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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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ワーグナーで遊ぼう

お元気ですか?

南亭様のお陰で、私はワーグナーを聴き始めた頃を思い出し少しだけ幸せな時間を楽しむことができました。それを横から眺めていたパートナーさん。なにやらパソコンに向かって真剣に取り組んでいるようです。いったい何をしているのでしょう。

「ねぇ今日面白い事してあげるね。」と道場に行く準備をしている私にパートナーさんが言います。

車の助手席に乗り込むとパートナーさんは WALKMAN をカーステレオにつなぎ曲をかけ出しました。
聞こえて来たのは、ワーグナーの「ニュールンベルグのマイスタージンガー」の序曲です。
「これ誰だ?」と始まるパートナーさん。

「フルトベングラーかな。」
「じゃこれは?」
「う~ん誰だろう。クナッパーツブッシュ!」
「ほう、じゃこれは?この曲としてはちょっと珍しいけど・・・」
「え~わかんないな。」
「クリュイタンスとパリ管だよ。フランス人がドイツの曲を頑張っているでしょう。」
「なるほどね管の音が綺麗だよね。」
「じゃ次は?これは私のお薦めだよ」
「???」
「ユージン・オーマンディとフィラデルフィア!ね、いいでしょう。」
「で、これは若い頃のカラヤン。そして次がジョージ・セルとクリーブランド管弦楽団。」

なんと、私のブログを読んでいたパートナーさんは、YOUTUBE からダウンロードして久しぶりの聴き比べを楽しむことにしたようです。なるほどこうして出だしだけを聴き比べてみても指揮者・オーケストラの違いで演奏が全く違うのが分かります。若いころ、私たちは吉祥寺のクラシック専門のレコード店で何枚も聴き比べてはお気に入りのレコードを探したものでした。その思い出が蘇ります。

「で、どれがお気に入りなの?」
「やっぱりクナッパーツブッシュだね。」



「それにしても、 WALKMAN でも良い音楽は聴いていて気持ちが落ち着くね。今日は車のスピーカーだけど、アンプにつなげて聴いたらどうなんだろうね。もっとよく聞こえるのかな?」
「YOUTUBE で色々と探していると自分のオーディオを映してレコードに針を落とすところからUPしている人がいるけどあれって、オーディオを自慢したいんだね。」
「そうだね、オーディオの音を楽しむのと音楽を楽しむのは別なものだからね。僕達も聴き比べをしてアンプやスピーカーを選んだしコードだってそれ用に買い換えたけど、聴くのは音楽の中身だよね。」

レコードでばかりで音楽を聴いていると、時々この音は本当にこれでいいの?と思うことがあります。実際に生の音を聴いて耳を確かめるというか整える必要を感じるのです。私の場合コンサートに行くというのは自分の耳に生の音を再確認させる意味合いもあります。なにもフルオーケストラで無くてもいい、室内楽で無くてもいい、楽器の音を実際に自分の耳で聴くことが大事なのです。


「新しい家になったらサン=サーンスの“オルガン”や“1812年”“展覧会の絵”と“革命”をしっかり鳴らしてもご近所迷惑にならないで聴ける部屋を作ってね。」
「!!!!」
東京のマンション暮らしでは望めなかった事ですが、当地なら可能でしょう。

ご興味のある方はどんな曲なのかYOUTUBEでお聴きください。ちなみに“オルガン”をパートナーさんの好きなユージン・オーマンディでご用意しました。



実は先日坂東玉三郎の朗読を聞きに行った時に、中ホールにオルガンが設置されているのを見て、「ここではフルオーケストラの演奏は無理だからサン=サーンスの“オルガン”は演奏できないよ。せっかくのオルガンが勿体ないね。」と話していたところだったのです。大きなホールそのものを楽器と考えフルオーケストラの響きを聴きたいパートナーさん。

YOUTUBEからダウンロードしたワーグナーをWALKMANで聴きながら、私たちは大ホールの真ん中で耳をすましています。パートナーさんのお陰で小さな幸せがまた少し膨らみました。


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テーマ : 小さなしあわせ
ジャンル : 日記

Bedtime story

お元気ですか?

マルセル・プルーストが一口のマドレーヌで記憶を刺激したように、日常のふとした事で遠い昔を思い出すことがあります。

「ねぇ、何かお話して」
「そうだね、どんなお話がいいの?」
「何でもいいよ」
「じゃ、いばら姫のお話をしようね。」

ある所にそれはそれは可愛い女の子がいました。でも、その子はいつも一人ぼっちです。なぜならその子の家はいばらに覆われて誰も近づく事ができません。女の子が年頃になり男の子が結婚を申し込みに来るのですが、皆血だらけ傷だらけになって悪態をつきながら帰っていきます。次第に誰も家に近づかなくなりました。何時しか女の子は歳をとり、お婆さんになってしまいました。お終い。

「そうなの?」
「そう、程々が大事ってゆう教訓話だよ。」
「なんかもっと面白いのないの?」
「じゃ、ジャックと豆の木の話をしよう。」

ある村に貧しい農家がありました。お父さんは出稼ぎに行きお母さんと息子のジャックが家を守っています。ある日お母さんがジャックを呼んでいいました。
「ジャック、家にはもう食べるものがないからこの牛を市場にもっていって売ってきておくれ。」
「えぇ~?お母さん牛を売ってしまったら牛乳がとれなくてチーズやバターも食べられなくなるよ。」
「いいんだよ、牛乳は農協に売っているんだから。それに私はスーパーで買い物がしてみたかったんだよ。」お母さんはちょっと変な人です。そして頑固です。
ジャックは仕方なく牛を引いて町の市場に向かいました。右手に手綱、左手には藁をもっています。

「わらしべ長者の話なの?」「いや、ジャックと豆の木の話だよ。」

暫く歩いていると道端にお爺さんが座っていました。
「そこの若いの、何処に行くんだい。」
「あのう、市場に牛を売りに行くんです。」ジャックは素直に答えます。
「ほう、それは感心だね。でも今日の市場には良い牛が沢山出ているし君の痩せた牛ではあまりいい値はつきそうにないね。」
「そうでしょうか?」ジャックは少し不安になりました。
お爺さんは話を続けます。
「で、一体いくらでその牛を売りたいんだい?」
「あのう、銀貨3枚で売れたらと思っているんですが・・・」ジャックが少し心細げに答えると。
「それは難しいなぁ。でもちょうどいい儂は今豆を一握り持っているが、これは銀貨5枚に相当する良い豆なんだ。遺伝子組み換えもしていないしね。」
ジャックにはよく話の分からないところがありましたが、銀貨5枚というのに惹かれて分からない事がなんなのか気にしないままになってしまいます。
お爺さんはさっさと牛の手綱を取ると押しこむようにジャックの手に豆を握らせてしまいました。

****お話が長いのでちょっと端折ります****

お母さんに怒られ、何がなんだかわからなくなって家を飛び出したジャックは家の前の畑に豆を投げ捨て納屋に入って泣きながら寝てしまいました。(「オズの魔法使い」と一緒で寝ないといけないのはセオリーです。)

次の日、目が覚めるとなんと大きな豆の木が庭に生えています。まるで大木のような豆の木。
「へんだな、確かお爺さんは遺伝子組み換えしていないって言っていたのに・・・」とジャックは今頃になって思い出しますが後の祭りです。

「はぁ、でもね。僕は高所恐怖症だからこの木登ることが出来ないんだ。」

お終い。

かくして私は怪しげな寝物語を作っては一人布団の中で丸くなりながら自分で笑っているのです。

****

昔々、私がまだ絵本しか知らなかった頃、母が言いました。
「貴方、昨夜一人で子守唄歌って寝てたわよ。」

三つ子の魂はいまだ健在というお話でした。

テーマ : ひとりごと
ジャンル : 日記

ワーグナーは救済を夢見るのか?

お元気ですか?

素敵なブログを書かれている南亭雑記のご主人NANTEI様から素敵なコメントをいただいたので私は記憶をたどりながらワーグナーを聴き始めた時期の頃を思い浮かべています。プッチーニやヴェルディのイタリア・オペラ、モーツアルトの「フィガロの結婚」と「ドン・ジョバンニ」が私のオペラの始りで基本に位置するのですが、ワーグナーを聴きだしたのはかなり大人になってからの事です。
唯はっきりして他の作曲家と違うのは“ワーグナー島”という島に船を漕ぎ出しながら何処から上陸したらいいのだろうとちょっと躊躇していた事実でしょう。北欧神話や聖杯伝説をベースにしながら繰り広げられるワーグナーの世界に、正直なところそんなに振りかざさなくてもいいんじゃないの?という気持ちと胡散臭さを感じているのも確かなのです。民族主義的匂いも好むところではありません。
私には「マノン・レスコー」や「椿姫」の情愛の豊かさや「フィガロの結婚」のような風刺と洒脱を楽しむ作品が性格的に合っているようです。
では、ワーグナーのオペラが嫌いなのかというと全くそうでは無いのが面白いところ。実際ドイツを旅行した時にはニュールンベルグやバイロイトをぶらぶらし汽車の窓から見える黒い森(シュヴァルツヴァルト)を眺めては空を駆けるワルキューレを想像したりします。ワーグナーの音楽は圧倒的力をもって私の中にも根をおろしているのです。

ワーグナーとの付き合いを思い起こしたとき、重要になるのがやはり中学から高校にかけての読書体験です。夏目漱石を入り口とする私の読書は、“あっこれは西洋の基本を知らなければ話が出来ない”と思い至らせました。そこで当時角川文庫にあったトマス・ブルフィンチの『アーサー王物語』と『ギリシャ・ローマ神話』を読むことにします。この二冊は私にとって本当に重要なものになります。そしてここを出発点として北欧神話である『エッダ』を読んだり岩波文庫で『トリスタン・イズー物語』や『ニーベルンゲンの歌』を読んだりするのです。ワーグナーを聴きだすのはまだまだ先の話です。でもどうです?知らぬうちにワーグナーへの道筋が用意されていたと思いませんか?

