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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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『恋するふたりの文学講座』

お元気ですか?

今日は鹿児島の口永良部島で火山が噴火し島民全員が非難する事態となりました。お見舞い申し上げます。


映画『恋するふたりの文学講座』をwowowで見ました。原題が LIBERAL ARTS という2012年のアメリカ映画です。大学でいう「一般教養」「教養課程」というタイトル。 私は文学講座というところに惹かれて録画したのですが、大満足の当たりでした。

こんなお話です。
NYで大学への進学案内を仕事にしている(らしい)ジェシーは本を片時も離さない35歳の独身男。母校の恩師ピーターが退任することとなりそのパーティーでスピーチをするためレンタカーを借りてオハイオまでやってくる。そこでピーターの知人の娘ジビーと出会い彼女の天真爛漫な若さに魅了される。NYに戻るジェシーだったが、ジビーから渡されたCDを聴き音楽に感動し、ジビーと手紙のやり取りをするうちに会いたい気持ちがつのり再びオハイオに行く。そこで二人が経験することとは・・・。

文学に浸った独身男性ジェシーは大人になる事が出来ないでいるようですが、文学への情熱と素直な心を持っています。19歳のジビーは賢く大学で学ぶことを楽しんでいますが、周りの男性が幼く見えてもの足りません。そんな二人が出会い意見をぶつけるのですから好奇心が高まるのも無理はないでしょう。ジビーが選んだクラシックの曲を聴きながらNYが新鮮に見え音楽に感動するジェシー、これは恋です。
ジェシーはジビーが読んでいる吸血鬼の小説(どうやらトワイライトらしいのですが)を「英語で書かれた最低の本」と評し彼女を不愉快にさせますが、文学への思いと素直な人柄からかジビーは彼を認めます。同年代の学生とは違う大人と彼女には映っているのかもしれません。大人への入り口を彼女は望んでいるのです。

憧れていたロマン派文学の女性教授や頭が良過ぎて心とのバランスを崩している青年との出会いなど、ジェシーは母校のキャンパスで自分と向き合うキーワードを与えてくれる人達と出会います。なかでも興味深かったのが、ニット帽をかぶった青年ナットとの出会い。彼はジェシーをジビーのいるパーティーにつれていったり、キャンパスをさまようジェシーと向き合い水を飲ませて浄化します。これは正にスピリチュアルなシーンでナットはジェシーに「愛になれ」と言うのです。何かを誰かを愛するのではなく愛そのものになるのです。
ジビーの言葉にも感動します。彼女は現在の自分をより良い作品のための「下書き」の時代だと理解します。大学生の頃、勉強にしてもアルバイトにしても、友達づきあいや先生との関係のとり方にしても誰もが経験だと思っています。でも自分の未来がはっきりしていませんから経験だとしてもそれがどうゆう位置づけを持つのか分からずにいます。大抵の学生がそうでしょう。「下書き」と言えるということは自分の人生を描いてゆくのだという確りした自覚が在る証拠で、それは19歳としては素晴らしいことだと言えます。

大学生の時に許された時間はかけがえのないもので、様々な勉強を通じて興味を広げ世界を知ります。でもその素晴らしい勉強に没頭しすぎると現実の世界が少しつまらなく思うときもあります。学問の世界というのはそうゆう魔法の粉の部分もあるのです。
それでも学ぶ事は楽しいことです。19歳のビジーが音楽の素晴らしさを知り世界が一変して見え、その感動をジェシーに伝えたように、学ぶことは世界を変えます。世界の見え方が変わるのではなく本当に世界が変わるのです。なぜなら私たち自身が変わるからです。
本を読み、映画を見、音楽を聞きましょう。その瞬間に変わる自分を楽しみましょう。

『恋するふたりの文学講座』、邦題はいまひとつの感じですが、かといって「教養講座」でもいけませんね。でも映画は良い映画です。是非ご覧ください。





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『マダム・イン・ニューヨーク』

お元気ですか?

父の退院の日が近づいていて、母はその準備に忙しいようです。パートナーさんも通販でオムツなどを手配できるようネットで調べ母と電話で受け取るのにいつなら都合がいいのか聞いています。二人して取り組むのが楽しそう。そんなパートナーさんが「お母さん、お父さんのために一万円のパジャマを買ったんですって。二枚買ったから二万円ですって。」と。
二日前に私が電話したときにはそんな話無かったのに・・・。一万円のパジャマってどんなのでしょう。父のために一生懸命になる母とそれを喜ぶ父。私たちには人生を生きた大人がままごとをして楽しんでいるように見えて此方まで嬉しくなるのです。


WOWOWで『マダム・イン・ニューヨーク』という映画を見ました。原題は ENGLISH VINGLISH という2012年のインド映画です。
こんなお話です。インド人のシャシは二人の子供を育てるお料理上手の主婦。でも英語が話せず娘にはからかわれるし夫にはお料理上手のほかはあまり誉めてもらえずちょっと寂しい。そんなシャシが姪の結婚式に出るためにニューヨークに一人で行くことになる。言葉が通じなくて泣いてしまうシャシだったが、四週間で英語が話せるようになるという語学学校に行き仲間と勉強するうちに明るさを取り戻してゆくが・・・。

最初、インド映画ということで音楽と踊りが満載なのかなと思っていましたが、新しい流れなのでしょうか、歌と踊りは適度な具合で私としてはホットしました。主演の女優さんシュリデビはインドでは有名な方なのだそうで、結婚を期に休業していたのがこの映画で復帰したのだそうです。
インド人というと数学と一緒に語学が得意というイメージが私にはあって、裕福そうな家庭の主婦が英語が話せないという設定がちょっとひっかかったのですが、お話は無駄なところがなくてとても分かりやすいものです。語学学校に通いながら次第に本来主人公が持っていた明るさや好奇心が動き出すのがよく表現されています。周りには秘密にしていた学校通いですが、姪に知られると良き協力者として理解を示してくれるのも心地よいものです。
ラストのシーンで主人公シャシの英語でのスピーチは心を打ちます。

