プロフィール

杣人・somabito

Author:杣人・somabito
Nuages・・・雲のようにふんわりとしています

カレンダー
12 | 2015/01 | 02
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
リンク
ブログランキング

FC2ブログランキング

人気のあれこれ!
月別アーカイブ
最近のトラックバック

パティシエ気分 2

お元気ですか?

辛いニュースが伝えられていますが、だからこそ笑顔で今日を過ごしたい。そうゆう強い意志で毎日の瞬間瞬間を過ごしています。


チョコレートケーキを作ってチョコっとパティシエ気分にひたっていたら、パートナーさんが水きりヨーグルトを作って悪戯をしたいようです。450gのプレーンヨーグルトを一晩かけて水切りしたら200ccの水が出ました。これ、ホエイといって栄養もありますのでそのまま飲んでもいいですし、パンの生地に練りこむとふっくらしたパンになるそうです。パートナーさんはサラダオイルと胡椒を加え大根と人参を漬け込んで簡単漬物?を作りました。

20151251.jpg

お酢を加えればピクルスのようになるのでしょうか?

水を切ったヨーグルトはパンにぬっていただきます。

20151252.jpg

ジャムや蜂蜜をいつもは用意していますが、水切りヨーグルトは甘みもなくこれはこれでさっぱりして美味しいですね。

20151254.jpg

午後のお茶時間には水きりヨーグルトで作ったケーキも出てきます。卵と少しの小麦粉を加えチーズケーキの要領で型に入れて焼いたのですが、甘さ控えめのこちらもさっぱりしたケーキです。甘さが欲しければジャムやマーマレードをトッピングすればいいでしょう。

水切りヨーグルト一つで色々楽しみました。

そして夕ご飯。

20151253.jpg

立派な真烏賊がスーパーにあったのでお刺身にして食べようと思っていたら、イクラがあるのを思い出したパートナーさんが紅白丼にしようと言います。しかも、塩うにもありましたのでトッピング。大きな烏賊だったので身は細く切って丼に、ゲソやエンペラはお刺身にしました。もちろんゴロと呼ばれる味噌を溶いてまろやかな醤油でいただきます。

ヨーグルトで遊んだり、紅白丼と我が家で名付けた丼ご飯。特別なものは何も有りませんがちょっとした遊び心が食卓に笑顔をもたらします。でも、我が家だけが楽しんでいても何処かで心は満たされません。世界中が平和になり、安心の笑顔を得たとき、本当の楽しい食卓が我が家にも訪れるのでしょう。どうかそうゆう日が早く来ることを願うばかりです。





スポンサーサイト

パティシエ気分

お元気ですか?

正月もあと1週間、世界中から心苦しくなるニュースが毎日伝えられています。
しかし、日本に住む私は空爆や砲弾に脅える事も、突然住むところを奪われ国から出て行かなければならないような事もありません。暖かい自宅で笑いながら食事を取ることが出来ます。その当たり前の事に感謝するのも、ニュースで悲惨な現実を知らされるからに他ありません。

今日、NHKで地中海をめぐる番組を放送していましたが、スペインにしてもギリシャ、アフリカ諸国にしてもキリスト教とイスラム教は長い間対立し侵略と奪回を繰り返して来たことを今さらながら知ります。文化とは異文化との衝突と融合を経て変化してゆくものです。日本だって仏教を導入しましたし、沖縄の文化やアイヌ民族の文化を知れば国の範疇を越えて他の地域との交流によって次第に形成されてきたことが分かります。いつの日にか地球上の人々が自分や自分の家族を思うのと同じように異なる地域、異なる考えの人たちを尊重し大切に思うことが出来るようになることを切に願います。


スーパーにはバレンタインデーに向けたチョコレートコーナーが出来、子供づれの家族やカップルがショーケースを眺めています。スーパーですから驚くような高いチョコレートは無い様ですが、それでもその一角は華やかで自然と笑顔になります。
遥か昔、私が初めて就職した日がバレンタインデーの2月14日でした。女子社員が義理チョコを配っているのを見てバレンタインデーである事に気がついた私はおすそ分けを頂たのでした。あの先輩女子社員は今頃どうしているでしょう。偶然にも新潟の同郷の方でとても確りした綺麗な方だったのですが・・・。