さてこうしているうちにオペラのほうも好きな作品というのが大体決まってきます。そうなると今度は指揮者や歌手を比べながら聴くようになりますますから、ワーグナーを聴かなくてもオペラを楽しむことは充分に出来ます。
でも、いつも何処かにワーグナーがいて「俺に触れもしないでオペラが好きだなんて何言ってんだ」と私を笑っている気もするのです。そこで、私はとりあえずショルティがウィーン・フィルを振った「ニーベルンゲンの指環」を聴くことにしました。何日間かかけてとにかく全部聴いてみよう。そう思ったのです。
なにせ一番短い「ラインの黄金」で2時間40分、その他の「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」はみな4時間前後の時間だけでも大作です。休みの日に聴くとしたって気合いをいれて臨まなければ聴けたものではありません。
正直なところ聴くだけで疲れたようです。初めてですからストーリーもよく分かりません。解説書は一応読みますが対訳って読んでいて面白いものではありません。私の助っ人はやはり本でした。アーサー・ラッカムというイギリスの挿絵画家が絵を書いたワーグナー・オペラシリーズという絵本を頼りにストーリーの全体像を抑えてみました。これはなかなか効果的でしたね。それと同時にあらためて良かったと思ったのが中学高校時代に読んでいた本たち。ワーグナーの世界の底辺にあるものにすでに馴染んていたことはぐっとワーグナーを親しみやすいものにしました。ただ、ワーグナーの世界観が進む先と私のそれとが相馴染むかというとそれはまた別の話です。ワーグナーはワーグナーの世界として完結している。私にとってはそれで充分でした。

現在私が持っているワーグナーのDVDは29枚。LPはそれほど多くないでしょうがCDは「ニーベルングの指環」はもちろん「パルシファル」や「トリスタンとイゾルデ」など色々。私の思惑とは別にどうやらワーグナーは私のライブラリーで居心地良さそうにしているみたいです。


ニーベルンゲンの指環 (〔4〕) (ニーベルンゲンの指環 4)ニーベルンゲンの指環 (〔4〕) (ニーベルンゲンの指環 4)
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リヒャルト・ワーグナー

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追記)

持っているLPレコードやCD、DVDはその内容をパソコンで記録しています。ワーグナーは何を持っていたかというのはそのリストを見れば分かるのですが、最近はレコードやCDを買わなくなりましたからもっぱらTVで放送したものをDVDに録画しています。このデータの入力をしてくれるのはパートナーさん。几帳面な性格に助けられているのです。そのパートナーさんがエクセルの画面を見ながら言います。「貴方のはオペラの全曲盤ばかりなのに私のは管弦楽集がほとんど。」同じ音楽を聴くにも人によってレコードの買い方は違ってくるようです。

テーマ : ひとりごと
ジャンル : 日記

YOU TUBE の楽しみ

お元気ですか?

今日は YOU TUBE の楽しい使い方を見つけたので面白がってちょっとそのお話。

フランスの小説で“ニコラ警視の事件”というシリーズがあります。ジャン=フランソワ・パロという現役の外交官が書いたもので、18世紀のパリを舞台にニコラ警視が活躍する冒険ミステリーものです。日本ではランダムハウス講談社の文庫で「ブラン・マントー通りの謎」「鉛を飲まされた男」「ロワイヤル通りの悪魔」の三作品が出ているのですが、この出版社は平成22年に合併を解消して武田ランダムハウスジャパンとなったものの平成24年の12月に倒産していて、シリーズが今後どのようになるのかは分かりません。
フランスではAmazonで見るとニコラ警視シリーズは2012年で10作目を数えているようです。

実はこのニコラシリーズはパートナーさんがAmazon で見つけたもので、「フランスではTVドラマもつくられたくらい人気だって」と私に教えてくれました。18世紀のパリ、ブルターニュの塩田で有名なゲランドで孤児として神父や領主侯爵に守られて育ったニコラは侯爵の娘と恋仲になったことから見習い司法官としてパリに送られます。当時のフランスはルイ15世の華やかさの影で権謀術数渦巻く世界。ポンパドール夫人やルソーやボルテールといった有名どころが歴史を彩ります。フランス革命前夜といったこの時代はフランス史を学ぶ人の中でも人気のある時代です。フランスでTVドラマになるのも分かります。ちなみにデュマが書いた「三銃士」はルイ13世の時代を描いていますからもう少し前ということですね。

少し、話が長くなりました。YOU TUBE でこのニコラのTVドラマを見つけたのです。しかも丸々1時間半。



タイトルが Le sang des farines とありますから2006年に出版された6冊目のお話です。日本語にすると「血の小麦粉」とでも訳すのでしょうか。

こうしてTVドラマを見つけたのですが面白いのはここから。YOU TUBE には“字幕ボタン”というのがあります。フランス語のTVドラマにフランス語の字幕が出てくるのです。これ良いですね。耳で聞いて目で補うことができます。
さっそく、パートナーさんに「ニコラの映像見つけたよ。字幕も出るんだ」と教えます。
すると、「でも、フランス語の字幕でしょう」と。ムムム・・・。
そこで、色々あるボタンにカーソルをあててみると、なんと“文字起こし”というボタンがあって画面に出てきた字幕が画面の外に表示されるのです。実はこれだけでも私には大変な驚きです。

学生の頃、映画好きな私はTVの映画をカセットテープに録音しながら見て、後でテープの音声だけを聴くという方法で言葉を覚えました。映像を記憶し不慣れな言葉は字幕が手助けをしてくれます。それを下地としてひたすらテープを聴くのです。また、当時白水社の「ふらんす」という雑誌に映画のコーナーがあって映画の台詞を一部載せていました。「スクリーン イングリッシュ」という雑誌もあってやはり台詞を載せていて独特の言い回しや省略などが解説されていてなかなか面白い雑誌だったのですが、ある日突然廃刊になってしまいました。

おっとまた脱線気味ですね。

とにかく、映像でドラマを見ながら字幕で確認ができます。“文字起こし”は画面に合わせてスクロールしているのですが、カーソルで範囲指定をするとコピーすることも出来ます。根気よくやれば、台詞だけですが台本を抜き出すことも出来るのです。もう私は凄い~!とちょっと興奮気味。映画と語学の好きな方には最高に面白いと思うのですが・・・。

でも、ここでパートナーさんの醒めた視線を感じます。「日本語の字幕じゃないんでしょう。」
そう、まだフランス語の世界です。でもご安心を。私の使っているブラウザーはGoogleです。画面の上のバーをみると、ちゃんと「これはフランス語のページです。翻訳しますか?」と訊いているではないですか。いぁや親切ですね。もちろんポチっと押してみましょう。すると、画面の字幕はフランス語のままですが、“文字起こし”に出ていたフランス語は日本語になっています。ちょっとぶっきらぼうでおやおや?という所も多いですが、分からない訳ではありませんし、なによりも面白いです。


最近はスマートフォンのアプリでも音声認識、自動翻訳が進んでいます。語学は自分で聞き話し計算して・・・というのが大事で、勉強する過程で文化比較を体験する事が面白いのですから、いつまでもアプリに頼っていては面白みがありません。でも、YOU TUBE を楽しく見ているうちに言葉の壁が低くなるならこれは充分に活用してみたいですね。


追記)

ものは試しにと思い YOU TUBE で日本語のドラマを再生してみた。“字幕ボタン”は機能せず、“文字起こし”も現れない。上部の翻訳バーも出てこなかった。翻訳バーはともかくとして“字幕ボタン”はあれば聴覚が不自由な方にも楽しめるのではと思う。

テーマ : 小さなしあわせ
ジャンル : 日記

芝居の楽しみ

お元気ですか?