海外を旅行するとその国の言葉をもっと自由に使えたらといつも思います。五月の連休のときに英和辞典を買ったのも言葉への好奇心を満たすためでした。テレビを見ながら気になった単語を引いて楽しんでいます。
今回見た『マダム・イン・ニューヨーク』では主人公のシャシが姪のラーダにjudgementalという単語の意味を訊くシーンがあります。ラーダは「決めてかかる」という意味だと教えます。そこで私もすぐ辞書を引きます。ところが先日買った旺文社の辞書にjudgementalが出てないのです。研究社の辞書にも出てません。ちょっと悔しくなります。‐al は形容詞語尾「・・・の性質の」「・・・のような」の意とありますから、judgementalそのものが出ていなくても分かるのですが、でも私の頼みの綱はオックスフォード現代英英辞典。これにはちゃんと出ていました。内心“よかったね”と一人喜びます。ちなみにiPhoneのアプリ「じしょ君」で引くと「断定的な」と出てきます。
judgementalという単語はこの映画の中で大事な意味を持ちます。監督さん上手ですね。

『マダム・イン・ニューヨーク』のお話の中、語学学校のクラスメイトたちが映画を見に行くシーンがあります。映画を見て語学に親しんだ私にはこうゆうシーンは嬉しいものです。日本で映画を見ると字幕がついていますのでどうしても字幕に目がいきます。テレビの場合字幕のところを隠して見るという話を聞いたこともありますが私はしたことはありません。海外でふっと時間が空いたときに映画館に入るのも私のお気に入りです。字幕はありませんから台詞に集中できますし、周りのお客さんの反応も刺激を誘います。美術館やお芝居を見るのも良いのですが、映画館もその町の雰囲気が生き生きと伝わってきて面白いものだと思います。

さて、原題のENGLISH VINGLISH。VINGLISHってなんでしょう。インド人の話す英語のことでしょうか?そんな疑問をもって辞書を引きましたが出ていません。どうやら意味不明の造語のようです。インド映画に詳しい方、これが正解だよとご存知の方、よろしければそっとお教え願います。

 

CT体験記

お元気ですか?

三月の半ば、右腹に違和感を覚え軽い痛みを感じた。しばらくすると痛みは体の中心近くになりひりひりする痛みに変わり体を動かすのも億劫なほどになった。右腹の痛みとは異質のものだった。胃腸を専門とする個人病院に行き内視鏡検査を受けると胃潰瘍と大腸ポリープが見つかった。ひりひりする痛みは胃潰瘍だっだ。小さなポリープは検査をしながら取ったが、小指大のふくらみが虫垂の入り口近くにあり、生検をするとともにCT検査をすることとなった。ピロリ菌も見つかったのでこれも薬を飲み除去することにした。
これが北海道に行くまでの出来事。

北海道から帰ってきて二日目、紹介されていた病院に行きCT検査を受けた。朝、食事をとってはいけないというのでパートナーさんの朝食を眺めながら過ごし、9時半の予約だが少しはやめに家を出た。車で10分のところにある病院なので急ぐことはないと思ってはいるが初めての事なので気がせいている。だが病院に着くと案の定駐車場は満杯でかろうじてスペースを見つけ停める。総合病院は何処も高齢者で朝から満員だ。
総合受付に紹介状を見せ保険証を出すと診察券を作り放射線課に案内してくれた。廊下には赤、黄色、青、と線が引かれそれぞれの科への道案内がされているが、下を見ながら歩くのは不便だし何本も線があるから不安になる人もいるだろうと思いながらついてゆくと壁を廻ったすぐのところに放射線課はあった。
看護婦さんが出てきて血圧を測るように言い、自分で腕をさして測る。病院ではどうしても高めになるが何故だろう。
次に着替えをする小部屋に案内されシャツとズボンを脱ぐが下着は着たままで良いとの事、その上から膝丈まで在る病院の服を着る。着替えて待っていると処置室に呼ばれ点滴を注され、そのまま廊下で待っているとまた看護婦さんが来てCT検査室に入れられた。

テレビドラマで見たことしかないCT検査装置はベッドと円筒のエックス線放射装置が組み合わさった機械だ。マークを見るとゼネラル・エレクトリック社製であるのが分かる。看護婦さんは造影剤をセットしている。円筒形の部分には放射装置のところは見ないようにと書かれている。私のような好奇心旺盛な患者があれこれ覗くのだろう。
撮影技師さんが「息をとめて、はいてと言うから」と指示しガラス越しの操作室に入っていった。しばらくすると円筒の機械の中エックス線放射装置がシューンと音を出しながらくるくる回転しているのが分かる。私の体を輪切りにして覗いているのだろう。ベッドも動いている。検査が始まってすぐ「これから造影剤が入ります。体が熱くなりますけど大丈夫ですから」と声がして首の辺りが少し熱く感じたかと思うとそれが次第に下にさがり、お尻のあたりまで熱くなってきた。後で聞いたら95cc注入されたそうだ。多いのか少ないのか分からないが、どうやって検査部位に届くのか不思議だ。

CT検査はそれ自体は10分ぐらいで終わった。先ほど点滴を注した部屋の隣でベッドに腰掛休んでいると看護婦さんが点滴の針を抜いてくれてそれで終わり。結果はN医院に一週間ほどでお知らせしますからと、会計に行くよう言われた。会計では既に計算が出来ていて9180円。造影剤を使わなければ3000円ほど安くなるそうだ。
初めてのCT検査。なんだか遊園地のアトラクションで遊んだ気にも似ていた。


一週間後、N医院に検査結果を訊きに行った。医者の前に置かれたモニターを見ながら、これが心臓、これが肝臓で、ここに血腫が見られるね、なんて説明を聞く。天気予報で雲が動いてゆくのを見るのと同じように、私の体の中が輪切りの状態で次々に見られるのは面白い。しかし問題の箇所は小さすぎて良く分からない。検査所見は問題は見当たらないとのことで一安心なのだが、これは生検でも異常が無かったので予想通りではあった。虫垂のあたりの問題の箇所だけをクローズアップにして見ることは出来なかったのだろうか。きっと出来るのだろうが問題も無かったので良しとしたのかも知れない。
とにかく異常が無かったということでN医師も一年後にまた検査をと言い終わった。私は三月からの検査、胃潰瘍の薬、ピロリ菌の除去、と一連のことを楽しんだ事をお礼を言い診察室を出た。

人は時に体に不具合を生じる。生きている以上仕方のないことだからいつもと違うと感じたらすぐ検査することが大事だ。私の知人友人で検査を遅らせたばかりに文字どうり命取りになった人もいる。自分の体の変化を知り新しい経験が出来ることを喜んで受け入れよう。そのためには正しい情報が必要、検査はその基となる作業だ。

『杉の柩』

お元気ですか?

