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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
Nuages・・・雲のようにふんわりとしています

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ハムステーキとメレンゲ

お元気ですか?

GW皆様はいかがお過ごしですか?普段離れている家族と合ったり、家族で行楽に出かけたり・・・。色々な過ごし方があるのでしょうね。私の子供の頃、GWってあったのでしょうか?記憶がありません。父は仕事で家を離れていましたし、母も自分の仕事をしていましたから、きっと私は一人か近所の遊び仲間と走り回っていたのでしょうね。なんだか今と大して変わらないようです。

GWですけど、私は仕事。朝メールをチェックしていたらなにやら溜まっているポイントが4月30日で切れますよという連絡メールが入っていす。普段、ポイントとか全く気を使わないのですが、1000ポイント=1000円分の利用が出来るとあります。早速サイトに行ってどんな使い方が出来るのかとチェックすると果物やスイーツを販売しています。
果物は今の時期ちょっと中途半端ですし、スイーツは良いお値段がして却下。そこで、豚ロースのハムを頼んでみました。送料も無料ですから出費の必要がないのが決め手です。

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ということで、今日の夕御飯はロースハムステーキ。普段ハムって朝食に使う薄切りハムしか買いませんからちょっと贅沢な気分です。いゃぁ、我ながら庶民感覚ですね。

でも、この一皿だけではちょっと寂しので、悪戯料理も楽しみましょう。

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ペンネでカルボナーラを作り、除けた卵白をメレンゲにして玉葱と人参に被せて焼いてみました。新玉ねぎのメレンゲ焼きです。野菜の甘さとメレンゲのふわふわ食感が楽しい一品です。

いかがです?家で過ごすGWですが、ちょっとした切っ掛けと想像の翼を広げると楽しい夕御飯が出来上がりました。そうそう、今日のワインは豚肉に合うと言われて買ったSaint-AndreというL'Orangerieのヴァン・ド・ペイの赤ワイン。地酒です。安いワインですが、ハムステーキとの相性もよく満足しました。

皆さんもご家族との夕食、楽しんでいらっしゃるのでしょうね。ちょっと幸せなGWです。
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テーマ : こんなの食べてみた
ジャンル : グルメ

『トスカ』礼賛

お元気ですか?

テレビを見ていたらすでにGWが始まっているそうで、高速道路の渋滞情報や飛行機の利用状況を伝えています。私はGWに特別なイベントを組んだ事がありません。休みがまとめてとれたからと此処ぞとばかりに帰省したり旅行したりというのは私のスタイルには合わないのです。ところが、世の中はGWに合わせて針が進むようで、普段通りの生活をしたい私には極めて不自由な数日間となるのです。そのため私はGWの最中は貝のように家に閉じこもりなるべく世間様と接触をしないですむ生活をすることになります。

その始りとして今日は朝からテレビを見て過ごすことにしました。
まずは先日録画したメトロポリタン歌劇場の『トスカ』を見ましょう。『トスカ』はイタリアの作曲家プッチーニの代表的オペラです。1900年にローマで初演された作品で、舞台は1800年のローマ。ナポレオンの時代です。
画家のカヴァラドッシは脱獄した政治犯を助けたため警視総監のスカルピアに囚われます。カヴァラドッシの恋人で歌手であるトスカはなんとかしてカヴァラドッシを救おうとするのですが、そこに横恋慕したスカルビアの罠が張られ・・・。
トスカが歌う「歌に生き、愛に生き」やカヴァラドッシの「星はきらめき」などのアリアがプッチーニの真骨頂で泣かせます。

私が『トスカ』を初めて見たのは小学生の頃ですが、カヴァラドッシの歌う「星はきらめき」に感動し、以降オペラファンになったという作品、マリア・カラスのトスカなど有名な舞台が沢山あり、どれがお気に入りかは人それぞれでしょう。実は私はあまりこだわりを持って見たりしません。どの時代にも過去を懐かしみ今を厳しく見る批評家は多く居ます。でも現在活躍している人だって一生懸命です。其の出来栄えを充分に楽しもうではありませんか。

今日見た『トスカ』は演出がリュック・ボンディでとても素直に見られます。トスカはカリタ・マッティラ、カヴァラドッシがマルセロ・アルヴァレス、スカルピア男爵はジョージ・ギャグニッザという配役。正直に言って私は誰も知りません。でも皆さんとても上手です。カヴァラドッシのアルヴァレスはもう少し声に延びがあっても良いと思いますが、声の色はいいです。トスカのマッティラは最高といっていいでしょう。声量も声質も申し分ありません。アリアをしっかり歌い上げながら声に疲れを見せないのは恵まれた喉のせいもあるでしょう。久しぶりに聴いた『トスカ』ですが充分に堪能するとともに、子供の頃こうゆうオペラに出会って良かったと心から嬉しく感じます。

さて、『トスカ』の舞台となるのはローマ観光の重要ポイントの一つ、サンタンジェロ城です。オードリー・ヘップバーンの「ローマの休日」での船上ダンスパーティーの場面はサンタンジェロの船着場で行われています。『トスカ』を見たのと同じ頃この「ローマの休日」を見て私の頭にサンタンジェロが焼き付きました。後にローマに始めて行った際に真っ先にサンタンジェロに行ったのは私のイタリア好き始りの場所だったからという事情なのです。

それでは、サンタンジェロ城で歌うプラシド・ドミンゴの「星もきらめき」をお楽しみください。



ところで、イタリア語は16世紀にそれまでのヴェネト語、ナポリ語、シチリア語、サルデーニャ語などを統合する動きを経て公用語となっていきます。(この◯◯語ってワインの産地と重なっていますね。)ラテン語ではなくイタリア語で書かれた小説や論文が出版され、徐々にイタリア語が成長していくのですが、こうゆう言語史を少し学ぶと国の姿が見えて面白いですね。

以前、NHKの語学講座はドイツ語、英語、フランス語ぐらいしかなかった時がありました。イタリア・オペラを招聘しているのだからイタリア語講座を放送してくださいとリクエストのハガキを送ったりしたものです。特に地方に住む学生にとってNHKの語学講座は本当に貴重なのです。今はイタリア語はもちろんですが、スペイン語やアラビア語もあってチャンネルを回した時にふと見入ってしまうこともあります。
世界が仲良くなるためには、まず相手の国の言葉を学び歴史文化を知ることでしょう。私なんか、フランスが核大国であっても、イタリアの首相がどんなにスキャンダラスであっても嫌いになんかなれませんもんね。

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

聞きかじり

お元気ですか?

テレビのニュースを見ていて時々“ふぅ~ん、おかしな事言っているね。”と思うことがある。もっとも、テレビや新聞のニュースというのは物事のある面しか報道していないことが多いから、ちょっと聞いただけで何かの意見を確信的に持つことは出来ないし、してはいけないと思っている。パートナーさんなどは「テレビ局によって取り上げるニュースが違うから面白いね。」と言ってニュース番組をあちらこちら見比べているくらいだ。

そうは言っても“ふぅ~ん、おかしな事言っているね。”ぐらいの意見は愚鈍な私でも少しは持つ。
ここ数日の話で言えば“消費税転嫁対策特別措置法案に盛り込まれた「消費税還元セール」禁止規定”の議論。当初は小売店がセールをするにあたって業者にしわ寄せがあるようではいけない、ということから始り、“消費税還元”“3%還元”など消費税分を相殺するようなセールは禁止しようという方向になり、それが消費税という言葉が無くても禁止しというところまでエスカレートしていった。
おやおや、何時から日本は言論・表現の自由や企業の自主的経営努力を認めない統制国家になったのだろうと心穏やかではいられなくなる。
「国は上げた分はしっかり取りたいんだろう。」と私が言うと、もともと消費税UPに反対のパートナーさんは「今までも回収出来ない消費税があるんだからそこを直さないでUPしてもだめでしょう」とはなから呆れている。
さすがに麻生さんも消費税にからめた値引きとわかるようなセール以外は認めるような事を言い出したようだが、何をもたもたしているんだろうと思う。こんなレベルで法案を考えているのかと思うと呆れるを通りこしている。