小学校の体育館で人形劇を楽しんだ週末。子供たちの真剣な眼差しが私たちを刺激します。その感動が残る今日、ニュースでは報道陣向けに公開された東京歌舞伎座の様子を伝えていました。
東京に暮らしていた時、芝居好きの私はパートナーさんと歌舞伎座によく通いました。新しい歌舞伎座は座席が大きくゆったりと見られるそうです。座席にはモニターも付き台詞や芝居の解説が読めるそうです。便利になりましたね。
三階桟敷席は以前は前列の方でも覗きこまなければ見られなかった花道は見やすくなったのですが、その分傾斜が急になっています。高所恐怖症の気のあるパートナーさんは怖そうにニュースを見ています。

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東京を離れる時には今までのように簡単に歌舞伎や芝居を見に行かれない寂しさを感じました。毎日見ていたわけでもないのだから見たければホテルをとって見に来ればいいと思っていましたが、実際にはそうもいきません。もう少し忙しさが減れば可能でしょうが・・・。
でも、今根本的に考えが変わってきています。地方都市で暮すと芝居が面白いのです。

東京では確かに芝居が沢山かかっています。帝国劇場や日生劇場、明治座に歌舞伎座、国立劇場に新国立劇場・・・大きな舞台ばかりではありません。渋谷ジャンジャンは無くなりましたが、私の住んでいた中央線沿線には中野、高円寺、荻窪とほとんど駅ごとに小劇場がありました。
地方都市ではそうはいきません。小さな劇場では経営が難しいでしょうからスタジオ公演のような形になります。でもその分役者と観客との距離は近く手作り感もいっぱいです。スタープレーヤーはいないかもしれませんが、応援する役者は地元の人気者です。

当地佐久間地区には浦川歌舞伎という農村歌舞伎が生きています。150年ほど前江戸の歌舞伎役者・尾上栄三郎を迎えたところ病気になり亡くなります。農民がそれを悼み自分たちで歌舞伎を演じるようになったという曰くのある農村歌舞伎です。雄踏地区には江戸時代に旅の歌舞伎一座から芝居を習ったことをきっかけに「万人講」という組織を村人が作って農村歌舞伎を伝承してきたという歴史があります。
地方都市の周りにはこうゆう人々の生活と密着した芝居の歴史があちらこちらにあるのです。

徳島に旅行をした時、阿波十郎兵衛屋敷という浄瑠璃の施設を見学しましたが阿波には農村舞台という専用の舞台が村々にあって農閑期には大阪や神戸のほうまで興行に出かけたと言います。農民の行う浄瑠璃が人形の制作も含めそれほどの技術と芸術性を高めていったのです。阿波人形浄瑠璃というサイトがあります。是非御覧ください。

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岐阜の本巣市にはやはり真桑人形浄瑠璃というのがあり、学生が上演しています。岐阜女子大学のサイトがありますので是非ごらんください。

東京で芝居を見ていた時には気づかなかった事です。浄瑠璃をみようと思えば国立劇場に出かけます。歌舞伎座の前をあるきながら、おっ今度は誰々だと気がつけばチケットを買います。でも地方では1年に1回自分たちで歌舞伎を上演するのです。きっと演じる学生や子供たちは私よりも歌舞伎の事をよくわかっているに違いありません。声を出し身体を動かして肌で分かるのです。正直羨ましいほどです。

子供の頃に一度でも演劇の洗礼を受けた人は一生その感覚を忘れることはありません。きっとその子供たちのなかから町の小さな劇団に入る人も出てくることでしょう。歌舞伎や浄瑠璃を大人たちと作った記憶をもって今度は自分たちの芝居を作ってゆきます。

こうして地方都市の演劇は都会のそれとは違いより濃密で人々の身体に染み込んだものとして生活のすぐそばに存在していくのです。

当地で芝居や人形劇を見ながら、そんなことを思います。


テーマ : 演劇
ジャンル : 学問・文化・芸術

ピノキオ

お元気ですか?

私の通う弓道場のある新居町に出かけ人形劇団むすび座の『ピノキオ』を観てきました。新居町で障害者とその家族を支援する活動を続けている新居町かたつむりの会が呼んだのです。
午前中は道場でたっぷり練習し、新居小学校の体育館を目指すと、少しづつ咲きはじめた桜の下をお母さんに連れられた子供たちが歩いています。道場にかようだけの私ですがこの時は町民になったような気分でちょっとほんわかしています。

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体育館の入り口で靴を取り替えようとしていると、道場の先輩女性Tさんが声をかけてくれます。Tさんはかたつむりの会の当初からのメンバーで今回の人形劇もTさんが私に教えてくださったのです。

体育館の床にはピンクの絨毯が敷かれて子供だけで座る処、親と一緒の処、大人だけの処と仕切られています。「灰色のところは僕達が歩くから座らないでね。」と劇団員の方が案内しています。
「子供だけで見られるならこっちにどうぞ。」と声をかけますが、お母さんにしがみついて首を振っている子もいます。「お友達どうしなら大丈夫だよね。」とか「お兄ちゃんと一緒にどうぞ。」なんてうまく誘導していきます。車椅子に乗った人や障害をもった人もどんどん集まってきて一緒に座って開演を待ちます。

ピノキオはイタリアの児童文学で誰もが知るお話ですが、小さい子供たちの中には今日の人形劇で初めて出会う子供もいることでしょう。絵本やディズニーのアニメで知っていたとしても、目の前で見る人形劇は迫力満点です。大きな手振り身振りで人形が一緒に動きますし、歌も大きな声で心を打ちます。賑やかな子供たちが舞台に釘付けになる様子には舞台の力を感じます。
パートナーさんは、歌が終わると子供たちが拍手しているその姿に、「ちゃんとわかるんだね」と感心しています。

むすび座さんの演出も面白いものがあります。ギニョール、棒使い人形、マリオネットなど色々な人形を使うのも面白いし観客の中に入ってきたりもします。サメに飲み込まれるシーンでは客席後方から団員さん2人が長い竿にサメのギザギザの歯を書いた布を観客の頭越しにかぶせるように走ります。子供たちはサメの口の中です。
大道芸に見るような背高ノッポさんがジャグリングをしたりもして子供たちの目は釘付けです。

途中休憩をはさみながら2時間の人形劇。子供でなくてもたっぷり楽しみました。人形劇団むすび座のお芝居をこれからも注目したいと思います。そして、障害者とその家族への支援活動を行っている新居町かたつむりの会の皆さんにも敬意を払い応援していきたくなりました。

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ジャンル : 学問・文化・芸術

やったね!遠軽高校

お元気ですか?

今日二回目のUPです。しかも私のブログでは珍しく野球の話題。
春のセンバツ甲子園の2日目、第一試合の遠軽高校対いわき海星高校の試合を見ました。といっても見始めた9時半にはすでに7回の表いわき海星の攻めている場面です。
え~?もうこんなに進んでるの?9時始りだと思っていたら8時半始まりだったのですね。それにしても1時間で7回は早いんじゃないの?

北海道函館市出身の私。実はオホーツクに面した湧別町やサロマ湖にも深いご縁があります。遠軽町は湧別のお隣の広い農地が広がる土地。鉄道が好きで北海道の汽車旅をされた方ならわかるでしょう。札幌・旭川方面からオホーツクを目指して来ると、湧別の方へ進む線路と北見網走方面に進む石北線との分岐する街でもあります。今は湧別や紋別に向かう線路が無くなってしまったので分岐の寂しさは列車の方向を変えることでかろうじて味わうことになるのですが・・・。
とちょっとマニアック?な話題に走ってしまいます。

ですから、遠軽高校が「21世紀枠」で出場が伝えられた時には「やった!」って喜んだのです。
遠軽高校出身の友人にも会って「甲子園楽しみだね」て言うと「おう、早速寄付金の手紙が来たよ」とまんざらでもありません。いぁやこんな楽しみを頂けるのなら寄付金ぐらい・・・なんて私の所には来ませんから気軽なものです。

さて、7回の表いわき海星高校の攻めを見ていると、なるほど遠軽のピッチャーもリズムにのって早い投球ですしいわき海星のバッターもバットをどんどん振っています。これは早く進むはずです。

点数を見ると3点を6回の裏に遠軽高校が入れたようですが、解説をよく聞くとそれまに4ヒットしかしていません。えぇ?そんなんで3点?点数は入ったもののいわき海星のピッチャーもいい投球を重ねて来たということでしょう。7回の裏の投球を見ると左腕から出るスライダーやカーブが遠軽のバッターを翻弄しているようです。

9回の表、最後のいわき海星高校の攻め。私は心の中でいわき海星を応援していました。第二バッターが力強いあたりで一塁線を抜きます。バッターは一塁を周り二塁に向かいますが送球でアウト。しかし遠軽高校の選手と交錯したことで走塁妨害を主張したのが認められて判定はセーフに。遠軽高校の生徒も意図的に走塁妨害をしたというわけではないのですが、いわき海星の生徒の抗議の勢いに審判も押されたといった形でしょう。次のバッターが打ち三塁に進みますが、最後はキャッチャーフライでお終い。

遠軽高校の校歌斉唱に瞰望岩(がんぼういわ)やオホーツクの言葉が聞かれたのが嬉しかったです。

10時には終わってしまった遠軽高校といわき海星高校の試合。日中何回かニュースを見ていましたがいわき海星を中心にしながらの報道が多いように感じます。遠軽高校だって雪の中で練習したりしているんですけどね。
夜、NHKのニュースを見ていたらいわき海星高校は水産高校なんですね。なるほどね、私が応援したくなったのも筋が通ります。(私は水産学校卒業ではありませんが水産学校や海洋学校の熱いファンです)

応援団では試合終了後お互いの健闘を讃えてエールの交換が行われます。試合が終われば一緒に戦った仲間なのです。そんな応援団長をしていた高校時代を思い出しながら遠軽高校の一勝を喜びましょう。相手を讃えることは勝利に一層の価値を産みます。

さぁ、遠軽高校!次の試合は28日木曜日9時からの第一試合で大阪桐蔭高校とあたります。よく名を聞く強豪校のようですが、精一杯頑張って欲しいですね。

遠軽高校を応援する「遠軽高校野球部甲子園出場後援会のホームページ」というのがありました。ガンダムの作者、安彦 良和さんも応援しています。

応援よろしくお願いします!

テーマ : 小さなしあわせ
ジャンル : 日記

『騎乗』

お元気ですか?

