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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
Nuages・・・雲のようにふんわりとしています

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前夜祭

お元気ですか?

『杣人のNuages』にお越しいただいた皆様、拙いブログにもかかわらずお運びいただきましたこと心より御礼申し上げます。私事ながら今年は色々なことがありました。日々の折々をブログに書くことで私なりの整理をしてきたわけですから思い起こしては全て無事に過ごして来られたことに、そしてその間ご訪問いただいた皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。
その感謝の気持ちをもって我が家では昨日大掃除をし、今日は朝からおせち料理を作りました。本来なら元旦からのおせち料理かもしれませんが、毎年我が家では大晦日の夕ご飯からおせち料理が始まります。正直に言えば、昨日のお昼はつきたてのお餅を小豆で頂きましたからすでに始まっていたのかもしれません。

ということで、今回のおせち料理のご紹介です。

20141231 (2)

今回も全て手造りのおせち料理。左上はパートナーさん自慢のソースをかけたローストポーク。昨年までスペアリブでしたが今年は「骨の意味って何かあるの?」「ギャートルズである事を意識する人間の潜在的心理なの?」という私の意見にパートナーさんが賛成してくれた品です。上中は根野菜の煮物、私の好物です。右上は紅白のなます。真ん中の海老の鬼ガラ焼きは祝いの一品で、左の豆もお決まりですね。豆の下は牛蒡を煮てゴマをあしらったもので今年の新作。その右はホタテの稚貝の佃煮。下の真ん中は鳥レバーと挽肉のテリーヌ。私の新作。右は紅鮭を中に入れた昆布巻きでパートナーさんの新作。その右の卵焼きは伊達巻の崩れたのをリメイクしました。そして我が家の定番栗きんとん。
いかがです全て手作りですから安心のおせち料理です。

今は手作りのおせち料理を用意している私たちですが、初めからこうだった分けではありません。東京時代、パートナーさんも私も勤め仕事をしていましたから年末もおせち料理を作る時間などほとんどありません。幸いに北海道や新潟から送られてくる食材を並べれば結構見栄えのする料理が並びます。加えて、近くの紀伊国屋でオードブルのセットを注文し、デパートの地下で何千円もする蒲鉾や伊達巻を買います。若くて好奇心にあふれていましたから毎年色々な料亭や老舗メーカーの品を選んでは楽しんでいました。それはそれで充実していましたし、そうゆう経験をしてきたことに私は満足しています。

きっかけは栗きんとんでした。既成の味がどうしても口に合わないパートナーさんのため、あるときから私が手作りを始めたのです。さつま芋を選び、栗を選んで工夫を重ねて毎年上手になってゆきました(今日作った栗きんとんは愛媛県の栗です)。仕事を辞めたパートナーさんはいままで出来なかった分を取り戻すかのように、年末年始の行動を計画します。おせち料理は何を作りたいかイメージし食材を揃えてゆきます。最初はなますから始めてすこしづつ手作りの品を増やしていきました。こうして徐々に手作りのおせち料理が成長していったのです。ですからおせち料理を見ると我が家の歴史が見えるのです。
我が家のおせち料理は決して高級な食材という分けではありません。普通にスーパーで売っているものを選んでいます。二人暮らしですから量も多くなく三が日同じものが並びます。それでも新しい料理にチャレンジしたことを喜び、今年もおせち料理をいただける事を喜んで正月を祝うのです。

お酒をいただきながら、おせち料理を楽しんだ我が家。締めは新潟のへぎそばで有名な小島屋総本店のそばをゆでて年越しのそばとしましょう。

20141231 (1)

すでにおせち料理をいただいていますからそばはシンプルです。でも汁は昆布だしをとり追いかつおを加えて出汁に深みを出します。三つ葉とゆずをちらしてさっぱりと上品に。老舗そば店に負けないと自画自賛しながら頂きます。

さぁいかがです。これが我が家の年越しの夕ご飯。皆様も素敵な年越しをされていることと存じます。どうぞ、皆様よい新年をお迎えください。

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宇宙最前線

お元気ですか?