アガサ・クリスティの『杉の柩』を読了。『アガサ・クリスティ完全攻略』霜月蒼著に押されての初クリスティだったが、意外にすんなり読み始めることが出来た。

物語はいきなり裁判の場面から始まり読者を緊張に引き込むように見えるが、一転主人公エリノアの回想で動き出す。差出人不明の手紙をもらったエリノアは幼馴染で婚約者でもあるロディーとともに叔母を訪ねる。屋敷には病に臥せっている未亡人ローラを中心に看護婦や召使がいるが、とりわけ門番の娘メアリイ・ゲラードをローラは可愛がり、メアリイも恩義を感じながらローラの世話をしていた。そしてローラが亡くなる。遺産を相続したエリノアは関係者にお礼をしながら屋敷を処分することにするが、そのさなかメアリイがモルヒネで毒殺され、エリノアが殺人犯として逮捕されてしまう。
若い医師ロードの依頼で事件を調べだすポアロであったが、状況はエリノアを殺人犯と示しているように見える・・・。

派手な殺人シーンもアクションもなく、病死した未亡人と殺されたメアリイの二人がまるで物語の道具立てとして用意されている。そして殺人犯として囚われたエリノアですら主人公とは言えない。
霜月氏は心理描写を欠き客観描写に徹し視点人物であるエリノアの内心が書かれていないためすべてが多義的だと分析する。これによって読者は登場人物たちを通して語られる均一にならべられた事実を前に謎解きに参加するが登場人物たちと同列な感覚を得る。ポアロの登場によってもこの形は変わらない。

私は読み進むうちにこれは詰め将棋のようだと思った。動機、実行の可能性、利益の重なったところが犯人につながる王手だ。語られる状況の中にはヒントもあればブラフもある。それらを整理しながら読んでゆけば犯人は分かる。実際私は消去法的に推理し犯人にたどり着いた。これまでテレビでみてきたクリスティのドラマを参考にしクリスティの傾向を考慮した点はあったにしても物語に書かれているものだけで推理は可能だ。その点でクリスティは読者に対して真面目で正直な作家だと思う。

これまで私は推理小説を読むとき、犯人探しやトリックの謎解きというものに積極的に取り組んではきていない。物語の流れを楽しみ、登場人物の性格や活躍を楽しんできた。今回霜月蒼氏の『アガサ・クリスティ完全攻略』を読んだおかげで、最初から物語を楽しむというより『杉の柩』にクリスティが用意したミステリーの仕掛けを意識して読むことが出来た。そしてそれは詰め将棋に似た楽しみだと理解した。これは新しい発見だ。これから読むミステリー全てをこのように読むとは限らない。今回クリスティが読者に対して謎解きの部分で非常に正直、フェアーな作家だったから出来た読み方でもあるからだ。

今は『アガサ・クリスティ完全攻略』を著した霜月蒼氏とこの本を紹介してくださった「探偵小説三昧」のsugata氏に感謝します。新しい楽しみを教えてくださって有難うございました。





『アガサ・クリスティ完全攻略』

お元気ですか?

いつもお世話になっているブログ「探偵小説三昧」のsugataさんが霜月蒼氏の『アガサ・クリスティ完全攻略』を紹介しているのを拝見して、これは読まなくてはと思った。
霜月氏はミステリー評論家なのだがクリスティは七冊しか読んだことがなく、世間で取り上げられるクリスティ作品も極端に偏っていることから、クリスティ攻略に乗り出したのだという。しかもインターネットに連載した順番のままに本書も編まれていて霜月氏がクリスティを読み進み理解を深めてゆく様が分かるという。ミステリー評論家の分析の深まりを知れるというのは興味のあるところ。これは私には格好のガイドブックではないか。ただ問題がある。私はアガサ・クリスティを全く読んでいないのだ。これまでクリスティに接したのは全て映画やテレビドラマであり一冊も本を読んでいない。ネタばれどころの話ではないのである。
まぁそうは言ってもアガサ・クリスティを読んでから本書を読もうとしてもそれは無理な話だ。読んでみよう。

本書は「エルキュール・ポアロ長編作品」「ミス・マープル長編作品」「トミー&タペンス長編作品」「短編集」「戯曲」「ノンシリーズ長編作品」と並べられ、早川書房のクリスティー文庫の順番に即しているそうだ。これが全体像を見渡すには分かりやすい。基本的には作品発表順に読むほうが作家を理解するのに分かりやすいかと思うが、多作な作家でしかもポアロやマープルのような主人公がいる場合主人公別になっているほうが混乱しないですむ。
ちなみにポアロが最初に登場した『スタイルズ荘の怪事件』は1920年でミス・マープルの『牧師館の殺人』は1930年、その間にポアロは4冊出ている。そして次にマープルが登場するのが『書斎の死体』1942年でこの間にポアロとノンシリーズなどで20冊が出ている。興味深いのはポアロの最終作『カーテン』は1975年にミス・マープルの最終作『スリーピング・マーダー』は1976年に発表されているが、どちらも執筆は1943年に行われている点だ。何故クリスティは二人の探偵最後の作品を作家として筆ののった時期に書いたのか。そして自分の死後発表するように指示したのか。霜月氏はこの二作品に高い評価を与えながらこの問いには触れていない。

霜月氏はクリスティを読み進みながら所々にキーワードを置いている。トリックに重きを置いていない事やミステリ仕掛けを織り上げていく作風などを作品から導き出している。その中には時代を写した女性の活躍なども特筆してよいだろう。ポアロやマープルは戦争を背景とした主人公であるがいつまでもそこに縛られていない。そして霜月氏は「クリスティは芝居である」と言い切る。作品の舞台に登場した人物はそれぞれの視点で事件を見る。謎は人物によって絡められ読者を惑わすが、最後には探偵によって解かれそれぞれの登場人物が事件ともども在るべき所に置き直されて幕となる。「クリスティは芝居である」というのは私には納得できる言葉だ。

本書の中で霜月氏はアガサ・クリスティが短編作品を得てとしていない印象を何箇所かで書いている。確かに登場人物が織り成す糸が絡まり深みが出てくるのなら短編ではエンジンがかかり難いかもしれない。しかし霜月氏の評価をみると星四つ以上が多くあり決して言葉ほど評価が低いわけではないようだ。

おまけ)

『マギンティ夫人は死んだ』の書評で霜月氏は星四つの評価を与え「ハードボイルドだど」と言う。ご存知内藤陳の名台詞だ。そこで内藤陳氏の『読まずに死ねるか!』と『読まずば二度死ね!』を開いてみた。アガサ・クリスティが取り上げられているかどうかが知りたかったのだが、目次や索引を見た限りではアガサ・クリスティを見つけることは出来なかった。

さて、アガサ・クリスティを読んだことの無い私が『アガサ・クリスティ完全攻略』を読んだ。まずはパートナーさんの本棚に見つけた『杉の柩』から読み始めよう。クリスティだって読まずに死ねるか!だ。


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父の退院

お元気ですか?

