プロフィール

杣人・somabito

Author:杣人・somabito
Nuages・・・雲のようにふんわりとしています

カレンダー
11 | 2012/12 | 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
リンク
ブログランキング

FC2ブログランキング

人気のあれこれ!
月別アーカイブ
最近のトラックバック

夢の世を・・・

お元気ですか?

いよいよ今日は大晦日。パートナーさんの年越し用のお料理作りも大方が終わっています。
伊達巻や海老の鬼殻焼き、治部煮やなますなどを手際よく作っていました。年ごとに手際がよくなるようです。
それではと私も栗きんとんを作って一品参加。一年に一回ですけれど私も慣れてきました。

パートナーさんがお雑煮用に鶏ガラで出汁をとっていましたのでちょっと分けてもらってお昼に茶碗蒸しを作りました。鶏肉、椎茸、三つ葉をちらしシンプルな茶碗蒸し。銀杏や百合根があったらいいのに、なんて思いながらも自分で作れば簡素な茶碗蒸しが愛おしくなります。一人暮らしの時に無性に食べたくなって丼いっぱいの茶碗蒸しを作ったのを思い出します。

子供の頃、お正月は家族が揃う時間でした。母は父が手配した鮭を何匹も捌いて飯寿しを作りましたし、鮭の鼻の頭(氷頭って言います)を削ってなますを作りいくらを散らしたりしながら祖母や親戚の叔母さんに料理を教えてもらった話を私に聞かせます。ちょっとした料理のコツだったり、大人数の家族から嫁いで料理の分量が分からなかった話、数の子の処理の仕方が分からなくて失敗した話などもありましたっけ。

須賀敦子さんのエッセーに『塩一トンの読書』があります。結婚して間もない頃お姑さんが「ひとりの人を理解するまでには、すくなくとも、一トンの塩をいっしょに舐めなければだめなのよ」と言った言葉をきっかけにして人を、本の作者を理解するには時間がかかる事が描かれています。
もう一つ『トリエステの坂道』に収められた『キッチンが変わった日』というちょっと悲しいエッセーには結婚した義弟夫婦が親の家に戻って来て自分たちの新品の家具を運び込んだため、それまでの古いキッチンテーブルが追い出されてしまったことが家族の物語の導入に描かれています。
清貧でちょっと神経質ながら鋭く深い視点が食に関係する言葉から物語を織り始めているのに私は惹かれます。

私たちはこれからどれほどの正月を迎えるのでしょう。どれだけの記憶を思い出し懐かしむ事が出来るのでしょう。

「ねぇ、僕達ってお正月に家の外で迎えた事ある?」ってパートナーさんに聞きます。
「一度だけどあるよ。私が休みが取れて河口湖に出かけて正月を過ごした事が・・・」って即座の答え。
でもそれ以外はずっと家で二人のお正月を迎えてきました。家族が増えることはありませんが、思い出は増やすことができます。できる限り清々しい記憶を増やしていきたいと願っています。

いつも静かな夢を見ていられるように。

スポンサーサイト

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

『神様の赤ん坊』を見たら

お元気ですか?

NHKのドラマ『神様の赤ん坊』を見ました。函館出身の私にとって馴染みの風景がドラマの舞台になっているのは嬉しいこと。どうゆうドラマだろうと期待を持って見ます。

ストーリーはリンク先をご覧いただくとして、ちょっと感想を。

ドラマは吉田栄作演じる電車の運転手のつぶやきから始まります。「子供の頃、電車は自分で行き先を決められるものだと思っていた。・・・」と人生と電車とを重ねあわせたつぶやきです。ドラマで電車が重要な役割をもっていることを示しています。岩館修一(吉田栄作)が運転する電車が十字街を曲がり谷地頭に向かうとそこには修一の妻瑞恵(奥貫薫)が留守を守る家があって八百屋さんに買い物に出ている様子。あぁ谷地頭ってやっぱり他の地区とは違う風景があるなと思えます。なにも象徴するような建物が写っているわけではありませんが、家の様子が谷地頭なのです。

場面が変わってロープーウェイに乗って若いカップルが函館山に登ってきます。島崎拓海(渡辺大知)はミュージシャン志望の学生で連れの女性渡辺早智(南沢奈央)は札幌の大学生ですが、島崎の子供を身ごもっています。拓海が函館山の展望台で殊更明るくはしゃぐほどになっているのは早智を不安にさせまいとの演技なのでしょうが、ちょっと幼稚な男に見えます。でも、函館山から海を見て「ここから何処へでも行ける」という言葉に私はちょっとうるっとします。実際私も母の実家の窓から海を眺めては遠い世界を夢見ていましたからね。函館山からの眺めには海を渡って遥か先を目指す浪漫を喚起するものがあるのようです。

物語は早智が赤ちゃんを抱きながら不安を抱えることから動き出します。出産費用を稼ごうと小樽の水族館にアルバイトに出た拓海はなかなか連絡をよこさないのです。思い余って病院を出た早智は賛美歌に引かれるように函館教会に立ち寄ったりしながら金森倉庫街をへて市電に乗り込みます。函館教会は遺愛学院と関係のある教会で、それはロケとしては遺愛の教師館が使われていたするのですが、物語的には関係してきません。蛇足ながらこの一角はカトリック元町教会やギリシャ正教のハリストス正教会、フランスから生まれ福祉活動を積極的にしているシャルトル聖パウロ修道女会など、教会の密集地帯。青函連絡船で青森から函館につくと函館山をぐるっと廻って湾に入るのですが、この教会の建物たちが迎えてくれて本当に心から懐かしさを覚えたものです。今フェリーでつく港は市街から離れたところですからこの感慨は味わえなくなりましたね。

さて、話をドラマに戻すと、市電に乗った早智は赤ちゃんと一緒心細い心を抱えて終点の湯の川までいきます。行き止まりの電停は自分の姿に重なったのでしょう。不安を抱え行き場を見失った早智は運転手の岩館に促されるまま駒場車庫まで戻るのですが、そこで赤ちゃんを電車に残して失踪してしまいます。

ここから私のつぶやきが始まります。早智が乗っていた電車は終電車。夜の10時半頃です。それなのに赤ちゃんを電車に残して何処へ行くのかと思っていたら金森倉庫。とても歩いて行ける距離ではありません。バスも終わっていますからタクシーに乗るしか考えられないのです。重箱の隅をつついているようですが、こうゆうのってドラマのリアリティを損なう感じがしてどうもいけません。

重箱ついでにもう一つ二つ挙げると、小樽から戻った拓海が朝市の花屋で働く瑞恵のところで赤ちゃんに出会い、駆けつけた修一と早智と対面するのが十字街の電停。朝市と十字街は離れていますからこれも不自然ですね。ラストシーンでは赤ちゃんを抱いたままお散歩でもしたのでしょうか、ハリストス正教会のある通りを公会堂の方から歩いてきます。そして八幡坂のところで海を見下ろしながらお別れ。ちなみに直ぐ傍には北島三郎さんや辻仁成さんが卒業した西高等学校が見えます。
制作の人達はよっぽど十字街や海の見える坂を映像として写したかったのでしょうね。海の見える坂や金森倉庫は函館のイメージでしょうけど、何回も出てくると煩いですし短絡的で新鮮味がなく映像が安っぽく見えてしまいます。
そして、最後に気になったのは花屋さんに戻る瑞恵に声をかける修一の目の方向。八幡坂を下ってゆく瑞恵はもうだいぶ下にいます。でも修一の視線は水平のようです。遠いから?いえいえ函館の坂で遠くに人に声をかけるなら下を向かなければなりません。坂が急なのです。