次はNPTの核不使用に日本が署名しなかったというニュース。NPTとは核拡散防止条約のことで、平たく言えば核を持たない国は今後も持たないという条約。今回南アフリカの代表団が提案した声明案は核兵器の非人道性を訴え「いかなる状況でも核兵器を二度と使わないことこそが人類生存の利益につながる」とはっきり言い切ったもので、この共同声明に74カ国が署名したのだが、日本は“いかなる状況でも”というところにこだわり署名しなかったという。そしてそれはアメリカの保有する核の傘下で守られている国としての配慮だというニュースの論調だ。
でもそうゆう考えの筋でいいのだろうか?
核廃絶を考えるとき、私は理念と現実の二つを考える。理念は今回南アフリカが提出した共同声明によく現れている。では現実はどうか。
もともと核兵器は第二次大戦終了後、東西冷戦の中パワーバランスという発想からソ連とアメリカが競って開発保有した。今、核廃棄を進めている国でもこのパワーバランスの考えのもとに段階的に進めるというやり方がとられている。でも私はこのパワーバランスという考え方そのものが間違っていると考える。まず、相手の戦力を測り此方に分がなければ戦わないほうが良いと考えるだろうという論理は相手が同じ土俵で同じように考えなければ通じない。価値観が違う相手には通じない。さらに、パワーバランスは負の思考に成り立っている。力によって相手を牽制出来るということはこちらも牽制されるという事で、その恐怖が核の拡大につながった。そしてその恐怖と膨らむ費用に押しつぶされたのである。拡大にしろ縮小にしろパワーバランスの論理の上で判断している限り最終的には核の廃棄は不可能である。そう考えると日本がアメリカの核の傘下で守られているというのは実は大変は考え違いなのではないかと思える。だとすると、日本は自らの理念を打ちたてそれに基づく実効性のある行動を起こすべきだ。核兵器の廃絶には恐怖と脅しの論理ではなくヒューマニティと勇気が必要だ。

さて、今日のふぅ~んの最後はフランスから送られてくるMOX燃料の報道について。
3月、フランスのアレヴァ社は日本の関西電力がかねてから発注していたMOX燃料の輸送を行うと発表、4月17日シェルブール港から船に積み込まれて日本に向かった。シェルブールは観光客も訪れる町だが、港はフランス屈指の軍港である。日数が1ヶ月~3ヶ月と幅があるのは途中テロ対策をとりながら航行するからだろう。私が見た報道では震災により出荷が止まっていた燃料であること、福井県にある関西電力の高浜原発向けの燃料であること、日仏の反対派が抗議をしていることなどが伝えられているがそれだけの短い報道だ。いづれ日本に到着するころにまた報道があるのだろうが、原子力発電の運転が世界規模の企業契約の中で行われている事をもっと知らせその問題点を明らかにするといいだろう。以外と見過ごされている点(もしくは知らされていない仕組み)が明らかになるはずだ。

ニュースは面白い。でもニュースで知るのはごくわずか表面的なものでしかない。テレビのニュース番組がコメンテーターの意見とも解説ともつかないお喋りを加えてワイドショーになっているのは視聴者の欲求をうまく満たすためなのだろう。ニュースが何を伝え何を伝えていないのかをその事情や誰かの思惑を考えながら見るとその面白さは怖さになるかもしれない。

聞きかじりで知った様な事を言うのは愚かな話だ。“ふぅ~ん、おかしな事言っているね。”と言いながらニュースを見る私にしても専門家でもなければ人の知らない情報に接しているわけでもない。いくつかのニュースを寄せ集めて視点を変えてみて“ふぅ~ん、おかしいね。でもわざとおかしいと思わせて何か隠しているのかな”なんて勘ぐってみたりする。もしかしたらそれすら誰かの術中なのかもしれない。だとしたら私は貝のように口を閉じておくのがいいだろう。でも、口を閉じ、目を瞑っているうちにミサイルが飛んできたり、放射能が漏れるのを知らないで土地を逐われるのも悲しい話だ。政府が言論統制のような事を言ったり、原子力の問題点が知らされなかったとしても、一応は民主主義国家だと私は思っている(もしかしたら大きな勘違いかも知れないが)。民主主義というのは非常に手間のかかる面倒くさいシステムだ。でもね~、とでもいいながらぼそぼそ独り言でも言っていよう。

テーマ : ひとりごとのようなもの
ジャンル : 日記

『試走』

お元気ですか?

朝、ipadを見ていたパートナーさんが「『ディック・フランシス読本』が入ったよと言うので、「買って」と注文をお願いします。これで、まだ手元に無いのは『烈風』と『審判』の二冊になりました。もちろんAmazonで買うことは出来るのですが、古本で出てくるのを待つのも楽しみの一つ。古本屋さんで見つけて“縁があったね”と買う感覚にもちょっと似ています。今までのところ私の読むスピードにあった形で本が現れてくれています。
そしてディック・フランシスも残り少なくなってくると最近別の楽しみが生まれてきました。次に何を読もうかと悩む楽しみです。もちろんこれまでもディックの合間に他の本も読んでいます。でも、いよいよ全作品読了が見えてくると、ちょっとそわそわしてくるのです。どうも、旅行を終えたあとに次に何処へ行こうかと思うのと似ています。

さて、今日読了したのは『試走』1978年の作品で、ハヤカワ文庫になったのは1984年です。そしてこの発行の年代がこの作品では実に微妙な空気を作品に与えているのです。

ストーリーはモスクワオリンピックで優勝を目指す英国王子の義弟、彼のスキャンダルを懸念しロシアでの不測の事態を恐れた王室は元騎手のランドル・ドルーをモスクワに派遣し調査をさせます。不自由なモスクワで英国からの留学生の助けを借り調査を進めるランドルが知った事実とは・・・。

いかがです、発行年代の意味がお分かりになりますか。そう、モスクワオリンピックが開催されたのが1980年。ディック・フランシスはきっとモスクワオリンピック開催を念頭に作品を書いたことでしょう。ところが、作品が発表された翌年12月にソ連がアフガニスタンに侵攻、これに西側諸国が抗議する形で1980年のオリンピックボイコットという事態になります。日本も歩調を合わせボイコット。イギリスは国としては反対するのですが、オリンピック委員会は参加を表明し選手団を送ります。
柔道の山下泰裕選手が涙ながらに記者会見したのを覚えています。政治とスポーツとの関係が世界に問題提起した事件でした。
そして、日本で発行された1984年はロサンゼルスオリンピックの年です。ソ連はモスクワオリンピックの仕返しとばかりにロサンゼルスオリンピックに参加しませんでした。このロサンゼルスオリンピックは放送権などで開催費をまかない、オリンピックの商業化の始りと言われています。

このような事を頭の隅におきながら、『試走』を読むとよく書けています。舞台はモスクワですが、当時のソ連は米ソ冷戦の終盤で鉄のカーテンなんて言われながらも綻びが出てきた時代です。西側からの留学生を受け入れながら盗聴する様子、旅行客についてまわるKGBなど雰囲気が出ています。ディック・フランシスの作品の中でもロシアを舞台にした珍しい作品ですがどうやって取材したのでしょうね。

スパイ小説の香りのする『試走』、お薦めです。


テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

ハンカチと肩こり

お元気ですか?

昨日、下田観光教会から思わぬハンカチのプレゼントを頂いた我が家。私はちょっと複雑な心境です。
「ごめんね、貴女の方が積極的にクイズに解答して、私は係の人がせっかくだから2人で出してっておまけみたいにして解答出したのに、私の名前で届いちゃったね。」
そう、下田の歴史散策を見つけ地図を見ながら率先して歩いたのはパートナーさんですから、ちょっと申し訳ない感じです。
それに、昨年豊川稲荷さんにお参りして、最初に当たったのがホテルの宿泊プラン。次はご当地カレーが3回。そして今回のハンカチです。当たりものに不満は全くありませんが、なんだかだんだんご利益が小さくなってきているような感じです。
すると、パートナーさんが言うには、「大丈夫、このハンカチで喜びの涙を拭くような事が起こるから。」
なんと、前向きな話でしょう。
で、私は「そうだね、鼻をかまないようにしようね。」って。

花粉症で鼻が辛い人はティッシュで鼻をかみますが、和らいかいティッシュを使っていても回数が多くなるとどうしても鼻が赤くなります。そこで、ガーゼハンカチなどで鼻をかむといいのですが、日本人はなかなかハンカチで鼻をかむのに馴染みがありません。
でも、西洋の映画を見ていると男の人が女性にハンカチを差し出すとまず先に鼻をかむシーンがよくあります。子供の頃私はこれが不思議でした。へぇ~西洋ではハンカチで鼻をかむんだと驚いたのです。

