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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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『檀』

お元気ですか?

9月になったというのに、相変わらず暑さの話題が続きます。
TVでは山形の芋煮会の様子を伝えていますが、
暑さに人の出が悪く1万食が余ったとのこと、
去年はイベントの途中で具が無くなったと伝えていたことを記憶しています。
難しいものですね。

晴耕雨読などと言いますが、こう暑いと外出も控えがち。
家で本を読むのがなによりです。

『檀』という本が目に止まりました。
『深夜特急』の隣に並んでいて、著者は沢木耕太郎。

初めて読んだ『深夜特急』で文章の雰囲気に好感をもっていましたので、
他の本はどうゆう書き方をしているのだろう、と興味をもって手にとって見ます。

数頁めくりながら、文章に目を通すと、
おや、一人称で書かれています。しかも、檀一雄の奥さんのヨソ子夫人の口です。

この本は沢木耕太郎が聞き手としてヨソ子夫人にインタビューし、
夫人が語るというスタイルで檀一雄との生活を書いた本なのです。

檀一雄。直木賞受賞作『真説石川五右衛門』 (1951年)でわかるように
大衆小説、時代小説に人気のあった作家ですが、
有名なのは、最初の奥さんのことを書いた、『リツ子・その愛』『リツ子・その死』(1950年)
でしょう。
そして、『火宅の人』(1961–75年)。

しかし、白状しますと私は、そのどれをも読んでいません。
私が檀一雄の本で読んでいるのは、『檀流クッキング』『美味放浪記』だけです。
それも、流すような読み方だったと思います。

まず私は、私小説に若干の抵抗があります。
一つには、現実の作者がたいての場合主人公でしょうから、読者に対する売りが存在します。
すでに有名になっている作家の場合は特にそうですね。
“これが私の私生活だよ”っていう暴露的売り。

次に、登場人物の問題。『火宅の人』でもモデル問題が発生しているようですが、
実際に関係した人たちが、実名では無くても登場してそれと分かるのですから、
これはたまったものではありません。
たとえ、作者への理解があって本人が了解していたとしても、周辺の人たちに影響が
広がることは十分に想像できますね。

ですから、作品の主題、内容、表現方法…様々な点から十分に文学作品だ、
優れた芸術作品だという評価は生まれるのかもしれませんが、
私は素直に読むことが出来ないのです。

『火宅の人』もきっと読むことはないと思います。

ではなぜ、私は『檀』を読んだのでしょう。

檀一雄のように、愛人のところに行って家庭を顧みない生活に憧れているのでしょうか?
取材のため、一人大陸に渡ったり南氷洋の航海に出たりする放浪に憧れているのでしょうか?
旅先の孤独や愛人との棲み家に、小さなやすらぎを見出したいのでしょうか?

そうかも知れません。でも、本当のところは、
鬼のようにのた打ち回るヨソ子夫人の姿を知りたかったではないでしょうか。

男が愛人のもとへ出奔したとき、妻と家族はどうなってゆくのか…
妻はどのような気持ちで家族を守り、夫や世間と向きあうのか…

檀一雄に自分を重ねないまでも、“家庭の大事”に際しての妻の姿を知ることで、
何がしかの心を整理をしたかったのかもしれないのです。

ヨソ子夫人は、檀が「事をなした」のを知ると、子供のことも忘れ家を出ます。
しかし、しばらくして外に棲み家が無く、義母が自分の留守宅を仕切っているのを見て、
家に戻り強い決意で家を守ります。

相変わらず、檀は愛人と一緒の生活をし、たまに友人を伴って家によります。

ヨソ子夫人は、嫌っていた
「お妾さんを持った御主人を認めるというのと変わらない」姿になります。
雑誌や週刊誌に取り上げられると、近所の目にもさらされます。
時には、出版社にくってかかったりもします。

のんびりして、不器用だと自らを言うヨソ子夫人ですが、
決していい加減ではなく、しっかりと事を見て真剣です。

そして、生涯他人を悪く言ったことのない檀の正直で清々しい姿を愛し続けます。
ヨソ子夫人の好きな絵を買い求め、好きなレコードを忘れない檀を慕い続けます。

それにしても、どうでしょう。
自分の夫の情痴を書いた本が代表作と言われ、世間に評価される妻の心情は、
あまりにも残酷なはずです。

それを受け入れて生き、「不幸ではなかった」と言い切れる人間力には、
私のような小人は、ただただ、恐れ入るばかりです。

『檀』を読んだ私は、あらためて子供たちを含めた檀家の力強さを思います。

私も、檀のように正直で潔い人であれば許されるのでしょうか?
(檀は必ずしも許されていたわけではないと思いますが)
自分に正直に生きる前に、どこかで甘えてしまい、言い繕い、
挙句の果てに自分に辟易するでしょうか?

ヨソ子夫人によると檀一雄は人をひきつける魅力をもった人間だったそうです。
しかも檀自身は人の賑やかさと、その中にあってふとした孤独を必要とした人です。
檀自身も苦しんでいたのかもしれません。


沢木耕太郎は罪な取材をしたものだと思います。
取材の最後に、彼は
「将来、『火宅の人』を読み返すことはあるだろうか、」とヨソ子さんに訊ねます。
夫人の応えは、
「死ぬまで読むことはないでしょう」というものでした。



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(2000/07)
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