しています。
お刺身を買ってホテルで宴会という算段です。

と、目にとまったのが、ムール貝。一桶500円!

私がフランスでムール貝のワイン蒸しを食べ、それをパートナーさんにも披露してから、
パートナーさんも大の好物のムール貝。
最近はあまりお目にかかることが無かったので、早速買い求めることに。

他のお店も覗きながら「戻ってきたよ」って言ったのがよかったのか
400円におまけしていただきました。

その日、ホテルの部屋ではマグロと岩牡蠣をおかずにワインと日本酒で
宴会を楽しみ、

今、帰宅し、ムール貝のワイン蒸しを楽しんだ我が家。

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ふっ~う。満足!

食欲の秋ですね!

テーマ : 国内旅行
ジャンル : 旅行

壊れた?

お元気ですか?

秋分の日、ベランダから大きな月を見てパートナーさんの作ったおはぎを食べたら
すっかり秋らしい雰囲気。
パートナーさんはこし餡やきなこやごまのおはぎ作りが好きで、
時々食卓にならぶ。

季節の変わりめを楽しむのに、空を見たり食卓を眺めたり。
家庭で出来るささやかな楽しみ。


今日、HDDが壊れた。
昨日、ジジーカシャカシャ音がするので、どうしたのだろうと思っていたら、
HDDのデータを認識しなくなってしまった。
これは痛い。
私にとっては重要なものがそっくり入っている。

メーカーのサイトを見てみると、同じ製品で不具合もあるようだが、
対象製品ではないようだから、ソフトウエアのバージョンアップで直るものでもない。

今朝になって音がしなくなったので、一時的にも直ったかな?と期待したが、
今度は、HDDそのものを認識しなくなっている。あちゃ~である。

朝、メーカーに電話をして症状を伝えたら
カシャカシャ音がするのには、HDDに書き込みをする針が壊れてしまう場合と
電圧が下がる場合があるそうで、
電源を壁から直接とってやってみてくれという。
試したけれど、変わらない。
メーカーへの修理を依頼しなければならない。

購入時期を伝えると、保証期間だという。
ただ、保証書はHDDが入っていた外箱だそうで、購入時にさっさと捨ててしまっている。
幸いレシートがしっかりしていれば、大丈夫と言ってくれたので、
購入店に持ち込んで、修理を依頼するようにしよう。

基本的に、HDD内のデータは消えてしまう可能性もあるがどうなんだろう。
データが残ったまま修理は出来ないのだろうか?


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大切なデーターが入っている。お願い!
無事に帰ってきて欲しい!

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

福井の旅 5 (恐竜博物館)

お元気ですか?

福井の旅も最後を迎えました。
永平寺を堪能した私は、パートナーさんの熱い希望を叶えるため、
福井県立恐竜博物館を目指します。

パートナーさんは恐竜が大好きで、ニューヨークに遊びに行ったときにも
自然史博物館に行って、半日近く恐竜を見て廻っているくらい。

福井県は日本の恐竜の80%が発掘されるというところです。
しかも、カナダのロイヤル・ティレル古生物学博物館、中国の自貢恐竜博物館と並でび
世界三大恐竜博物館と言われる福井県立恐竜博物館。

パートナーさんが、逃すわけがありません。

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永平寺の山を下りて、しばらく走ると林に囲まれた中に銀色に輝くドームが現れます。
ワクワクモードのパートナーさん。
ちょうど、「アジア恐竜時代の幕開け」という特別展を開催中で、
中国からも化石標本が持ち込まれ、展示されています。
しかも、ホテルでチケットを買ったら、1000円の入場券が800円という割引だったので、
まるで、パートナーさんは“恐竜が私を待っている!”と言わんばかりです。

山肌に建った博物館の入り口は3階。チケットを見せパンフレットをもらって入ります。
長いエスカレーターに乗って一気に地下1階へ。
ダイノストリートと名付けられた廊下を通り、石版になった三葉虫や小魚の標本を眺めながら歩くと、

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恐竜丸々一頭の発掘標本が展示されています。
これは、博物館がアメリカから買い取って調査中の化石の見本レリーフ。
へぇ~、こんなふうに出土するんだ って分かる仕組みです。

階段を登ると1階。「恐竜の世界ゾーン」というメイン会場。
全身骨格を展示しているところです。

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パンフレットによると40体以上の恐竜骨格、千数百点の標本があるそうです。
しかも、実物の骨を組み上げて作られた展示もあって、迫力満点。

私は、全身骨格よりも顕微鏡で覗いて見る歯の標本や卵から生まれようとしている化石、
恐竜の皮膚の化石などに興味が惹かれます。

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途中、お腹がすいたので3階のレストランで食事。
月曜日にもかかわらずお子さん連れの家族で賑わっています。

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レストランは地元の方が働いているのでしょうが、
私は、あまりの手際の悪さに恐竜なみに吠えたくなってしまいます。
これで土日のお客さんはさばけるのだろうか?と他人事ながらイライラ。
パートナーさんに宥められてしまいます。

でも、300円の追加でフリードリンクにすると、コヒー、アイスシャーベット、
ポップコーンにソフトクリームが飲み放題の食べ放題!
ご利用される方には、是非、フリードリンクの追加をお勧めしますね。

レストランの隣には、映画館があって15分間の上映をしていますが、
パートナーさんは現物がいいとばかりに、映画館は素通りです。

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展示物の中には、実際に触れられるものもありますし、足の大きさを比べるのも楽しいですね。

そして、こうゆう博物館に来たら、コーナーに立っている係の人に声をかけてみるのもお勧めです。
「福井の恐竜」という展示コーナーのところにいらした女性に
「発掘された場所はどのあたりなんですか?」と尋ねてみると、
「北谷の…」と教えてくださいます。

ちょうど来る途中に山を削っているところがあったのですが、
そこは石の採掘場所で恐竜ではないようです。やっぱりか…とちょっと残念。

その係の人によると、
昭和55年に当時中学生だった女の子が石を拾って家に持ち帰ったところ
玄関先で落としてしまい、割れた石の中から恐竜の歯の化石が出てきたとか…

「もともと興味のある娘だったんでしょうね」なんて教えてくださいます。

福井の恐竜発掘の歴史を見てみると、(ふくいウェブさんより)

1982年(昭和57年):勝山市北谷でワニの全身骨格が発見される
1988年(昭和63年):勝山市北谷で予備調査を実施。小型肉食恐竜の歯を発見
1989年(平成 元年):第一次福井県恐竜化石調査事業
1990年(平成 2年):北谷で崖の層面発掘を開始
1991年(平成 3年):恐竜を含む脊椎動物の足跡化石を発見
1992年(平成 4年):恐竜足跡の連続歩行跡を発見
1994年(平成 6年):イグアノドン類(フクイサウルス)の全身骨格復元
1996年(平成 8年):第二次福井県恐竜化石調査事業
1996年(平成 8年):調査事業により、肉食竜の骨格を発見