はぁ、我ながら重箱が何段にも重なってしまいましたね。

でも最も気になったのは登場人物に深みのないこと。ストーリーを追いながら函館の風景を合わせている感じなので人も町も生きて見えてこないんです。岩館修一と瑞恵の痛みも描いてはいるのですがもう少し掘り下げてもいいでしょう。何も台詞のある芝居を沢山やれば良いと言っているのではありません。ちょっとした場面でも心の内を描くことは可能です。そしてせっかく市電にドラマの中で重要な位置を与えているのにやはり市電が描かれていません。市電は函館に暮らす人の生活を映す存在です。市電を描くことで早智の姿ももっと印象深く表現出来たはずです。脚本・演出の力が足りないのでしょう。勿体ないですね。

私の重箱。ご興味のある方は Google Map でも参考にしながらドラマをごらんください。きっとふむふむ言ってしまうことでしょう。
そうは言っても函館を舞台にしたドラマ。DVDに録画し保存版にしましょう。
使われた電車は側面の広告が消されて綺麗になっていますし、電車のシーンには知った顔の女性がエキストラで出ていましたし・・・。






テーマ : テレビドラマ
ジャンル : テレビ・ラジオ

ミヤカンの缶詰

お元気ですか?

年末も残す処あと僅か。昨日は年賀状の用意をしながら函館を思っていたのですが、今日は缶詰のお話です。
本来なら私のブログ『グルメ缶詰』に書くほうがいいのかもしれませんが、ちょっと事情があって『グルメ缶詰』はほとんど休眠状態ですので、缶詰の話題ですがこちらに書くことにしましょう。

今日東京のはちや珈琲さんから年末用にと注文した珈琲が届きました。そして驚いたことにその珈琲と一緒に缶詰が同封されていたのです。

DSCN5108_convert_20121222161835.jpg

㈱ミヤカンさんの“ふぞろいのさんま味噌煮”という缶詰です。
道場の大掃除に出かけていた私の帰りを待っていたパートナーさんは、「貴方もお礼の電話したいと思って・・・」と私が家に帰るなりにはちやさんに電話をします。

はちや珈琲のご主人は「近くのスーパーで見かけたので・・・」と明るく仰言ってくださいます。
ご存知でしょうか、実は昨年の同じ時期に私達は東京に出かけはちや珈琲のご主人から羊羹と一緒にホワイトツナフレークという缶詰を頂戴しました。そのお話は「気仙沼のツナ缶」と言う記事で2011.12.26に紹介しています。
その時に頂戴した缶詰は清水食品さんが販売元だったのですが、缶マークから気仙沼の㈱ミヤカンさんが製造されたものであることを私は知りました。そして、すぐ㈱ミヤカンさんが3.11の災害でどうなったかを知ろうとgoogle mapの衛星写真を見てあまりの状況に言葉をのんだのです。

miyakan.png

その時の画像を再度アップ致します。なぜなら、今 google map でこの㈱ミヤカンさんの上空から写した映像は表示されないからです。地図を見ることはできますが、航空写真は表示されません。何故でしょう。
当時の工場の周りに漁船が流れ着いている様子が今はどのようになっているのか、それを知りたいのに何故見られないのでしょう。

今回はちや珈琲さんから頂戴した「ふぞろいのさんま味噌煮」は製造者が㈱ミヤカン、住所も宮城県気仙沼市栄町1-30と記載されています。賞味期限の刻印は2014.1.13となっていますから、最近の缶詰の賞味期限が3年を基準に記載されていることを考えると2011年の1月に作られた缶詰ではないかと推察できます。缶詰には“気仙沼港水揚”という印刷もあります。だとすると、この缶詰が作られてわずか2ヶ月の後に㈱ミヤカンの方々、気仙沼の方々は被災されたのです。

正直なところ、缶詰はとても綺麗なパッケージに彩られてい気仙沼の水産を誇らしげに表しています。そうなのですが、私が手にとったこの缶詰は焼け跡から見つけ出された宝物のような表情で私に訴えかけてきます。それは私が気仙沼の漁港を訪ね歩き、市場にサメの並んでいるのを鮮明に記憶し、お寿司屋さんで地の魚を楽しんだからでしょうか。きっとそうなのでしょう。私は気仙沼の人の声を聞き、話をし、町の空気を憶えています。だから、この㈱ミヤカンさんの缶詰は単に缶詰なのではなく気仙沼の人達が作った缶詰なのです。

はちや珈琲のご主人との電話を置いたあと、直ぐに私は㈱ミヤカンさんを検索してみました。
しかし、google map で見られなかったのであちらこちらと回るうちにどうやら静岡県で製造を再開しているようです。(確証を得ていませんので追調査しますね。)そして幾つかのブログやHPに㈱ミヤカンさんを紹介しているのを見つけます。東北支援の一つとしてスーパーで販売をしているのを紹介している記事もあります。
皆さん、心から被災地の復興を願っているのですね。

「藤田八束の日記」というブログにも出会いました。2011.3.11の気仙沼に居合わせ体験されたことを生々しく報告されています。

私は3.11の被災を忘れてはいけません。その他のどんな被災も土地に暮し生活を営んできた人達がいて様々な思いを抱きながら今生きていることを忘れてはいけません。被災地の人たちのことを忘れないこと、経済活動に協力し復興に役立てること、そしてなにより私達が自分の本分を全うし生きることで恩返しをすること。
去年私たちは絆という言葉を憶えました。今年私はその言葉を思い出しながら生活してきたでしょうか。何かをしてきたでしょうか。

はちや珈琲さんからプレゼントされた気仙沼㈱ミヤカンさんの“ふぞろいのさんま味噌煮”という缶詰を見つめながら私は今年一年を反省し来年への勇気を思い起こしています。


追記)

その後 Google Earth で㈱ミヤカンさんの住所を入力すると航空写真での様子を知ることができました。工場の周りにあった船は撤去されています。自動車も何台か駐車しているようですがまだまだ荒れているようで建物の屋根もペンキが禿げたのでしょうかくすんだままのようです。

テーマ : 美味しいもの
ジャンル : グルメ

『神様の赤ん坊』

お元気ですか?