ディック・フランシスの『騎乗』を読みました。前回の『不屈』は面白かったもののその前の3作品が合わなかっただけにちょっと心配しながら読み始めたのですが、1頁目からそんな心配は飛んでいってしまいます。

お話は、17歳のアマチュア障害騎手ベネディクトが厩舎を首になるところからはじまります。彼の父親ジョージが下院議員選に出馬するため家族的要素をアピールしようとベネディクトを呼び寄せるためだったのです。子供の頃からジョッキーに夢を抱いていたベネディクトは強い挫折感と寂しさを感じながらも父親の選挙活動に加わることで大人の世界に踏み出してゆきます。そして、彼はこの選挙に不満を持つ誰かの妨害工作と闘うことに・・・。

これは大人の世界で闘う父親とそれを間近に見ながら大人になってゆく17歳の息子の闘いを描いた素晴らしい作品です。話が進む中で父親も息子を育てる為目指していた政治の世界を諦めた過去があることがわかります。実業界で成功をすることで実績を作ってきた父親は党から出馬指名を受けて自分の夢をつかもうとします。息子のベネディクトも選挙戦を終えると大学生活に進みますが同時にアマチュア騎手も再開し卒業すると競馬関係のレース資料や様々な事務業務を行うウェザビーに就職をします。自分の夢のために闘う親子が次第に分かり合ってゆく姿が丁寧に描かれています。

ディック・フランシスの作品では画家や銀行家、パイロットや会計士と様々な職業が登場します。今回は英国の下院議員とその選挙選が舞台。ボランティアの選挙活動や首相官邸でのパーティーの様子などが生き生きと描かれていてその点でも面白い作品でした。
高校生の男の子に是非読んでもらってお父さんと話をするきっかけにしてもらいたいと思います。


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さて、この『騎乗』は1997年36作目の作品です。私の机に置いてある作品リストに付けられた読了の印は34。2010年の11月に『反射』を Book Off で見つけてディックを読み始めてから2年半が過ぎました。共著も含めてあと10冊。今年中にゴールすることが出来るでしょうか?
先日からラジオドラマをきっかけに本を読んだ話を書いていますが、実はディック・フランシスもNHKのラジオドラマで名前を知ったのではないかと思っています。はっきりと確信を持っているわけではないのですが、そんな気をしているのです。それがどの作品であったかはもわかりませんが、NHKのアーカイブスに残っていないものでしょうか?どなたかご存知の方がいらしたら教えていただきたいと思っています。

テーマ : 読書
ジャンル : 小説・文学

『マリリン・モンロー 7日間の恋』

お元気ですか?

『マリリン・モンロー 7日間の恋』を読みました。先日WOWOWで映画を放送していたのを録画し、まだ見ていないうちに Book Off で文庫本を見つけたのです。

私は小学生の時に『7年目の浮気』を観て以来のマリリン・モンローのファンです。地下鉄の風にスカートが膨らむシーンではなく、トム・イーウェルが演じる男性の部屋に階段を降りて入ってくるシーンにすっかり魅せられてしまい、平屋建ての私の部屋の天井を眺めながら“階段のある家っていいな”と思ったものです。兎の穴や古びた洋服ダンスと一緒にビリー・ワイルダー監督によって階段は物語を運んでくる特別なものになったのです。

それ以来、映画はもちろんマリリン・モンローに関係した放送は数多く見てきました。なにしろセックス・シンボルと云われ世界中で名前の知らない人がいない女優は、出生と不幸な幼少時代、ケネディー家との関わりやマフィアの影も噂され謎の死を遂げるのですから、ゴシップ的話題に事欠きません。解説で亀井俊介氏が書くようにシナリオ作家やジャーナリスト、果てはホテルのプール番まで暴露本的話を持ち出しモンローに群がります。
でも私のマリリン・モンローに対する興味はそういったゴシップ的話題ではありません。美しい容姿の下にあるすくうと溢れてしまいそうな傷つきやすく壊れやすい心、それでいて見るもの傍にいるものを優しく包み込む柔らかな空気。そうゆうものがマリリン・モンローの中で同居している不思議に惹かれるのです。しかも、その彼女はショウビズの世界でしたたかに計算高く生きていかなけばならないのです。
私はそうゆうマリリン・モンローの不思議に惹きつけられているのです。

『マリリン・モンロー 7日間の恋』は三度目の結婚をアーサー・ミラーとした彼女がイギリスでローレンス・オリビエと『王子と踊子』を撮影する際に第三助監督として現場に入ったコリン・クラークがマリリン・モンローと過ごした7日間を日記の形で表したものです。
演技派女優への成長を望む彼女はイギリスの名優ローレンス・オリビエとの共演に期待をかけますが、オリビエは彼女を評価しません。アーサー・ミラーも仕事でロンドンを離れ、マリリン・モンローはイギリスの撮影現場に取り残された形になり深い孤独にさらされ、神経質になり撮影への遅刻や中断を繰り返します。
そのマリリン・モンローと現場との調整役になってゆくコリン・クラーク。モンローは彼を信頼し心をひらいてゆきます。

読んでいて出来すぎじゃない?という感じもします。ローレンス・オリビエの個人秘書を経てドキュメンタリー映画の制作・監督で成功したコリン・クラークですから40年を経て当時の記憶をもとに出版された本には多分に効果的ストリー、映像的要素が盛り込まれているようです。
しかし、マリリン・モンローの苦悩と彼女を取り巻く人々の様子もよく分かります。寝室でモンローの不安・赤裸々な苦悩をに傾聴する内容は私のマリリン・モンロー像を補います。

岩波新書に『マリリン・モンロー』という著書のある亀井俊介氏の解説も読み応えがあります。
さぁ、ミッシェル・ウィリアムズがマリリン・モンローを演じた映画の方も大いに期待して観ることにしましょう。

マリリン・モンロー 7日間の恋 (新潮文庫)マリリン・モンロー 7日間の恋 (新潮文庫)
(2012/01/28)
コリン クラーク

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追記)

23日土曜日、映画を観ました。全体的によく出来ているとは思いますが本のほうがよかったですね。日記仕立てになっている本の方が出来事の起伏をよく表しリズムを生んでいますし、作者とマリリン・モンロー双方の感情も緊張感を読み取ることができます。
でも、映画を見ているうちに、『王子と踊子』を観たくなりました。マリリン・モンローファンにとってこの『マリリン・モンロー 7日間の恋』が素敵な映画であることは間違いがないようです。

テーマ : 読書
ジャンル : 小説・文学

『告解』と『不屈』

お元気ですか?

桜の開花宣言が各地から伝えられています。河津桜の次は何処に行こうかと友達にお勧めを聞いてみましょう。今度は電車に乗ってのお出かけも春らしいかもしれません。

ディック・フランシスを2冊読了しました。『告解』と『不屈』です。
『告解』はトマス・ライアンという映画監督が主人公。26年前の競馬界で起きた不審死を題材にした映画を撮影中のトマスにロケを妨害する事件が頻繁に起きます。主演男優の代役が馬上で切りつけられたり、脅迫的にナイフが送りつけられたり、トマス自身も何者かに切りつけられ怪我をします。誰かが26年前の事件をトマスに掘り起こして欲しくないようです。しかし撮影を続けるトマス。
監督を主人公にして映画撮影の現場を舞台にした面白さはあります。プロデューサー、脚本家、映画監督に俳優たち。これに対してモデルとなった実際の事件に関わっていた町の人達の様子。トマスは双方の人間関係の中を泳ぎます。ただ、登場人物が多く過去の事件に迫る緊迫感もぼやけていて作品に入り込むことができません。

前回読んでいた誘拐事件の『奪回』、サバイバルの専門家で作家が主人公の『標的』、私としては評価が低かったのでこれで3作品連続で不満な事になっています。

しかし、1994年に書いた『告解』の次の年の『敵手』はシッド・ハレーが主人公になってMWA賞とCWA賞をダブル受賞しています。そして続く1996年に書いたのが『不屈』です。筆は戻ったでしょうか。

貴族の家系に生まれたアリクザンダーはスコットランドの山小屋で一人暮らしをする画家です。ロンドンで暮す母から義父が心臓発作で倒れたので来てほしいと電話をもらいますが、同時に山小屋に来た暴漢に襲われ大怪我を負います。怪我をおして義父の屋敷に行くと義父の経営するビール会社は横領事件のため経営存続の危機にあり、アリグザンダーは義父に変わって問題解決に奔走することに。

読み始めるとどんどん引き込まれていきます。それまでの3作品が私に合わなかっただけに、野に出た馬のように晴れやかな気持ちで読み進むことができます。
なんといっても登場人物が分かりやすくそれぞれの役割がしっかりしています。
英国に対するスコットランドの立場も描かれながら、貴族の矜持や画家、会計士、探偵などそれぞれ専門の立場の考え方も上手に描かれていて飽きさせません。これぞディック・フランシスといった作品です。

安心するとともに満足の『不屈』でした。


告解 (ハヤカワ・ミステリ文庫)告解 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
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テーマ : 読書
ジャンル : 小説・文学

坂東玉三郎

お元気ですか?