となっています。
公式ではないのかもしれませんが、地元では有名な話かもしれません。
「隣町のあの家の娘がさぁ…」なんて。

特別展と常設展示をたっぷりと楽しんだパートナーさん。
満足気に最後にミュージアムショップを覗きます。

何か記念になるものは無いかな? って思うのですが、
どうも、私たちはこうゆうところに入ると、一気に気持ちが萎えてしまいます。
欲しいようなものが見当たりません。

結局パートナーさんは栞、私はトランプを買うことにしました。

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荷物になりませんし実用的です。

え?トランプ? コレクター的趣味を持ち合わせない私ですが、
トランプを集めるのは好きなんです。
それも、ちょっとレアもののトランプです。

どんなトランプかは今は内緒。ご紹介出来る時があるまで、ないしょないしょです。

さぁ、恐竜博物館を充分に堪能したパートナーさん。
私は、ちょっとお疲れ気味ですが、これからは、一路帰宅の旅です。

九頭竜川沿いに進み、九頭竜ダムを眺めながら帰ることとしましょう。
戦後日本のダム開発で話題になったダムです。

今回の福井旅行。自然と歴史を堪能した旅となりました。

東尋坊は今から約1,200~1,300万年前の新生代第三紀中新世の
火山活動で出来たものと考えられています。
恐竜が栄えたのは、ジュラ紀(約1億9500万年前~1億3500万年前)から
白亜紀(1億4550万年前~6550万年)で、白亜紀末期にはほとんどの恐竜が滅びています。

その遥か昔の歴史を持つ土地で、お経を読んだり戦をしたり…
人間って面白いですね。


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福井の旅 4 (永平寺)

お元気ですか?

福井の旅を続けましょう。

一条谷で朝倉家が栄たのは朝倉孝景(初代)が応仁の乱を契機に支配権を獲得してから
義景(5代)が天正元年(1573)に刀根坂の戦いで織田信長に敗れるまでの約100年間でした。

その遺跡が埋もれ発掘されているすぐ近く、山一つ越えたところに永平寺はあります。
朝倉家の時代からさらに、300年ほど遡った寛元2年(1244)に道元禅師によって開かれた
禅宗の総本山。坐禅修行の道場です。

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永平寺。高校生の頃に仏教を勉強していた時期があり、『正法眼蔵』『正法眼蔵随聞記』なども
読んでいましたので一度は訪れたいと思っていた聖地です。

佛の教えが経典としてまとめられ、教理宗派として体系づけられ分派する一方、
言葉では伝えきれないものを坐禅という修行によって教えに近づこうとする禅宗。
もっとも、道元には求めるための方法論としての禅があるのであって、
宗派宗教として唯一無二と言っているのではありません。

言葉で伝えきれない佛の教えを体得する禅を勧めながら、道元は言葉を非常に厳密につかい大切にしています。
そうゆうところも、高校生の私には惹かれるところでありました。

山門を奥に見ながら、祠堂殿に入りお坊さんによる参拝の案内を伺います。
永平寺は修行の道場ですから、豪華な絵画や仏像などはありません。
マナーを守り修行僧を写真に撮ったりしないでね、って。

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頂戴したパンフレットを手に、廊下つたいに進みます。
たいてのお寺がそうですが、永平寺も階段を昇り降りしますから、
お歳をめした方、足の不自由な方には大変です。でも車椅子の方もいらしていました。嬉しいですね。

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一般の方の坐禅研修に使われる傘松閣には天井に220枚の花鳥画が嵌めこまれています。
僧堂は文字通り修行僧が坐禅食事就寝を行う生活の場。
静かに通るだけで覗いたりカメラを中に向けたりはいたしません。

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道元禅師のお墓である承陽殿は石段を登った承陽門の奥にあります。

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法要が営まれる法堂は、七堂伽藍の中でも一番山高いところに位置しています。
毎朝の読経が終わった後に法堂を出た僧侶たちは、自然と永平寺全体を見渡すことになります。
さぞ心気持よく、身の引き締まる思いだろうと、私も法堂の前で見下ろしてみます。

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法堂の下は仏殿。永平寺の御本尊釈迦牟尼仏が祀られています。

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仏殿の隣には、庫院があり食事を作っています。廊下には巨大なすりこぎが飾られています。
私も料理が上手になるようになんて思いながら、触ってみました。

実は、庫院は永平寺にとってもとても大切な場所です。
永平寺全体が修行の場所ですから、そこに軽重上下はありませんが、
私には、やはり庫院が重要に思えます。

道元禅師が著した書物の中に『典座教訓』というのがあります。
典座というのはお寺で食事の係をする人の事です。仏教の修行者が食事の事をわざわざ教えとして
書き記しているのは非常に珍しいのですが、これには道元の強烈な経験がもとになっています。

道元禅師は14才の時に比叡山で出家し、貞応2年(1223)24歳の時に宋に渡ります。4月、慶元(寧波)に着きますが、寧波は現浙江省東部の港町で、遺唐使の上陸港として知られ、宋・元時代は日本の禅僧が多く上陸した地です。道元の感慨いかばかりかと想像が出来ます。逸る心に早く現地の僧侶と話がしたいと思ったことでしょう。

その道元が乗っている船に、歳老いた典座が食材の買い付けにやってきます。
その典座に道元は、「どうして坐禅や経典の勉強をしないで食事係なんてやっているの」と聞きます。
すると、典座は「外国の好人、未だ弁道(仏道)を了得せず、未だ文字を知得せざること在り」 《 典座教訓 》
と答えます。「なんにも分かっちゃないね」と笑ったのです。

はっとした道元は、すぐに非礼を侘び、「修行ってなんですか、文字を知るってなんですか」と訊ね、
「お寺には貴方の代わりの人は沢山いるでしょうから、是非泊まっていってお話を聞かせてください。」と相手の都合も考えずに言います。
まぁ、初めての宋で僧侶に会い、「分かっていないね」と言われたんですから、気持ちはわからないでもないですが、道元も若いですね。
典座は「年老いての再修行です。どうして自分の勤めを他人に代わってもらうことができましょうか」と言って船を降りてゆきます。

日本にあって仏教の中心地比叡山や建仁寺で学び、自信を持っていたでもあろう道元が、
いきなり「分かっていない」と冷水をかけられたのです。

後に上陸し、天童山で修行をしている道元にこの典座が訪ねてきて、
道元は教えを受けることになります。
言葉とはなにか、修行とはなにか… 『弁道話』というお話なのですが、
ここでは深入りしないこととしましょう。

かくして、道元は修行は坐禅をくむことばかりではなく、日常の全て、
食事、洗濯、入浴はもちろん、寝起きも修行であり、自分が行う全てに修行がある以上、
他の者に代わることは出来ない。という事を学んでゆくのです。

道元の教えにはもう一つ『赴粥飯法』というのもあります。こちらは食事の作法を説いたもの。
器は両手で持つとか、食事中はおしゃべりをしないとか、一緒に食べる人とあわせて食べるとか…
とても合理的な教えが書かれています。

いかがです?
禅宗と聞くと、坐禅を組んだり禅問答など難しい話が出てきたりと
とっつき憎い感じが強いかもしれませんが、日々の生活の全てが修行と聞くと
なんだか、親しみやすくありませんか?