その謎が解けたはフランス語を勉強するようになってからです。

フランス語でハンカチは moucher と言います。そして鼻をかむことを mouchoir と言います。
ですから、ハンカチで鼻をかむことを moucher dans un mouchoir と言うことになるのです。
いかがです。そう、ハンカチとは鼻をかむ布という意味なのです。
西洋映画で美女がハンカチで鼻をかむのは至極当然のことだったのですね。

余談ですが、鼻をかむというのを英語では I blew my nose. と言いますが、これではフランス語のようなニュアンスは全くわかりませんね。

もう一つ面白い話をいたしましょう。
フランス語を学び始めた時に、何かの機会、もしかしたらNHKのフランス語講座だったかもしれませんが、「フランス人には肩こりがいないんだよ。」というのを聞いた事があります。本当かな?と眉唾ものだったのですが、「なぜならフランス語には肩こりという言葉がないんだ。」というのです。
これはある意味で深い話です。何かを表すのに言葉がなければ表すことが出来ません。言葉が無いことには思考出来ませんから、つまりは無いという事になります。道元の「正法眼蔵」みたいな話です。
そして、根が単純な私は、そういえば私の知る限りにおいてフランス人が肩がこったというのを聞いたことがないと実に素直に思ってしまったのです。鼻をかむのは散々見ていますが、フランスのおばちゃんが「あぁ肩がこったよ」なんていうシーンは見たことが無かったのです。

今日、ハンカチの話からふと気になったので、フランス語を辞書を引いてみました。

L'epaule devient raide 肩がこる
Raideur des epaules 肩こり   
(raide というのが硬いとかこわばったという意味で epaules が肩です。)

と出ています。今、私の手元に仏仏辞典が無いのでこれ以上は調べられませんが、少なくとも仏和辞典には肩こりという言葉が出ています。でも、言葉は相手によって姿を変えます。日本語に訳すために無理やりという事はよくあるので、実際に仏仏辞典にあたって文例などで確かめなければ信用は出来ません。

言葉で楽しいのはこうゆう何気なく使っている言葉を外国語で調べる時です。思わぬ文化や風習の違いが見えてきます。
もっとも、ユーモアのある先生に私は担がれただけなのかもしれませんが・・・。





テーマ : ことば
ジャンル : 学問・文化・芸術

話題にすると

お元気ですか?

昨日の雨もあがり、風が木の枝を揺らす音ばかり聞こえてきます。当地はこの風も有名で5月の連休には大きな凧をあげるお祭りが行われるのですが、ちょうど今は町のあちこちでその凧の制作の最中。法被を着た若い衆が十数人で大きな凧を運んでいるのに出会います。町内に初孫が生まれた家があると其の家は名前を入れた大凧をあげてもらってお祝いをするのですが、もちろんご祝儀をはずみ振舞い酒を用意して・・・ということになるのですから準備から始めてお祭りの本番までは出費も大変なものです。祝い事ですし、町の人のつながりですから大切にしなければという思いがある反面、他所から越してきた私には“大変なんだね”って他人事でほっとした気持ちも正直なところあります。


そんな事を思いながら風の音を聞いていると、郵便配達のバイクがやって来ました。
何か届いたかな?と出てみると、水色の封筒に大きく下田市観光協会と書かれています。
なんだろうと封をあけると、下田歴史の散歩当選者様へと書かれたお手紙と一緒に素敵なプレゼントが入っていました。

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あじさい柄のハンカチです。

3月下田に出かけ古い建物を訪ね歩いたり吉田松陰の足跡を楽しみました。その際、下田市観光協会の方が「歩いて来たんですか?せっかくですから、クイズに答えてください。何か当るかもしれませんよ」と簡単なクイズの紙を渡してくださり、その場で10問ほどの問に答えて提出していたのです。もうすっかり忘れていました。

昨日、道場の掲示板を見ると下田の弓道連盟が主催する「黒船射会」のご案内が貼られていました。行きたいけどせっかく行くとなると日帰りではきついですし、前回いけなかったスペイン料理MINORIKAWAさんにも寄りたくなります。そうするとやはり一泊となり出費のかかる射会ということに・・・。残念ですが行けません。

そんな話を朝ごはんの時にパートナーさんとしていました。

何か神様の悪戯というか、宇宙の回路がつながっているというか、話題にすると登場することってありますね。不思議なつながりです。

一緒に入っていたパンフレットをご紹介しましょう。

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5月の黒船祭りと6月のあじさい祭りのご案内です。
今年は残念ですが、いつか行って見たいですね。誕生月の花であるあじさいは私の好きな花なのですが、花言葉がちょっとどうでしょう?移り気だとか高慢で冷たい女性だとか・・・私の好きな花なんですから何かもっと素敵な花言葉を考えてほしいのですが。

下田市観光協会の方、あじさいの素敵な花言葉募集なんて企画はいかがですか?
そして、企画の発案者である私をご招待してくださいな。ね。

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

いたずら料理2日目

お元気ですか?

自分で「煽てないでください。」なんて言っておきながら、自ら木に登ってしまいました。
海鮮丼に求めたエビやホタテを使って今度はパスタに仕立ててみます。

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ホタテとエビを茹でてとった出汁にバターと牛乳、そして生海苔を加えてソースを作りましょう。磯の香りたっぷりのソースに塩胡椒で味を整えて出来上がり。

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付け合せは簡単にチーズだけです。でもこのチーズ、ちょっと優れ物。
右から、ロックフォールのパピオンとゴルゴンゾーラでブルーチーズの味比べ。
お隣はゴーダチーズ、熟成の違う1ヶ月ものと12ヶ月ものの味比べ。
カマンベールチーズとスパイシーなペッパージャック。
そしてミモレットは若い6ヶ月もの。
チーズもこうして味比べをしながら楽しむとちょっとしたご馳走になりますね。

チーズはヨーロッパでは日本のお漬物感覚だと思います。酪農をする農家では自家製のチーズがあってそれはまるで日本のお漬物がお茶うけに出されるように「家のチーズ食べて」って自慢話に華が咲きます。私も山盛りのチーズをさぁ食べろとばかりに出された事がありますが、お漬物だと考えるとチーズがとても身近に感じられるのは私が根っからの日本人だからでしょうね。

今日飲んだワインはアルゼンチンの落ち着いた白ワインとオー・メドックのメルロー50%カベルネ・ソービニオン50%のワイン。どちらもそれぞれの特徴をよく出して今日のお料理に合いました。

皆さんは週末どんなおうちご飯ですか?




テーマ : おうちごはん
ジャンル : グルメ

いたずら料理

お元気ですか?

近くの小学校の前を通りかかったら、子供たちが皆で歩いています。
「一年生だね、午前中で家に帰るんだよ。」とパートナーさん。なるほど、皆ちびっ子で水色のヘルメットをかぶってランドセルもなく数人一緒に横断歩道を渡っています。
道のあちらこちらにお母さん達が立ってそれを眺めていて、交通指導員とおもわれるお姉さんが信号を指さして「青になったら渡るんだよ」とでも言っているのでしょう。
「私の時はなかったけど、すぐ後は防災頭巾を持たされたよ」とパートナーさんは思い出しながら楽しそう。

子供は褒めて育てろと言います。今日は皆上手に手を挙げられたかな?

