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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
Nuages・・・雲のようにふんわりとしています

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途中下車

お元気ですか?

急な用事で函館に来ています。新幹線を乗り継いで約8時間ですが、思ったよりも疲れないですね。
東京駅で東北新幹線はやぶさに乗り換えたのですが、はやぶさとこまちが長い鼻を向かい合わせに連結しているのを見たり、隣のホームに金沢行きの北陸新幹線かがやきが入線してきたので、ちょっと乗ってみたり・・・と久しぶりの列車旅を楽しむことも忘れていません。そして反省もします。東北新幹線ではiphoneの電池が切れそうになって、確かコンセントがあったはずなのだが・・・と椅子の周りをきょろきょりします。なんとコンセントは窓側の席の足元にあるのですね。通路側に座っていた私には使えません。椅子の背にコンセントをつけてもらえないでしょうか。JRさん。

東京駅では乗り換え時間が40分もあります。そこで改札を出て途中下車。

20157295.jpg  20157293.jpg

東京駅北口の綺麗になったエントランスホール。せっかくだから外観も。

20157292.jpg

ならば丸ビルと郵便局も。いやぁ周りで同じように写真を撮っている人がいますが、もと東京都民なのにすっかり御上りさんになっている私。でも幸せです。
丸ビルには昔父の会社が入っていましたから、今の写真を見せたなら父も喜ぶかなという希望もあっての写真です。

そう、今回の函館訪問は父の容態が悪くなったので来たのです。その話はいずれまた。

新青森で乗り換えた函館行きの白鳥は何回もトンネルをくぐり、北海道に出ます。時間は7時だというのにまだ明るいのは北海道だからでしょうか。海の上に浮かぶ函館山が綺麗に見えます。
今回の函館はどのくらい居ることになるのかまだ予想がつきません。最近の函館の話題をよそ者の立場からご紹介できるといいのですが・・・。

ではまた。

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テーマ : 日記
ジャンル : 日記

『若い兵士のとき』ハンス・ペーター・リヒター

お元気ですか?

連日三十度を越す暑さに食欲も湧かず、うどんやそうめんといった食事を続けていたら体重が少し増えてしまいました。プールで泳いで体力維持を図っていますが、体をしぼるほどではありません。そこで、豆乳を飲み、肉や魚のたんぱく質と野菜中心の夕ご飯に変えてみました。豆乳が私の体に合っているのは経験から承知済みです。お通じもよくなります。夕ご飯にご飯や麺類を取らないので少しづつ体が軽くなってきています。

ハンス・ペーター・リヒターの『若い兵士のとき』を読みました。『あのころはフリードリヒがいた』『ぼくたちもそこにいた』に続く三部作の最後です。先の二作品は1961、1962年と続けて書かれていますが本作は1967年と少し時間をおいて発表されています。また二作品には年代とエピソードごとのタイトルが付けられているのに対して、本作には年代もタイトルも付けられていません。三部作としてみたとき、この違いに統一性の無さを感じ戸惑うかもしれませんが、実はこのことに本作の姿があると考えられるのではないでしょうか。

物語は主人公が14歳のときから始まります。空襲警報に怯えるドイツで学校が無期限で休みになったため仕事を探す主人公。ヒットラー・ユーゲントとして射撃訓練をする主人公。『フリードリヒ』で主人公は1925年生まれと知らされていますから14歳は1939年と分かります。本作では主人公14歳の1939年から20歳で終戦を迎える1945年までが描かれています。ただし年代の表記はありません。読者は所々に書かれた主人公の年齢で年代を知るのです。それは十代で士官学校に入り18歳で軍曹になり自分の父親よりも階級が上になって面会するエピソードや19歳で少尉になり自分よりも年上の子どもがいる当番兵の話など、少し皮肉混じりの話題に年齢が書かれているのです。こうした表現は主人公の年齢という個人的なことを記すことで自分が経験したことという証言者の視点を強く意識させるものになっています。さらに、主人公が経験するそれぞれの事がらが時系列でも関連付けられてあるのでもなく、戦争という一つの事件の中で起こった全てが平らたく並べられ、戦争とはこうゆう事なのだよと見せているようです。
年代もタイトルも付けず、とても短い文章でエピソードを綴り、一つ一つのエピソードの間には * があるだけの作りは作者が戦争経験を辛い記憶の中から搾り出すようにして文章に書き出した印象を受けます。その苦しみが先の作品に続く位置にありながら5年の時間を要した理由なのではないでしょうか。
訳者上田真而子さんによると、リヒターは「この後もう書かなかった、書けなかった」といいます。「『若い兵士のとき』には『フリードリッヒ』の場合のようにストーリーを立てて作品として構築する気持ちの余裕はもうなかったのだろう」といいます。そうなのでしょう。それほどに戦争を当事者として自分の中に整理し置き直すということは苦しい事なのでしょう。