しかも、生真面目に根を詰めて修行をしていれば“もっと気楽におやりなさい”と言いますし、
ちょっと気が抜けてくると“もう少し気合を入れてめりはりつけて”と指導します。
なんだか、普段の生活そのままですよね。

そんな教えの出発点が、『典座教訓』であり庫院なのです。

高校生の頃に道元を読み、七百数十年の時を超えて活き活きと伝わる話に
感動を得た私は、今ようやく永平寺の庫院にやってきました。
高校生の頃と同じ静かな感慨と教えが生きていることに感謝しましょう。

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山門は永平寺最古の建物です。両脇には四天王が祀られ、「吉祥の額」が掲げられています。

瑠璃聖宝閣で道元禅師直筆の書を見たり、永平寺の寺領を認めた信長の「天下布武」の印を見て
外に出ます。

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寂光苑をお散歩し、蓮の花が咲いていたので写真に撮り、鐘をついてみました。
何を祈ることもないのですが、今あることを感謝します。

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お土産物を買うこともないので、永平寺の瓦修繕に寄付をして記念品をいただきました。
仏法僧。僧侶の皆さんが修行に専念出来ることを願います。

私の修行はどうなるのでしょうね。

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福井の旅 3 (一条谷遺跡)

お元気ですか?

当地、今日は気持ちの良いくらいの青空が広がっていますが、
風は肌寒いくらいです。
すっかり秋めいてき、先週までの30℃を超す暑さが嘘のようです。
夜も冷えます。皆様もどうぞ体調管理にはお気をつけください。


福井の旅を続けます。
せっかく日本海側、越前カニで有名な福井県に来たのですから
カニは時期が違いますが、
何かおいしいお魚でも食べたいなとパートナーさんと話していました。

地のお酒の飲める居酒屋さん、お寿司屋さんで楽しみたいと
パートナーさんも出てくる前からネットで検索をしています。

でも、どうもこれといったお店が見つかりません。
しかも、ようやく見つけたお店も、日曜日が定休日。
あれれ、お店で食べることが出来ないの?そんな不安が募ります。

昨日の土曜日は駅ビルやデパートの地下の食品売場を歩き、街をリサーチ。
パートナーさんは、お醤油を買います。
特産品売場には名物焼き鯖が豪快な姿焼きで並んでいますが、
聞くとノルウェー産とのことです。

デパートの地下にはお客さんの姿がまばらで土曜日の夕方とは思えないくらいでした。

福井の人は、週末は外出をしないのでしょうか?
地方都市の経済活動が気になります。

そして、今日の夕ごはん。
結局ホテルにおいてあったチラシの居酒屋さんに行くことにしました。
今回はこれで良しとし、次回越前カニを食べに来る時は、
料理旅館に泊まるか週末を避けて来ることにしましょう。


月曜日。
夜に降った雨が、少し残っていますが、観光をするのに問題はなさそうです。

一条谷朝倉氏遺跡という史跡に向かいます。駅から車で20分ほど。

朝倉氏は来るときに、パートナーさんが浅井長政と朝倉、織田信長との話を教えてくれた、
あの朝倉氏です。

南北朝の時代に移り住み、応仁の乱を契機に越前の支配権を得、
一乗谷に城を置き権勢を誇りました。
しかし、織田信長と敵対し、天正元年(1573)8月に刀根坂の戦いで敗れ、
一条谷は焼き払われ、埋もれてしまうのです。

昭和46年に国の特別史跡に指定されたことにより、発掘調査が進められ、
とても見ごたえのある史跡として公開されています。

(物知りのように書きましたが、パンフレットを見てお勉強しました。)

福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館 に立ち寄り発掘品やジオラマ、年表などを見て
知識を仕入れていきます。
一部屋だけの展示室ですが、中国からの交易で入ってきた磁器や陶器、
庶民が使っていた素焼きの器、京都の文化に憧れたであろうお茶の道具などが展示されています。

一条谷遺跡は、東西を山に挟まれ谷底を流れる一条谷川に周辺に建てられた集落です。

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資料館との共通チケットで町並みを復元した跡を見ることが出来ます。
土壁に囲まれた武家屋敷や町屋の様子が発掘調査から復元して造られています。
左の写真中程にあるのは井戸ですが、遺跡のあちらこちら、家々のそれぞれに井戸があります。
川沿いの集落ですから水は豊富であったはずですが、それにしても井戸の数の多いのにびっくりします。

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八地谷には月見櫓跡が見られます。
朝倉氏の歴史は戦いの歴史です。戦国時代、国盗りとともに一向一揆との戦いも激しい時代です。
月見櫓などと言っても風流なものではなかったでしょう。

谷の地形は一度攻められれば守るのにきついものがあります。
谷の入口を見渡すとともに、
山城の見張りからも月見櫓に合図が送られて来たことでしょう。
そんな想像をたくましくして、地形を見ながら歩きます。

DSCN1048_convert_20100917082331.jpg DSCN1050_convert_20100917082438.jpg DSCN1051_convert_20100917082507.jpg

川の東側には朝倉義景館跡があり、唐門が趣を伝えています。
豊臣秀吉が義景を弔うために建てたと言われ、現在の唐門は江戸時代の再建だそうです。

門をくぐると、屋敷跡が広がります。堀で三方を囲まれた屋敷は主殿や会所、茶室などとともに
花壇や庭園もあり、生活感が見て取れます。
東側からは、山城に登る坂道が整備されています。日々行き来していたのでしょうね。

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一条谷遺跡。発掘された遺構や復元された屋敷などを見ながら
1時間ほどの歴史散歩を楽しみました。

次は、永平寺を目指します。
またのお付き合いを。

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福井の旅 2 (東尋坊)

お元気ですか?

福井の旅、1日目は東尋坊を目指します。
敦賀ICで高速道路を降り、しおかぜラインという海岸線を
敦賀半島を左手に見ながら北上します。

DSCN0934_convert_20100914105837.jpg  DSCN0939_convert_20100914105914.jpg  DSCN0941_convert_20100914105957.jpg

敦賀湾と若狭湾に挟まれた敦賀半島には、7基の原子力発電所があります。
以前、その一つの近くに行ったことがありますが、海が大変綺麗なことに驚きました。
原子力発電では冷却水に海水を使いますが、排水口から流れる水は温度が上がっています。
そのため、海の生態系もかわるでしょう。
漁業補償なども必要ですね。

原子力発電所をつくると、国から補助金が出ますし、電力会社からは法人税収入が見込まれ、
なんだかんだと寄付金のようなものも入ります。
全てがいいことばかりではないかも知れませんが、街は大きく変わるでしょう。

発電所の周りは、人や車の出入りもすくなく静か。木々に囲まれてひっそりとしています。

しばらく走ると、北前船主の屋敷跡がありました。
北海道出身の私としては敬意を払い、立ち寄ります。
といっても建物の周りをちょっと見て、船の写真をとっただけ。
こんな小さな船で北海道から昆布を積んで沖縄まで行くのですから、
すごいもんですね。

DSCN0943_convert_20100914110326.jpg  DSCN0948_convert_20100914110720.jpg  DSCN0949_convert_20100914110832.jpg

パートナーさんは、マンホールの蓋がお気に入り。
旅先の街を歩いていて面白いマンホールを見かけると、パチリとします。
越前海岸は、冬の時期水仙の群生も有名ですね。
ズワイガニの飾りが温泉マークを持っているかと思うと、電柱にもカニと水仙が飾られています。

DSCN0951_convert_20100914111513.jpg  DSCN0952_convert_20100914111544.jpg  DSCN0953_convert_20100914111620.jpg

そんな風景を楽しんでいると、東尋坊に着きました。
売店の呼び込みが手を振っているのを避け、市営駐車場に車を停めます。
お買い物の好きな方や売店で食事をする方にはいいのかも知れませんが、
私たちは買い物も、食事もしません。

ここでのお楽しみは風景を見て、遊覧船に乗ることです!