褒められると嬉しくなるのは子供だけに限りません。私も人の子、ちょっとでも人様から褒められるえへえへってすぐ身の程を忘れてしまいます。

そこで、今日の夕御飯。

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海鮮丼とホタテの稚貝の味噌汁です。
正直に申しまして、函館育ちの私には当地の魚はあまり感心しません。でも、だからといって魚料理が無くては私はお皿の乾いたかっぱのようなもので、禁断症状著しくなります。そうそう京都や金沢に出かけるわけにもいきませんから、スーパーで目を凝らしあれやこれやとなんとか楽しめるように工夫しなければなりません。

海鮮丼は決して自慢できるほどのお料理ではありません、出来合いのお刺身を切って酢飯しにのせただけです。しかしながら、ちょっとだけ嬉しいのは、当地は海苔がとれます。板海苔もありますが、生海苔が当地の定番。冷凍庫に入れれば通年で楽しむことが出来ます。その生海苔をご飯に散らして一緒に頂くとこれが香り豊かに鼻孔を刺激します。ごくごく普通のちらし寿司が高級感を醸します。

でも、これだけではやはり出来合いの寄せ集め。料理というのには今ひとつですし、これまでも頂いてきました。
そこで、今日は最初普通に食べ、後で温泉卵を落してみました。これが私流のイタズラ。
想像してください。お刺身の上からかけられたとろっとした温泉卵の黄身が徐々にご飯の方にもしみてゆくところを、私の箸が今だとばかり容赦なく搔きまぜます。その間お刺身はちょっと横に寄せ出番を待ちますがこちらも先ほど温泉卵の洗礼を受けた身、卵でコーティングされた酢飯とお刺身を頂きましょう。
あぁ、なんと云う至福の時でしょう。
ちょっと大袈裟かも知れませんが、楽しむ時はとことん楽しみましょう。

「どう?美味しいでしょう」とパートナーさんのご機嫌を伺う私。
御神さんに仕える身としては命がけの真剣さとも言えましょう。

さて、この海鮮丼だけではパートナーさんは満足してくれません。
そこで、我が家のお馴染み料理、牡蠣の陶板焼きです。

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もうそろそろ牡蠣も終わりになりますから、お値段も下がってきました。
プリプリの牡蠣にオリーブオイルをかけオーブンで焼きます。牡蠣のエキスとオリーブオイルが渾然となりこれもまたいい出来です。今日は塩加減、にんにくや胡椒の振り加減もバッチリでした。汁はパンならつけて頂きますが、今日はスプーンでそのまま頂きましょう。

普通の日の普通の夕御飯がちょっとご馳走になったでしょうか?
あ、でもくれぐれも煽ててはいけません。
良い子の一年生ならまだしも、私、木に登って降りられなくなると困っちゃいますから。

テーマ : おうちごはん
ジャンル : グルメ

和食讃歌

お元気ですか?

ふと気がつくと寒かった日は遠く去り服装も軽くなっています。桜の話題は東北に移って、5月の連休頃函館の五稜郭では星形に桜が彩り、学校にも慣れた子供たちが友達同士で公園に遊びます。

日本人で本当に良かったと思える事は季節の移ろいのあちこちに美しい風景と言葉があること、そして其の時々の美味しいものをいただける事でしょう。
世界中に美味しいものはあります。それはあたりまえ。其の土地に人が暮らしているのですから美味しいものはあるのです。でも、私は日本の食が大好きです。ご飯を食べ、野菜や魚を頂く。もちろんその食材の多くが輸入に頼らざるを得なくなっているのは承知しています。経済や食産業の話は置いて今は素直に日本の食を好きと言いましょう。好きだからこそ、大切に守り絶やしたくないという思いから智慧が生まれるのだと思っています。

時々我が家の拙い料理を載せています。「この時こんなの食べたんだね」っていう備忘録です。料理自慢のブログ、輝くほどに美しい食卓を紹介するブログと比べる気もありません。

今日は我が家のお惣菜。

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筍三種。
筍とタラの芽の天ぷら。美味しかったのでまた作っちゃいました。
ちょっと炙って鰹節を振りかけます。そして煮物。

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定番のお惣菜。
かぼちゃの煮物。今は商社の開発が進んでいるのでチリなどから日本向に作られたかぼちゃが通年で入ってきます。牛蒡の煮物。牛蒡も日本的食材ですが規格に合わないからと流通に乗らない牛蒡がある反面中国から輸入したりもしています。そしてひじき。こちらも中国や韓国からの輸入物もあります。

ごめんなさい、流通の話をするつもりではなかったですね。

では、最後に筍ごはんを頂きましょう。

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我が家では健康への配慮から雑穀米を頂くようになってきています。
でも筍ごはんは白米でなくっちゃね。
白くて甘いごはんに筍の香りが移って食卓に季節を運んで来てくれます。

ね、日本人で良かったでしょう。






テーマ : おうちごはん
ジャンル : グルメ

『出走』

お元気ですか?

ディック・フランシスの『出走』を読了。ハヤカワ文庫で37冊目になる本書は短編を13作品集めたもの。1998年に出版されているが、収録作品で最も古いのは1970年に書かれた『強襲』である。
1970年という年は、1962年に最初の作品『本命』を発表して8作品を出した処、同じ年にパイロットを主人公にした『混戦』を出している。
これまで、長編作品を読んできた訳だが、ディックの筆は短編でも確りしたもので、読みながら実験的に書かれていることがよく伝わってくる。解説を書いている川出正樹氏が指摘しているように、長編では主人公は一人称で書かれ正義の人であるが、短編はそうとは限らず詐欺師や泥棒といった犯罪者が主人公三人称で書かれている。これは作者が長編の正義の主人公に自分の好みを写して書いていたのに比べ、短編では登場人物と距離を置き俯瞰するような形で書きたかったからではないだろうか。舞台に置いた人形を動かしながら、ストーリーを確認し何処に仕掛けをしようかと練りながら書いているような気がした。
私が他の事で集中することが出来ず、読み飛ばしてしまったところもあり13作品一つ一つ評価するのは出来ないが、短編としてのリズムやラストの落ちなど感心した。

現在、残す処5冊。息子のフェリックスとの共著4冊を含めても9冊となった。いよいよ最終コーナーを廻った処である。



さて、先日の日曜日、久しぶりに家でのんびりしていたらテレビ画面に馬が映った。しかもパートナーさんが「競馬やっているよ、見る?」と言ってそのままリモコンを置いてしまった。見るとテレビには皐月賞と出ている。時計を見ると3時だから今日のメインレースが始まるところである。

私は競馬放送は全くといって言いほど見たことがない。競馬チャンネルもあるし確かネットで馬券も買える時代。テレビを見ながら馬券を買って一儲けという方もいらっしゃるだろう。だが私は馬は好きだが競馬は馬券の買い方からなにから全く知らない。大体賭け事は才能が無いからやらない。ディック・フランシスが言うように、「財布は仕舞ってポケットから手を出さないこと」というのをその通りだと思っている。

ところが、パートナーさんはテレビの画面を見ながらあれこれと訊いてくる。パドックを引かれて歩いている馬と一緒に関係者が映る。「中にいるのは関係者だから背広を着ているでしょう、馬を引いているのは厩務員さん。一般のお客さんは中には入られないよ。」そんな事を話ながら見ていると自然と馬の状態に目が行く。
落ち着きのある馬、ちょっと興奮気味の馬、歩き方も気になり腰の様子や足の様子を見ながら、「この馬いいね」とか「この馬は走るよ」なんて知ったような事をついつい言ってしまう。

そうやって見ていて目に止まったのは7番のロゴタイプ。足が軽くて腰が落ち着いてバランスが良い。すこし首を下げながら歩く顔からは頭の良いのがはっきりと伝わってくる。あぁいい馬だなと迷うこと無く思う。一見気の強そうなさも走るぞという馬がレースでは力が出ない事がよくある。反対にパドックで歩いている時から気持ちが何処かに行ってしまって、全然走る気の見えない馬もいる。武豊が騎乗した馬も何処か他人ごとのような感じで走りそうには見えない。
何周か回っている馬を見て、次に気に入ったのが14番のエピファネイア、福永祐一騎手。天才騎手として名をあげ落馬事故で騎手生命を絶たれた福永洋一騎手の息子である。この馬も姿が良い。ちょっとロゴタイプに比べると体重が重そうに思ったがどうなのだろう。
パートナーさんは画面に映るデータを見て、「函館にも行っているよ。」とか「武豊が乗るのに人気がないのはどうしてなの」なんて質問をしてくる。私はデータを見ても分かる訳ではないので、馬から伝わる印象を大切に判断したが、どうやら私の気に入った馬は一番人気と二番人気のようだ。
パドックの様子をテレビで見ながら中山競馬場って何処にあるんだろう?なんて全く競馬ファンが聴いたら笑うような事も調べる。

パドックを周回していた馬たちに騎手が乗った。それにより様子の変わる馬もいるようだが、私が気に入ったロゴタイプは少し気合いが入ったようだ。
コースに入り足慣らしをし、ゲートに入る。あっけないほどスタートが切られレースが始まる。
ロゴタイプは6番ぐらいについていい位置にいる。馬同士が近いから接触事故がなければいいがと思いながらどうやって上がってくるかを注目していると、最終コーナーに入る前に仕掛けてきた。

落ち着いたレース運びといったら簡単に聞こえるが、ロゴタイプも立派だったが、騎乗したミルコ・デムーロ騎手の読みと技が勝利をもたらしたものと確信出来るレース内容だった。混戦の中から出口をみつけエピファネイアと並び首一つ出ると自信を持って走り抜けた。

久しぶりに見た競馬のレース。たまたま気に入った馬が1着と2着に入ったが、これは本当にたまたまである。
「馬って綺麗だね。」とパートナーさんが言った言葉が嬉しかった。
夏に函館に行ったら久しぶりに競馬場に行ってみたくなった。もっとも馬券を買えばきっと外すだろうからそこはディック・フランシスの言葉を肝に銘じておくこととしよう。


ところで、ロゴタイプは北海道の千歳にある有名な牧場社台ファームの馬だ。ロゴタイプという名前から馬主さんは印刷会社の社長さんだろうか?なんて想像をしてみるが、そんな想像も楽しい。

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テーマ : 読書
ジャンル : 小説・文学

春は食卓から

お元気ですか?