北陸新幹線が開通して昨日で二ヶ月になった。お祭り騒ぎのような報道にテレビというのはどうしてこう横並びの番組を作るのだろうとすこし引いてしまう。GWも近づいたある日の報道では金沢駅の問題点として駅にコインロッカーが少ないこと、ゴミ箱が無いことを紹介していた。駅のイメージ、デザイン性を優先してのことだという。待望の新幹線開通であるしPR活動も行ってきたのだから準備もしただろうに来客数の予測をはるかに上回ったということなのだろうか。それとも一時の人気と考え設備を抑えたということなのだろうか。私も大好きな金沢である。落ち着いた頃に行って地元の人から話を聞いてみたいと思う。


この二ヶ月間、私たちは父の退院にむけて準備をしてきた。六年ほど前から短い入退院をするようになり、三年前に現在入院中の病院に移った。肺や心臓も弱まり一時は生命力20%と医者から言われ、私たちが駆けつけた時には朦朧とし新潟の実家の事ばかりを話す父は明らかに川を渡っていた。その父が少しづづ回復し去年私が帰省したときには車椅子で移動しリハビリ室に行き、バーにつかまって往復の歩行をしたり言語療法士の方に付き添われて童謡を歌ったり出来るまでになっていた。しかしその後の一年、病状は安定したものの体力の回復は望めず寝たきりの状態が続くようになった。老衰である。病院としてこれ以上は入院を続けることは意味が薄いと考え退院を提案してきた。その期限が五月末だった。

父は家に帰られると喜び、母も父が喜ぶならと覚悟を決めた。以前からお世話になり家の事情も理解しているケアマネージャーさんに連絡し、在宅ケアのプランを作ってもらうことにする。母はすでに父が入退院をするようになった歳になっていて父のオムツ換えなど力仕事は出来ない。ケアマネージャーさんが作ってくれたプランは三泊四日のショートステイを入れた在宅介護で、自宅にも毎日、日に三回着替えやオムツ換えのためにヘルパーさんが来てくれるというものだった。母の負担を考えると良いプランに思えるが、父が納得してくれるかが気がかりだった。

五月八日、病院に行き医者、看護士、療法士、病院と相談してるケアマネージャー、父も含めた私たち家族でカンファレンスが行われた。それぞれの立場から父の状態についての説明があり、私から病状が悪化した場合の対応、栄養面での注意など今後の事についての質問をいくつかする。家の近くの国立病院への紹介状(この病院は以前から父も通っていたので安心)、口腔ケアや食事指導など。そして父の精神面の確認。

翌日、父は自宅に一時帰宅した。カンファレンスの前に病室に行ったとき、「明日家に帰るの止めようか」と突然言い出したのに驚いたが、これは父が私に遠慮しての事だった。最初に一時帰宅を実施したときレンタカーを借り私が乗り降りをおぶって手伝った。それを思い出したようだ。これに限らず今回父は私にとても気を使う。帰宅のため背広を持っていくと私のベルトと交換しようと言う。故郷で作ったヒスイのバックルのベルトを私にくれようというのだ。一時帰宅は介護タクシーが来てくれるから車椅子に乗って家にいけると安心させた。
自宅に帰った父は車椅子のまま自分の書斎を見たり、居間から庭を眺めたりした。昼食はお刺身が食べたいと言っていたので、パートナーさんとスーパーに走りお刺身と海苔巻きを買ってきた。母と二人分と思って皿に盛り付けたお刺身はほとんど一人で食べた。汁物と思って麺類の好きな父のためうどんを茹でたらそれも食べる。病院とは全く違う食欲だ。

食事も済んで休んでいるところにケアマネージャーさんがリース業社さんと来た。これから使うベッドや車椅子、玄関に使うスロープなど決めなければならない。特にベッドは何処に置くのか父の意向を訊きながら決める。リース業社さんは昨日ケアマネージャーさんが一緒に来てもらって家を見てもらいましょうと提案してくれた。パートナーさんはお茶を換えたりしながら話を聞いていて、スロープが必要な事を指摘してくれた。何人もの目で見、意見を交換することの大事を改めて感じる。
リース業社さんが帰ったあと、話は訪問介護とショートステイの話になった。当初訪問介護に訪問リハビリを加える計画だったが、リハビリというのは目標設定が必要なのだそうで、父の場合それは困難だということで、リハビリを訪問看護に変更した。介護の方が家に来る時間も決める。ショートステイは私が父に話したらあっさりと「いいよ」と言われた。あまりに簡単にOKされたので理解しているのかどうか心配になるくらいだ。しかし、送迎の車に乗って施設に行くこと、三泊しお風呂や食事の世話が受けられることなど話は通じている。事前に父には母が父の世話で倒れたりしないようにケアマネージャーさんに案を作ってもらっているからと伝えていた。父もしっかり考えてくれていたのだろう。

ケアマネージャーさんが帰り、父にお礼を言っていると介護タクシーが迎えにきた。父は病院に戻る車中何を考えていたのだろう。以前に比して無口なように感じた。

今回の函館への帰省はこの父の退院をめぐる一連の調整が用事だった。ケアマネージャーさんとの打ち合わせはメールと電話で行い、それぞれが母とも連絡をとり共通の理解を確認する。
家の片付けも大事な用件で、母はピアノや大型のソファーを処分することを決め私が業社に連絡をとった。幸い父が一時帰宅する前に必要な処分が出来た。インターネットと電話があれば離れていても段取りは組める。短い時間で必要な事はおおむね出来た。まずは及第点であろう。

パートナーさんは母にオムツなど通販の利用を紹介している。かさばるオムツを母がスーパーで買ってくるのは大変だからだ。そのオムツは医療費控除を受けることが出来る。パートナーさんが思いついて私に言ってくれたので私はネットで確認し母に連絡した。医療費控除を受けるには医者の書く「おむつ使用証明書」と利用者本人(父の名前)の領収書が必要になる。そうゆう細々した事にこれからどれだけ気づいていくのだろう。

どんなにインターネットや通販で出来ることが多くなったにしても親の顔を見、話をし、お互いの気遣いを感じながら過ごすことがなければ心は埋まらない。
だからこのブログに「父母のこと」という項目をたて、かなりプライベートなことを書いているのは私自身の慙愧だ。悔しさであり業であり闘いだ。親が身をもって私に鞭打っているのだろう。親の愛を知るというような綺麗なものではない。親が私の顔を見てくれるよう、その時が来るまで闘わなければならない。


今回函館に帰省する前には退院にあわせて私だけでももう一度帰ろうと思っていた。数日は家で一緒に過ごしショートステイの様子も見に行きたいと思っていた。しかし父は来なくていいと言う。これも父の遠慮なのだろうか。パートナーさんとも話し少し時間をおいてから帰ることにする。新しい生活が始まって問題点が見つかり意見が出てから行った方が役に立つことが出来るだろうという判断だ。そのときに向けて準備をするのも私たちの闘いだと思う。


函館のフレンチ 唐草館

お元気ですか?