実は、パートナーさんは遊覧観光に縁が薄いのです。
宮城県の松嶋に行った時も、西伊豆の堂ヶ島に行ったときも海からの景色を楽しもうと
遊覧船に乗ろうとすると雨。
極めつけは、知床半島。2週間の北海道ドライブを楽しんだときも、知床半島だけは雨。

パートナーさんは「今日はジンクスをやぶるぞ!」と気合を入れていただけに、
すっかり晴れて穏やかな海に大満足なのです。
(実際、翌日は朝方雨が降り、波が出たため遊覧観光船はお休みだったそうです。)

足取りも軽く、HPから打ち出したクーポンを手に遊覧船のチケット売り場へ直行します。
1200円のチケットが1100円。ちょっとお得です。

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遊覧船は20名ほどの観光客を乗せて雄島を目指し、半周したところでUターン。
船の中では、初老のおじさんが某公麻呂?といったでしょうか、漫才師のマネのような
口調で冗談交じりの解説をしていますが、ちょっと耳障り。
テープでも流してくれたほうが、よっぽど聞くのに…。

DSCN0962_convert_20100914111734.jpg  DSCN0963_convert_20100914111832.jpg  DSCN0966_convert_20100914111905.jpg

観光船は浸食した海岸や切り立った輝石安山岩の柱を案内しながら、戻ってきます。
充分満足出来る遊覧観光です。

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船から上がったら、今度は岩の上から覗いてみましょう。
怖いもの見たさはやんちゃ坊主の常ですが、毎年何名かはケガをするそうです。
小さな男の子が「死にたくないよう」って半べそ声で訴え、周りの笑いを誘っています。
本人は必死なんでしょうに。

DSCN0975_convert_20100914112115.jpg  DSCN0977_convert_20100914112147.jpg

よろしかったら、クリックして大きくしてみてください。
かなり先端の方まで歩いていく人もいます。

さて、この東尋坊

時は寿永、民に巨悪の限りをつくした東尋坊という名の怪力の悪僧。在所の美しい姫君に心を奪われた東尋坊は、恋敵である真柄覚念という僧と激しくいがみ合ったとされる。ある時、岩場の上で酒宴を催した真柄覚念は、すきを見て東尋坊を断崖絶壁から突き落とした。天候はにわかに崩れ、雷と暴風雨が四十九日続いたそうな。毎年命日にあたる四月五日は、東尋坊の怨霊が大波と化し、岩壁を激しく打ち殴り続けたとか。

三国観光協会のHPに書かれてあります。 ←どうぞ、HPも御覧ください。

どうも生臭坊主というのはいるものですね。
こんな解説も船の中でしてくれるのですが、三人吉三を思い出して苦笑い。
今回の旅では永平寺にも訪れます。
真面目な修行僧に接して心を洗わないといけないですね。

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遊覧観光船と岩場を歩く東尋坊。すっかり満足しましたので、お昼ごはんに。
と言っても車の移動ですから、そんなにお腹はすいていません。

福井ではおろしそばが名物と聞いたので、美味しいよと教えていただいたお店へ。
パートナーさんは単品で。私はもう一つの名物というソースカツ丼をセットにしたものを
いただきました。
単品550円。セットで850円です。

そばも大根も地のものだそうで、さっぱりとしたお味。
東京のそばのように、きりっと楽しむのとは趣が違いますが、これはこれでいいでしょう。
でも、どうしてソースカツ丼のようなものが名物になるのかがわかりません。
ご飯に薄いトンカツを乗せ、ウスターソースをかけたものです。
丼の下のほうには、ソースがちょっと溜まってご飯への染み具合も多め。
私の趣味からは遠い丼でした。

でも、福井のスパーにはソースカツ丼のソースというのが売っていましたから、
売れているんでしょうね。 
土地には行って経験してみないとわからないものが、沢山あります。

DSCN0981_convert_20100914112402.jpg  DSCN0982_convert_20100914112519.jpg  DSCN0983_convert_20100914112431.jpg

さぁ、今日はあと一箇所。丸岡城を見学してみましょう。
道の駅に寄った際、観光案内のおじさんが、是非行くといいよと教えてくれたお城です。

天守閣が現存する最古のお城だそうで、しかも、屋根瓦が焼き瓦ではなく、
石を削ったものとのこと。ちょっと興味を惹かれます。

そして「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」という戦場から送られた
本多重次の手紙でも有名なんだそうです。
このお仙というのが、後の丸岡藩主本多成重。

この有名な手紙。誰が?いつ?というのはすっかり忘れていましたが、
戦国時代に国元に送った手紙ということだけは子供の頃から記憶にあった私。

パートナーさんは「聞いたこともない。知らない!」と言います。
挙句のはてには、「貴方いくつ?年齢詐称しているでしょう…」 って。

年齢詐称はともかく、歴史好きのパートナーさんに一矢報いたかな?

丸岡町では手紙文化を大切にする思いから、
「日本一短い手紙」を募集し、一筆啓上賞という企画を行っています。
お城へつづく石段にも、これまで寄せられた面白い手紙が紹介されています。

手紙の好きな私としては、興味がありますが、文才はありません。
他所様のセンスの良さに感心するやら、笑うやらで楽しませていただきましょう。

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福井の旅 1

お元気ですか?