お昼ごはんを終えるとパートナーさんが「メレンゲ作るの手伝って」と言います。どれどれと台所に下りると板チョコを削って湯せんし卵黄をまぜるお仕事をおおせつかり、チョコっとパティシエ気分になってきます。その間にメレンゲはパートナーさんがハンドミキサーで作り、「このメレンゲを三回に別けてチョコレートに混ぜて」と言います。
以前クリームをたっぷり塗ったシフォンケーキを作って遊んでいましたからこうゆう作業はままごと気分で楽しめます。

メレンゲの泡を無駄にしないようへらを使いながら切るようにチョコレートに混ぜ合わせ、出来た生地を型にいれて焼きます。

20151241.jpg

20分ほど焼いて出来たチョコレートケーキは型いっぱいに膨らんでいましたが、冷めると少ししぼんできます。
それでも口に入れると中はふっくっらしていて生地作りが上手く出来ていたことが分かり、少し達成感を得て嬉しくなります。パティシエの写真が並ぶショーケースのチョコレートとは比べようもありませんが、我が家のチョコレートケーキは手作り感満点のはなまるなのです。

20151242.jpg

もし我が家に娘がいたら、パートナーさんとヒソヒソ内緒話をしながら作るのかもしれません。綺麗に包んでリボンをかければ立派なバレンタインチョコです。そんな空想をしたくなるチョコレートケーキです。




のどぐろとパスタとケーキ

お元気ですか?

悲しい事件や愚かな事件、そして未来に不安を感じるような事件を毎日のニュースで知る。日々の出来事を知るニュースをテレビではタレントキャスターが幕の内弁当のおかずや花束のように並べてすっかりショーとしてしまったのはいつからだっただろう。現場のレポーターは同じ言葉を何回も繰り返して持ち時間を埋めることに神経を注ぎ、タレントキャスターは無駄な言葉を繰り返しをして視聴者の耳を麻痺させてゆく。コメンテーターと称する人たちはまるで全てに知識があるように意見を言わずにはいられない人種なんだろう。無責任に無知をさらけだしていても恥を知らない。
ニュース番組とショーされるテレビを見ながら、知るべき事はどこにあるのだろうと思う。

家の近くに新しく書店ができるようだ。子供の頃から本が好きだった。でも最近は書店に行く気にならない。神田の町を歩くのが至福のときだったのは昔の事になった。今は本棚や納戸に仕舞い込まれた本を取り出して選び読む。そこから派生する興味で新たに購入することになる本もあるだろうが、それでも一生分は楽しめるはずだ。読むべき本は目の前にある。知るべき事は目の前の本を読めば見つかるはずだ。

生活の中で疲れたときや非日常に追われたとき、自分を取り戻すところが必要で、状況によって幾つか用意しておくことが大切だ。仕事帰りの居酒屋かもしれないし、ふらっと入る映画館かもしれない。スポーツジムもいいけれどちょっと健全すぎて面白くないと思うのは私の勝手だ。乗ったことのない電車に乗り、歩いたことのない路地を歩くのもいい。初めて入るバーでスコッチをダブル。会話はいらない。いつしか家に帰り着く。

日曜日の昼、頂き物ののどぐろがあったので焼いて食べた。

2015118.jpg

のどぐろが高級魚になってしまったのはいつからなのだろう。日本海側の深い海で獲れるが私には子供の頃から馴染みなので高級魚というイメージが全くない。だから大して有り難味もないのが申し訳ないが、軽く干したのどぐろを焼いて食べてみると身はほっこりとして淡白、脂も癖が無く上品で美味しい。こうゆう魚は家で食べるのが好い。料理屋で高級魚ずらして出されるとまるでおしいただいて食べなければいけないような空気が漂い、すっかり興ざめになる。のどぐろに限らずどんな食べ物も対峙する距離感が大事だ。食べ物はどこまでいっても食べ物であって食べる主体は自分だ。食べ物に位負けしているようでは情けない。そうゆう意味でも最近のグルメという言葉は食べるほうの人間が希薄でつまらない。