函館には沢山の洋食屋さんがあって、それはやはり古くから外国に向けて開かれた港の町だったのだなと思わせます。小さな町ですから観光をしながら洋食屋さんを食べ比べしてみるというのもいいでしょう。他の町とは違った函館ならではのスタイルが見えて来るかも知れません。

私たちも以前は帰省するたびに違う店を試していました。開拓する気持ち再訪する気持ちはあるのですが、今回も行ったのはお馴染みの唐草館でした。このブログでは何回も登場している唐草館は奇遇な縁で私たちの前に現れました。でも、こうして帰省するたびに毎回うかがうのはシェフのお料理が素敵でパティシエでソムリエである奥様が自然体の頑張り屋さんでスタッフの方も夢を持っているからです。
今回、一週間前に電話で予約したのはシェフが私たちのためにどうゆう料理を用意してくれるのか、それを考える時間を思ってのこと。連休もありましたから仕入れも気になります。

この日、夕暮れの函館公園をお散歩して唐草館に向かいます。既に一組のカップルが席についていて、他の席にも用意が整っています。どうやら満席のようです。私たちも出迎えてくださったシェフと奥様に挨拶をして席につきます。
ワインリストをいただき、あれやこれや考えた末に白ワインはグラスで頼むことにします。

さぁ、今夜のディナーのスタートです。

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前菜は「ボタンエビをファルスした桜マス 胡瓜のソース」 たっぷりと盛ったボタンエビを桜マスで包んでいます。ちょうど市場で立派なマスを見てきたので嬉しくなります。胡瓜のソースは酸味や青さが優しく抑えられていてバランスが絶妙です。
グラスで頼んだ白ワインはパートナーさんと違えて少しづつ味比べをします。

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次は「ホタテのポアレと四稜郭ファームのアスパラ オレンジ風味のシャンパンソース」 ちょうど良い大きさのホタテにちょうど良い加減に火がはいり、シャンパンソースでいただくと、北海道の料理だなって思えます。もちろんアスパラも柔らかく筋張ったところは全くありません。子供のころから食べ慣れたホタテとアスパラですが、調理された一皿という感じですね。
「函館産ウニを浮かべた新玉ねぎの冷たいスープ」 白い静かなスープの中にコンソメのジュレが浮かびその下のウニをスプーンですくい一緒に口に運びます。

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白い蓋をした器で出てきたのは「近海ソイとオマールエビのヴァプール 桜仕立て」 蓋を開けると薄い桜色のスープにオマールエビとソイが入っています。オマールエビはフランス料理では良く使われますが、ソイは白身でぷっくらした淡白なお魚です。この二つのおとなしい素材を支えているのが蕪です。こうした北海道の食材を大切にしてくれるのも嬉しいですね。ワインも進み既に赤ワインになっていますので、温かいスープ仕立ての魚料理で一息ついた感じです。

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そして「青森産鴨のロースト フォアグラのポアレと王様シイタケを添えて」 私たちが鴨料理が好きなので用意してくださったお料理です。フォアグラの下には大きな王様シイタケが。

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この日、私たちは白ワインをグラスで二杯づつ、赤ワインをボトルでいただきました。いつもならこのぐらいの量は何も問題が無いのですが、ゆっくり頂いているので赤ワインがまだ少しあります。そこでチーズを頼みます。

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そして、最後は奥様が作るケーキをたっぷりいただきます。

私たちが食事をしている間に、ホールスタッフがテーブルと厨房を行き来しています。カップルのお客様やグループのお客様で店内は満席ですが動きに無駄がありません。テーブルの周りは和やかですが心地よい緊張が店にはあります。私はこうゆう空気が好きです。

コースによって選べるメニューもあるので、他のテーブルではそうゆう注文をされてる方もいらっしゃるようでした。私たちの場合は全てお任せです。シェフ、どうぞご自由にお作りください。私たちそれを楽しませていただきます。といった気持ちです。

今回の料理は最初からシェフの優しさが一皿ごとに伝わってくるものでした。もちろん研鑽やチャレンジがそこにはあるのですが、それを見せないところが素敵です。これどうです?というシェフの言葉もしっかり伝わってきますから、お料理を頂いた後には、私たちもきちんと感想を伝えます。今回は他のお客様も多くいらっしゃったのであまりゆっくりお話は出来ませんでしたが。
美味しい料理はどこにでもあります。私たちはシェフの気持ち、お店のスタッフの気持ちが伝わってくる料理が食べたいと思っています。そうゆう意味で、唐草館は毎回行くごとに期待と喜びを感じられる素敵なお店なのです。

ごちそうさまでした。

函館のお鮨 大門福寿し

お元気ですか?

今回の函館ではあまり外食に時間をかける事が出来ません。それでもせっかくですからお寿司屋さんにと、ホテルにも近い大門福寿しさんに行くことにしました。ネットでみると1968年に開店したとありますから四十八年目のお店、界隈の古い話もご存知でしょう。

予約の電話をいれ、時間少しまえにお店に入ります。

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十人ぐらいはゆったりと座れるカウンターの中に二人の板さん。女性二人の先客が楽しそうに食事を進めています。
カウンターに席をとり、ビールを注文しメニューを見せてもらいコース料理を頼みました。

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簡単なおつまみでビールをはじめ、「GWは観光客も多いのですか」と訊くと、地元のお客さんや会社利用が多いので観光客の方はあまり来られないとのこと。今の函館で会社利用に強みをもっているのは良いことでしょう。カウンターから見えない処や二階に個室や宴会の出来る大部屋があるそうです。そんな話を始めているうちに、背広姿のグループが何組か入ってきます。