9月もなかば。さすがに暑かった夏も次第に涼しさを感じる頃になりました。
夜になると、鈴虫や興梠が鳴き、やんちゃ坊主さながらの寝姿の私も、
肌掛けが欲しくなってきています。

11日の土曜日から、福井に小旅行。いつものように車旅です。

朝、6時過ぎに家を出、東名高速を西に向かいます。
今日のメインイベントは東尋坊。
テレビの刑事ドラマなんかで見た…そんなイメージがありますが、
行くのは今回がはじめて。

でも、高速道路でいきなり福井に入ってしまうのではもったいないですね。
そこで、一旦敦賀で下りて海岸線を走ることにしまいた。
米原から北陸自動車道に入り、敦賀に向かいます。

今日は、そんな旅の途中のおはなしです。


東名高速、名神高速と経て、車は米原から北陸自動車道を進みます。

しばらく走っていると、賤ヶ岳という表示が目に止まったパートナーさん。
「7本槍って知ってる?」と話かけてきました。
日本史に疎い私が「ん?」って顔をしていると
「じゃ、加藤清正の主は誰?」
「豊臣秀吉でしょ!」
「すご~い!」
「だって、加藤清正といえば虎退治。虎退治と言えば朝鮮出兵だから、豊臣秀吉。」
「へ~、三段論法ならぬ、四段論法だね。」と、変な感心をするパートナーさん。
ちょと嬉しい私ですが、でもここまでです。

「この賤ヶ岳の戦いで、功績のあった武将をとりたてたという話だよ」
「ふぅ~ん、そうやって重役を揃えて基盤を整えていったんだね。」と経営論的表現に置き換える私。

この会話がきっかけで、パートナーさんの車中歴史講座が始まりました。

「地図を見ながらだと分かりやすいんだけどね、このあたりは浅井家が治めていて、
北には朝倉家があって仲が良かったんだよね。京に出るためには通らなければならない
要所ということもあって。」
「そこに、新興勢力である織田信長が出てきて、浅井家と仲良くしたい。
でも、朝倉家と織田信長は仲が良くないから、浅井の爺さんは織田とは同盟を結びたくない。」
「でも、時代の流れを見るのに敏だった浅井長政は織田信長とくっついたほうが良いと思っている。」

「それで、織田信長は妹のお市を浅井長政のお嫁さんにして同盟を結んじゃうの。」

「しばらくすると、織田信長はやっぱり朝倉を攻めるんだけど、この時、浅井に断りもなしに
攻めてしまったから、浅井長政は怒っちゃう。」
「そこで、お市の方は織田信長に使者を送るんだけど、小豆の入った袋を持たせる。」


「その袋は何なの?」

「朝倉を攻めて北上すれば、後塵を浅井に囲まれて袋の鼠になるよってこと。」
「それで、織田信長は逃げ帰ることになるんだけど、かっていた浅井長政が敵になった
ことで、織田信長はずーっと恨みに思って、後に浅井長政を滅ぼすと、その頭蓋骨を器にして
酒を飲んだっていうの。」

「そんな、織田信長を野蛮だって石田三成なんかは嫌うんだけどね。」
「でね、その織田が退却するときに一番危険なしんがりを務めたのが、豊臣秀吉。」


「その時はまだ豊臣じゃないよね。なんだろう?」
「羽柴にもなっていないっじゃないかな?これで羽柴になるのかな?」

パートナーさんの歴史講座は続きます。
車は浅井長政とお市の方が暮らしていた、小谷城のあたりを走っています。

「で、このころから豊臣秀吉はお市の方が好きで、娘の茶々を側室にもらうんだよ。」

聡明で美しかったというお市の方は、小谷の方とも呼ばれ、
浅井長政とも大変仲が良かったと言われています。

「面白いね。貴方の話、とってもよく分かるし面白いよ。
どんな本を読んでそういうの覚えるの?」


パートナーさんが歴史好きなのは、色んな歴史小説を読んで、登場人物が動きまわっているから。
小説を読むうちに何故どうしてが染み付いて、大きな物語として歴史が記憶されています。
だから、聞いている私も面白いのですね。

パートナーさんの車中歴史講座が終わり、私がひとしきり感心し楽しんだころ、
車は敦賀のICを降ります。

しばらく走ると海が見えてきました。敦賀湾です。
海の向こうには敦賀半島。
この半島は、半島全体で7基も原子力発電所があり、高速増殖炉「もんじゅ」もここにあります。
テロや大きな地震があったらどうするんだろうと心配にもなりますが、
穏やかな敦賀湾の風景はそうゆう心配を忘れそうになります。

さぁ、海岸線の景色を楽しみながら走りましょう。
岩場には釣り人が何人もいます。



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ナイル殺人事件

お元気ですか?

夏の残りを精算するかのような日差しです。
パートナーさんは嬉々としてお布団を干しています。

パートナーさんはお布団を干すのが大好きで、少しでも天候が良いと
空を見上げて「お布団干せるかな?」って言っています。
普通のご家庭ってお布団干しはどのぐらいの頻度でするのでしょう?

お布団干しが大好きなパートナーさんは、アガサ・クリスティーも大好きです。
ポワロは全部読んでいるらしく、
NHKで放送された「名探偵ポワロ」はすべて録画してDVDに。
当然ながら、私も一緒に見るのですが、デビッド・スーシェ演じるポワロには
感心しきりです。

NHKで「ナイル殺人事件」を放送していたので、見ることに。
こちらは、ピーター・ユスチノフがポワロを演じています。
1978年のアメリカ映画。
ミア・ファーローや ジェーン・バーキン、アンジェラ・ランズベリー
それに名優デイビィッド・ニーブンというオールスターキャスト。

加えて、ピラミッドやスフィンクス、神殿といった名所を楽しませてくれる
贅沢な作品です。

ストーリーはご紹介しませんが、
アガサ・クリスティーがエジプトを旅行した際に実際に船旅をした経験から、
アイデアを生んだというなるほどと思わせるもの。

「オリエント急行殺人事件」と同じように、登場人物の誰もが怪しいのですが、
ストーリーの中で違和感無く立ち位置が出来ていて、面白い。
そうそう、オリビア・ハッセーも出演しているという点でも貴重な映画かもしれません。

ところで、現在のナイルクルーズはもっと大きな船で
カルナック神殿・ルクソール神殿、アスワンなどを周ります。
余程のことがなければ、殺人事件に巻き込まれることも無いでしょうから、
ぜひ楽しんでみたいものですね。


来週の月曜日から、前述のデビッド・スーシェ主演による「名探偵ポワロ」の
新作がNHKで放送されます。

「マギンティ夫人は死んだ」9月13日(月)午後9時00分~10時34分
「鳩(はと)のなかの猫」 9月14日(火)午後9時00分~10時34分
「第三の女」        9月15日(水)午後9時00分~10時34分
「死との約束」       9月16日(木)午後9時00分~10時34分

「ねぇ、ポワロの新作が放送されるよ」という私に、
「もう予約録画にしてあるよ」というパートナーさん。
恐れ入りました。


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サプリの手助け

お元気ですか?