年末が近づき何かと気持ちだけが忙しくなってきます。
年賀状を印刷し、宛名を確認しながら一人一人に一筆書き添えてゆくと子供の頃からの長い時間が思いだされてきて、なんて恵まれた人生なんだろうとあらためて感じられるのです。

そんな年賀状の用意をしていたらNHKの昼のニュースがいつの間にか違う番組になって函館を舞台にしたテレビドラマの話をしています。「BSコンシェルジュ」という番組で金森倉庫のホールで収録されたようで役者さんが話をする間にドラマの概要が流れています。市電の運転手の夫婦と大学生で子供を生んだカップルのお話のようです。
『神様の赤ん坊』、23日日曜日の午後10時からBSプレミアムで放送。これは見なくてはいけませんね。

思えば、去年の夏に「探偵小説三昧」のsugata様が『ウラジオストクから来た女』という高城高さんの本を紹介してくださり、今年の1月には『函館水上警察』を手に入れて読みました。素晴らしい本に感動して2月と6月に函館に帰省した際に高城さんのことを調べよう、町になにか情報はないかと注意を払っていたのですが成果がないままになっています。それでも私の心の中に、すこしづつ函館への興味が形をとりだしたのは事実で先日もブログに書いたように函館の医者深瀬洋春のことが気になったり、吉村昭の『花渡る海』を読んだりと何かが動き出した感じがしているのです。

私が25歳の時、道場の先輩から高田屋嘉兵衛のことを書いた司馬遼太郎の『菜の花の沖』を勧められたのが函館のことを本で読む最初でした。それまで歴史物の本を全くといっていいほど読んでいませんが、高田屋嘉兵衛の銅像は私の子供の頃のお散歩コースです。『菜の花の沖』を読むことで私の中で高田屋嘉兵衛が俄然生き生きとした存在になっています。

本を繋ぎながら函館を再認識している私に、追い風となったのはテレビの番組。やはり先日ブログにも書いたBS日テレの『ホテルの窓から』は25日に『函館/ヴィラコンコルディア リゾート&スパ』という放送を再放送します。この番組に登場する「TACHIKAWA CAFÉ」もと太刀川商店は母の実家からも近く「太刀川さん」って親しく呼んでいたものです。今もそうでしょうね。本で読む函館の風景とは異なり、現在の函館の町を写した映像は子供の頃の私の記憶にある映像を引き出しながら全く違和感や喪失感を見せることがありません。もちろん函館の町はある意味で大きく寂れています。住宅街は扇の外に広がってしまいましたし、繁華街には空き地やシャッターの下りた空き店舗が目立ちます。でも函館の町はそんな寂れた風景さえも自分のものにして平気な顔をして生きているのです。
テレビに映し出される函館の町を観ながら町の呼吸を感じます。

『神様の赤ん坊』はそんな函館の町をどのように描くのでしょうか。番組のサイトを見ると、十字街や八幡坂といった函館山麓のお馴染みの場所が出てきます。市電の運転手が登場人物の一人ですから駒場車庫という電車の車庫も舞台のようです。ここは私のお薦めポイント。なんて言ったってこの時期線路の雪をはねるラッセル車が整備される車庫なんです。私も何回も見に行きました。

今年一年、本やテレビ番組で函館を堪能させていただきました。その締めにNHKのドラマ『神様の赤ん坊』です。
ちょっと期待して見てみましょう。



HOKKAIDO NEWS LIKからお借りしました。

テーマ : テレビドラマ
ジャンル : テレビ・ラジオ

歴史を訪ねる

お元気ですか?

今、NHKのニュースで群馬県で1500年前の鎧を着て蹲る男性の遺骨が発掘されたことを伝えています。
なんか今日の我が家にピッタリのニュースです。
今日はパートナーさんと静岡市に出かけ県立美術館でインカ帝国展を見、そのあと登呂遺跡も見学してきました。

inca_convert_20121214210450.jpg   inca2_convert_20121214205700.jpg

インカ帝国展は写真で紹介できませんからポスターを。

inca3_convert_20121214205717.jpg   2012121411200000.jpg

パートナーさんはエジプトやインカなどの古代文明が大好きなので、東京で展示が始まった今年の春から見に行きたいと言っていたのです。
図録は買ってきませんでしたが、出品目録で確認すると158品目が載っています。
東京から始まりゆっくりと全国を回る展示で、考古学、人類学、歴史学と分類され分かりやすく出来ています。

土器や木製の食器に彫られた図柄の素晴らしさに想像を豊かにしますし、チュニックなど織物の精緻さには感嘆します。文字を持たなかったインカの文明がこれを滅ぼしたスペイン人の記録文書によって伝えれられているという皮肉な歴史にも考えさせられます。縄を結んで情報を記録し伝えたキープの説明がとても分かりやすく沖縄にも優れたキープがあった紹介などもあって驚きます。
私たちの知り合いでもマチュピチュに行った人が何人かいて、「いずれは行きたいね」と言っている我が家。汽車にも乗れるしチチカカ湖で泳ぎたいなんて言っている私。ジャガイモとトウモロコシの色々な品種を見て食べてきたいし・・・。

展示の最後では3D映像によるマチュピチュの映像が流れ、メガネをかけながら見ますが、高低差のある風景は3D映像にもってこい。思わず次のテレビは3D対応もいいかも知れないなんて思ってしまいました。
展示スペースもゆったりして見やすく、平日なのでお客さんの入も混雑というほどではありません。地方都市の美術館のいいところかも知れません。ゆっくり一つ一つを見て1時間半のインカ堪能でした。


2012121413450001.jpg  2012121413460000.jpg

ネットで調べた人気の洋食屋さんスパーゴでワンプレートランチをいただき、次の目的地登呂遺跡に行きます。

toro1_convert_20121215131637.jpg

静岡駅からバスに乗って10分くらい。私は15年ほど前に一度見学に来た事があるのですが、穴があいた公園といった記憶しかありません。パートナーさんは初めてということで新鮮な気持ちで見学します。

2012121414500000.jpg  2012121414590000.jpg

住宅地の中に広がる遺跡群。以前私が見た穴の上に今は柱が立ち復元された住居や穀物倉や祭事用の建物が集まっています。男の人が火おこしをしたり薪を運んだりしています。建物の傍に女性がいて鳩に餌をやっています。
パートナーさんが住居に入りながら「この建物で何人ぐらい暮らしていたんですか?」とか「建物の中で火をたいたら煙たくならなかったのですか?」など鳩に餌をやっていた女性に質問をしています。住居には1家族4~5人が暮らし、入り口の反対側には風通しの窓があり煙が出てゆくようになっているそうです。なるほど住居の入り口はどれも同じ方向を向いて開き海からの風を取り込むようになっています。

2012121415020001.jpg  2012121415010000.jpg

登呂遺跡は昭和18年軍需工場建設中に発見され、日本で初めて稲作の田圃が発掘された遺跡です。集落の隣には稲作の田圃が広がり現在では春から夏にかけて体験学習に使われているそうです。
田圃のむこうには以前には無かった新博物館が建っています。

2012121415340001.jpg  2012121415340000.jpg

新博物館の屋上からは遺跡の全景が見られ、遠くに雪をかぶった南アルプスや富士山が見えます。

博物館の中には農耕の道具や土器の展示などが綺麗に展示されています。男性が弥生式土器を作っていましたが、私達が話を伺うと土器の作り方や穀物倉や祭殿のことなど色々と教えてくださいます。外で火おこしをしていた人、パートナーさんに住居の説明をしてくださった人、そして土器を作っている男性、皆さん市の職員なんだそうです。