天皇誕生日の昨日、仕事がお休みのパートナーさんと当地科学館で行われた『宇宙最前線!』という講演を聴きに出かけてきました。今年当地出身の天野浩先生が青色LEDの研究でノーベル物理学賞を受賞しました。1987年にも小柴昌俊先生が岐阜県に作ったカミオカンデで大マゼラン星雲でおきた超新星爆発 (SN 1987A) で生じたニュートリノを検出し2002年にノーベル物理学賞を受賞されていますが、このニュートリノの検出に大きな役割を果たしたのが浜松ホトニクスという会社の検出器です。高柳健次郎先生が1926年の12月25日、「イ」の字をブラウン管上に映し出すのに成功し、その教え子が浜松ホトニクスを創業したということを以前書きましたが、そのような事情もあって当地では物理化学への関心が強いようです。物づくりの町である当地は研究開発、発明へのチャレンジ精神が強い町なのです。

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今回の講演は松浦美香子さんというロンドン大学ユニバーシティー・カレッジ・ロンドンで上級研究員をされている第一線の研究者の話が聴けるというもので、どのような分野でも第一線で活躍されている方のお話というのは面白いものです。

お話はハーシェル宇宙望遠鏡と南米のチリにあるアロマ望遠鏡の二つから得られるデータを基に、様々なスライドを使って進みます。天の川のスライドの黒く何もないように見えるところにもダストが沢山あって星の誕生に重要な役割を果たしていること、星が圧縮されて出来るときに内部で核融合が起こりそれが超新星爆発によって宇宙に撒き散らされることなどスケールの大きな話が続きます。日本の探査機はやぶさが小惑星のイトカワから微粒子を持ち帰った事は大変な話題になりましたが、その微粒子を分析した結果炭素の種類からイトカワは超新星爆発で出来たものである事が判明しているそうです。ただしどの超新星爆発かまでは分からないのだそうです。

講演の終わりにお客さんからの質問コーナーがありましたが、これがなかなか面白い。宇宙では爆発は球状に広がると思われるのに円盤状に広がっているのはなぜか。光が最も早いのにニュートリノのほうが早く来るのはなぜか。などなかなか感心する質問があったり、超新星爆発で鉄が出来るって学校で習ったんですけど・・・なんて質問があって私もパートナーさんもそんなこと学校で習わなかったよねって内心驚いたり。
ちょっと面白かったのは宇宙空間は真空だから音は伝わらないと思うけど爆発はどう伝わるのかという質問に先生は「私はスターウォーズが好きで星が爆発すると音がしているけど、やはり宇宙では音は無いですよね。でも爆発による爆風はあって・・・」とちょっと親しみを感じます。
ハーシェル宇宙望遠鏡は遠赤外線による観測ですからなんとなく映像の可視化もイメージしやすいのですが、アロマ望遠鏡は電波望遠鏡です。電波望遠鏡のデータの可視化はどうやるのですがなんて質問もありました。

私は参加者の方の熱心な質問に感心していたのですが、2009年に打ち上げられたハーシェル宇宙望遠鏡がすでに昨年の4月に役目を終えていることにびっくりします。そして、質問者に回答する先生の言葉の中に「よくわかっていないんです」というのがたびたびある事にも感動します。最先端の研究をしている学者が一般人の質問に分からないと答える。それが科学の面白さだと思います。
20世紀に入ってからビッグバン理論というのが提唱され、138億年前にビッグバンによって宇宙が始まったとされています。この考えでは宇宙は時間も空間も無い無から誕生したことになっていてその後星が生まれます。時間も空間も無い無では次元はどう理解するのでしょう。そもそも無から何かが生まれるためのエネルギーはどこに存在するのでしょう。星が突然生まれるってどうやって?
こうゆうことをいつも考えている学問って楽しいだろうなと思います。そして専門家の話というのはどんなジャンルであっても非常に興味深く私たちをワクワクさせるものなのです。

おまけ)
今回の講演会は図書館に置かれたパンフレットを見て参加したものでした。私は決して宇宙物理学に詳しい訳ではありません。せいぜい折々の星空を楽しむ程度です。それでも講演は分かり易く宇宙の謎に興味を持たせるものでした。
もう一つ、先生の話の中に星の活動に関係して核融合・核分裂という言葉が出てきます。私は現在の原子力発電には反対の考えを持っているのですが、学者の立場としてはきっと星の中で起こっている核融合・核分裂を実験で再現したいという欲求は自然なものなのだろうなと思いました。学問としての探求と実用の難しいところです。

『死の扉』

お元気ですか?