今回、私は梨木香歩さんの本に誘われるようにして子どものころに読めなかった児童書を改めて読んでみようと思いました。そして『あのころはフリードリヒがいた』を手にとりそれが三部作であることを知りました。もちろん本を書くということは読者を想定しての作業です。しかしこの三部作に関しては作者リヒター個人の浄化的作品である事を感じます。
ドイツは戦後、戦争責任を明らかにし罪を罰し賠償を行うことを長い時間をかけてやって来ました。その一つ一つを私がここで書く事は知識も能力も乏しいのですが、最も大切な事は自分たちドイツの法律にもとづいて罪を明らかにしてきたということです。アウシュビッツ収容所にしてもドレスデンにある軍事史博物館、ベルリンの歴史博物館にしてもその負の歴史を今の国民に示し自分たちの過去を考える事から目をそらさない、そうゆう取り組みをドイツが続けていることです。
リヒターの三部作を読みながら、彼の本がドイツが戦後行ってきた反省と同じ作業であると私は強く感じます。そして三部作が児童書というジャンルを越え強く感動を与えるように、ドイツの戦後の姿勢がヨーロッパの各国で評価を得た一因であると思うのです。

日本は戦後国際社会に復帰し、経済的発展を遂げてきました。その過程で戦争の賠償も行っています。政府はODAによって国際貢献をしたことを戦争への反省に基づいての行動だったと言います。はたしてそうなのでしょうか。私にはそういう言い方は真摯な態度に思えませんし、ドイツの反省の姿とはづいぶん違って見えます。ドイツと同じ事をすれば良いというのではありません。民族や宗教、歴史の違いがあるのですから日本には日本のやり方があるべきだと思います。しかし、少なくとも私たちは日本人として自分たち自身で歴史を検証し間違いを反省し後世に何が間違いだったのかどうすれば間違いを防ぐことが出来るのかを伝え問いかけてゆかなければなりません。そしてその姿勢に国際社会の理解を得て初めて日本が平和国家をめざし世界の平和のために貢献しうる国であると認めてもらわなければならないと考えるのです。

誰かに謝罪を求められてから謝るのではなく、自らの行為を反省し過ちを認めるところから始めなければなりません。それが出来てはじめてどう償えば良いのかを考え相手と話し合わなければ、相手はいつまでも納得することはないでしょう。戦後70年という節目の年だといい、総理大臣の談話に注目がいっていますが何かを言う前に、日本はもっと大切な事をしなければならないのだと思うのです。大変な迷惑をかけた近隣諸国のために、そして二度と過ちを繰り返さない国を続く世代に残すために。






テーマ : 児童文学
ジャンル : 本・雑誌

夏のお菓子

お元気ですか?

暑い日が続きますが我が家でもとうとうエアコンを使うようになっています。なるべく窓を開け風を入れるようにしているのですが、もうとても無理。古い家なので熱が壁越しに入ってくるのです。エアコンはあまり好きではないのですが除湿にしてしのいでいます。

先日パートナーさんが上司からお土産を頂戴しました。吉野の葛餅です。本葛で作られた本物の葛餅。さっそく冷蔵庫で冷やしいただくことにしましょう。



お豆腐のようにパックされた葛餅は包丁をいれて賽の目切りにしますが、しっかりと硬く手にとっても崩れることがありません。器に移し抹茶きなこを振りかけていただきます。吉野の山桜の風景が私は好きなのですが、木々に覆われた山を思いながら吉野葛に一服の涼を頂きます。

葛は繊維をとり葛布として利用してきました。当地のお隣の町にも麻や木綿を縦糸にして織った掛川葛布、大井川葛布という名産品があります。太古から人は繊維質の多い葛を利用してきたのです。それは理解できます。でも、あの葛の根を水に浸してでんぷん質を取り出し粉にして食用にするなんて事をいったいどうゆうきっかけで始めたのでしょう。不思議ですね。好奇心あふれる人が無骨な風体の葛の根を眺めて、もしかしたら食べられるかも知れない・・・なんて想像したのかと思うと、少しユーモラスな気もします。

そんな事を考えていると暑さも少し忘れることが出来ました。

ではまた。


『ぼくたちもそこにいた』ハンス・ペーター・リヒター

お元気ですか?

当地も梅雨があけ、空には大きな入道雲が夏の風景を描いています。

ハンス・ペーター・リヒターの『ぼくたちもそこにいた』を読みました。先に読んだ『あのころはフリードリヒがいた』の姉妹編です。登場人物は『フリードリヒ』と同じく“ぼく”を語り部としてハインツとギュンターの三人、そして周りの同じ年頃の子どもたち。『フリードリヒ』では“ぼく”と同じアパートに住むフリードリヒを中心にユダヤ人がどのような扱いを受けていたのかを描いていました。今回の作品では同じ時代、ドイツ人の子どもたちがどういう生活をしていたのかを描いています。

ハインツは家も裕福で親も社会的地位を持っていて自身も利発なことから男の子たちの中ではリーダー的存在です。政治的意見も持ってヒットラーの政権に対して肯定的です。一方ギュンターはお父さんが政権に対して否定的な考えで逮捕されたりもしていますから現状に懐疑的ですが、ヒットラー・ユーゲントに入ってゆきます。“ぼく”はお父さんが党員になったことで職を得ることが出来たのですが、世の中の動きに戸惑いながら周りの子どもたちと一緒に動いてゆくといった状況です。