夜、従兄弟が作ったベーコンがあったのでカルボナーラを作ってみた。私には兄貴のような従兄弟だが、めったに会うことはない。だが、去年何年かぶりに会う事が出来たのでずっと伝えたかった御礼を言った。従兄弟は学生時代剣道をやっていて主将をつとめていた。私も武道をやりたいと思ったとき、彼が剣道なら私は別なものをと思ったのが弓道に進む一つのきっかけだった。だから私が弓道をやっているのは従兄弟のおかげだと思っている。

2015119.jpg

久しぶりに作ったカルボナーラはローマ風で気骨のある仕上がりだった。

そしてパートナーさんがケーキを焼いてくれた。

201520.jpg

素朴で手作り感にあふれるケーキは素直に嬉しい。どんな有名店のケーキよりも私は好きだ。

私の食べるものは私の周りにあるものばかりだ。その事に喜び感謝する。

Je suis Charlie ?

お元気ですか?

今日は20年前に阪神淡路大震災のあった日。数日前から防災や震災被害に傷つき癒されない日々を過ごしてきた人たちの話をテレビで放送している。当時私の知人も何人かリュックサックにペットボトルを背負い神戸に救援に向かった。人は助け合う生き物なのだろう。それは私たちの心の中に共感し想像する力があるからなのだと思う。遠くの個人的には縁もない人に対しても親しい友人や家族への思いと同じように感じ生きることを大切に思い自分にも何か出来ることがあるのではないかと行動を駆り立てる気持ち。そうゆう心を私たちは持っている。

1月7日、フランスでシャルリ・エブドという風刺週刊誌の本社がイスラム過激派により襲撃され12人が犠牲になった。連動するように1月9日にはヴァンセンヌのスーパーで女性警察官を殺害した犯人が人質をとり立てこもり4人の人質が犠牲になった。フランスは古くから風刺の精神が強い国で一つの文化となっている。その風刺新聞が攻撃されたのだから国民感情として怒るのも理解できる。しかも言論の自由、表現の自由と正義は自分たちの方にあると声を上げ、政治家はすかさずテロ組織との戦争であると表明し兵隊の削減を見直すことを決めた。
もちろん、暴力によって他人を傷つけたり、恐怖によって人を押さえ込み自分の意見を通そうとする事を容認することは出来ない。政治的宗教的立場の違いにより他人を傷つけてはいけない。しかし、私たちは暴力に走る人たちをそうせざるをえないような状況に追いやっていることはないのだろうか。私たちが正義を叫ぶことによって意見の違う人たちに不寛容になってはいないだろうか。

Je suis Charlie と書かれたプラカードを持ち集まる人をテレビで見ながら私は心が苦しくなる。テロリストやその組織が何故暴力に走るのか、何故若者がそうした組織に惹かれてしまうのかを考え、暴力ではなく対話によって問題の解決を図る社会を作るように取り組むことこそがテロとの戦いなのだと思う。対テロ組織のための軍隊の増強というのは対処方法でしかない。病気と同じでかかってから薬や手術で直すことよりも、事前の予防の方が費用も安く対処も軽く患者の体に負担が少なく済む。その意味でも世界中の知識を集めこれからの世界の姿を描く努力が必要だろう。正義を叫び対立の連鎖を続けても解決は見られない。暴力から身を守ることは大事だが暴力に至らない方向を探るべきだ。

テロリストという言葉が使われだしたのは、フランス革命の直後、九月虐殺と呼ばれる事件からだ。フランス革命で活躍したパリコミューンは8月末プロイセン軍の侵攻に狼狽しパリに侵攻を許せば反革命主義者が開放されパリ市民が虐殺されるのではないかという憶測が流れる。その結果反革命派狩りが始まりパリ監獄に収監されていた反革命派が引きずり出され市民により虐殺されたという。自由への勝利と評されるフランス革命の立役者がテロリストになっていったのである。市民がテロリストへと変貌したのは恐怖からだった。では今テロを起こしている人たちは何に突き動かされているのだろうか。