昨日は敦賀から台風が上陸し、私の住む街を通りながら東海道を東京へ。
当地では生暖かい風と湿度は感じたものの、雨はお昼に短時間降っただけでした。
ところが、TVでは各地の雨被害を伝えています。
床上浸水や川の濁流、がけ崩れに道路の崩落など、大変な被害です。
お見舞い申し上げます。

最近、世界中から大規模な天災のニュースが伝えられています。
地球も病んでいるのでしょうか。


最近の我が家、サプリメントが欠かせません。
歳をとるにつれて関節の動きが気になります。
毎日のようにスポーツジムでエアロビクスやヨガをやったり、
弓道で弓を引き、体配(所作)で立ったり座ったりしていると、
膝や肘、肩の関節を酷使します。

先日もエアロビクスの最中にちょっと膝に違和感があったので、
ちょっと屈伸をして様子をみたりしていると
インストラクターさんが、「大丈夫?」って心配してくださいました。

弓道では、正しい骨の位置と筋肉の使い方をすればそうそうケガをすることはありません。
でも、引き方を直そうとそれまでと違うことを始めた拍子に、
筋肉を痛めてしまうということはあります。

そこで、「ねぇ、サプリメント買って」とパートナーさんにおねだりします。
「えっ~、欲しいの?」なんてまだ若いつもりのパートナーさん。
「備えあれば憂い無しって言うでしょう!」って

ちょうどスーパーの企画セールでグルコサミンとコンドロイチンの錠剤が
紹介されていました。
ネットで他のメーカーさんのサプリメントとお値段の比較をして、
お安いのを確認してから購入決定!

毎食時に2錠づつ飲んでいます。
一日10錠が目安だそうですが、説明書には少ない量から始めてくださいと書かれています。
ちょっとケチ? まぁいいでしょう。
いっぺんに沢山飲めば効くというものでもありません。
吸収される量を継続して摂ることが大事かな。

今日、やずやさんの「雪待にんにく卵黄」のサンプルプレゼントが届きました。
先日、ネットで応募していたのです。
2日分の袋が4袋。効果が試せるでしょうか?

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やずやさんと言えば、以前雑穀米のサンプルも取り寄せてみたことがあります。
それ以来、パートナーさんは雑穀米がお気に入りになって、
今では我が家のご飯の半分は雑穀米で炊いているようです。

今回の「雪待にんにく卵黄」
以前、知り合いの女性が、ご主人の為に買っているとおっしゃっていました。
私も、最近スタミナの低下が気になっていますので、
効果があるといいけどと、密かに思っています。

もっとも、我が家は普段からにんにくの消費量は多い方です。
野菜炒めやパスタ料理には欠かせないにんにく。

「家はトランシルバニアみたいだね。ドラキュラも避けて通るよ」とはパートナーさんの弁です。


暑い夏も台風が来るようになって一段落。
思わぬ夏バテが襲ってくるかもしれません。
皆様にも、食欲の秋を迎えるまえに、今一度、体のメンテナンスをお勧めします。


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『檀』

お元気ですか?

9月になったというのに、相変わらず暑さの話題が続きます。
TVでは山形の芋煮会の様子を伝えていますが、
暑さに人の出が悪く1万食が余ったとのこと、
去年はイベントの途中で具が無くなったと伝えていたことを記憶しています。
難しいものですね。

晴耕雨読などと言いますが、こう暑いと外出も控えがち。
家で本を読むのがなによりです。

『檀』という本が目に止まりました。
『深夜特急』の隣に並んでいて、著者は沢木耕太郎。

初めて読んだ『深夜特急』で文章の雰囲気に好感をもっていましたので、
他の本はどうゆう書き方をしているのだろう、と興味をもって手にとって見ます。

数頁めくりながら、文章に目を通すと、
おや、一人称で書かれています。しかも、檀一雄の奥さんのヨソ子夫人の口です。

この本は沢木耕太郎が聞き手としてヨソ子夫人にインタビューし、
夫人が語るというスタイルで檀一雄との生活を書いた本なのです。

檀一雄。直木賞受賞作『真説石川五右衛門』 (1951年)でわかるように
大衆小説、時代小説に人気のあった作家ですが、
有名なのは、最初の奥さんのことを書いた、『リツ子・その愛』『リツ子・その死』(1950年)
でしょう。
そして、『火宅の人』(1961–75年)。

しかし、白状しますと私は、そのどれをも読んでいません。
私が檀一雄の本で読んでいるのは、『檀流クッキング』『美味放浪記』だけです。
それも、流すような読み方だったと思います。

まず私は、私小説に若干の抵抗があります。
一つには、現実の作者がたいての場合主人公でしょうから、読者に対する売りが存在します。
すでに有名になっている作家の場合は特にそうですね。
“これが私の私生活だよ”っていう暴露的売り。

次に、登場人物の問題。『火宅の人』でもモデル問題が発生しているようですが、
実際に関係した人たちが、実名では無くても登場してそれと分かるのですから、
これはたまったものではありません。
たとえ、作者への理解があって本人が了解していたとしても、周辺の人たちに影響が
広がることは十分に想像できますね。

ですから、作品の主題、内容、表現方法…様々な点から十分に文学作品だ、
優れた芸術作品だという評価は生まれるのかもしれませんが、
私は素直に読むことが出来ないのです。

『火宅の人』もきっと読むことはないと思います。

ではなぜ、私は『檀』を読んだのでしょう。

檀一雄のように、愛人のところに行って家庭を顧みない生活に憧れているのでしょうか?
取材のため、一人大陸に渡ったり南氷洋の航海に出たりする放浪に憧れているのでしょうか?
旅先の孤独や愛人との棲み家に、小さなやすらぎを見出したいのでしょうか?

そうかも知れません。でも、本当のところは、
鬼のようにのた打ち回るヨソ子夫人の姿を知りたかったではないでしょうか。

男が愛人のもとへ出奔したとき、妻と家族はどうなってゆくのか…
妻はどのような気持ちで家族を守り、夫や世間と向きあうのか…

檀一雄に自分を重ねないまでも、“家庭の大事”に際しての妻の姿を知ることで、
何がしかの心を整理をしたかったのかもしれないのです。

ヨソ子夫人は、檀が「事をなした」のを知ると、子供のことも忘れ家を出ます。
しかし、しばらくして外に棲み家が無く、義母が自分の留守宅を仕切っているのを見て、
家に戻り強い決意で家を守ります。

相変わらず、檀は愛人と一緒の生活をし、たまに友人を伴って家によります。

ヨソ子夫人は、嫌っていた
「お妾さんを持った御主人を認めるというのと変わらない」姿になります。
雑誌や週刊誌に取り上げられると、近所の目にもさらされます。
時には、出版社にくってかかったりもします。

のんびりして、不器用だと自らを言うヨソ子夫人ですが、
決していい加減ではなく、しっかりと事を見て真剣です。

そして、生涯他人を悪く言ったことのない檀の正直で清々しい姿を愛し続けます。
ヨソ子夫人の好きな絵を買い求め、好きなレコードを忘れない檀を慕い続けます。

それにしても、どうでしょう。
自分の夫の情痴を書いた本が代表作と言われ、世間に評価される妻の心情は、
あまりにも残酷なはずです。

それを受け入れて生き、「不幸ではなかった」と言い切れる人間力には、
私のような小人は、ただただ、恐れ入るばかりです。

『檀』を読んだ私は、あらためて子供たちを含めた檀家の力強さを思います。

私も、檀のように正直で潔い人であれば許されるのでしょうか?
(檀は必ずしも許されていたわけではないと思いますが)
自分に正直に生きる前に、どこかで甘えてしまい、言い繕い、
挙句の果てに自分に辟易するでしょうか?