よくおじゃましている「YOUのつぶやき!(in 熱海)」のYOUさんが筍の話題を書かれていて、その美味しそうな写真にいいなぁ~と羨ましく思っていたら、なんと我が家もご近所様から頂戴してしまいました。思いは天に通じるのか!と感動しながらどうゆう食べ方にしようかと想像をふくらませます。

煮物、和え物、炊き込みご飯、パートナーさんお得意の酢豚に入れるのもいいですね。でもこれはパートナーさんの守備範囲。私は天ぷらにして頂きましょう。



この時期天ぷらと言えばタラの芽も良いでしょう。
ということで、お昼は蕎麦にして天ぷらを楽しみます。手前からタラの芽、椎茸、筍、かぼちゃ。
まずは筍の爽やかなお味を楽しみます。箸に感じる重さに頬を緩ませ口に運ぶとサクッとした歯ざわりが満足感を誘い出します。次はタラの芽。軽く揚げたタラの芽は噛むと口の中で苦味がじわぁ~と広がりこれがたまらない。私は甘いものも大好きなのでかぼちゃの天ぷらは好物なんでが、今日は脇役です。

パートナーさんはタラの芽を頂きながら「大人だよね。」って幸せそう。

「父ちゃん、僕の揚げたかぼちゃの天ぷら食べてよ。」
「えっ、これお前が揚げたのか?そうか・・・でも、甘いからな。」
「かぼちゃも良いけど、お前も早くこのタラの芽の天ぷらで一杯やれるようになれよ。」

なんて親子の会話を一人夢想しておかずにしている私。

農家の方なら畑から、山に入るのが得意な方なら山菜採りに行かれて春を感じるのでしょうけど、私はそうゆう技を持ち得ていませんので、いただき物で楽しむばかりです。我ながらちょっと情けないですね。
それでも、春の天ぷらで充分楽しまさせて頂きましょう。

****

東京時代、山の上ホテルの天ぷらを時々頂いていました。神保町で遊んだあと一息ついて頂く天ぷらに心の充足を得たものでした。もう一軒は六本木の天ぷら魚新。知人の紹介で行き始めたのですが、ちょっとした隠れ家的お店です。コースで頂き天茶漬けで〆。気がつくとすっかり幸せな気持ちで心が穏やかになっています。久しぶりにお店のサイトを見ましたが店長頑張っているのですね。



テーマ : おうちごはん
ジャンル : グルメ

誕生日

お元気ですか?

車の中でWALKMANを聴きながら、パートナーさんが言います。
「私の誕生日は今井美樹と一緒なんだよ。マリリン・モンローと一緒の貴方には負けるかも知れないけど・・・」
誰かと誕生日が一緒ってなんかお友達になった気がして楽しくなります。しかも私はマリリン・モンローのファンですから尚更。単純ですね。
パートナーさんは特に今井美樹のファンと言うわけではないのですが、やはりちょと嬉しいのか以前にも聞かされた事がありました。



その時流れていた曲はルパン三世愛のテーマ 大野雄二さんの曲ですね。

さて、誕生日をアピールされたなら一肌脱がなければなりません。

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鶉のローストはシリコン調理器を使ってみたくてイオンに行って探したら、なんと在庫品が通常商品の半値以下であったので即お買い上げ!へへへってほくそ笑みながら電子レンジに投入スイッチオン!仕上げはフライパンで焼き色をつけ、煮詰めたバルサミコをソースにして出来上がりです。
オードブルやチーズをお皿に盛りつけてOK。

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ワインは、ニューカレドニアのピノ・ノワールとラングドックのピノ・ノワールを飲み比べ。それに加えてオー・メドックも飲んで見ましょう。
ラングドックとオー・メドックに軍配かな?

テーマ : ひとりごと
ジャンル : 日記

目に写ること

お元気ですか?

急な用事ができ、東京へ出かけました。高速道路を走るのですが今日はいつもと違う時間帯なので周りにどんな車が走っているのか気にかかるところです。道路は時間帯によって走る車が違います。トラックが連なる時間帯や仕事の帰りを急ぐ社用車、家族レジャーを楽しむ車・・・時間帯によって様々です。

追い越し車線を走っていた私の後ろの車がすっと除け入れ替わるように物凄いスピードで近づく車がルームミラーにアップで写ります。ナンバープレートが見えない程に接近しますが、左側の走行車線にはトラックが走っていて避けると私がトラックに急接近する形になります。一瞬危ないなぁと怒りを感じますがトラックの速度を確認し左に除け後からの車をやり過ごしてすぐ元の車線に復帰。追い越した車のナンバープレートを確認。春日部57・・と車種を目に記憶します。車は前の車にパッシングやどけどけウインカーを出しながら離れていきます。

順調に走って来ましたがもうすぐ東京料金所という大和トンネル手前で事故渋滞に巻き込まれました。
そのニュース映像がこちらです。「トラック追突し・・・」
滅多に渋滞に巻き込まれない私ですが、今回は1時間以上全く動きません。しかも場所が悪いらしく交通情報も入りません。試してみるとAMラジオは全滅です。FMもノイズがかなり入ります。暫くしてハイウェイテレホンで少し状況が分かりましたが、ラジオが入らない事には驚きです。私達の場所は厚木基地がすぐの処ですからその影響なのかも知れません。


さて、長い渋滞を抜け東京での予定を駆け足で済ませるとはちや珈琲さんに寄って一息つかせていただきます。
「あれ、この時間にいらっしゃるのは初めてじゃないですか?」なんて驚くご主人から珈琲をいただきしばし笑談。でもすでにご自宅に戻られた奥さんにはお会できません。好奇心旺盛で愉快な奥さんからは、塩麹を教えていただいたり羊羹をごちそうになったりしています。今回は天然酵母のパンづくりの話を伺いたかったのに・・・。
その奥さんは、珈琲と一緒に簡単なお手紙を添えてくださいます。



毎回ふふって笑ってしまう日常の一コマ。サザエさんの四コマ漫画のようなお手紙です。

今回このお手紙を読みながら思い出したのは鈴木三重吉のことでした。鈴木三重吉は明治から亡くなる昭和11年まで活躍した作家・児童文学者で夏目漱石門下として森田草平・寺田寅彦・小宮豊隆らと親交のあった人です。私には新美南吉や小川未明に繋がる児童文学者、雑誌『赤い鳥』を舞台にした“綴り方”“写生文”による作文教育を通じて見ることの大切さを訴えた教育者としての印象が強くあります。

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テーマ : ひとりごと
ジャンル : 日記

久助

お元気ですか?