祭殿には赤い漆が塗られたお琴が置いてあり出土品の情報から復元したとこのこと、大きさは60㎝くらいのほぼ長方形の箱で琴柱もついています。巫女さんがいた事も分かっているといった話も教えてくださいました。腕輪をした女の子の遺骨が出土されていて稲を脱穀したり家事作業をする女性は腕輪などの装身具をつけていなかったことから巫女として育てられていたのが分かるのだそうです。あまりの楽しい話に私たちの頭の中では登呂遺跡の人々が活き活きとしてきました。

ミュージアムショップを覗くと、新潟の火焔土器や函館の中空土偶のレプリカが売られている横に、登呂遺跡のジオラマや竪穴式住居や高床式穀物倉の模型が売られ、田宮模型の塗装用カラーや筆が並んでいます。さすが静岡です。

さぁ、すでに夕方の4時。バス停では近所の幼稚園の子供達が保育士さんに連れらて大きな乳母車に乗ってバスを見ています。「見送りに来ているの?」と私が子供に声をかけると「バスが好きなんです」と保育士さん。
バスに乗って出発しようとすると子供たちが大声をあげて体ごと手をふってバイバイ~って。思わず椅子から立ち上がって子供たちの見送る姿を見ていました。


テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

乳がん検診5年目

お元気ですか?

昨日、パートナーさんと一緒に医療センターに出かけてきました。パートナーさんの乳がんの定期検診のためです。パートナーさんに乳がんが見つかったのは5年前、それと同時に当地に越して来ましたから私たちの生活はパートナーさんの乳がんからの復活と重なるものがあります。

お昼を食べ少し早めに病院に行きます。5年目ですから勝手知ったると思いきや、実はこの2年は年に1回の検診ですから病院のシステムが少しづつ変わっていてそれを新鮮な気持ちで体験し直します。自動受付機に診察券を入れると去年検診時に登録した予約に従い受付番号が発行されそれを持ってマンモグラフィーの受付へ。撮影が終わると以前は写真を手渡されていたのに手ぶらで乳腺外科の窓口にいきます。モニターに番号が表示され呼び出されるのは一緒。

小部屋のドアをノックして入り診察を受けます。
「今日は、今日もついてきました。」と私も一緒に入ります。
先生の前のモニターには4枚のオッパイの写真が映し出されています。

「変わった事はありませんか」と先生の問にパートナーさんも「ええありません。」とはっきり。
「じゃちょっと見せて」と先生は手術の痕を診ますが触診をするようなこともなく「綺麗ですね。」と何事もなく終わります。

パートナーさんは「先生ちょっと聞いていですか?水素水がガンに効くっていう話があるんですけど・・・」と
尋ねると、先生は一瞬何のこと?といった間があって「そうゆうのあったらこっちが教えてもらいたいね。医学的根拠は何もないからね。」と笑っています。
「私からもお聞きしたいんですけど、ホルモン治療って長くかかるんですか?」と私も質問をします。
「期間のこと?そうだね5年を目処に行うからね。」と答えてくださいます。

私達の先生は本人はもちろん私の色々な質問にも嫌な顔一つみせずストレートな答えをしてくれます。パートナーさんのガンが分かり先生を紹介してもらった時に、私たちは判らないことはどんな事でも聞こうと決めました。医者は専門家ですが身体はパートナーさんのもの、生活は私たちのものです。任せるところは任せると同時に私達がどうゆう意見もち、何を知りたく何に不安を持っているかも伝えることで医者と患者との立場でお互いに理解しながら病気と向き合う事を考えました。そういう点ではとても理解のある良い医者に恵まれたと思っています。

先生は「問題ないね。じゃまた来年の予定を入れましょう」とパソコンのスケジュールに予定を入れていきます。
乳がんの発見、手術から5年。一つの区切りとなんとなく思っていた年月です。心の中で一つの節目と考え5年目を再発などなく無事に迎えようと思っていました。その意味では目標を達成したことになります。でも、また来年も検診は続きます。先生も「再発の可能性が全く無いということではないんだよ。」と言います。だとすると、これからも病気と付き合いながら生活をしてゆかなければなりません。怯えている訳ではありませんが、何処かで意識しながら生活してゆくことになります。
身体と心の健康に留意しながら一日一日を過ごす事。当たり前のことですが、病気になってその大切さを知るのかもしれません。病気と共存することで自分の身体と心の状態に気が付かされるのです。だとするとパートナーさんの乳がんに感謝しなければなりませんね。

gankanwa_convert_20121212085918.jpg  


さて、病院に行くと新しい発見があります。緩和ケアのパンフレットがあったので勉強にともらってきました。ホルモン剤治療をされる患者さんむけのパンフレットもあります。ホルモン剤治療をされる方は長い治療になりますし体調の変化も頻度をましますから生活スタイルや心の問題、支えあう仲間の存在など色々な事を考えなければなりません。そんな患者さんへの会員誌の紹介もあります。5年前から比べるとこうゆう患者さんを受け止め支える取り組みはづいぶん進んで来たと感じます。
さらに驚くことに、子供向けのパンフレットもあります。お父さんやお母さんがガンになった子供、小学生ぐらいを対象にしたパンフレットです。子供が友達と遊んでいるような写真が沢山載っています。親への気遣い、子供同士の関係など子供が一人で悩まなくてもいいように作られたパンフレット。こうゆうパンフレットを見ながら親子でガンについて話し合うのも大切ですね。

病気はかかるのは本人ですが、家族みんなの生活に変化を及ぼします。でもそれは決して悪いことではなく、そこから家族でどう病気や家族と向き合うのかを一緒に考えることで大切な未来が開かれてくるはずです。

5年目のパートナーさんの検診。私達ももう一度色々なことに思いを寄せ生活を築いて行けそうです。

テーマ :
ジャンル : 心と身体

読書で繋がる

お元気ですか?

吉村昭氏の『花渡る海』という作品を読みました。
江戸時代末期、広島出身の久蔵は大阪から新酒を江戸に運ぶ船乗りとして千石船に乗りますが荒天のため難破し仲間とともにカムチャッカ半島に漂着します。極寒の中同じ船の仲間は次々に死亡してゆきますが、生き残った数名とともにロシア人に救われます。しかし日本にすぐに帰国出来るのかというとそうゆう時代ではありません。久蔵は禅寺で修行していたことが幸いしロシア語の読み書きを学んでいきますが、日本の事情を知りたいロシアは読み書きが出来る日本人を通訳としてロシアに留める政策をとっていて妻帯させロシア正教に改宗させようとします。海外に渡っただけでも日本に帰れば罰せられるのに異国の宗教に改宗すれば死罪になります。日本に帰る道が閉ざされてしまうのです。一度は帰国のチャンスがめぐってきた久蔵ですが、雪による凍傷がもとで足が怪我をしていて乗船がかないません。久蔵には過酷なオホーツクの生活が続きます。
史実を丁寧に掘り起こしながら書かれる吉村昭氏の作品は歴史のもつ力強さに満ちて読み進むほどに引き込まれていきます。

時々思いがけず貴重な本に出会うことがあります。読みながら、あっこれは節になる本だなって思えます。今までも読んできた本の中で何冊かそうゆう本に出会い、事実本に導かれるように興味の方向が変わったり考えが大きくまとまってきたりしました。そうゆう本との出会いは財産と言えます。そしてそうゆう本は突然1冊だけ現れるのではなく、同じ時期川の水が淵にあつまるようにして私のまえに集まってきます。それは何故なのか。