今年もあと半月となり、スポーツジムでのおじさんたちの会話も「餅つきはどうするんだ」といったのんびりしたものが聞こえてくる。週末にワインを買いにパニエに出かけた時もおせち料理の話になった。ショッピングモールにあるお店では年末年始もお休みなく店を開けなければならないのでお店の方は交代で働くし福袋用のワインを決めるなど商売の緊張もある。のんびりお正月を楽しむ事は出来ず、おせち料理を作る時間もゆっくり食事を楽しむ事も難しいのだそうだ。
それぞれの人にそれぞれの年末とお正月がやってくる。

レオ・ブルースの『死の扉』を読んだ。いつも刺激をいただいているブログ探偵小説三昧でレオ・ブルース『ミンコット荘に死す』(扶桑社ミステリー)を紹介していて、良い評価をされている。詳しい方の良い評価というのは貴重な道標で有難い。

『死の扉』はこんなお話。
イギリスのニューミンスターという小さな町の小間物屋で女店主が惨殺されるという事件が起きる。しかも巡回中の警察官が発見と同時に殺されるという二重殺人。殺された女店主は強欲な商売で町の評判も悪く犠牲になった警察官は真面目な若者だったことから運悪く巻き込まれたと思われた。その事件に興味をもったパブリックスクールの歴史教師キャロラス・ディーンは歴史上の事件を現代の捜査方法を応用して解明するという本を書き高い評価を得ている。生徒にたきつけられて町の二重殺人の解明にも乗り出すのだが、強欲な女店主の殺害事件であり疑惑を抱かせる人物は複数いて、誰もが何かを隠しているよう。

派手なアクションや手に汗握る・・・といった作品ではなく、登場人物たちの立ち位置と状況により物語は展開してゆく作品。読者に一緒に謎解きを楽しんでくださいと作者が誘っているのが感じられる正統派推理小説と言っていいのだろう。(私が言うのもおこがましいが)読んでいてその真面目さが気持ちよい。キャロラスをたきつける教え子のプリグリーもこまっしゃくれていてクラスにいそうな感じだし、友人のムーア巡査部長、キャロラスの家政婦スティック夫人など主人公を囲む人たちもシャーロック・ホームズを連想させるものの物語に安定感を与えている。
スパイアクションではないので大立ち回りは無いが、キャロラスはベントレーに乗っていてスタイリッシュだし、自ら犯人を誘い出すような危険を顧みないことも平気で計画する性格は決して安楽椅子探偵ではない。
小さな町での事件ということではミス・マープル、ラストで関係者を集めて謎解きを披露するのはポアロを思い出させるのだが、シャーロック・ホームズを思い出させたのと同様に作者レオ・ブルースによる推理小説と先輩作家へのオマージュなのだろう。
歴史教師で素人探偵であるキャロラス・ディーンはこの『死の扉』が誕生第一話。他の作品も読みたくなる十分な魅力を備えた作品だ。訳者小林晋氏による解説も興味深い。特に原作の中にある矛盾、おもに日時の整合性なのだが、を整理して訳に反映させていることなど翻訳作業の事情も分かり小林晋氏への興味も湧く。

年末、また良い本に出会った。探偵小説三昧のsugata様に感謝するとともに、ピエール・ルメートルの『その女アレックス』が届くのを楽しみに待とう。

ではまた。

死の扉 (創元推理文庫)死の扉 (創元推理文庫)
(2012/01/27)
レオ・ブルース

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人は他人のために何が出来るか 続

お元気ですか?

一日降り続いた雨があがると冷たい風が吹き始めました。皆さんのところはいかがでしょうか?

先日佐藤さとるの『オウリィと呼ばれたころ―終戦をはさんだ自伝物語』という本を図書館で見つけ読みました。佐藤さとるさんは『だれも知らない小さな国』など小人の話を得意とした作家で、長崎源之助、いぬいとみこらと同人誌「豆の木」を創刊したり児童書の編集をしてきた方です。一時期好きでずいぶんと読んだことがありました。私の場合北海道育ちですから、コロボックルというアイヌの人たちの小人は身近な存在でした。大きな蕗は家の周りにありましたからちょっと覗いたり茎から折って旗のように振り回して遊んだりなんてこともします。コロボックルがあわてて駆けていったって不思議ではありません。それとは反対に遠い京都のお話である一寸法師も魅力的でした。一寸法師は何処から来たのか、どうして小さかったのか知りたくてたまりませんし、打ち出の小槌はどんな力を秘めているのかなどSF的興味もつきません。そんな訳で『親指姫』などの海外のお話も含めて小人の物語はすっかりお気に入りのジャンルだったのです。
『だれも知らない小さな国』を読んでいた頃、佐藤さとるさんを少し年のはなれたお兄さんのようなイメージを持っていましたが今回自伝を読み、意外に年輩だったことを知りました。1928年の生まれだそうです。そして、当時の日本人が経験したであろう戦争と敗戦による体験は今の私たちには想像もつかないくらいに濃密なものです。戦争も食糧難も私は御免被りたいのですが、あの時代を生きた人たち(私の両親もそうです)の生命力や芯の強さには敬服と憧れの気持ちを持つのです。