四月半ばというのに当地では冷たい風の吹く日が続いています。国内でも1~2を競う晴れの日の多い当地ですが、遠州のからっ風と言われ風の強いのもまた有名で、青空の下手で顔を覆いながら歩く事も多々あります。桜の便りが東北から届くようになりましたね。


「久助」という言葉をご存知ですか?先日道場でお茶を頂いた時にお仲間が持って来たお煎餅の袋に大きく印刷されていました。商品の名前かな?と思い手に取ると久助の横に“割れたり欠けたりして正規の商品にならなかった物を久助と言います”と説明が書かれています。
周りのお仲間さんに聞くと、ほとんどの方が知っていました。よくお煎餅屋さんでは“割れせん”なんて書いて袋詰めされて売っていますね。こちらの方言なんだろうかと早速家に帰ってからネットで調べます。

へぇ、結構広範囲に使われている言葉なんですね。ものを知らない私です。

Wikipediaからそのまま転載すると
「久助(きゅうすけ)とは、製造工程で割れたり欠けたりした煎餅やあられなどを集めて、正規品よりも安い価格で販売される割れ菓子のことである。味覚的には正規品に遜色なく、たいてい複数の製品が混合されているために、安価にいろいろな味を楽しむことができる。米菓業界でよく使われている。」
とあります。なるほどよく分かります。
十に足りないもので九助(久助)かな?と私が想像した語源も説明されています。江戸時代の奉公人に久助と呼ばれる者が多く、土産に持ち帰ったことから転じてという説明もあります。これも奉公人が一人前ではない(十に足りない)ところから久助と呼ばれていたのに絡む説明でしょう。

分かりに難かったのはWikipediaに書かれている葛との関係の説明でした。ここを読んだだけでは何のことか分かりません。

そこで葛を調べてみましょう。葛はマメ科の植物で根から澱粉を取ります。これが葛粉ですね。そして混ぜ物の無い葛粉を本葛と言います。一方、葛は生産量が少ないので、甘藷や馬鈴薯の澱粉を混ぜて作る葛もあります。その代表的なのが吉野葛で、なかでも品質の良い物を久助葛と言うのだそうです。
言葉の面白いのはここからで、本来混ぜ物のない葛(本葛)に対して混ぜ物のある葛(久助葛)であったであろうものが、品質の良い久助葛が多く出回るようになった事から母屋を取ったとでも言いましょうか、久助葛が有名になっていきます。久助本葛なんていう商品もありますから戸惑ってしまいます。そのくらい久助は出世したという事ですね。
かくして久助が品質の確りしたものという意味を得て呼び名として定着していきます。丁稚さんも頑張ればいずれは番頭さんになれるのです。

ところで、葛は私も好きで最近では小さな包みに入って味がついた葛湯の素を重宝しています。寒い日にマグカップで飲むと温まりますね。子供の頃は体調をくずすと母が厚手の茶碗に葛と砂糖を入れ熱湯を注いでスプーンで手早くかき混ぜ葛練りを作ってくれました。甘くて温かくて嬉しかったものです。
父は食品会社でしたので、家には父の会社の製品が溢れていました。検査用に抜き出した缶詰のマジックで時間など文字が書かれているもの、潰れて商品にならないもの。そんなものを社員で分けて貰うのです。そんな父の会社の商品が我が家のおかずであり食材でした。私は久助で育ったと言っても良いでしょう。そう思うと久助に親しみが湧いてきます。

最近、インターネットでは“訳あり商品”というのが人気です。時期を逃した在庫ものや足が折れた蟹や袋の破れた明太子など様々な商品が安く売られています。野菜などでも規格外で選果場ではねられてしまうようなものでも活躍する場を得て消費者に届けられます。物を大切にする心と流通の智慧が結びついたいい例だと思います。
ところが、先日テレビを見ていたら、あるお煎餅やさんが出来上がった煎餅をわざわざ割って販売しているといいます。それで売り上げが何倍にもなったというのです。おやまぁとちょっとがっかり。販売の智慧なのかも知れませんが、物を作る心からは少し外れているように思います。丁寧に作って割れてしまった物を“勿体ない大切にいただこう”と思う心、“せっかく作ったのに破棄するのは忍びない”という作り手の心が久助を久助たらしめているのに、その方が売れるからとわざわざ出来上がった煎餅を割って“これ久助、訳あり商品だから”と言って売るのはどうも消費者を欺いているような気がします。

久助を食べて育った私は、いつかは本物になるぞと思っています。でも、せっかく出来た煎餅を割られてしまっては目指す本物が分からなくなります。お煎餅屋さん、どうぞ本物のお煎餅を大切にしてくださいね。未だ久助からのお願いです。

テーマ : ことば
ジャンル : 学問・文化・芸術

記憶の足跡

お元気ですか?

子供の頃からの記憶を探ることで自分が本来持っている性質・姿を知ろうという試み。時々、あぁこんな事もあったと思わぬ記憶の出現に驚いたりします。

どんな記憶があるだろうと頭の中を歩いていたら、ふとトランプを思い出しました。鉄腕アトムの絵柄のトランプです。父がお土産に買ってきてくれたもので、どのように渡されたのか覚えていませんが、父の事です、「これお土産だよ」といった感じで言葉少なにテーブルの上にでも置いたのだと思います。

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私が初めて出会ったトランプはプラスチックのケースに入り蓋には角度によって変わる絵が描かれています。
小学校1~2年生の頃だったと思います。私の喜びはとても深く、ケースを両手で持って動かしては絵の変わるさまを楽しんだり、数字を並べてみては一人満足気にしていたのを覚えています。ただ、私には一緒にこのトランプで遊ぶ友達や兄弟はいません。トランプはいつも私を相手にどうやって遊ぶの?と問いかけているようでした。子供の事です。難しい遊びは出来ませんから神経衰弱をよくしていたのを覚えています。
でも、初めて手にしたトランプはず~っと私の机の引き出しに居所を得、大人になっても一緒に居てくれたのです。

トランプが新しい楽しみを教えてくれました。大人になった私は海外に行く国際線の飛行機でトランプを貰える事を知り、集め出したのです。離陸してしばらくしてスチュワーデスさんが落ち着いた頃「トランプをいただけますか」と声をかけます。大抵はいただけるのですが、KLMでヨーロッパに向かっていた時にはトランプの代わりに風景が描かれたタイルを貰い、日本に帰るまでづーっと鞄の中に入っていた事もあります。

ちょっと航空会社のトランプをご紹介しましょう。

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太陽に雲の絵はマレーシア航空ですが、右は何処の航空会社かパッケージに書いていません。絵柄からタイ国際航空でしょうか?同じ航空会社でもデザインの違うのがあります。それで乗る度に「トランプ頂けますか?」になってしまうんですね。デザインや紙質の違いを比べるのも面白いものです。

日本の航空会社のもあります。

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ANAの小さいトランプは動物の絵が表(数字面)に描かれていて楽しくなります。
今は無い日本アジア航空のトランプもありました。

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日本航空の鶴丸は昔の鶴丸。和モダンな感じがいいですね。
実は私の親戚筋に日本航空の人がいて、トランプを頂いた事があります。2セットがプラスチックの一箱に入った立派なものだったのですが、それは父の預かる処となり私の手元にはありません。まぁ実際に乗った飛行機で頂くのが楽しいのですからいいのです。

ところで、こうして海外に行った時に頂いたトランプを眺めていても旅の思い出と繋がる事はありません。コンチネンタルに乗ってアメリカに行ったからといってその時のアメリカ旅行が思い出される訳ではないのです。飛行機という乗り物の特殊性でしょうか?面白いものです。

私は決してコレクターとしての性質を持っていません。本やレコード、映画のDVDなどは自然と増えてきますがコレクションではありません。ところがトランプは集めてしまいます。そうと言い切れるのは、頂いてもパッケージは開けませんし遊ぶ訳でもありません、しかし大抵は往復同じ航空会社ですから2セット貰います。貰って眺めて悦に入っているです。これはもう集めるために貰うと言ってしまって良いでしょう。私にとって唯一集めるという言葉を使える行動です。

そしてその出発点は父から貰った鉄腕アトムのトランプなんです。

追記)

今回久しぶりに鉄腕アトムのトランプに触った。紙はもろくなっているし皺や折れ跡も痛々しいが、一枚一枚並べ直して見ると全てのカードが揃っている。ホッとした気持ちが湧き嬉しくなった。その話を友人にした処、初めて買ってもらった腕時計やお母さんに名前を書いてもらった色鉛筆を今も持っているという。子供の頃心を添わせたものは大人になっても幸せな気持ちにさせてくれるようだ。

テーマ : ひとりごと
ジャンル : 日記

祖先を思う

お元気ですか?


強い雨風に吹かれた週末。皆様無事にお過ごしになられたでしょうか?