淵の入り口は、高城高さんの『函館水上警察』でした。ブログ探偵小説三昧を書かれているsugataさんが紹介してくださった本です。この本の中に「坂の上の対話」という小品があり、明治15年に若い森鴎外が軍医として函館を視察に訪れ、函館在住の医者深瀬洋春という人と会話をするシーンがあります。蝦夷地で種痘の集団接種を行った医者として森鴎外に紹介されています。ここで私は好奇心の針がぐんぐん振れてきます。
さっそくネットで深瀬洋春の名を調べてみると、たしかに安政4年(1857)に幕府にアイヌの人達に種痘の接種を願い出て許され、桑田立斉という人とアイヌの人達に強制接種を行った事がわかりました。しかも、そうゆう天然痘の予防接種の動きは蘭学を学ぶ江戸の医者にも刺激をあたえ、除痘館という施設を作らせ東京大学医学部の礎にもなったというのです。函館の医者の働きが日本の医学を推し進めたと知った私の胸のうちはもう誇らしい気持ちで花が咲いたような喜びに満ちています。

出会いは不思議です。深瀬洋春を少しづつ調べていた私はある時 Book Off の本棚に『花渡る海』と言う本を見つけます。なにげ無く手に取り表紙を見ると風雨に荒れる海と怯える男たちの絵。表4の紹介文には「極寒のシベリアに漂着し、死線をさまようこと三年余り。わが国に初めて西洋式種痘法をもたらしながら・・・」と書かれています。なんという偶然でしょう。 深瀬洋春の業績を知って間もなく日本に初めて種痘を伝えた人の話に巡りあうとは、しかも深瀬洋春がアイヌに種痘接種を行った50年も前の話です。これを読まなくてどうしましょう。

私は常々人の運命ということを考えています。どうしてそのことに興味を持ったのか、そして興味を持っているものがあるとまるで予定されていたように次々と関連したものが集まって私の好奇心を高めて行きます。それらはどうして私の周りに集まってきて私を導いてゆくのでしょう。

高城高さんの『函館水上警察』は紹介されて知った本でしたが私に興味の根が張りだすと吉村昭氏の『花渡る海』が現れました。実はこれに留まっていません。どちらの本にも松浦武四郎という人物が出てきます。蝦夷地調査とアイヌの暮らしを幕府に報告し、その中で倭人によるアイヌの人々への迫害を訴えた人物なのですが、なんと1818年に三重県松坂に生まれた人です。ちょっと頑張れば行ける距離に蝦夷地調査をし北海道と名付けた人物がいます。松浦武四郎記念館はいずれ行く事になるのでしょうね。

好奇心は連鎖します。自分が興味を持ったものを深く知ると同時に広がりをみせまた自分に戻ってきます。本と出会うということはその道標を得るようなものです。時にはその道標が積極的に私たちの前に現れてくれたりもします。そうゆう時、私は素直にその本を手にとり、声を聞き私の進むべき道を教えてもらうことにしたいと思います。


花渡る海 (中公文庫)花渡る海 (中公文庫)
(1988/09)
吉村 昭

商品詳細を見る


テーマ : 読書
ジャンル : 小説・文学

『時間魔人』

お元気ですか?

M-planet公演『時間魔人』を観に出かけてきました。はままつ演劇・人形劇フェスティバル2012参加作品の最後の劇団、作品となります。2005年に立ち上げた劇団でオリジナルの作品を上演しているようです。今回の『時間魔人』も近江木の実という人の新作。どんな舞台になるのでしょう。

会場は最終日ということもあるのかそこそこの入りです。開演時間の2時を過ぎたころ案内の人から上演が2時間ほどであることなどお知らせがありましたが、「いらっしゃる予定の人がまだ来ていませんので上演が遅れている」との言葉があります。『青い星と、私のトイレット』の時にも同じような説明があって上演が15分ほど遅れたことがありましたが、事情があるにしろ観客を待たせるのはあまり感心しませんね。

ストーリーは原(ゲン)という男の子の前に老人があらわれ自分は未来からやってきたゲンだと言います。ゲンは未来の世界では科学者になり“時間魔人”というアンドロイドを発明し過去や未来を旅していると言います。ゲンは未来から来た自分(のアンドロイド?)と一緒に自分はどこから来たのか、何処へ行こうとしているのかという問いをかかえながら時間旅行をすることに。

お話は分かりやすく要所要所は上手く考えられていると思います。原子力発電所で働く父のために除染してやるとからかわれながら虐められていること、人工授精の問題にからみ出生への疑問、人間の根源的疑問にストーリーを与えて作品にしている点は分かります。ただそれが舞台作品としてこなれているかというと今ひとつというところ。細かく場面が変わるのも煩く感じます。台詞も役者の中に入っているようには思えませんから演技もところどころぎこちなさが見えます。もう少し台本を整理したり演出を工夫することで作品に流れを与える事が出来るように感じます。

舞台には大小三つの円があり時間旅行をするためのワームホールを表しているようです。この円をくぐったり移動させて時間のこちらとあちらを表したりしています。これは簡単な道具立てで分かりやすく表現出来ていてよかったと思います。M-planetさんのHPを拝見すると様々な作品を創作されていて傾向の似たものもあるようです。今回の『時間魔人』も練り上げもっと良い作品に育ててもらいたいと感じました。





さて、10月21日のシニア劇団浪漫座『ゴッホに恋して』から始まった私たちの観劇。はままつ演劇・人形劇フェスティバル2012への参加作品と高校生の選抜公演を含めて10作品を観てきました。どの劇団もとても熱心に活動されていることに驚きうれしくなったのですが、観客の入りという点ではちょっと寂しい思いがします。以前佐久間の浦河歌舞伎を観に行った時には体育館に足の踏み場も無いほどのお客さんでしたから市民劇団も期待して行ったのですが、どうしてでしょうか。
実は、東京時代にも市民劇団、自主演劇を観に行ったことがあります。皆さんチケットを販売する以前、お客さんに来ていただくのに苦労していました。スター役者がいない?スター作家がいない?企業等のスポンサーがつかなくてチケットがさばけない?色々な問題を乗り越えなければいけない市民劇団の事情があります。

浜松の市民劇団の様子実情を私は知りません。でも観客の立場で考えればお金を出して時間を割いて観に行くのですから市民劇団といえどもそれなりのレベルをもちお客さんを満足させなくてはなりません。内容のある質の高い演劇を上演することでお客さんはついてきます。演劇仲間がやっているから、近所のお兄さんが出ているからといったのりでは自己満足に終わってしまいます。商業演劇が良いと言っているのではありません。むしろ、何かを言いたい、何かを表現したいという思いが結集した市民劇団にはパフォーマンスへの熱望があるはずですからそれをファン一人一人にぶつけてもらいたいと思っているのです。舞台の上にとどまらず宣伝活動も大いにやっていただいて少しでも多くの人に観ていただく活動も重要なパフォーマンスといえるかもしれません。

浜松の市民劇団それぞれがファンを広げ活動がより熱く充実したものに成長していくことを願います。それを期待できる劇団が多くあることを知った今回のはままつ演劇・人形劇フェスティバル2012でした。

テーマ : 演劇・劇団
ジャンル : 学問・文化・芸術

『ら抜きの殺意』

お元気ですか?