坂東玉三郎のステージ「泉鏡花・幻想の世界」を観てきました。坂東玉三郎が7年前から「言の葉コンサート」として行なっている朗読のステージで、これまでも日本各地でおこなわれているのだそうです。今回は静岡銀行創立70周年記念の企画として静岡朝日テレビの協賛で無料ご招待。静岡銀行は、明治時代の静岡第三十五国立銀行設立に始まる歴史ある銀行ですが、堅実な経営で知られ、バブルの頃はあまりの堅実さから首を傾げる向きも有ったと聞きますが、バブルが弾けると大きな痛手を受けずに済んだ事で評価が高まり、その後の長い不況下でも顧客に強い安心感を与えています。

坂東玉三郎は歌舞伎の立女形ですが、歌舞伎をご覧にならない方でも玉三郎の名を知らない方はいないでしょう。その活動は歌舞伎に留まらず、近代劇や京劇、映画への出演、映画監督や演出家としての活動も高く評価を受けています。
私もよく歌舞伎座に出かけ幾つもの舞台を見ています。パートナーさんも『鰯売恋曳網』を懐かしむようなことをよく言っていますね。

さて今回の演目は、「夜叉ヶ池」「海神別荘」「天守物語」の特徴的な場面を玉三郎が朗読するというもの。泉鏡花の作品ですが、人間と異界の交わりを通じて鏡花独特の美意識を幻想的世界に描き出しています。坂東玉三郎も27歳のころから何回も演じてきた作品ということで、泉鏡花や作品の説明をしながら朗読がはじまります。本も小説ではなく舞台台本を玉三郎が声を変えながら役を演じます。なるほど、役者さんですからこうゆう朗読もいいですね。

公演の流れも、一部が「夜叉ヶ池」の晃と百合の短い会話のやりとりから始り、竜神の白雪姫が百合のうたう子守唄を聴くシーンに進みます。「海神別荘」では公子と美女とのやり取りが圧巻。人とのつながりをいまだ持ち海底での幸せを知らせたいという美女に公子は自分との愛情の世界に生きるだけで良いと言い、美女は人間にはすでに大蛇にしか見えないと伝えます。情愛の意識の違いがぶつかり合う場面に会場も次第に引き込まれていきます。
休憩を挟んで、二部は「天守物語」。天守夫人の富姫と鷹匠の姫川図書之助の話ですが姫路城の天守閣という舞台が想像力をかきたてます。天守閣は異界ですね。

ハープ奏者朝川朋之氏の呼吸の合った演奏も効果的に坂東玉三郎の朗読を楽しみました。

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テーマ : 演劇
ジャンル : 学問・文化・芸術

一年生

お元気ですか?

今日は当地一面の曇り空でこれから雨も降る予報です。自衛隊の練習機がいつものように爆音を響かせていますが、姿を見ることはできません。悩ましい花粉症も今日は穏やかです。

ジェームズ・ヒルトンの『失われた地平線』を読みながら、“あぁ、私の好きなもののほとんどは小学生の頃に用意されていたんだ”とあらためて思います。ジェームズ・ヒルトンと出会ったのは『チップス先生さようなら』の映画が初めてで、ピター・オトゥール主演の1969年のミュージカルです。パブリック・スクールにすっかり憧れたものでした。母に連れられて映画館で観たのですが、『リア王』『エデンの東』『ローマの休日』『チップス先生さようなら』と一生記憶に残る映画を観せてくれた母には感謝しきれないですね。

そんな事を思っていたらある記憶が蘇ってきました。小学1年生の春のことです。入学式からまだ1ヶ月もたっていないある日、母と私は犬の散歩に使うリードを買いに町に出ました。少し前に知内町に暮す親戚から子犬が生まれたからと譲り受けたのです。今は北海道犬と言いますが当時はアイヌ犬と言い、中型で飼い主に従順ですが、勇敢な性質を持ち狩猟犬としても鍛えられる犬です。大工仕事の得意な叔父が庭に犬小屋を作ってくれ、鎖に繋いで飼い始めますが、お散歩用のリードを用意しなければなりません。松風町にあるペットショップに電車に乗って出かけました。今、Googleでみると、家から電車で23分の距離ですが、小学校1年生の私にとって松風町は大繁華街です。お出かけ用に身なりを整え嬉しさに湧き上がる思いを抱えて出かけたのです。

ところが、ペットショップに気に入ったリードがありません。今でもお店のご主人が見せてくれた数本のリードの中に緑色をして鋲を打った革製の素敵な品があったのを憶えています。しかし、その時私はその品の良さを分からず気に入ったリードが無いことにすっかり気分を悪くしてしまったのです。
母は「気に入ったのが無いなら仕方がないね。」と言い店を出ました。一緒に出た私は面白くなく、すっかりむくれてしまい、プンプンしながらずんずん歩いていきます。もうすっかり頭に血がのぼってしまっていました。

ふと気がつくと母がいません。真っ直ぐ歩いていたはずですからたいした距離ではないのですが、立ち止まって見回してみても母の姿は見えません。はぐれてしまったのです。

私は“しまった”と思いました。気に入ったリードが無いことに怒りすっかり我を忘れてしまった事を強く悔いました。情けない話です。
しかし、私は迷子になったとは思いませんでした。道に迷った訳ではないのです。

そうは言うものの小学1年生の私はお財布を持っていません。母をさがしてうろうろするよりも家に帰ろうとすぐ思ったのですが、どうやって帰ったらいいのでしょう。
頭に浮かんで来たのは大森稲荷神社の赤い鳥居でした。松風町には電車線路が分岐する交差点があります。まずそこに出ると赤い鳥居が見えますから、見えるところに出て方向を確認したら電車線路沿いに歩いて帰ろう。そう判断したのです。“しまった”と我に返ってから数秒のことです。

決めたら迷うことはありません。松風町のグリーンベルトのあるところから電車道路に出、交差点まで行くと赤い鳥居が見えました。“私の記憶の通りの風景だ”と思いを強くし電車道路沿いに歩き始めます。

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Google で当時歩いた道をほぼ忠実にトレースしてみました。5㎞、1時間の距離です。松風町の交差点から電車道路沿いに歩いて昭和橋を目指します。一人すたすたと歩いて傍眼を振ることはありません。家に帰り着くこと。これが私の大事なのです。ただ、昭和橋には交番があります。警察に見咎められて声をかけられたらどうしよう。家までパトカーに乗せられて連れ帰られるのは恥ずかしい話です。私は母とはぐれただけ、迷子では無いのです。私は背筋を伸ばして堂々と“なんでもないよ”と心の中で声をかけながら歩きます。不安げだったりキョロキョロして歩いていたら声をかけられるかも知れない。そう思ったからでした。

電車道路沿いに歩いて来ましが、そのまま歩いてゆくと五稜郭公園前まで行くことにになり遠回りです。昭和橋の交番を背にして私は次の記憶にある場所、少年刑務所を目指すことにします。悪戯っ子だった私は「悪いことをするとあそこに入るんだよ」とよく言われていたのです。
少年刑務所のレンガ造りの壁が見えてくるとホットしたのを憶えています。通い始めたばかりの小学校はすぐそばです。

ここまで来るともう大丈夫。通い始めたばかりの通学路を通って家に帰るだけです。でも、私はまた思います。“先生に会ったらいやだな。”家に急ぎましょう。

さすがに家の建つ一角に来た時には着いたという安心感と歩き通したという満足感が湧いていました。いつも入るお勝手のドアの把手に手をかけると鍵があいています。恐る恐るあけると、台所で夕食の用意をしている母の姿が。

「お帰り。」一言だけ言う母に私は「この人、只者じゃないな。」そう思いました。小学校1年生の春。自分の母親に感心した瞬間です。

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テーマ : ひとりごと
ジャンル : 日記

『失われた地平線』

お元気ですか?

先に高校生のころラジオドラマで知ったレイモン・ラディゲの『肉体の悪魔』に引き込まれ、パリ郊外のパルク・サン・モールにあるラディゲの生家を訪ねるにいたった話を書きました。
どうも人の性質というのは変わる事が無いようで、先日やはりラジオドラマ・青春アドベンチァーでジェームズ・ヒルトン原作の『失われた地平線』を放送していて、聴くと心がワクワクします。本を読みたくなりました。

ネットで注文した『失われた地平線』は河出文庫、池央耿氏の訳によるものです。奥付を見ると2011年9月10日初版印刷とありますから新訳なのでしょう。格調高い日本語がヒルトンの古典にふさわしく言葉を拾うように読んでいきます。

お話は、コンウェイというイギリスの領事が混乱の中国を飛行機で脱出するもハイジャックされ連れてこられたのがチベットの奥地シャングリ・ラという土地。〈蒼い月の谷〉にあるシャングリ・ラでは農民が作物を育て暮らし、ラマ教の高僧の下中庸の精神で社会生活を営むという独自のユートピアを形成しています。オックスフォードを優秀な成績で卒業し多彩な才能を発揮し将来を嘱望されていたコンウェイはシャングリ・ラの生活に次第に惹かれていきますが、その背景には、戦争で精神的苦痛を味わったことによる諦観があるようです。
同じ飛行機で連れて来られたキリスト教の女性宣教師ミス・ブリンクロウはシャングリ・ラで布教活動をしようとし、金融詐欺で指名手配をされているアメリカ人のバーナードは都合の良い隠れ場所として喜びシャングリ・ラにある金鉱を利用しようと企てます。コンウェイの部下で若く血の気の多いマリンソンは西洋文明の申し子といった立場でシャングリ・ラを否定し一人脱出の夢を絶やしません。
西洋文明とチベット山中の桃源郷との対峙は比較幸福論ですし、コンウェイが語る喧騒と混乱に満ちた現代、世界を覆う不安は充分に今も通じる文明批判でしょう。

ジェームズ・ヒルトンが『失われた地平線』を書いたのは1933年。第一次世界大戦は終わったもののヨーロッパの経済は疲弊し混沌とした時代です。23年にソビエト連邦は誕生しますが、スターリンの独裁政治は続いています。英国はインドの独立運動に苦慮し、米国と共に中国に進出する日本にも警戒感を強めます。1929年にはウォール街の株暴落により世界恐慌が始ります。
一方、1926年バード少佐が北極点上を飛行、1927年にリンドバーグが大西洋の無着陸飛行に成功するなど飛行機が注目を浴び、1929年にはツェッペリン飛行船の世界一周が行われ世界中に旅行熱が起きた時期でもあります。
戦争が世界規模に拡大してゆく20世紀初頭、人々は汽車や飛行機といった旅行手段の多様化によって見果てぬ世界に夢を抱いた時代です。