昨日、パートナーさんが「明日はこの家を建てたお爺さんの亡くなった日だから、ちょっと思ってあげて。」と言います。「花祭りの日に亡くなったから忘れることは無いし、新入社員の研修を受けている時だったけど断って帰省したんだよ」と言います。パートナーさんにとっては大切なご先祖様。これまでも何度か聞かせられていることですが、パートナーさんの心に刻む何かがあるのでしょうね。

今朝、机の上を整理して何やらファイルを出して私に見せてくれるパートナーさん。遡るご先祖様は桶狭間の合戦で亡くなったお公家さんだそうです。今川義元の方だったのかそれとも織田信長の方だったのか分かりませんが、今川の方だったのかなと想像してみます。450年以上も昔に生きていたご先祖様、どんな人だったのでしょうね。

先日、NHKのコズミックフロントという番組を見ていたら生命の起源を探るという内容を紹介していました。地球の誕生時、ガスが混ざり合うなかからアミノ酸が生まれ生命の誕生になったのではないかという話や、温泉などの高い熱の中に発見される好熱菌を調べる科学者。進化した過程の中から共通する遺伝子を調べ最初の生命のDNAを見つけようとする研究。色々なアプローチで人は自分達の祖先を知ろうとします。
それは自分達が何処から来て何処へ行こうとするのか。自分たちは何者なのかという根源的問いへの熱い思いなのでしょう。

生命の起源を探ることは私にはできませんが、自分の記憶を探ることは出来ます。私の記憶は何処まで遡る事が出来るのか、これまでの記憶はなぜ私の中に残っているのかそんな事を思いながら私は自分の記憶を探っています。子供の頃から何と出会いどんな体験をしてきたのか、その中で何に感じ何を心の中で育んで来たのか。私の記憶は今の私に繋がる大切な設計図のような気がしているのです。

幼稚園の頃、母が作ってくれたコックさんの白い帽子を被りお遊戯をしたこと。お腹を壊し先生に手をひかれて家に歩いて帰ったこと。一人木の切れ端(木っ端と言っていました)を削ったり組み合わせては玩具を造り遊んでいたこと。なぜ私はそうゆう事を覚えているのでしょう。子供の頃から今に至るまでの記憶の数々をつなぎあわせてゆくことでその“なぜ”が分かるかもしれません。
そしてこの“なぜ”は今生きている自分の方向を決める大切な鍵になるかもしれません。

子供の頃に読んだ絵本に感動し、今読み返して見るとこれまで研究してきたことがその絵本に書かれていた。とコズミックフロントに出ていた科学者が言っていました。
同じように、私は自分の記憶を探ることで今の自分を考え、これからの生きる鍵を探しているのでしょう。

パートナーさんのご先祖様を思う気持ちが、私に記憶への旅を思い出させ、生きる鍵を探す事を気が付かせてくれます。



テーマ : ひとりごと
ジャンル : 日記

辞書で遊ぼう

お元気ですか?

今日は終日晴天の穏やかで暖かな日でしたが、明日からの週末は暴風雨の予想。当地の海なんか6mの波と天気予報で言っています。日曜日は大事な射会があるというのに・・・。皆様もどうぞお気をつけて週末をお過ごしください。


もう去年のことになりますが、小学生が国語辞典に付箋をつけながら言葉を探している様子を放送していました。最近流行っている辞書をつかった学習方法だそうで、それを意識した辞書も作られているそうです。
そんな事を思い出して本屋さんの辞書売り場に並ぶ小学生用の辞書をみていました。国語辞典や英語の辞典が数多く並んでいますが、どうやって選ぶのでしょう。中にはドラえもんの国語辞典というのもあります。書き順を示した辞典もあります。私の小学生の頃はどんな辞典だったでしょうか?

こんな事を思い出したのはテレビで三浦しをんさん原作の映画『船を編む』の事をちらっと見たからです。辞書編纂の映画のようですが、三浦さんの本も映画も私は初めて知ったのでどのような映画かわかりません。
最初は三浦しをんさんの原作とも知らず、あれ?辞書編纂の映画?もしかして『言海』の話かな?だとしたら高田宏さんの『言葉の海へ』の映画かな?と思っていたくらいです。
『言海』は大槻文彦先生による日本初の近代国語辞典と言われています。明治の時代、国家として世界の舞台に立つには国語辞典が必要とその編纂に取り掛かりますが、あまりに長くかかる作業に文部省も理解乏しく結局明治24年に自費出版されます。当時、辞書を作るという壮大なドラマを紹介した『言葉の海へ』は私に物凄いインパクトを与えました。父の実家に『言海』があるのを知るとそれを譲り受け、ちょうど冨山房が『大言海』をそれまでの旧仮名使いから新仮名遣いにして出し直すと知ると。車で2時間ほど離れた本屋さんに旧仮名使いの『大言海』を買いに行ったりしました。私にとって辞書は言葉を引くのと同時に読むものになっていったのです。

同じような時期にOEDの編纂をしたジェームズ・マレーの伝記『ことばへの情熱―ジェイムズ・マレーとオクスフォード英語大辞典』が三省堂から出ました。これも読んで、辞書編纂の苦労はイギリスも日本も同じだと感じだたものです。もっともOEDを買ったりはしません。買えませんからね。でも高校の時から使っていたPOEDを眺めては感慨深く思ったものです。POEDは中学校の時に英語の先生が持っているのを見て英英辞典をいつかは使おうと思い、高校に入った時に買ったものです。
フランス語を勉強するようになってからは日仏・仏日辞典を何冊かとラルースの辞典を何冊か求め辞書を渡り歩くのを楽しみとしました。言葉の説明や用例を比べては面白がっていたものです。

さて、お気づきになりましたか?最近取り入れられているという付箋をつける辞書の引き方。これは英英辞典、仏仏辞典などその国の言葉をその国の言葉で説明する辞典の時に必要となる技です。
今、私の手もとにあるオックスフォード現代英英辞典でやってみましょう。

試しにnoseを引いてみます。 the part of face that stick out above the mouth, used for breathing and smelling things と書かれ、用例がひかれています。
研究社の英語辞典ではいきなり“鼻”と書かれているのですが、これが英和辞典と英英辞典の違いですね。
ここで、stick out という言葉がわからないとします。そこで、同じ辞典で次に stick out を引くのです。
すると、stick のところにちゃんと出ています。stick out は to be noticeable or easily seen です。こうして言葉を渡って行くのはまさに辞書を読む楽しみです。時に“右手、左手の反対”“左手、右手の反対”なんていうのに出会ってなんじゃこれ!っていう事もありますが・・・。(大槻先生ごめんなさい)

でも、こうして言葉の海を泳ぐことを覚えてしまえばもうこっちのものです。まるでゲームを楽しむような感じで辞書で遊ぶことが出来ます。どれほどの小学校で付箋をつけながら辞書を引くことを授業で教えているのかは分かりませんが、今の子供たちは幸せです。勉強が楽しくなりますからね。

三浦しをんさんの映画『船を編む』の話題をたまたまTVで見かけたことから辞書の楽しみをお話しました。Amazon を見ると、『言海』がちくま学芸文庫で出ているのですね。

言海 (ちくま学芸文庫)言海 (ちくま学芸文庫)
(2004/04)
大槻 文彦

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これは機会をみて買っておきたいと思います。さすがちくま学芸文庫ですね。

今日、久しぶりにBOOK OFF を覗いてみたら、岩波文庫の『英語発達小史』H.ブラッドリ著を105円で見つけました。どうしようかちょっと迷ったのですが、中をペラペラしているとやっぱり面白いんですね。ブラッドリはOEDの編纂をした人です。こうゆう本はもちろん最初から丁寧に読んでもいいのですが、気の向いた時にめくった所を読むだけでも結構入っていけます。105円であるのが申し訳なく感じられますので私がお引き受けしましょう。

いかがです?辞書の楽しみ。何時までも飽きない楽しみだと思うのですが・・・。
明日は一日中雨の予報です。辞書を手にとって見るのも良いかもしれませんね。

英語発達小史 (岩波文庫 青 659-1)英語発達小史 (岩波文庫 青 659-1)
(1982/05/16)
H・ブラッドリ、寺澤 芳雄 他

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テーマ : 読書
ジャンル : 小説・文学

小さな幸せ

お元気ですか?