はままつ演劇・人形劇フェスティバル2012の参加公演、劇団からっかぜによる『ら抜きの殺意』を観てきました。劇作家永井愛さんの戯曲で1998年に第一回鶴屋南北戯作賞を受賞している作品です。劇団からっかぜは自前の練習場兼芝居小屋を持ちしっかりした活動を続けている当地では老舗の市民劇団です。

実は東京に居た頃、永井愛さんがある戯曲を書く時に少しばかりお手伝いをしたことがあります。取材をうけ、役者さんたちと会って役作りの参考になるようなお話をさせていただいた事があります。もともと芝居好きの私ですからそれはもう大喜びだったのですが、そのお芝居が賞も受けられてパーティーにもよばれましたっけ・・・。遠い昔の思い出です。

そんな思い出があることもあって、今回のお芝居はちょっと楽しみにして出かけました。会場は町中にあるホール。劇団からっかぜのファンが多いのでしょう、年配の大人の方が中心の客層です。フェスティバルで上演されていたこれまでの劇団の方の姿も多く見られます。

舞台はダンボール箱が高くつまれた小さな事務所。健康食品などをあつかう通販会社ではインターネットやテレビ通販に押されて24時間対応が出来るように夜間の電話オペレーターを雇おうとしています。男性社員の判は若い女性を希望していましたが、社長が連れてきたのは中年男性の海老名。しかも判が仕事を教えたり履歴書を書かせようとすると海老名は判の“ら抜き言葉”に強く反発し険悪なムードに・・・。

お芝居の楽しさの一つに言葉があります。シェークスピアの作品は掛詞やジョークで溢れています。井上ひさしの台詞は方言の面白さに満ちています。その言葉の面白さを真正面からテーマにした永井さんの作品。どうゆう切り口を見せてくれるのか、役者さんがどれだけ言葉の面白さを台詞と演技で表現するのかそれがこのお芝居の楽しみです。
“ら抜き言葉”だけではありません。女子事務員の宇藤さんはめちゃくちゃな敬語でお客様からの電話に応対しますし、納入業者の遠部さんとガルズトークで早口の会話。その遠部はやたらに“お”をつけた変な丁寧語?や男性に対しては女性言葉で接します。それぞれの人物がおかしな言葉を演じ分けてゆきます。

永井愛さんの作品はその当時の社会状況・世情を舞台に映し出します。通販会社という設定もその一つです。主人公の海老名は実は国語教師なのですがバブルの時のマンション投機に失敗し借金返済のためにアルバイトをせざるを得なくなったというのも作品が書かれた1997年を色濃く残していますね。そうゆう世相を書き残すのも作家の仕事ですから“言葉”と“世相”をどう織り上げてゆくのかというのが戯曲・芝居の楽しみです。

さて、舞台の役者さんは海老名を演じた他屋雄一さんと判を演じた古木大介さんのしっかりした演技を中心に安心して観ていられる出来。ただ、女性陣の演技、遠部と宇藤の会話では何を言っているのか聞き取れないところがあります。配送の雨宮さんも台詞のリズムが悪く面白さを引き出せていない気がします。社長夫人でお掃除のオバサンもする八重子も遠部に女言葉について自説を説く場面は見せ場なのですが一本調子な感じになってしまい説得力が伝わってきません。女性に厳しいでしょうか?社長の堀田はその中にあって落ち着いた演技をしていたと好感を持って観ていました。

大道具小道具、舞台のセットには感心します。小さな町の通販会社というイメージがよく捉えられていますし、それぞれの配置も役者を動かすのに都合の良いように考えられていて感心しました。衣装も役柄にぴったり。遠部の服装がちょっと時代より古いかな?という印象を受けましたが、それは私の好みの問題かも知れません。音響も良いですね。舞台が始まる前から事務所の外に聞こえる町の雑音が流れていつの間にか観客を舞台に引き込む仕掛けが始まっています。

作品の中には東京言葉と田舎言葉、東京生まれと地方出身者のコンプレックスという問題も出てきます。ただ、作品として消化しているかというと残念ながらそうとは言えません。永井愛さんはちょっと盛り込み過ぎでしたでしょうか。方言と文化、東京と地方といった問題はこれだけでも立派なお芝居が書けますからね。

劇団からっかぜによる『ら抜きの殺意』、ふじのくに芸術祭2012演劇コンクールにも参加し賞を受賞したそうです。おめでとうございます。これからも演劇文化の担い手・牽引役として活躍して欲しいですね。

さて、はままつ演劇・人形劇フェスティバル2012での観劇もあと一公演。これからM-planetによる『時間魔人』というお芝居を観に出かけてきます。10月21日から始まった観劇とレポートもあと一作品かと思うとちょっと寂しいのですが、今回の観劇を機会に当地での私たちの世界も少し変化してきたようです。

では、M-planetのお芝居を観に出かけてきましょう。なにが待っているでしょうね。



テーマ : 演劇・劇団
ジャンル : 学問・文化・芸術

ご当地カレー 愛知編

お元気ですか?

以前証券会社のキャンペーンで静岡のご当地カレーが当たり楽しみました。
今度は愛知県のカレーが届きました。今回も特色のある5つのカレーです。

まずは、「料理旅館呑龍の味噌カレー」

donryu.jpg

料理旅館呑龍のおみやげ用商品として開発されたカレーのようです。笑った達磨を思わせるパッケージと思ったのですが、どうやら旅館のお土産に「豆女将」というのがありますから、そのキャラクターなのでしょうか。愛知県岡崎市にあるカクキューの八丁味噌を使ったカレーです。

2012120713020001.jpg

具は特に変わったところはありませんが、なんといってもカクキューの八丁味噌です。濃厚な味噌の旨みがカレーとなって大変身。とてもバランスよくまとまっています。八丁味噌を一度でも食べたことのある方なら思わず笑ってしまいたくなるくらいにカレーの中で八丁味噌が存在を主張しながらカレーを引き立てています。これぞ愛知のカレーと言いたくなる逸品です。

もう一つは、「三和の純鶏 名古屋コーチンカリー」

sanwa.jpg

三和は名古屋コーチンの養鶏業者として歴史ある企業です。いまでこそ全国各地に地鶏がありますが、名古屋コーチンはその最初の全国ブランドと言ってもいいでしょう。

2012120713020000.jpg

玉葱の甘さがカレーのまろやかさを出した優しい味のカレーです。レトルトですから野菜の姿は見えませんけど鶏肉が見えます。これが名古屋コーチンとちょっとありがたくスプーンにとって口に運びます。名古屋コーチンはお刺身で食べるくらいに味の優しい鶏ですから、カレーに入れると味や食感は埋没してしまうようです。ちょっとインパクトに欠けるでしょうか。もっとも以前名古屋コーチンのコース料理を頂いたことがありますが、美味しい鶏だと思いましたが感動するほどではありませんでしたから、私との相性の問題なのかも知れません。

どちらも愛知のご当地カレーとしては立派な商品だと思います。

テーマ : カレー
ジャンル : グルメ

『海猫』

お元気ですか?