ヨソ子夫人によると檀一雄は人をひきつける魅力をもった人間だったそうです。
しかも檀自身は人の賑やかさと、その中にあってふとした孤独を必要とした人です。
檀自身も苦しんでいたのかもしれません。


沢木耕太郎は罪な取材をしたものだと思います。
取材の最後に、彼は
「将来、『火宅の人』を読み返すことはあるだろうか、」とヨソ子さんに訊ねます。
夫人の応えは、
「死ぬまで読むことはないでしょう」というものでした。



檀 (新潮文庫)檀 (新潮文庫)
(2000/07)
沢木 耕太郎

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『深夜特急』 続き2

お元気ですか?

昨日、沢木耕太郎氏の『深夜特急』の6冊目を読み終わりました。

ローマで、ミケランジェロのピエタに感動し、モナコのカジノで一勝負ともくろむも、
ジャケットを着ていないからと、入れてももらえず、
スペインを通過し、ポルトガルのサグレスで美味しい紅茶に旅の終わりを感じます。

パリで数日を過ごし、ロンドンへ。
さて、無事に中央郵便局で電報を打つことができるでしょうか。

沢木青年の1年2か月ほどの『深夜特急』。
これまでの香港・マカオ・シンガポールといった東南アジア、
インド・ネパール、イラクにトルコといった中東に比べ、
ヨーロッパは趣がずいぶん違います。

歩いていれば、誰かが声をかけてきて、向こうから事件がやってきたのが、
ヨーロッパに入ると、沢木青年は一人ぼっちです。
一つには、ローマ、南フランス、スペインといった土地が、
アジア・中東と違い、ずいぶんと都会であり、観光地であるせいでしょう。

しかし、私にはそれ以上にキリスト教文化圏であり、個の文化圏であることが
重要に思われるのです。


そんなことを考えながら、私もパリのある日を思い出していました。

その日、私はシャンゼリゼをお気に入りのシャツを着て、
1人お散歩をしていました。

友人のA医師が、「フランス語は難しいよ、シャンゼリゼなんかどう見たって読めないなぁ」
私に言っていたのを思い出していたり、
(彼は、ロシア語が堪能で、決して語学が不得手ではありません)

“昨日、レストランで会ったスウェーデンの男の子は今頃どうしているだろ”
なんて思い出しています。
その男の子は、大衆的な食堂で相席になったのですが、フランス語が出来ず、
料理を頼むことも上手くできません。
私が、メニューをもらい眺めながら注文をすると、
「フランス語分かるんですが?」と訊いてきます。

「ええ」と答えると、「僕はさっぱりわからなくて…」
心細そうな顔をして自分の前に置かれた料理を見ています。
フランスから遠い日本人の私がメニューを見ながら好きな食べ物をオーダーしているのに、
スウェーデン人の彼が、四苦八苦している。
同じ西洋人と思っても言葉の違いはあるんだ、とあらためて気付かされます。

私の注文した皿が並ぶと、なんだがもじもじしている彼。
お勘定のしかたが分からないのかな?と思い聞くと「そうだ」と言います。

ウエーターを呼び、「彼、お勘定だそうだから」と伝えると、
スウェーデン君は私に礼を言い、嬉しそうにして席を立って行きました。

無事に旅を続ける事が出来るだろうか?
そんなことを思わずにいられません。

そんな事を思い出しながら歩いていると、
「すみません」と後ろから声をかけられました。日本語です。
パリには日本人も多くいます。観光に来ている若い人たちも多く見かけます。
まして、ここはシャンゼリゼ。

でも、しばらく日本語を話していない私は、ちょっと身構えてしまいます。
何だろうと振り向くと、小柄な60歳を超えたぐらいの男性です。
身軽なジャケットを着て、歩きやすそうな靴を履いています。

「あのう、この近くでヨットに乗れるところはありませんか?」 男性はいきなり聞いてきます。
「この近くですか?」 パリです。セーヌ川はすぐそばにありますが、ヨットはないでしょう。
そう思いながら、「どうでしょうね」 と曖昧な態度でいると、

「実は、私医者で会議があってパリに来たんですけど、
用事が終わったので、仲間と別れて、ヨットに乗れないかなと思って…」
と説明を始めます。

「そうなんですか」 とどうしたものかと思案する私。

「趣味でヨットに乗っているものですから、せっかくだからフランスでも乗れないかと…」
「マルセイユとかニースとかならヨットも盛んですけどね」 と私。

「そうだ、この先にJALがありますから、そこに行って聞いてみたらいいでしょう」 と
私は、その男性を案内する格好でシャンゼリゼにあるJALまでお連れします。

何人かの観光客らしき日本人がいます。
私は男性を手のすいていそうなカウンターに連れてゆき、
「こちらの方が、ヨット遊びをしたいとおっしゃるのですが、ご案内できますか?」 と
カウンターの女性は丁寧な笑みを浮かべながら、
地図を広げてヨットの乗れそうな場所を示しています。

私は、JALがどうゆう案内をするのか興味深く見ることにしました。

しばらくすると、男性は 「なかなか難しそうだね」 と言って席を立ちました。
日程的な制約でもあるのでしょうか。

「せっかくだから、どう、ビールでも飲みませんか?」 と男性が言います。
こうゆのは歓迎です。
シャンゼリゼに並ぶカフェで道を眺めながら、ビールをあけます。

ボン・ボヤージュ!

私のシャンゼリゼの思い出。
焼き栗でもワインでもなく、ビールなのは
こうした事情があるからなのです。

旅に出るといろんな事に出会います。
ストライキで汽車が動かなかったり、美術館では貸出で御目当ての絵が見られなかったり。
でもそれも縁です。また来なさいという天の采配かもしれません。

そしていろんな人に出会います。
ヨットマンのお医者さん、東大のK先生。
慶応の先生とウイーンで酔っぱらっていたこともありました。

もちろん、現地の人たちとも出会います。
ユーゴスラビアの出稼ぎ女性であったり、
ウィーンの音大の先生やオペラ歌手であったりします。

どうやら、私の旅は人に会う旅のようです。
さぁて、次の旅はどんな人に出会う事ができるでしょうか?

ガイドブックに載っていない、人に出会う旅。

皆さんの旅はどんな旅ですか?


深夜特急〈6〉南ヨーロッパ・ロンドン (新潮文庫)深夜特急〈6〉南ヨーロッパ・ロンドン (新潮文庫)
(1994/05)
沢木 耕太郎

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『深夜特急』 続き

お元気ですか?