現代には桃源郷、ユートピアはあるのでしょうか?世界各地のニュースはテレビ局が伝えています。Googlは世界中で家の1軒1軒をパソコンに映します。偵察衛星はどうでしょう・・・。
でも私は人跡未踏の桃源郷に夢を馳せます。バローズは『地底世界ペルシダー』を書いています。スイフトは『ガリバー旅行記』を書いています。小野不由美は『十二国記』を書いています。Googlがどんなに世界地図を作ろうが、偵察衛星がくまなく地上を撮そうが、問題ありません。急に湧いた雲が地上を覆い、摩訶不思議な磁場が衛星に映らない場所を作り出します。そう言えば“地球空洞説”というのが一時期流行った事もありました。私達が想像もつかない未知の世界はまだまだあるはずです。
下田ですら知らない場所がありました。世界を旅行しているうちにシャングリ・ラに出会わないとは言えません。


『失われた地平線』は映画にもなっています。1937年のフランク・キャプラ監督の作品です。私のコレクションにもありますからゆっくり見ることとしましょう。オリビア・ハッセーが出ているミュージカルもあるようですが映像を見るのは難しそうです。いつか出会うことを夢見ましょう。


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テーマ : 読書
ジャンル : 小説・文学

フランセジーニャ

お元気ですか?

先日テレビでポルトガルの旅番組を見ていたら、フランセジーニャという地元のファストフードを紹介していました。ポルトガルの人がフランスでクロックムッシュを食べて気に入り真似て作って人気の料理になったというお話です。

クロックムッシュはパンにハムやチーズをはさみ卵を添えたオープンサンドです。東直己さんに登場する探偵さんもよく食べていますね。
ポルトガルではこれにちょっとピリ辛のトマトソースがたっぷりかかっていますし、ステーキ肉を挟んだりしてボリュームいっぱいです。フランセジーニャ。フランスの女の子という意味ですがフランスの女の子はこんなにボリュームありますか?

ということで作ってみました。

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トマト缶を開けて玉葱のみじん切りやしめじを一緒に炒め味を整えてソースをつくります。隣のフライパンでは豚肉を焼いて、とけるチーズと一緒にパンに挟んでお皿の上に。盛り上がったパンに熱々のソースをかけて出来上がりです。
ナイフとフォークでいただきましょう。

ピリ辛のトマトソースが美味しいですし、ボリュームがありますから夕食にちょうどいい。今回はローストポークでしたが、ハンバーグでもいいですし生ハムを挟んだりフルーツを挟んだりしてもいいでしょうね。そうゆうこだわらない変化させやすいところが“我が家のフランセジーニャ”というのを生んでいるのでしょう。

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お魚を散らしたサラダで口をかえ、白ワインを飲みながらいただきました。


テーマ : 美味しかった♪
ジャンル : グルメ

ドライブの会話

お元気ですか?

伊豆小旅行の番外編とでもいいましょうか。今日はドライブの時の会話のお話です。


「今日も仲良く行こうね」と伊豆に向かった私達。三島の混雑を抜けて走っていると「加山雄三ミュージアム」という看板が目につきました。
「ねぇ、加山雄三って若いころ映画に出たくらいでしょう。どうやって暮らしているのかな?」と私が呑気な質問をすると。
「ディナーショーとかやっているんじゃないの?」とこれまたパートナーさんの呑気な返事です。
「ふーん、でも歌うたっておしゃべりして、そんなの楽しいのかな?ディナーショーって行ったことないな・・・」

実は『はぐれ刑事純情派』の藤田まことさんのディナーショーというのに仕事のお付き合いで行ったことはあるのですが、これは仕事で行ったので私の中では数に入っていません。

「ふぅ~ん、でもマリア・カラスのディナーショーだったら行くでしょう?」とパートナーさん。
考えるまでもなく「行くよね。僕の痛恨の思いはカラスの札幌公演に行かなかった事なんだから・・・そういえばこの間、研ナオコのディナーショーがあるって宣伝していたよ」

「研ナオコは静岡出身だからね。じゃ誰なら行くの?石川さゆり?それとも坂本冬美?」
石川さゆりは『津軽海峡冬景色』を歌っていますから私としては外せません。坂本冬美もyoutubeからダウンロードしてWALKMANに入れて道場に行く時に聞いています...

「ねぇ中島みゆきか松山千春は?」
「はぁ?ディナーショーで恨みます~って歌われてもねぇ・・・」
北海道出身の歌手が出るとちょっと嬉しいですね。
「で、石川さゆりと坂本冬美とが同じ日にディナーショーやっていたらどうするの?」とパートナーさんの意地悪な質問に。

「まぁ先輩格だし石川さゆりかな?」とまじめに答えてしまう私。

こうして伊豆のドライブの取りとめのない時間が過ぎてゆくのです。

追記)

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河津桜実行員会の方にお話を伺いながら求めた桜饅頭。実行委員の女性は「一つのお店だけの味見では他のお店に悪いからこっちも食べて」と桜餅の味比べを勧めます。確かに作るお店によって味は違いますからね。


テーマ : 今日のつぶやき。
ジャンル : 日記

西伊豆の帰り道

お元気ですか?

下田、今井浜、河津と楽しんだ今回の小旅行もいよいよ帰り道です。下田から海岸線を西に周って帰る計画。うまくすれば夕日に映える赤富士が見られないかとの思惑をもってのコースです。

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下田富士と寝姿山は火山の根っこといわれるマグマが隆起して出来た山です。今回は登りませんでしたがロープーウェイに乗ったり遊歩道を散策し下田の街を眺めたりとコースも整備されているようです。次の機会には楽しみましょう。予定して乗らなかった観光遊覧船が驚くようなスピードで湾内を移動していきます。こちらもまたね。

堪能した下田を後にし田牛という処を目指します。今回パートナーさんが「行ってみたい」とご要望のジオパーク竜宮窟です。階段を降りてゆくと波の音が聞こえて来て光がさしてきます。

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へぇ~宮崎駿監督の『紅の豚』に出てきたような隠れ家的場所。堆積した地層を海水が浸食して出来た洞穴です。しかも天井が抜けていますから開放感もあってこれは気持ちがいい。

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以前は鳥居をくぐり階段を登るようになっていましたが、急なため今はロープを張り通行止めにしています。
代わりに少しづつ整備が進んでいる外周路をつかって登ってみると・・・。
ハート型にえぐれた様子を上から覗くことができます。

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外海の方はゴツゴツした岩に波が打ち寄せています。
お隣にはサンドスキーを楽しむ自然の砂山があります。
ハート型の洞窟といい、サンドスキー場といい若い人には愉快なジオパークです。
我がパートナーさんもまだまだ気持ちが若いのでしょうね。もちろん私も初めての場所ですから楽しんでいます。

この後、石廊崎に立ち寄りましたが、灯台までは10分ほどの距離を登りますしちょうど観光客の皆さんが団体さんでいらしていたので、私たちはパスします。
何回か民宿に泊まったことのある雲見を通り、恋人岬を通りと思い出のある地を通過して土肥に着きました。土肥からは駿河湾フェリーが出ていて夕焼けの富士山を見ながら清水に渡るという方法もあるのですが、今日はちょっと曇っています。フェリーはまたにしましょう。

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その代わりというわけではないのですが、土地の人に人気というお風呂に立ち寄ることにしました。
車を泊めて写真を撮っていたら男性の方が入口横の建物から出てきます。この男性お風呂番の人なのですが、建物正面の券売機で入浴券を買うとそれを受け取り、申し訳程度に番台に座り、すぐまた小屋に戻っていきました。

男風呂は私の他に先客がお一人。「失礼します」と声をかけて入ります。露天風呂もあるのですが、とてもぬるくて入れません。パートナーさんは「露天風呂も入ったよ」と堪能したようです。
このお風呂、地区の方は200円ですが、私達は400円。シャンプーを使って頭を洗いたい場合は50円さら払います。
地域のお風呂ですから、旅の者はちょっと遠慮しながら入るのがマナーなのですね。

運転の疲れも取り、気分もスッキリです。さぁ、家に帰りましょう。
旅の楽しみの最後は“家に帰る楽しみ”です。

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

河津桜

お元気ですか?