先日WOWOWで「ジェイミーの食育革命」という番組を見た。ジェイミー・オリヴァーというイギリスの若いシェフが学校給食を通じて健康を取り戻そうという企画番組。2008年、米国疾病管理センター(Center for Disease Control and Prevention)が発表したレポートで「全米で最も肥満率が高い」と指摘されたアメリカのウェストバージニア州西部にあるハンティントン(Huntington)に乗り込んだジェイミーは、肥満による糖尿病や高血圧に苦しむ子供たちのために脂肪の多い食べ物を減らし野菜を沢山取り入れた手作り給食を目指す。
欧米ではテレビで人気のシェフが軽妙なおしゃべりとブレンダーやジューサーを使いながら画面狭しと動き回り、サラダやステーキを焼き、パスタをゆでて・・・と料理を作る。子供の頃からそんなテレビ番組を見てきたが、欧米のそれは「きょうの料理」や「3分間クッキング」とは違って包丁さばきや盛り付けは乱暴だし、ほらこんなに簡単に料理できるんだ、美味しそうでしょうと押し付けがましいシェフの姿に食傷気味になる。数年前ジェイミー・オリヴァーの番組を見てテレビシェフも若いお兄ちゃんになったかと興味をまったく持たなかった。その彼がアメリカで給食革命を行うという。
小学校では朝食の給食があり、朝からピザを食べている。お昼はハンバーガーとフライドポテト。そして砂糖たっぷりの味つき牛乳。子供は口になじんだものを美味しいと思うからそんなものばかりを食べてしまう。恐ろしい国だと思った。
そしてもっと恐ろしいのは、肥満給食を出すアメリカの様子の番組を流すWOWOWに飢餓と病気で亡くなってゆく子供を救おうと募金を呼びかけるユニセフのコマーシャルが流れていることだった。

さて、先日原子力発電で作られた電気は使いたくないという事を書いた。処理出来ない核のゴミを出しながら原子力発電を行うことの非人道性を恥ずかしく思うからだ。同様に、生産者が生活出来ない値段で買い取られる珈琲、生産調整として捨てられる牛乳、減反政策に出される補助金。世界で8億5千万人の人たちが飢餓で苦しんでいるというのに私たちは平気でおかしなことをしている。

子供の頃、残さず食べなさいと言われて育った。同時に食卓には食べられる分しか食事は並ばなかった。私は家で食べ残しや傷んだ食品を捨てた記憶がほとんどない。それは今の我が家でも同じだ。では何が飽食と飢餓の世界を作っているのだろうか。

『コーヒー危機―作られる貧困』オックスファムインターナショナル (著)筑摩書房を借りてきて読む。
続けて、『フェアトレードのおかしな真実――僕は本当に良いビジネスを探す旅に出た』コナー・ウッドマン (著)英治出版も読もう。物事を知るには表裏両面を見なければならない。
そして、『世界の半分が飢えるのはなぜ?―ジグレール教授がわが子に語る飢餓の真実』ジャン ジグレール (著)合同出版を読む。この本はスイスの経済学者で飢餓問題の第一人者が子供に語る形式で世界の飢餓問題について書いた本で、飢餓が起こる要因と解決が難しい現状を様々な角度で分かりやすく説明している。手元に置いておきたい本だ。

佐藤さとる氏は父親を戦争で失い母親や兄弟と旭川に疎開するがいつ動くか知れない汽車の中で傷まないように作ったおにぎりを食べる。旭川で終戦を迎え進駐軍の施設でキッチンボーイとして皿洗いの仕事をして気に入られ余った肉をもらったりする。横須賀に戻り学校に入ると友人と一緒にリアカーを引き代用醤油を売ったりもする。生きてゆくためには食事が必要だ。
列車で隣に人がいれば、いかがですかとチョコレートやみかんを別け一緒に食べるだろう。世界中の9人に1人が飢餓に苦しんでいるというのにどうして何もしないでいられるだろうか。