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近海で獲れたマグロに鰆、つぶ貝などのお刺身を頂いているうちに、お鮨も出てきました。

お店が始まった昭和四十年代は北洋漁業も盛んで十字街から函館駅前、松風町、大門といった繁華街は物凄い賑わいでした。お鮨やさんも目にあふれるぐらいあったものですが、今は面影もありません。
「この辺は映画館がいっぱいあってね。僕はお小遣いが無いからこなかったけれど、従兄弟なんか良く来てたよ。」と私が言うと、板さんが「函館の映画館は当時劇場もかねていて、お芝居や歌謡ショーもやっていたんですよ。長谷川一夫がうちにも来てくれましたよ。」と。

先客の女性二人、どうやらお一人はアメリカから帰って来たようで板さんとアメリカでのお寿し屋さん事情で盛り上がっています。
カウンターにも一人客が新しく加わり、お刺身の盛り合わせと握りを頼んで、鞄から取り出したチラシに載っているクーポンを見せて使えるかどうか訊いています。
私たちもネットでクーポンを仕入れていました。何時もは馴染みのお店に行くのでクーポンを使ったことのない私たちです。お店の人に話すタイミングやクーポンをどう使うのか良く分からないのです。それでもホールの女性にiPhoneを見せるとカウンターに注文を通してくれています。クーポンには選択肢もあるようですが、結局はお店にお任せですね。

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そのクーポンで頂いたのがこちらです。一人客の方も同じようでした。

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ウニの柳川鍋でお仕舞い。ほっとする美味しさでした。

お墓にお参りすると・・・

お元気ですか?

函館に帰省すると私は祖父母の墓にお参りに行きます。母たち兄妹は高齢でお墓にお参りするには坂を登らなければならず足元が危ないのであまり行くことが出来ないのです。
子どもの頃、連休や夏休みになると母の実家に親戚が集まります。私たち子どもは山を駆け回ったり双眼鏡で函館湾の船を眺めたりして遊びます。祖母が亡くなり、祖父も亡くなるとそれは法事の集まりへと姿を変えました。私にとってお墓参りは皆が集まる楽しいイベントになりました。今の私にとってお墓参りは子孫としての務めとともに楽しい記憶を思い起こすものです。実際お墓から見える渡島連山や大沼の駒ケ岳、函館湾の様子は綺麗で清清しいものです。

高校生の頃、夏目漱石の作品に感動した私は東京に出たら雑司が谷のお墓に行こうと思いました。お墓を見たからといって何があるものでもありませんがそう思ったのです。慣れない池袋で降り、霊園の中を歩いて廻りお墓を見つけましたが残念なことに何も感じません。霊園に建つお墓は夏目漱石の残した作品とは全く関係の無いもののように感じます。私はそれを予感していました。

以前、フランスに行ったときパリの東部20区にあるペール・ラシェーズ墓地を訪ねた事があります。此処は本当に多くの芸術家のお墓があるところです。私がパンフレットを手に歩いているとお墓の専属ガイドさんが声をかけてきてこっちに誰々のお墓があるよと説明をしてくれます。私は自分の興味のある作家や詩人のお墓を見られれば良かったのですが、次から次と紹介してくれますので少し重荷にも感じます。とうとう40分ほど二人でお墓めぐりをする羽目になってしまいました。観光客も訪れる墓地ですからきっと日本人の方で同じようにガイドさんの説明を聞かれた方もいらっしゃるでしょうね。
でもこのときも、私にとってお墓はお墓でした。どんなに好きな作家や女優や歌手のお墓であってもこうゆうお墓なんだねって思うだけです。感慨深いという気持ちにはなれませんでした。

函館で祖父母のお墓参りをし坂を下りてくりと、お墓の横に白い木が建っているのが目に留まりました。
「日本最初に種痘を行った 中川五郎治の墓」とあります。

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おやこんな処にお墓があるんだとちょっとびっくりし、失礼ながら写真を撮らせていただきました。お墓にはお花も供えられていますから子孫の方がいらっしゃるのでしょう。お墓の脇には石版も建てられ名前が彫られています。

中川五郎治の名前を知ったのは高城高さんの『函館水上警察』がきっかけで、その中に若き日の軍医森鴎外が登場する作品があります。興味に引かれるまま周辺のことを知るうちに択捉島で魚場の番人を勤める中川五郎治がロシアの捕虜となり、医師の助手となって天然痘の知識を得、日本に帰国し函館で種痘の施術をしたことを知ります。
中川五郎治を主人公にした小説は吉村昭『北天の星』ですが『花渡る海』『雪の花』そして『漂流』もあわせて読むと良いでしょう。
池袋やパリでお墓参りをした私が、地元の函館で読書で知った中川五郎治のお墓に出会いました。俺ここにいるよと教えてもらったようでちょっと嬉しくなります。


お墓にお参りするお話でしたが、神社のお話も。

函館の観光客がまず皆さん行くであろう、元町の公会堂とハリストス正教会の間函館西高校の横に細い坂があります。この坂の上にある小さな神社が船魂神社といい、保延元年(西暦1135年)に良忍上人が建てたといわれる北海道最古の神社です。港町函館にある神社が船魂神社というのはとても分かりやすく自然です。
そしてそのお社のすぐ傍に、文治の末(1190年)義経一行が津軽の海を渡るのを助け、喉が渇いた義経に水を与えたという童子岩があります。義経伝説って何処にでもあるんですね。

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一緒

お元気ですか?

連休も終わりの六日から函館に帰省していました。入院していた父がいよいよ退院することになり、部屋の片付けをしに行ったのですが、そのお話はまたの機会に。今日はラーメンです。

函館に帰る時、いつも数日前からパートナーさんに何を食べたいかを訊いておきます。お鮨を食べる、洋食屋さんに行くなど予約が必要なところはスケジュールを考えて先に決めなければなりません。朝食は大抵ホテルの部屋で珈琲をいれ、スーパーで買ってきたパンを食べています。お昼はどうしましょう。