今井荘の朝は早くはじまります。昨夜、仲居さんに「日の出は何時でしょう?」と聞いていたパートナーさんは早起きして日の出を待っています。6時15分。「見て見て!」って嬉しそうな声で私を呼びます。

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左がパートナーさんの撮った部屋から見た日の出。右は砂浜に降りて私が撮った日の出です。

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晴れていれば大島、新島、式根島、と伊豆七島が見えるのですが今回は残念ながら見えません。それでも、太平洋を臨む眺望に大満足。吉田松陰でなくても海の向こうに行きたくなりますね。
砂浜をお散歩し、美味しい空気をいっぱい吸って、朝風呂入って、さぁ朝食です。

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日本の朝食豪華版といった感じです。朝ごはん定番の干物は仲居さんが「金目鯛とえぼ鯛と鯵がありますけどどれがよろしいですか?」って言うので、えぼ鯛と金目鯛をお願いしました。伊勢海老のお味噌汁は私にはちょっと甘すぎます。パリパリの海苔やワサビ漬けでご飯をおかわりしてしまいました。

さて、ここで今井荘のロビーを紹介しましょう。女性には人気の選べる浴衣が並んでいます。
平成8年に行われた王将谷川浩司対名人羽生善治の対局に使われた将棋盤も飾られています。この対局一回のために用意された将棋盤なのだそうです。

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音楽ファンなら注目したいのはこちら。小さなピアノの上に写真が飾られています。
20年ほど前にヤマハがリヒテルを招いて今井荘で演奏した時の写真だそうです。「現在置かれているピアノは違うピアノですから、リヒテルの名も演奏が行われたことの説明も置いてないんです」とホテルの方は言うのですが、音楽ファンにしてみれば嬉しい話です。私達の他にも尋ねられたお客さんがいらしたそうで「是非紹介するといいですよ。」とお願いしてきました。

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ソ連のピアニストであったリヒテルがヤマハのピアノを気に入っていたというのはピアノが好きなパートナーさんも知る話なのですが、リヒテルが今井荘でピアノを弾いたなんて・・・。ここに泊まって良かったってあらためて思います。

こんな素敵な驚きもあった今井荘を後にして河津桜を堪能しましょう。

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河津川沿いに市民の方によって植えられた桜の並木。一部は河川管理に引っかかって整理された所もあるそうですが、よく見ると木の幹に札が下がっています。パートナーさんが実行委員会の方に伺うと、地区名と番号がふられているのだそうです。町の人一人一人の熱意が観光客を呼び、地域を活性化し経済にも貢献しているのですね。

河原に降りたり橋の上から眺めたりと色んな角度から桜を楽しみ、私たちの終点は河津桜を発見し育てた飯田さんというお宅に今もある原木。この時季、家の方にはご迷惑かもしれませんが原木の周りで写真を撮り、有難うございますと心のなかでお礼を言います。


さぁ、下田と今井荘、河津桜と楽しんだ今回の旅もそろそろお終いです。
帰り道のお話をもうひとつお付き合いください。

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

河津の宿

お元気ですか?

下田の歴史を散策するのが楽しくて2日にわたって歩いてみました。まだまだ見どころはあるのでしょうが今回はこのぐらいにしておきましょう。今回の伊豆の小旅行、もう一つの目的である河津桜を楽しみます。

今回の宿は今井荘という旅館です。普段はビジネスホテルを利用し、食事も町のレストランを探して外で取っていますが、今回はすっかり旅館におまかせです。

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車寄せに入ると係の人が来て荷物を運び、車も駐車場に運んでくれます。フロントではお風呂の案内と夜桜を観に行くバスの説明を聞いてお部屋に案内され、お部屋担当の仲居さんが挨拶しお抹茶を用意しながら夕食時間の確認などを。昔ながらの日本旅館のシステムです。

お風呂に入って汗を流し、お部屋での夕食。

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伊豆は伊勢海老や金目鯛が名物ですからお造りや煮物焼き物などで色々楽しめて充分に満足。窓の外から微かに聞こえてくる潮騒をBGMに久しぶりのゆったりした夕御飯です。

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夕食を終え身体を休めていると夜桜見物の時間になります。
ロビーに降りるとご夫婦連れが多く集まり、バス2台に分かれて出発。旅館から数分の処にある河津川沿いに植えられた河津桜を楽しみます。夜桜は所々でライトアップもされていますが、私達に馴染みの井の頭公園や上野のように桜の下で宴会ということはありません。ゆっくり歩きながら写真を撮ったり桜に顔を近づけて香りを嗅いだりとそれぞれに楽しんでいます。

風もなく穏やかな夜。身体が冷えることもなく宿に戻り、予約していた家族風呂へ。

こうして今井荘の夜は過ぎていきます。さて、もう少し潮騒と海に浮かぶ明かりを眺めながら寝酒でもたのしみましょうか。

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

下田の春2

お元気ですか?

下田の歴史散策を楽しんだ私達。ガイドマップにそって歩いた後に寄った観光案内所の方が吉田松陰の史跡を紹介してくださいました。夜は河津に宿をとってゆっくり休む予定ですが、明日もう一度下田で吉田松陰を訪ねることにしましょう。

ということで、2日目の下田です。河津から20分ほどで下田に戻り教えていただいた玉泉寺と弁天島を訪ねます。

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玉泉寺はハリスが日本初の米国総領事館を置いた処です。ロシアのデイアナ号の高官やドイツ人商人なども宿泊しています。多くの西洋人が出入りしたため、牛を屠殺して食料として供したことから日本初の屠殺場の跡という看板も立っています。江戸時代日本では牛豚などを食べることを禁じられていましたからこうゆう“日本初”もあるのでしょうが、実際はどうなんでしょう。山深い村落では鹿や猪、雉や山鳥を処理することは行われていました。屠殺を忌み嫌うこともあり、裏の文化が表に出てきたという見方も出来るかも知れません。

ハリス記念館もあり様々な資料も置いてありますからご興味のある方はどうぞ。私たちは吉田松陰が密航を企てた弁天島に向かいます。

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吉田松陰は文政3年(1830年)に萩に生まれています。叔父さんが開いていた松下村塾で学問を収め、11歳の時に長州藩主毛利慶親に御前講義するほど優秀だったと伝えられています。嘉永3年(1850年)江戸に出て佐久間象山に師事し、嘉永6年(1853年)浦賀沖に来たペリーの黒船を佐久間象山と見に行っています。黒船を見た松蔭は海外へ渡航する夢が湧いてきたのでしょう、同年、ロシアのプチャーチンが長崎に来航したのを知ると乗せてもらおうと江戸から長崎まで40日かけて出かけます。しかしクリミア戦争の拡大に対応するため予定を早めてプチャーチンは出航し会うことはかないませんでした。松蔭が長崎に着いたのはプチャーチン出航のわずか2日後だったそうです。翌年3月、再度日本に開国を迫りに来たペリー艦隊に密航を企てます。下田はその密航事件の土地です。

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弁天島は現在下田市のジオサイトに登録されていて火山により堆積した火山灰などが層になっている様子が分かります。また斜交層理といわれる地殻変動による地層の傾きも見ることができます。

江戸にいた吉田松陰は3日かけて下田に入り渡航の機会を伺います。

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当時岡村屋と言った旅館は今下田屋旅館と名を変えていますが、吉田松蔭と同行の弟子金子重輔はここに宿をとりながら下田の街の様子を伺います。黒船が停泊中だった為街は警戒下にあり旅人の一人歩きなどは厳しく咎められ宿も簡単には泊めてくれなかったそうです。
この滞在中、もともと疥癬の皮膚病のあった吉田松陰は肌に良い温泉があると蓮台寺温泉に出かけます。

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村人の共同浴場であったところに夜中入っていた吉田松陰をたまたま風呂に入りにきた医者村山行馬郎が見咎め、自宅に招き話をするうちに打ち解け吉田松蔭は密航を企てていること話します。後に江戸で獄中に居る時も吉田松陰は自説を話し結局斬首になるのですが、どうやら熱意のあまりおしゃべりが過ぎる人だったようです。
このお風呂、現在も地域の共同風呂として健在ですが組合員の方専用です。駐車場のところに足湯がありますので観光客はそこで松蔭を偲ぶのもいいでしょう。

村山行馬郎は吉田松蔭の話を聞き驚きますが、二階の部屋にかくまったりし手助けをすることになります。

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茅葺きの大きな屋根は外から見ると平屋に見えます。

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しかし、当時取り外しの出来た階段を昇ると床の間もある二階部屋があり、天井板を戻すと一階からは分からなくなります。この二階に吉田松陰は隠れ過ごしペリーに届ける書を書いたりしています。

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一階には囲炉裏がきられ、土間の横にはお風呂が当時のまま残されています。
この村山邸ですが、現在は市の教育委員会が管理する建物になっています。私達が訪れたとき説明をしてくださった女性のお母様は村山家の子孫でこの家に住んでいたことがあるそうで、当時からすでにこのお風呂は使われていなかったのですが、吉田松陰も使ったお風呂ということで家の方が保存していたとのことでした。
江戸末期、各地に新しい時代を考え行動を起こそうとする人達が現れ、地域の篤志家はそうゆう人を応援しようとします。村山行馬郎もそうゆう一人だったのでしょう。

嘉永7年(1984年)3月。下田の街を歩いて機会を伺っていた吉田松陰は米国人の船員に出会いねじ込むように渡航の趣意書を渡します。そして漁師の船をみつけ村山邸に一旦戻り荷物をまとめて船のところに来ますが、干潮で船を出すことができず、弁天島の祠で夜になるのを待ちます。

吉田松陰と金子重輔は最初ミシシッピー号に乗船しますが、通訳がいなかったためポーハタン号に移り身振り手振りで渡航の意思を伝えます。ポーハタン号では先に渡されていた趣意書と照らして吉田松陰が本人であることを確認しますが、すでに江戸幕府と交渉中であることから渡航を許すことはなく、二人を送り返します。

吉田松蔭は斬首覚悟で自首し江戸に送られます。

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獄中で「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂」と歌を読みますが、どうなんでしょう。行動の人と言えば言えますが、行きたいという思いに駆られた無鉄砲なだけの行動とも思えます。しかし、吉田松陰の熱意はペリーを感心させたことも事実で日本人の知識欲・好奇心を評価し日本に対する良い印象を与えています。
吉田松蔭はこの後蟄居を命じられ萩に帰され、松下村塾で高杉晋作、伊藤博文、山縣有朋、といった人達と出会います。吉田松陰の行動力に見られる人間力の強さはこれらの人達を強く感化し教育者・指導者としての面を浮き立たせています。
残念なことに吉田松陰の思いの強さは藩も持て余すほどで、再度投獄され、最終的には江戸に呼ばれて井伊直弼の安政の大獄で刑死することとなります。


下田の旅。観光マップをたよりにした散策と案内所の人の勧めに導かれて思わぬ歴史探訪をたのしみました。吉田松陰も特別に興味をもっていたわけでもありませんが、こうして訪ね歩いたことを書き残しておくことで当時の様子が私の中に記憶されていきます。

吉田松陰が密航を企てペリーに送り返された3月からすぐ、5月にはペリー艦隊は函館に向かいます。下田の旅は私にとって故郷函館を考えさせる旅でもあるようです。

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

下田の春

お元気ですか?