世界の半分が飢えるのはなぜ?―ジグレール教授がわが子に語る飢餓の真実世界の半分が飢えるのはなぜ?―ジグレール教授がわが子に語る飢餓の真実
(2003/08)
ジャン ジグレール、Jean Ziegler 他

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追記)
子供の問いかけに答える形で書かれた本といえば『君たちはどう生きるか』吉野 源三郎(著)岩波書店がある。中学生のコペル君に著者が語る形で、人が社会の中で生きてゆくために何を心してゆかなければならないかを考える本で、中学生向きとはいえ内容は重たい。私は中学生の時に学校の図書館でこの本に出会ったが、その後も何回も繰り返して読めばもう少しましな大人になっていたかもしれないと思う。
文章や話は、中学生に理解できるように書く(話す)ということは非常に大事なことだ。もちろん専門分野で基礎的知識のある事が前提となるものもあるが、中学生が納得できない事は大人だって分からない。
何故愛と救いを説く宗教の下人は殺しあうのか。何故国はよその国に行って戦争をするのか。何故民族は他の民族と対立するのか。何故肥満になるほど食べる人(子供)がいる一方で餓死してゆく人がいるのか。そしてこれらを何故人間は止めることが出来ないのか。
私たちはこうゆう問いに正直に答えることが出来るだろうか。政治や歴史的背景、経済や企業など色々と理屈をつけることは出来るが、それは言葉を濁すための方便でしかない。子供たちに伝える言葉をまずは自分の心の中で反芻し恥ずかしくないか確認しよう。もし間違って伝えてしまったら素直に謝り、一緒に考えようと言おう。世界は子供たちのものでもあるのだから。そして子供たちの方が大人より長く生きてゆくのであるから。

CDの劣化

お元気ですか?

キリ・テ・カナワの『オーヴェルニュの歌』を聴きたくなったのをきっかけに図書館からオムニバスCDを借りてみたが私には合わなかった。同時に借りたクリスマスソング集はなかなか良かったがところどころパチパチ雑音が入る。図書館から借りるCDは傷が多いのが難点で、返却時には「聴きにくいところはありませんでしたか?」と係りの人が訊ねるので、正直に答えるとCDを研磨して傷を薄くしたりメンテナンスをするようだ。ただし、それで綺麗になったCDを再び貸してくれるのかというとそうではなく、また順番待ちをして借り直さなければならない。
図書館の在庫の中にキリ・テ・カナワの『ウエスト・サイド物語』があったので、懐かしく思った。これはマリアをキリ・テ・カナワ、トニーをホセ・カレーラスが歌いレナード・バーンスタインが指揮をしたスタジオ録音のCDでなかなか傑作だ。私も持っているので、久しぶりに聴きたいと思い納戸から探し出してきた。
内容は期待通りなのだが、問題はCD盤が痛んでいることだ。このCD表面にはグラムフォンや幾つかのロゴマークが印刷されていて盤面は銀色。その銀色の部分にプツプツと腐食の痕が出ている。以前アルフィーフのバッハのCDでやはり腐食があった。こちらはCDケースの中にクッションとしてスポンジが入っていて、そのスポンジから出たと思われるガスが盤面を溶かすという重大なもので、一部はCD盤が透けてみえるほどになっていた。もちろん音楽の再生は出来ない。アルフィーフのCDに関しては銀色の塗料が表面に塗られていて、こちらの影響もあるように思われた。

CDの劣化については商品が発売された当初からプラスチック製品であることからその寿命が問題視されていた。今回気がついた『ウエスト・サイド物語』のCDも1985年の製品で買ってから29年になる。幸い音楽が聴けないというほどではなかったが、これまで買ってきたCDが心配になる。よほど気に入っていたCDで今後も何回も聴くというなら買い替えも考えるが、それも商品としてあればの話だ。比較的劣化しにくいDVDにコピーをとっておくというのも方法だろうが手間も経費もかかる。LPレコードを手放さないでおいてよかったというのは安心につながるが、だからといってCDの劣化を見過ごすわけにもいかない。皆さんはどうしているのだろう。


バーンスタイン:ウェスト・サイド・ストーリーバーンスタイン:ウェスト・サイド・ストーリー
(2007/09/05)
テ・カナワ(キリ)、カレーラス(ホセ) 他

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