当地は昨夜の強い雨は止んだものの音をたてて吹く風に木々も揺れています。関東地方でも強い風雨の様子がニュースで流れていますが、皆様の処はいかがでしょうか。

「パリで逢いましょう」というBS日テレの番組があります。蝸牛のように渦をまいているパリ市内の20区の中から毎回一つの区を取り上げて紹介する番組です。偶然みつけて気に入り毎回見るようにしています。
大抵はカフェを紹介しそこに集う人達を通じて街の様子を案内してゆく形の構成になっていて、風景や風物よりも人々の暮らしに焦点があってちょっとお洒落な番組になっています。

先日見ていたところ、街の歴史家といった人が登場し古い建物や街の成り立ちを紹介しながら歩いていました。その中で、建物の角、道路に面した所にある膝丈ほどの石を示して、「これは馬車が建物にぶつかって壊さないために置かれた石なんだ」と説明しています。説明されるとなるほどと思います。

今日、このあいだYOUTUBEの楽しい使い方を書いた時に取り上げたジャン=フランソワ・パロのニコラシリーズの2冊め、『鉛を呑まされた男』を読んでいたところ、次のような一節がありました。

「有力者は庶民を上から見下ろし、まばゆいばかりの馬車で鞭を唸らせながら人混みのなかを突っ走る。その鞭はしばしば馬に振られるのではなく、より小さな馬車の御者や、手押し車を押す人足の背中に向けられる。大型馬車の暴走を阻む唯一の障害、公権力が賢明にも曲がり角に置いた車除けの石がなかったなら、女たちや老人、子供、町人は車輪に巻き込まれるか、壁と馬車にはさまれてつぶされてしまうだろう。」

いかがです?テレビで見た馬車除けの石がパロの文章によって鮮やかに描かれています。彼の本はこのニコラシリーズの三冊しか手元にありませんが、時代考証が丁寧で物語の中にさり気なく織り込まれていますので、当時の雰囲気を充分に楽しむ事が出来ます。作品を描きながらパロが“こんなのあったんだよ”ってほくそ笑みながら書いている様子が目に浮かぶようです。

本とテレビ。偶然の出会いですがその交差点で楽しむことができました。小さな幸せ。
街角の石を見たらきっと思い出しますね。


鉛を呑まされた男 (ニコラ警視の事件2) (ランダムハウス講談社文庫)鉛を呑まされた男 (ニコラ警視の事件2) (ランダムハウス講談社文庫)
(2009/08/10)
ジャン=フランソワ パロ

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追記)

今日、『鉛を呑まされた男』 (ニコラ警視の事件2)を読み終わりました。パリ警察総監サルティンや宮内府卿フロランタン伯爵、ポンパドール婦人からサンソンという処刑執行人(なんと世襲制なんだそうです)といった人物まで実在の人物を重要な役割で登場させながら、若いニコラがパリの街を駆けまわります。
人物ばかりではありません、うなぎの葡萄酒煮なんていう料理の作り方も紹介して当時のフランスの様子が丁寧に書かれています。ラブレーのガルガンチュアも出てきて、ラブレーは16世紀の作家ですから時代的にはいいのですが、禁書になっていた本ですから読んでいたのかな?なんて想像をふくらませます。200年もたてば禁書もないでしょうか?
パートナーさんはフランスで人気になっているTVシリーズを見たいと言うのですが、以前ララTVで、今はAXNミステリーで放映されているようですが、どちらも我が家では契約していません。内容的にはNHKの好きそうな話ですからいつか見られるのを待ちましょう。

テーマ : ひとりごと
ジャンル : 日記

マスメディア幻想

お元気ですか?

花冷えとは良く言ったもので、当地このところ雨が降ったり止んだりが続いています。霖雨っというんですね。スポーツジムに行く川沿いの桜の木々もこの雨で寂しくなっています。こうして今年の桜も終わってゆくのでしょうか。

この処よくおじゃまさせていただいている、南亭雑記の南亭様がNHKの堀潤という若手アナウンサーの退職を伝えています。いくつかの記事を参考にされて書かれたとのことですが、福島原発に関連するNHKの報道姿勢に疑問を持つ堀氏が自身のツイッターなどで批判的発言を繰り返したことにより退職にいたったという事。あぁ、またかという思いがすぐ出てきますが、それにしても南亭様の要を得た記事に感心します。

以前やはりよくお邪魔しているYOUのつぶやき!(in 熱海)というブログを書かれている方が毎週末霞ヶ関で行われている反原発デモ集会を取り上げられ、10万人規模の集まりにもかかわらず当初報道機関がほとんど取り上げ無いことを伝えていました。これも報道機関の驚くような話でしたね。

私は堀アナウンサーの退職も反原発集会も南亭様やYOU様のブログを通じて知り、刺激されて少しネットを逍遥するばかりなのですが、正直さもありなんと思っています。

本来報道は国民の知る権利のもと言論・表現の自由と報道の自由によってなされなければなりません。国民は報道機関に対しては事実を伝えてくれているものと信頼して報道を受け入れます。しかし、報道機関は取材した全ての事を報道するわけではありません。報道の価値を判断し選択をして報道をします。ここに報道機関の主観・思惑が入る余地が生まれます。スポンサーのある番組ならスポンサーに都合の悪い内容は報道しないでしょう。視聴率を気にするなら報道したいものがあっても国民にとって人気のある内容を優先させて報道するかもしれません。公共放送といわれるNHKでもこの問題から逃れる事はできません。時局の中でどのようなスタンスを取るのかをいつも問われます。報道機関が社会の中にある以上完全に独立した存在であることは不可能なのです。
もっとも、NHKにはマスメディアとして政治や司法と一線を画して国民に広く事実を伝える事が求められていると考えます。国民に対して公平で誠実であることが公共放送としての最低限の義務だからです。

私は堀潤氏の主張とその表明の方法を充分に知らないのでその事でNHKの姿勢について意見を言うものではありません。報道というものは何時の時代にもその時の政府や国民の中で立ち位置を探るものだということ、だからこそ民主主義に於ける政府や国会に対するのと同様、私達は報道機関に対してもいつも注視し国民の立場で提言をしなければいけないものなのです。

実はある時期私はテレビや新聞、週刊誌などの取材をよく受けていました。私の知っている社会の実像と問題点を伝えるのですが、数字やキーワードを用意しどう話したら伝わるのかをよく考えていたものです。しかし記者には記事のイメージがあります。テレビにはシナリオがあります。私の伝えたい事の全てが報道される訳ではありません。可能な限り興味をもって貰えそうな事象や視点をお話しますが、それにしても限界があります。今思い出しても当時のもどかしさと“あの時こうゆう言葉で伝えれば良かったのかな”なんて反省が私の中に蘇ります。私は何年間かのマスコミとの付き合いを経て一切の関係を絶ちました。それは社会の動きの中で生まれる私の言葉に私自身が納得出来なくなり、一度社会と距離をおいて自分の中の言葉を考えて見たかったからなのかもしれません。

私の事はさておき、報道というのはこの取捨選択と方向性の中で決して中立でも公平でもないものです。そしてもっとも恐ろしい事は、国民が知りたいと思う事をほどよく知らせているうちは全く問題を意識される事がなく、そのうちに大切な何かが知らされないまま他の報道の中に埋もれてしまうという事です。
実際NHKのエネルギー問題の番組などは上手に問題点を並べて分かりやすく出来ていました。それで福島の原発処理が進むわけでも無いのですが、見ている方はエネルギー問題を取り上げているとNHKを信頼し安心納得してしまいます。

今日、長嶋茂雄監督と松井秀喜選手へ国民栄誉賞が送られる話題が流れていました。でもそうゆう華やいだ話題の影で報道されないものがありそれは誰かが選択しているのです。そして政府はインフレターゲットにしろ国民栄誉賞にしろ耳に気持ちの良い話を報道機関を通じて国民に与えることが出来るのです。

大切な事は、何が報道され何が報道されていないのか。そしてその間にある事情は国民にとって大切な事ではないのかという疑問を持つことでしょう。
その意味でNHKのアナウンサー堀潤氏の退職の話題は身を持って問題を提起してくれたと言えるのだと思います。
堀氏が退職して何をするのか、ジャーナリスト、報道の世界に身を置くなら今後どのような手段をもって自分の視点を世界の人々に示してくれるのか、興味のあるところです。遠くから見守ることにしましょう。

テーマ : つぶやき
ジャンル : 日記

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