谷村志穂さんの『海猫』を読みました。先日WOWOWで放送した函館を舞台にしたドラマ『尋ね人』を録画してまだ見ていないのですが、これをきっかけにちょっと函館づいています。NHKの“新日本風土記”やBS日テレの“ホテルの窓から”で函館を紹介する放送があっていつもなら放送されたのも知らないまま見過ごしているのですが、録画して見てDVDに焼いて保存したりしています。
そして、ふと以前 Book Off の棚に並んでいた文庫本『海猫』の表紙に元町のハリストス正教会が描かれているのを思い出したので読んでおこうかと Book Off に行きました。『尋ね人』と同じ作者。『海猫』が私を待っていました。

ロシア人の血をひく男と結婚した函館の老舗旅館の娘タミは戦地で夫を亡くし、薫と孝志二人の子供をつれて引き上げてきます。透き通るような白い肌に悲しげな目を持つ娘に育った姉薫は南茅部のこんぶ漁を生業とする漁師邦一のもとに嫁ぎますが、それを心配気に見守る義弟広次。次第に広次に惹かれる薫。邦一との子美輝を授かった薫ですが夫から気持ちは離れ、逆にお互いの思いを抑えることの出来なくなった薫と広次は結ばれ薫は美哉を生みます。

親子三代にわたる女の愛の物語といったストーリーです。作者の谷村志穂さんは私とほぼ同年代。『海猫』に描かれた時代を私はリアルに知っています。北洋漁業で賑わう函館、大門の華やかな様子、湯の川温泉街、教会が立ち並ぶ元町・・・すべてが私の記憶にあります。そうゆう点では『海猫』は私にとって楽しめる作品でした。
ですが、函館に暮らしていた人間からすれば細かなところで違和感を感じる表現、設定が目立ちます。例えば湯の川の温泉に泊まる広次は薫を連れ出してハリストス正教会にいきます。二人にとっては重要なターニングポイントの場面ですが、函館を訪れた方は分かると思いますが湯の川と教会のある元町は函館の両端です。食後の散歩のついでのように行くところではありません。七重浜に海水浴に行った帰りに元町に寄っていこうという場面も家への帰路と方向は全く逆ですし距離も離れています。寄り道で行くようなところではありません。薫の娘美哉は教会を訪ねた折り空いた時間をつかって外人墓地まで散歩します。これもちょっと考えにくいですね。函館山の麓を半分ぐらい歩く距離です。あとがきを読むと谷村さんはお祖母さんが函館に住んでいて何回も訪れた事があると言います。作品を書く取材でももちろん函館を訪れています。ですが、住んでいる人間の感覚としてはちょっと受け入れがたいものが作品の随処に見受けられるのです。作品のあら探しをするつもりはありませんので細かく例を挙げるつもりはありませんがこうゆう小さな違和感が物語をダメにしていきます。
あとがきで谷村さんは「教会の皆さん並びに読者の方々にお断りしなくてはいけないのは、印象的な音を奏でる大小六個の鐘は、実際には、昭和十七年に軍事供出された後、昭和四十三年に大鐘が一つ献納されるまでの間、存在しないということだ。つまり函館の町にはあの鐘の音が響かなかった空白の時間があった。鐘をつく人もなかった」と断りを書いています。私は、この鐘の無かった時代、鐘が一つついた時代を知っています。水色や白のペンキが痛々しく禿げた寂れたハリストス正教会を知っています。好きな遊び場の一つ、通り道の一つでした。だから、谷村さんが作品の中で現実には無かった鐘をあるように書いたことは全く問題にならないと断言出来るのですが、地理的描写の不具合はとても違和感を感じてしまうのです。

もう一つ、この作品はタミ、薫とその子どもである美輝と美哉の女性三代の情念の物語で幾つかの場面で情交のシーンが出て来るのですが、どうもこれが単調で陳腐です。物語の展開はまぁ軽い恋愛小説と思えばいいのですが、心理描写が薄くてそれぞれに苦悩する登場人物をえぐり切れていません。読んでいるうちに私には谷村志穂さんが、自分の頭の中にあるどこか聴き覚えた言葉を文字にしただけであって自分の中にある感情を掴み取れていないのではないかと感じられました。ですからせっかくの親子三代の壮大なドラマという設定が薄っぺらいものになっているのです。残念な作品です。

そうは言っても私がいた函館と同じ時代を書いた本です。大切にしまっておきましょう。
ちなみに、この本に書かれている当時の電車道路(市電が走っていた線路が敷かれた道)は今とは全く違います。その事も知っておかないとちょっと勘違いするかも知れませんね。

海猫〈上〉 (新潮文庫)海猫〈上〉 (新潮文庫)
(2004/08)
谷村 志穂

商品詳細を見る


テーマ : 読書
ジャンル : 小説・文学

高校演劇選抜公演

お元気ですか?

しばらく間が開いたのですが、はままつ演劇・人形劇フェスティバル2012高校演劇選抜公演というのがあり、この土日2日にわたり四校の演劇が上演されました。12月1日(土)は西遠女子学園と浜北西高校、12月2日(日)は磐田東高校と浜松開誠館高校。高校生の演劇を観るのは自分が高校生の頃と最近では全国大会をテレビで観た程度。県西部の高校生の演劇はどうなのでしょう。

まずは西遠女子学園の『道化師 ~Do you key see ? ~』トライス・ナックという作家のお芝居です。とある平和な町で五十嵐という人物が毒ガス工場を経営しその工場が爆発して町が荒廃。従業員であったパンゴとライアンは道化となって街でパフォーマンスをしています。事故で親を亡くしたナズナと面倒をみるサラ、荒廃した街を買おうとやって来たカトレア。毒ガス工場の爆発事故を引き起こした犯人として投獄されているビギー。どうして安全なはずの工場は爆発してしまったのでしょう。ビギーが牢屋から出てきた理由とは・・・。

どのような作家さんなのか何時書かれた作品なのか知りませんがまるで3.11による福島原発の事故を思い出させるお話です。

演劇部の皆さんはよく練習されていて動きもいいですし声もよく出ています。県の西部大会用に半年練習してきて今回が3回目の上演になるそうですが、衣装もセットもしっかりしています。講評で指摘されていたように発声による演技、役の演じ分けなど反省点もありますが、完成度は高いですね。毒ガス工場をなぜ作るのか、カトレアは毒ガスで寂れた街をなぜ買うのかといった問題を深く掘り下げてもいいのでしょうが、これは本を書いた作者の問題です。爆発事故の責任を取らされ投獄されたビギー。自分のペットだった鼠のカペラが実は安全装置を故障させたため爆発事故が起こったことを知ったパンゴは再度工場を爆発させようとするビギーを自らの身を呈して止めにいきますが・・・。

演じ方、演出によっては非常に怖いシリアスなドラマになる舞台です。演じた皆さんはどこに視点をもっていたのかが今ひとつ伝わって来ませんし二人の道化師パンゴとライアンの対比もはっきりしません。高校生の演劇は学生生活をテーマにしたものが多いのでファンタジーをやりたかったという発言がありました。制作途中で団員たちの意図はどう変化していたのでしょう。