テロリストによる襲撃後発行されたシャルリ・エブドの誌面にはイスラムの預言者が Je suis Charlie と言っている絵が描かれた。これに対し言論の自由を守る強い意志として評価する人がいる一方偶像崇拝を禁じるイスラム教の人々を刺激するものとして否定的な意見を持つ人もいる。私も正直なところ残念に思っている。それはテロリストを刺激し挑発的に作用するからという理由ではなく、風刺のセンスとしてどうなのだろうと思うからだ。言論の自由、表現の自由というのはもちろんあるし、それを政治や暴力で封じることは強く反対である。しかし自由である以上その行為には責任が伴う。その責任の中には謂われなく相手を傷つけたり貶めたりしてはいけないということも含まれる。イスラム教を信じる人の中に過激な暴力に手段を求める人がいるからといってイスラム教を否定したり貶めてはいけない。そして優れた風刺というのは言われた方もちょっと苦い顔をしながら一本やられたねと笑えるくらいのもののほうが健全だと思うからだ。特に宗教は人が生きるために拠りどころとしているものだ。それを他人にからかわれたり否定されたなら言われたほうの気持ちはどうなるだろう。風刺を否定しないし、風刺に鋭い毒があることも時には武器になることも承知している。それだけに扱いには慎重に丁寧にならなければいけないと思う。
相手を思いやる気持ち、想像力を忘れた言論の自由は共感を得ない一方通行の言葉の武器になりうる事を言う側は心していなければいけない。

震災にあった人たちのため救援に向かったのは命を大切に思い、ともに生きようとする心の衝動が私たちにあるからだと書いた。それは国内に限ることではない。人種や地域の違いなく相手を思う事は出来る。

Je suis Charlie でも Je ne suis pas Charlie でもなく Je suis Terrien(私は地球人)と言える日が来ることを私は望んでいる。

レオ・ブルース

お元気ですか?

元旦のご挨拶を書いてから半月もご無沙汰してしまいました。この間何回かお立ち寄りいただいた方には大変申し訳なく思います。ごめんないさい。基本的には隠遁生活のようなものですから、日常に大きな変化もそうそうあるわけでもないのですが、年末からまたしても目を患い、本を読むことも出来ず鬱々とした時間をやり過ごしていました。何も無い日常の埋め草に読んだ本を頼りに駄文を濁すという魂胆も適わない日々だったのです。
図書館から借りたレオ・ブルースの『ジャックは絞首台に!』と『三人の名探偵のための事件』もそんな事情で読もうかと手に取りながら目を細め焦点を合わせようとするのですが、ものを見ること自体が億劫ですからすぐまた机に戻してしまう有様。貸し出しの延長をしてようやく読了した次第です。

そうゆう事を言い訳に、感想を書くのもはばかれるのですが、簡単に。
『ジャックは絞首台に!』は先に読んだ『死の扉』で登場した素人探偵キャロラス・ディーンの7作目?ぐらいに当たる作品で、このディーンのシーリーズは一作ごとに独立しつつも前作を継承しています。翻訳本が無いので経緯が分からないのですが、どうやら以前の事件ですっかり憔悴し体調を崩したディーンをゴリンジャー校長が休養をとらせようと行かせた田舎町でこともあろうか二重殺人が起き、またしても事件の解決に乗り出すディーン。『死の扉』でも強欲な雑貨店の女店主と若い警察官の死という二人の殺人。今回も老婆二人の死。しかもご丁寧に関連性を見せ付けるかのようなユリの花とくれば、これはあぁそうかな・・・と思います。お馴染みの(といっても既読は一冊ですが)登場人物の掛け合いを楽しむのがいいのでしょうが、ディーン休暇という背景もありあまりテンションはあがりません。作品としてのスタイルは出来ているようですので楽しむ事は出来ます。ちょっと大人のすました楽しみ方でしょうか。