9月になり、今年もあと4ヵ月。
まだまだ陽射しは暑いのですが、ベランダから入る風は涼しさを伴っています。

先日から、沢木耕太郎の『深夜特急』を読んでいます。
新潮文庫第5冊目はトルコ・ギリシャ・地中海 です。

イランからバスでトルコ国境を越え、ノアの方舟で有名なアララット山を眺めながら、
トルコを縦断し、ボスポラス海峡。
イスタンブールでは、名物のフィッシュ・フライ・サンドウィッチや
みかんを食べながら、2リラ(約40円)を払ってフェリーに乗り、海峡を往復。
文字通り、東洋と西洋とを股にかけます。

そういえば、私の友人の女性も一人旅でイスタンブールに行った際、
港で鯖バーガーを食べ、フェリーに乗ったって言っていたなと思いだします。
現在のトルコリラのレートは55円ぐらいですから船賃が変わっていなければ、
110円ほどで15分のフェリーを楽しめることになります。
ツアーで行かれたとしても、早起きするとか、空き時間を利用して
自前オプションを楽しむのがお勧めですね。

イスタンブールを後にした沢木青年は国境の橋を渡って歩いてギリシャに入ります。
このあたりから、私にも馴染のある地名や風景が出てきて、
自然と目が先へ先へと文章を追っかけています。

アテネからミケーネに立ち寄る沢木青年は映画『エレクトラ』を回想しながら、
実際のエレクトラも、この地を歩いたのだろうと思いを馳せます。

沢木青年がこの時思いだしていた映画『エレクトラ』(1962年)は
マイケル・カコヤニス監督による『トロイアの女』(1971年)、『イフゲニア』(1977年)と続く
「ギリシャ悲劇三部作」。イレーネ・パパス(エレクトラ)が主演を務めています。
私も、岩波ホールで見ていますが、ロケによる映像は、ギリシャの太陽が印象的だった
記憶があります。

アテネを発った沢木青年はぺロポネソス半島を回り、パトラスに着きます。
ここで、イタリアのブリンディシに渡るのです。

この港、森鴎外も通った港で『舞姫』の冒頭に出てきますね。
「嗚呼、ブリンヂイシイの港を出でゝより、早や二十日あまりを経ぬ。」と。

当時、ヨーロッパへの渡航には、スエズ運河を通りブリンディシから上陸するルートがあったのですね。
漱石はどうやって行ったのだったかな?

*********


夏の日、私はシエスタで猫さえも姿をみせなくなったアテネの街を離れ、
列車でパトラスに着きました。
そのまま港に行きます。
船会社のオフィスに寄って出航時間を確認し、チケットを買おうと思ったのです。

港は閑散として人の姿は殆ど見えません。
貨物を運ぶトラックや自家用車もまばら。港全体が眠たそうですが、
それは、ギリシャのたいていの場所がそうですし、
港では時間帯により時計が止まったような顔をする時があります。

目指すオフィスは白い壁に大きな看板を掲げていましたのですぐ分かりました。
ドアもなく、2~3段階段を上り入ると1面がガラスで仕切られただけの
チケットオフィス。

目指す船はどれだろうと壁面の時刻表を眺めていると、
年配のご夫婦が目に留まりました。
小柄ながらしっかりした体つきの白髪の男性と、長身で細く上品な空気を持った女性。
一目で日本人だと分かります。

ギリシャのパトラスのような土地に、日本人がご夫婦だけでいるなんて、
何処からいらしたのでしょう。魔法のように登場した空気を纏っています。
ツアーで来て、ちょっと物珍しさに寄ったのかしらと思い、

「何かお手伝いできることがありますか?」と私は声をかけてみました。

すると、お二人同時に私の方を見て、おや?という顔をします。
男性が「君こそここで何をしているんだ?」としっかりした声で私に問い返してきました。

これが、私とK先生との出会いでした。

「これから、イタリアに渡るので、船の時間を調べに来たのです。」と言うと、
「私たちもパトラスから船に乗るんだが、出航は明日だ。
どうだ、これからホテルに帰るが、一緒に泊らないか?」
と誘ってくださいます。

もう、この段階で、その言葉づかい、眼光、奥様の物腰などから
普通の旅行者で無い事が観てとれます。
老齢とも言えるお歳にも関わらず、旅慣れた様子は私の比ではありません。
2人だけで動いているということは、土地の事情にも通じ、言葉も不自由が無い証拠です。

船会社のオフィスを出、タクシーに乗り、10分ほどでホテルに着き、チェックイン。
私は、旅慣れたご夫婦につき従う気の利かないカバン持ちの様相。
何をどうするのだろうとお二人を拝見しながら、従うばかりです。

「君は何故、ギリシャやイタリアを旅行しているんだい?」と尋ねるK先生。
東大の名誉教授を勤められ、ハイデッガーとも親交のあったという先生は、
私の学んできたジャンルとも重なるところがあり、次々と会話が展開していきます。
なんという嬉しい出会いでしょう。

ホテルのビーチで大理石の石ころが転がる上に腰をおろしながら、
イオニア海から続く深い湾になったパトラスの海を眺めている先生。
「多くの戦争と軍艦が此処を通ったのだな」と独り言を言いますが、
私には、何時の時代の戦争をさしているのが、はかり知れません。

先生は小さな手提げから、温度計を出して海水の温度を測り海に入って行きます。
大丈夫だろうかと心配する私をよそに、軽くひと泳ぎしてご満悦の先生。
「世界中どこでも泳げるように、温度計と水着はあるんだよ」という先生。
若い頃から泳ぎには自信があったそうです。

翌日の午後、パトラスの港を出港した船は、多くのバックパッカーや
もう少し上等な旅行者で満員にしてブリンディシに向かいます。

一泊二日の船旅。ブリンディシへの到着は夕方になる予定です。

バックパッカーの中には、甲板にリュックと一緒に寝ているものも居ます。
室内の椅子席に体を横たえている人も。
私も、そこまでではないにしろ、相部屋を覚悟していたのですが、
K先生のご厚意に甘え、同室に泊らさせていただきます。

イオニア海からアドリア海の入口、オトラント海峡へ向かう船。
夏の海は穏やかで滑るように船は進みます。

翌夕方、ブリンディシに船が着くと、タラップの下には、
リアカーがたむろし、ホテルまで乗っていけとうるさくつきまといます。
荷物持ち小僧の私は、それを断りながら、先生とタクシーに乗りホテルへ。

無事、お二人をホテルまでお送りしたところで、お別れです。
ロビーでお礼を申し上げ、帰国後の再会をお約束し、駅へ向かいます。

さぁ、ここからまた一人旅の始まりです。
長い旅の間のほんの一コマ。
でも特上の思い出を頂戴した、K先生ご夫妻。

旅には思いがけない出会いがあります。

『深夜特急』を読みながら、沢木青年がパトラスから乗るフェリー。
私が乗った船はもうすこし上等のようでしたが、本当のところは分かりません。

でも、この本が私に思い出させてくれた、旅の思い出は
私にとっては上等な思い出であることに間違いはありません。
夏のギリシャは私の中で、いつまでもK先生との出会いとして輝いているのです。

深夜特急〈5〉トルコ・ギリシャ・地中海 (新潮文庫)深夜特急〈5〉トルコ・ギリシャ・地中海 (新潮文庫)
(1994/05)
沢木 耕太郎

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ところで、私、夏に旅の話を書くのが癖のようです。
去年も同じ時期に旅の話を書いていました。
北海道で子供時代を育った私は夏になると飛び出したくなるのかもしれません。

よろしかったら覗いてみてください。

旅の思い出・・・フランス編1

旅の思い出・・・フランス編2

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