浜北西高校の作品は生徒が書いた『仮名マスコットproject』という作品。剣道部の松村空弥は実はマスコットが大好き。でも、同級生の桜木優季さんを好きになったことからマスコットを処分しようと決めます。空弥君に捨てられたマスコットの信は桜木さんが落としてしまったマスコットの蘭と一緒になんとか二人のもとへ戻ろうとします。
お話自体は面白いと思います。コメディでありファンタジーであり楽しい作品だと思います。桜木さんは同級生の松村君の名前を村松と間違って憶えているためマスコットの蘭は桜木さんは村松という人が好きなんだと勘違いしています。マスコットの信はそれを聞き松村君の片思いをあきらめさせれば松村君のところに戻ることが出来ると蘭と一緒に戻る計画をたてます。これがproject。少女漫画にあるような凸凹のお話ですね。タイトルの仮名マスコットの仮名ってどうゆう意味なんでしょう?話の凸凹に加え細かく分かれた状況もストーリーの展開を煩くしています。創りあげてくる過程でもっと仕上げる工夫を考える余裕はなかったのかと思います。舞台上の役者の位置も気になります。信はやたらと動きしかも舞台の端によく立ちます。クリスマスツリーを飾り付けするシーンでも三人の役者がツリーの置かれた舞台上手の狭い範囲でこちょこちょ動き信は下手でしゃがみこんでいます。空間が勿体ないですね。あと、雪を見に松村君と桜木さんが家の外に出るシーンで桜木さんが靴を履いているのに村松君は靴下姿というのは変ですね。

講評の方からは声の出し方や役柄の演じ方など意見や、舞台の上で楽しむ事が観客を楽しませる事にならなくてはという話も出ていました。二年生が修学旅行や期末テストのため一年生だけによる初めての公演だそうです。頑張りに拍手を送りましょう。私は同級生や父兄などもっと会場が溢れていると思ったのですが、実際はガラガラ。それがちょっと残念でした。

****とここまでは12月1日に書いて、以下は12月2日に****

今日は小雨交じりの寒い日になりました。昨日に続き高校演劇選抜公演です。
会場の入口でパートナーさんが男の方に質問をしています。
「選抜って西部地区で演劇部のある高校はどのくらいあるんですか?」
「掛川から西で18校くらいです。」
私も質問します。
「既に2012年の全国大会優勝校がネットには出ていますが・・・」
「演劇はちょっと特別で夏から始まり来年の夏に全国大会が行なわれるんです。
実際に舞台で行われるので時間がかかりますし、予選と本大会では違う生徒が演じる事も」
とお話してくださった人、実は浜松開誠館高校の福岡大吾先生でした。
先生、忙しいところを有難うございました。

さて、お芝居は磐田東高校の『パレード旅団』から始まります。鴻上 尚史さんの作品で中学高校の演劇ではよく上演されている作品です。中学二年生の男の子坂口君の部屋にいじめられっ子が集まります。清水から来た松本君、沼津から来た北村君、三島から来た栗山さん・・・と地域色の変更。子供たちは鬱積した思いを発散させるようにそれぞれのやりたいことを言い遊びます。そこへ大学生の家庭教師がやってきて・・・。このお芝居には崩壊した大人の家庭というもう一面があり子供たちの世界とパラレルに描かれているのですが今回の上演では其の部分がありません。家庭教師を毒殺してしまった子供たちは家をいじめっ子に取り囲まれてしまいます。いじめっ子を毒殺しよう、自分たちが自殺しようと右往左往した挙句なんとか脱出し逃げ延び、バスで全国のいじめられっ子を集める旅に出ようと結論し幕になります。

中高生向けの芝居、いじめ問題とテーマは悪くないとは思いますが私は芝居の内容が好きになれません。いじめ問題の何を掘り下げているでもなく何の結論、方向性も芝居の中から見えてきていない気がします。演じている生徒たちは同世代の仲間が現実にいじめ問題で自殺したり自傷行為に至ったりしているのを知っているはずです。こうゆう芝居で良いと思っているのでしょうか?正直なところ考察が足りないように思います。
演劇を語る時に演技や演出といった問題と同時に時代における問題意識というのも重要な要素です。せっかくいじめ問題を取り上げた芝居を演じるのであるなら自分達で考え掘り下げて問題提起をして欲しかったと思います。

次は浜松開誠館高校の『ベクトループ』。顧問の福岡大吾先生が書いた作品です。図書室で居残りをして課題のレポートに頭を絞る船川君に男友だちの増谷君、鈴木君に学級委員長の斎藤さんが見守っています。なかなか落ち着かない船川君は“ベクトループ”と書かれた落書きを発見し・・・。
なかなか良くかけた本です。図書室に限定して人の展開で話を動かしているのはよく考えられています。「男女の間には恋愛を絡めない友情は成り立つのか」といったテーマを持ち出しながらの青春群像。風紀委員長橋本さんと彼女を守る風紀委員の面々が繰り広げる殺陣はちょっとした見ものです。学級委員長と図書委員長さんの真面目な進路トークもあってそんな緩急織り交ぜた舞台は見ていて飽きさせません。舞台の道具立ても音響や照明もよく考えられ練習されているのが分かり完成度の高さを感じさせます。もっともリーフレットによるとガンダムネタが点在しているそうですが、これは私には分かりません。歌舞伎でも時事ネタを台詞に織り込んだりしますからそれは芝居の特権なのですが、アドリブでは無く作品のスタイル的に織り込まれているとしたらちょっと考えものですね。

さて、今回選抜された四校のお芝居を観たのですが、学生が本を書いた浜北西高校の『仮名マスコットproject』はファンタジーとして面白い要素があります。もっと本を練りあげてみると良いと思います。西遠女子学園の『道化師 ~Do you key see ? ~』は登場人物の演じ分けが上手くゆけばもっとアピール出来る作品になったでしょう。磐田東高校の『パレード旅団』は舞台そのものではなく作品に問題があるように思います。舞台ではなんでも出来ますから自分たちでいじめ問題を考え何を言いたいのかを表現してもらいたかったですね。そして浜松開誠館高校の『ベクトループ』。よく出来た本ですし役作りも出来ています。学生にとっては等身大の楽しめる良いお芝居でしょう。でも感動というか考えさせられるというかそういった物を観客に届けることが出来ていたのかというとちょっと物足りなさを感じます。

ところで、四校を通じてオーバーアクションが目につきます。もっと普通にしゃべり普通に身体を動かしながら芝居をすることは出来ないのでしょうか?高校生の演劇ってこうゆうのなの?って違和感を感じます。

帰りの車中、パートナーさんは何時になくいま見てきた高校生のお芝居の事を話し、市民劇団のお芝居を観てきた帰りより色々と意見を言います。パートナーさん若いパワーを頂いてご機嫌なようです。
良かった。これで機会があればまた誘い合わせて見に行けそうです。

頑張れ!高校演劇部!




テーマ : 演劇・劇団
ジャンル : 学問・文化・芸術

杣人のNuages

ブログ内検索
 RSSフィード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ホテル探しに!
クリックをお願いします!
Google