もう一冊の『三人の名探偵のための事件』はキャロラス・ディーンのシリーズに先立つ作品群で地方警察の巡査部長ビーフを主人公にしたその第一作。三人の名探偵というのは、セイヤーズのピーター・ウィムジイ卿、クリスティーのエルキュール・ポアロ、チェスタトンのブラウン神父をモデルに描かれています。解説を書いている真田啓介によると「ある程度探偵小説を読み慣れた読者ならば、彼らが登場してから一ページと進まぬうちにその正体を見破ることができるだろう(見破れないようなら、本書を読むのは少し早すぎるということになる)。」とありますから、ブラウン神父とポアロは分かったが貴族探偵ウィムジイ卿を全く知らない私はこの本を読む資格がないようです。まぁどの世界にも基礎知識というのはあるのですが、読書の入り口、きっかけというのは多様です。解説に“本書を読むのは少し早すぎる”などと書く解説者の見識を私は残念に思います。
さて、本書を読みはじめてすぐに思い出したのが1976年公開のアメリカ映画『名探偵登場』で、推理小説でお馴染みの探偵が出てきて殺人事件を解決しようとそれぞれが推理を展開しドタバタのコメディーになってゆきます。この映画、高校生の夏に映画館に一人で行って見たちょっと思い出の映画なのですが、本書もパーティー客の間で交わされる探偵小説論から始まり密室殺人、そして唐突に登場する名探偵三人と賑やかなことはそっくりです。結果名探偵三人の推理は関係人物の事情を暴露しながらも迷走し・・・。以前『死の扉』のことを書いたときに作者による先輩作家へのオマージュであるということを書きましたが、今回はパロディー。名探偵が三人集まればこれは誰か一人に花を持たせる訳にはいかないでしょうから、読者は本家との比較を楽しんだり探偵たちが明らかにする事実をパズルのように組み合わせて推理したりということになります。一方本作品ではまだ主人公らしさが出ていない巡査部長ビーフですが、早々に犯人は分かったと言っていますので、すこしやきもきする事にもなります。
私は読む資格を持ち合わせない素人読者ですから、あまりご立派なことは言えませんが、密室殺人というトリックは良く出来ているように思いますし、作品は面白く読めました。

ではまた。

ジャックは絞首台に! (現代教養文庫―ミステリ・ボックス)ジャックは絞首台に! (現代教養文庫―ミステリ・ボックス)
(1992/07)
レオ ブルース

商品詳細を見る


三人の名探偵のための事件三人の名探偵のための事件
(1998/12)
レオ ブルース

商品詳細を見る

元旦は・・・

明けましておめでとうございます。

皆様穏やかな元旦を迎えられたでしょうか。我が家ではベランダから初日の出を楽しみ、パートナーさんが用意したお雑煮と黄な粉と大根おろしのお餅を頂いて朝食とし、私は道場へ。パートナーさんには「何か賞品をGETしてくるからね。」と言って家を出ます。弓道を始めてから年末年始はいつもこんな感じです。

道場で年始の挨拶をし、射会を楽しみ、お餅やお蕎麦の昼食をして賞品もGET!家に戻り賞品をパートナーさんに差出します。

さて、おせち料理の追加です。

20151011.jpg

手作りの伊達巻と昆布巻き。

そして、パートナーさんが「上生菓子が食べたい」と言っていたので、近くの和菓子屋さんが開いていたのをみつけ求めてみます。けっこう年賀のお菓子を買い求めているお客さんもいます。どんな商売も大変ですが元旦から開けているなんて和菓子屋さんも大変ですね。

20151012.jpg  20151013.jpg

さぁ、今晩見る夢が初夢です。どんな夢を見ることが出来ることでしょう。宝船に七福神が乗って舳先にはパートナーさん、マストのてっぺんには我が家のマスコット(パートナーさんの先輩女史)が旗を振っているなんてどうでしょう。私?当然ガレー船のこぎ手のように必死にオールをこぐのです。今年も七福神は私を甘やかしてはくれないでしょうからね。

では新年の幕開けです。

杣人のNuages

ブログ内検索
 RSSフィード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ホテル探しに!
クリックをお願いします!
Google