日ごとに春めいてくる陽気に誘われるように伊豆への小旅行に出かけてきました。ニュースで開花が遅れていた河津桜が満開と伝えています。

家から4時間。浄蓮の滝、天城とお馴染みの観光名所はもう何回も来ていますから通過し、お昼には下田に着いて観光案内所で地図をもらい散策を始めましょう。

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まずはパートナーさんお決まりのマンホールの蓋。下田は黒船がデザインされています。

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明治末から大正初期の建物「加田家」さんはなまこ壁と伊豆石がうまく組み合わさっています。その道を挟んだところに建つ「石原家」もなまこ壁が綺麗です。家の前には植木鉢が並んでいます。今もお住いになっている現役の家です。写真を撮らせて頂きますが心の中でちょっとごめんなさいと頭を下げましょう。

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白壁と格子が美しい「鈴木家」は和歌山から移住してきた祖先をもち廻船問屋として栄えます。屋号を「雑忠」(さいちゅう)と言い下田の繁栄に大いに寄与したそうです。

下田の建物の特徴は江戸幕府が防災を目的に推奨した漆喰を盛り上げて飾ったなまこ壁ですが、海産物を取り扱う商家は間口の広い家が多いようです。

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米国総領事ハリスに仕えたお吉が1882年に始めた小料理屋「安直楼」も残されていますが、お吉は心の痛みを酒で紛らわしたのでしょう。数年で店は廃業し1890年に稲生沢川に身を投げて亡くなります。
昭和湯は現代の建物。港町にはこうした町のお風呂屋さんが似合います。函館のお風呂もそうなのですが、朝早く漁を終えた漁師さんが風呂に入りながら世間話を楽しむ姿があり漁師町の風情を感じさせます。

もう少し歩きましょう。

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ペリー艦隊来航記念碑、下田公園の開国記念碑を見ながら進むと下岡蓮杖の碑があります。日本で初めて写真館を営業した人だそうで、デゲレオタイプのカメラを抱えています。函館には日本で初めてのコンクリート製の電信柱があります。横浜はアイスクリーム、下田には写真館。開港の地には日本初めて物語が有って面白いですね。

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安政元年(1854年)ロシア使節外軍中将プチャーチンと交渉し北方領土などの国境を定めた日露和親条約が締結されその翌年には米国使節アダムスと日米和親条約批准書の交換が長楽寺で行われます。

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了仙寺ではペリー艦隊の船員が宿泊休憩し、下田条約が調印されています。本堂の横にはアコヤガイが置かれいますが、シェルブールの教会にも入口に同じようにアコヤガイが置かれていました。映画『シェルブールの雨傘』でも見ることができます。フランスと日本、どちらも海の街では同じ様な事を考えるのだと嬉しくなります。

下田開国博物館、宝福寺、稲田寺と周りながら駅前に出て終点。
下田の歴史散歩を楽しんだ2時間半。駅前の観光案内所に寄って要所で出されクイズの答えを提出しようとしたら、「歴史がお好きでしたら吉田松陰も訪ねられるといいですよ」と親切に教えてくれます。それは明日またチャレンジしましょう。

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下田駅の直ぐそばにスペインレストラン「MINORIKAWA」があります。吉祥寺のドスガトスで修行した二人が開いた店で、高森シェフからも教えてもらっていて行きたいと思っていました。シェフの御法川さんは厨房でしたから直接お話しをする機会はありませんでしたが、奥さんになられた方はサービスを担当していましたから私達のくだけた話にも付き合っていただいていました。美人で気立てがよく、素晴らしい女性なのですが、ある時ドスガトスからスペインのお店に修行に出て私なんかはとても寂しかったものです。その彼女が下田でスペイン料理のお店。応援しなくてはと・・・。でもこの日木曜日は定休日。お店の前で写真だけです。夜は遅くまでバルのようにお店をやっているようですから、いつかまた来ましょうね。

そしてもう一つ。以前下田の街の歴史と価値を見なおそうという動きが起きた時にその象徴的存在であったのが下田南豆製氷所です。港町には欠かせない製氷会社ですが、伊豆石を使った珍しくしかも価値ある建物です。それまで何回か下田を訪れた事があっても通りすがりでしかなかったのですが、この下田の街を見直す動きに大変好感を持ち、伊豆石に注目した町の人の取り組みに興味を憶えました。残念ながら下田南豆製氷所さんは存続の危機にあるようです。

私の故郷函館も下田と同じ開港の街です。観光地としては素晴らしい財産を持ちながら古い街を存続させることは大変な苦労が伴います。せっかく色々な方の思いを得て残してきた下田南豆製氷所ですから、なんとか良い智慧が集まって存続することが出来るようになることを切に願います。

下田のお話。もう少し続きます。

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

ひな祭りの余韻?

お元気ですか?

昨日はひな祭り。そこでちらし寿司を楽しみました。いつものワイン屋さんに行って「今日はちらし寿司なんだけど、何か合うワインは?」と求めたのは山梨県の中央葡萄酒株式会社さんの「グリド甲州」という白ワイン。スッキリした飲み口でとても素直なワインです。ほほぅ日本のワインもちょっと飲まないでいたけど随分よくなっているんだね。とパートナーさんと感心しました。以前は変に香りをつけたり変に味をつけたりと作為的な感じがあって悲しくなってしまうワインが多かったのですが、これでしたらお客様にもお出しできます。

ワインでちらし寿司を楽しみながら見ていたのがNHKの世界ふれあい街歩きの「情熱のスペイン・ポルトガル!スペシャル」という番組。ゲストの一人に吉祥寺ドスガトスのシェフ高森さんが出演しています。2月の半ばに吉祥寺に行った際にばったりお会いし「収録楽しかったよ」と。番組の中でもいつもと変わらぬ面白話を紹介しています。そしてお決まりのパエリアを作って・・・おや?けっこう具だくさんですね。

そして今日。パートナーさんが「パエリア食べたい!」って。

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雛祭りの翌日です。蛤を沢山入れてエビも入れ・・・しっかりと出汁をとって美味しくしました。

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ワカサギのエスカベッチョもパートナーさんのお気に入です。
山梨のワインも合います。

二人だけの静かな雛祭りですけど、テーブルの横にはお内裏様とお雛様がお澄ましして座っています。

テーマ : 美味しかった♪
ジャンル : グルメ

函館のお土産

お元気ですか?

雪の積もる函館から戻ると花粉症の心配が復活します。病院に行って注射をし、看護婦さんにお土産を渡して喜んでもらいましょう。

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私が子供の頃の函館のお土産といったらトラピストクッキーが定番。ちょっとパサパサしていますが、当時はトラピストのバター飴とクッキーの他に有名なお菓子も無かったのでしょうね。地域を広げれば洞爺湖のわかさいも、六花亭のマルセイバターサンドもすでに30年以上になる定番です。

今私のお気に入りのお土産はとうきびチョコ。

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サクッとして美味しいし、なによりとうきびが北海道らしさを醸しています。どんなに美味しいチョコレートやチーズケーキであっても北海道らしさを伝えられなければ意味がないですからね。

今回函館に行って気がついたのは、古い時代の写真集が何冊も出版されていたり、函館山のハイキングコースを本にして紹介していたりと地元の人が欲しがるようなものが以前にも増して出ていたこと。これはいい傾向でしょう。どんなに観光をうたっても、地元の人が自分達の街を楽しめなければ観光に訪れた人に楽しみを紹介することはできません。

食事も同じでしょう。函館に行ったらお鮨を食べたいというのは多くの観光客の方が思うと思います。でもお鮨屋さんだけではちょっと飽きちゃいます。鮭やホッケを焼いて豪快に食べたいなら居酒屋もいいでしょう。私達が馴染みにしている唐草館ではフレンチですが函館で獲れる魚をきちんと料理していて、あぁ函館のフレンチだと思わせてくれます。これが東京で食べるフレンチと同じだったら意味が無いですからね。

函館を楽しむために函館で頑張っている人達がいる。

今回泊まったホテルのロビーに函館に関連した本が並んでいました。お聞きすると近所の人が寄贈してくれたのだそうです。そんな中に『函館開港と音楽』という冊子が目に止まりました。函館メサイア教育コンサート実行委員会というところが作った冊子です。残念ながら買って来ることは出来なかったのですが、幕末から函館に寄港した西洋の船、その船員たちによってもたらされた西洋の音楽。函館らしい音楽史の一面を紹介する冊子です。こうゆう冊子はとても貴重です。音楽好きの方には良いおみやげにもなるでしょう。

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テーマ : 今日のつぶやき。
ジャンル : 日記

杣人のNuages

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