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函館に着いたのはお昼過ぎ、ホテルに荷物を預けさっそく十字街に向います。パートナーさんのリクエストは豆さんのラーメンか、ラッキーピエロのハンバーガー、もしくは小池のカレーというものでしたが豆さんが開いていたのでラーメンとなりました。豆さんというのは大正時代に茹うどんそばの販売を行い、昭和29年丸豆岡田製麺所として麺類の製造販売を始めた老舗の製麺会社が経営するラーメン屋さんです。一時途絶えていたのですが、平成12年新函館ラーメン豆さんとして復活しました。新横浜のラーメン博物館にも期間限定で出店し当時函館出身者の間では話題になったものです。そのころおみやげ物で賑わう金森レンガ倉庫が整備されその近くに大きなラーメン店をオープンしていました。今は十字街から歩いてすぐのところに小さなお店で営業しています。
写真は左が私が頼んだ昔風の函館ラーメン塩味、右が元祖マメさんラーメン塩味。どちらも函館の塩ラーメンですが元祖マメさんの方は麺に布海苔が練り込んであり豚背脂の入ったスープです。昔風は魚介の出汁が効いて比べてみると違いがはっきり分かって面白いものでした。

お昼を頂いた後は護国神社坂に向います。高田屋嘉兵衛の像が建つすぐ傍に函館千秋庵総本家があります。山親爺というバターと牛乳を練り込んだおせんべいが有名な江戸時代から続く老舗和菓子店です。パートナーさんはここで五月ですから柏餅はないかと見ますが、前の日の五日で終わったということで代わりに上生菓子と地域の名物べこ餅を買っています。べこ餅というのは道南では一般的なお菓子で、米粉と黒糖でつくられ多くは葉っぱの形に形成されます。黒糖の焦げ茶色と米粉の白い部分のまだら模様が牛の模様に似ているからべこと名付けられたのでしょうか。黒糖の単色のものもあります。乾いたべこ餅はふかし直したりストーブの上であぶったりして食べますが、このとき甘さがより強くなります。家庭でも作れますのでスーパーにはべこ餅の粉というのも売っています。この時季の庶民的お菓子の代表ですので、観光で函館に行かれた際はぜひお求めいただき、ホテルでのお茶菓子にご賞味ください。

一日おいて八日。御墓参りをしたあと五稜郭に出てお昼になりました。この日は中華屋さん東春さんに入ります。

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こちらのお店は昨年私が一人で暮していたときに見つけたお店。そのときに食べた五目焼きそばをパートナーさんに奨めました。私は海老ラーメン。中華屋さんですから定食や小さなセットメニューもあるのですが、私たちはそれほど沢山食べたいわけではないのでこの程度がちょうど良いのです。優しい味で美味しい中華屋さんです。注文したあともメニューを眺めて中華のコース料理などを想像しますが、家族か仲間で来てみんなで分け合えば中華料理も楽しいのでしょうが、私たちにはちょっと出来ません。残念ですね。
どうぞ、ご家族やグループ旅行で函館に行かれる方は五稜郭の東春さんで中華料理もお試しください。

今回ご紹介した豆さん、千秋庵総本店さん、東春さん、三軒とも昨年私が一人で函館に居たときに入ったお店。パートナーさんはそれを覚えていて自分も行って食べたいと思っていたようです。決して「私食べてないよ!」と不満を言っていた訳ではないのですが、私だけが食べているというのはどうもいけないのです。

美味しいものは一緒に食べて仲良くしましょうね。

休みの日には・・・

お元気ですか?

当地の連休はお祭り一色。砂丘での凧揚げや山車を引いてのねり歩きと賑やかなこと。子どもから大人男も女も半被に地下足袋姿で町を闊歩している。祭り好きには待ってましたの風景なのだろう。
ところが昨日は朝からこぬか雨で凧揚げには支障がないものの、上気した人たちはいつまでも外にいるわけにもいかず行き場を求めやってくるのはショッピングモールだ。買うでも見るでもなくぶらぶらと歩いて何が面白いのだろう。さらに不思議なのは人気の外食店。人出が多く混んでいるのは承知だろうにたかだかハンバーグ定食のようなものを食べるために店外まで並ぶのはどう考えても分からない。こうゆう人たちの心理を理解できない私はつくづく物売りを職業としなくて良かったとほっとしている。

iPhoneを使い出して一年になる。それまで従来の携帯電話で用が足りていたから買い換える必要がなかったのだが、いざ使い始めると便利なことは確かだ。外出先でのちょっとした空き時間にネットを見られるのは都合が良い。
iPhoneを買った当初ゲームアプリを入れることはなかった。辞書や翻訳ソフトを入れてiPhoneに向かって思いついたことを話し、へぇ~こう言うの?とかこんな風には言わないよと遊んでいた。翻訳ソフトに飽きてくると今度はフランス語や英語の教育ソフト?を入れて錆付いた頭の刺激をしている。これでフランス語が流暢になったり英単語の語彙が増えたりするとは思えないが遊び相手にはちょうど良い。
見ず知らずの人と対戦するゲームは嫌いなので、チェスのゲームは早々に削除した。その代わり詰め将棋のソフトを見つけたので今のお気に入りはこれが一番。何千もの問題が何方かの手によって作られているので低いレベルから少しづつやっている。これまで将棋を誰かとさした事のない私でも詰め将棋なら気楽に出来る。人間の相手を要しないのが便利だ。

パートナーさんがBOOK OFFに行きたいと言うので出かけた。受験シーズンが終ったので棚に受験問題集や参考書が並んでいる。私のお目当ては辞書だ。以前100円コーナーで和英辞典、古語辞典、漢和辞典を手に入れたのが嬉しかった。今回は英和辞典があればと思っていたのだが、真っ先に目に付いたのは三省堂の「全訳漢辞海」だった。第二版が別の棚で900円であるが、初版のこちらで私には充分。むしろこちらの方が良い。漢文読解に特色を持つこれなら今使っている大修館の「新漢和辞典」との違いもはっきりしている。100円で買うのが申し訳ない。
英和辞典は学生用途のものが何冊かあって、出版社ごと初版重版を確認し特にどのような編集意図をもって作られたのか前書きを読み、語彙の説明や例文が分かりやすいか見比べてみる。あと印刷されている文字も私の目に違和感がないかどうか、これは大事だ。外国語の辞書を引くとき、何冊かの辞書を引き比べて言葉の姿を捉えようとするのが好きだ。英和辞典を引き比べたり英英辞典を引いたりもする。しかし、今回欲しかったのは読んでいて楽しい辞書だ。机に向かい辞書を開くのではなく、気の向いたときに手に取りペラペラめくり読んだり、テレビの画面で気になった単語に出会ったときや台詞を聞いて耳に残ったときに手にとる辞書。
BOOK OFFの書棚には研究社、三省堂、小学館、大修館、と並んでいる。その中から私が選んだのは旺文社の「コアレックス英和辞典」。図版は多くないが囲みで類語の比較があったり語法の説明があったりと工夫が施されているのに好感がもてる。表紙のデザインが私の好みではないが、辞書は中身だからここは我慢しよう。この英和辞典は200円。

今回買った二冊の辞書は使われた形跡がない。英和辞典はCDが付属していたはずだがこれが無いから一度は誰かに買われたものと思うのだが、売り上げカードがついている。漢和辞典も指の跡など全く無く小口は綺麗なままだ。あまりに綺麗な辞書をみると流通在庫が廻ってきたのだろうかと思う。一度は買われたけれど使われないで本棚に仕舞われていたと想像すると悲しい。本棚の中で使ってよと泣きながら訴える辞書の声を想像するからだ。流通在庫だったほうがまだ救われるような気がする。私が買った二冊の辞書は今までの時間を取り戻せるように私が使おう。

かくして私の連休はiPhoneの無料アプリと二冊で324円の辞書を手に、居間で安穏に過ごすのである。

『ある小さなスズメの記録』 クレア・キップス

お元気ですか?

先に図書館から借りた梨木香歩さんの『鳥と雲と薬草袋』の中にスズメの話を翻訳したと短く書いてありました。それが今日のタイトル、偶然一緒に借りた『ある小さなスズメの記録』という本です。
解説や訳者あとがきをいれても150頁ほどの薄い本ですが、確りした箱に上製本、箔押しとまではいきませんが、金色文字で背表紙に日本語のタイトル、表紙に原題の Sold for a Farthing と書かれています。出版社文藝春秋の本書に対する敬意のようなものが感じられる装丁です。
箱から取り出し、表紙を開くと見返しに赤い帯が貼られています。この本に関しては一言も逃さないぞといった図書館の人の思いが感じられます。帯には「あの幻の名作が、よみがえる」「第二次世界大戦中のロンドン郊外で、足と翼に障碍を持つ一羽の小スズメが老婦人に拾われた。婦人の献身的な愛情に包まれて育った小スズメは、爆撃機の襲来に怯える人々の希望の灯火となっていく。ヨーロッパやアメリカで空前の大ベストセラーとなった英国老婦人と小スズメの心の交流を描いたストーリーを、梨木香歩が完訳。」と書かれています。

こんなお話です。1940年7月、キップス婦人は玄関前でおそらく数時間前に生まれたばかりであろう瀕死の状態の小鳥を見つけ生き返らせようと努めます。マッチ棒で口を開けミルクを垂らして飲ませ体を温めます。元気になったら外に放してやるつもりだった小スズメですが、右の羽と左足に障碍があるのが分かったため婦人は自らの手で育てることを決め部屋の中で飼うことにします。小スズメは婦人の頭を歩いてヘアピンを抜いたり、ベッドで一緒に寝たりしすっかり懐き、婦人の弾くピアノと一緒に歌を歌ったりもします。こうして戦中戦後を通じて十二年に及ぶ小スズメと婦人の交流が始まります。

読み始めてしばらくして、私はおやこの話はどこかで聞いたことがあるぞと思いました。本を読んだ記憶はありませんから、何かの本か雑誌に紹介されていたのを読んだことがあったのかも知れません。ですが生き物を飼うことが苦手な私はきっと特に興味を持つこともなかったのでしょう。
今回そうとは知らず、梨木香歩さんの訳ということで読み始めた本でしたが、私には別の興味もあったのです。イギリスの文学作品の中に第二次世界大戦を時代背景としたものがあります。児童文学では『ナルニア国物語』はその代表的例なのですが、ドイツ軍によるロンドン空襲や、戦時中の物資の調達が困難な生活の様子なども多くの作品に描かれています。アメリカからの救援物資がイギリスに送られ配給されますが、そんな物資の中に乾燥卵があったことを私が知ったのも何かの作品でした。そういった作品はもちろん戦争で人々が恐怖や困窮を経験する様子が書かれているのですが、イギリスの作品に関してはどこか現実との距離感があって少し醒めたものを感じます。イギリス人独特のユーモアやアイロニーといった気質が自分たちがお芝居かなにか作り物の中にいるように見立てさせるのでしょう。ノスタルジーと言えば綺麗に聞こえて語弊があるかもしれません。ですが大英帝国の国土で国民が辛苦を経験するとき、プライドとあいまって化学変化を起こしているのは間違いのない事実です。そしてそれらが文学に表現されたとき、独特の美しいさをもって作品に昇華されているのです。

『ある小さなスズメの記録』では距離感をもった客観的視点と抑制された文章とによってかえって小スズメとキップス婦人との交歓を深く温かいものとして伝えています。ペットと呼ぶよりまさに友人・戦友として生きた小スズメとの記録です。鳥の生態に興味がない人でも思い出して読み返したくなる本でしょう。

おまけの話)

梨木香歩さんによるとこの本に登場するスズメはイエスズメ(ハウス・スパロー)と言い日本で一般的な雀(ツリー・スパロー)とは違う種なのだそうです。でも日本の雀も人里に住み私たちの生活には馴染みの深い鳥です。去年私が函館の家で過ごしていたとき、雀が父の部屋の使われていない換気扇のフードの中に巣をつくり卵を産みました。私が庭の草取りをしていると木の枝にとまりながら巣に近づいていいのかどうか私の様子をうかがっているのが分かります。声をかけたくなる気もしますが、気づかない振りをしているのもいいだろうと背中をむけるようにしたり下を向いたりしていると、枝を運び入れています。一ヶ月ほどすると巣が賑やかになりました。子雀が生まれたのです。もともとが換気扇のフードですからちゃんと外に出られるかどうか心配しましたが、どうやら親鳥が器用に出入りを教えたようです。そのうちに電線に親子で並ぶ姿が見られるようになりました。庭の手入れなどでこの親子に遭遇しましたが、無事育って安心したのでしょうか、親鳥が「あの人は大丈夫だよ」と子どもに言っているように見えます。私が函館にいる間換気扇の巣を使っているようでしたがその後はどうなったでしょうか。今週函館に行きますので様子が分かればと思います。

おまけの話2)

『ある小さなスズメの記録』は原題を Sold for a Farthing といいます。辞書を引くと Farthing とは英国の通過の単位で4分の1ペニーに相当する最小額貨幣で1961年に廃止されたとあります。なにか慣用句なのでしょうか?Oxfordの英英辞典も見てみましたが分かりません。どなたか教えていただけたら嬉しいのですが・・・。



『ある小さなスズメの記録 人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯』
クレア・キップス著  梨木 香歩訳

杣人のNuages

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