物語ではヒットラー・ユーゲントの下部組織であるドイツ少年団に入り行進や模擬野戦訓練をする様子、募金活動や供出物資を集めに家々を廻る様子など子どもたちの生活が描かれます。また、ヒットラー政権に賛成する票を入れるしかない歪んだ選挙が行われそれに抗議する大人が連行されてゆく様子が描かれたり、『フリードリヒ』に描かれていた大人たちの群集がユダヤ人の職工の寮を襲う事件が実は偶発的に起きたものではなく仕掛けられ煽動されていたことが明らかになったりもします。

本作ではユダヤ人の問題は多く描かれていません。当時ドイツに暮していた一般的ドイツ人の子どもたちが子どもらしい気持ちのまま、勇ましさや軍服のかっこよさに惹かれていく様子、憧れていたドイツ少年団やヒットラー・ユーゲントでの活動・教練を通じて大人がヒットラー政権に熱をあげているのをどこかおかしいと感じたり理不尽さに辟易したりする様子が描かれます。

『ぼくたちもそこにいた』、原題も WIR WAREN DABEI です。当事者であったことを強く意識するタイトルです。そしてこのタイトルこそが、貴方たちは今どこにいるのですか?と問うているのです。


おまけ)
今回読んだ『ぼくたちもそこにいた』は『あのころフリードリヒがいた』を図書館で見つけたときに隣に置いてあったので知った本でした。それまで『フリードリヒ』にこうゆう姉妹編があるとは知らなかったのです。
今日読み終わり訳者あとがきを読んでみると『若い兵士のとき』という志願して兵士になって経験したことを書いた本がある事を知りました。三部作なのだそうです。この本も岩波少年文庫に入っています。さっそく図書館に予約しました。
正直なところあまり好んで読みたい本ではありません。ですが読まなければいけない本です。そしていつも私たちの周りに気がつかないうちに広がる落とし穴、気がつかなかったと無責任に言う大人にならないために、落とし穴に落ちて後悔しないためにも読んで考えなければと思うのです。








テーマ : 児童文学
ジャンル : 本・雑誌

父の再入院

お元気ですか?

台風が来て各地に被害が出ているようです。お見舞い申し上げます。
昔々、私が合唱部にいた頃、「台風が来て水が出た 日本東京秋が来て ちっぽけな象がやってきた」という歌詞の歌がありました。以前は台風をいくつか経験すると秋になったものでしたが、最近は夏になる前から台風が来ます。函館に住んでいた私には梅雨の経験が無く、台風が頻繁に来たという記憶もありません。それだけによけいに沖縄や四国といった台風の直撃を毎回のように受ける地域の人はどのような思いで暮していらっしゃるのだろうと思うのです。

五月の末にそれまで入院していた病院を退院し、自宅介護に切り替えた父が入院しました。7月2日のことです。ショートステイに行っていたのですが、呼吸が苦しいから帰宅すると訴え帰って来たのですがその日は木曜日で病院の外来受付がやってなく、翌日病院に行きそのまま入院となったのです。父は様子を見るとか我慢をするということをせず、体調がおかしいと思うとすぐ訴えて行動に移します。家族にとってこれはとても有難いことです。
退院してからしばらくは食事がしっかり取れて便も出ていたのですが、数日前から食が細くなっていました。やはり老齢による体力の衰えかと心配していよいよかも知れないと思っていました。私は何も出来ることがありませんので、母から電話で容態を聞くばかりです。熱は無く意識もしっかりしている。食事をとる元気がないので点滴で栄養をいれている。痰が出るのでカテーテルで吸出している・・・。そんな母からの話を聞いて容態を想像します。意識がしっかりしているという事で差し迫った心配はしていなかったのですが、それでも痰が出たり呼吸がつらいということから容態が急変することもありえると考え緊張感を持ちます。あぁどうか良くなって欲しいと願うばかりです。

もともと前の病院を退院するように言われた時からこのことは予想していました。父にとって家に帰れることは嬉しいことですが、病院にいるよりも体力の消耗は多いはずです。母の負担軽減からショートステイも組み入れていますが、それも体力の弱っている父には負担だったのでしょう。気持ちが晴れて食が進んでいたとはいえ老いた体は回復するよりも消耗するほうが多かったのです。

再度の入院から二週間。母から電話で痰を検査して薬を選んだところ効果があり父の呼吸が楽になったと知らせてきました。母の声に安堵の様子がよく分かります。「誕生日までがんばって生きてね」と言う母に父は「それだけか」と返すので「次は正月があるでしょう」と応じると父は静かに笑うのだそうです。私を呼ぼうかと言う母の言葉にも「呼ばなくていい」と言うのだそうです。

私たちはそんな父の様子を知り、離れて暮らす不便を許し私たちのやるべき事を成せと叱咤する父の気持ちを感じずにはいられません。去年私が函館で看病していた時にも父は私の事を気遣ってくれていました。親とはそういうものなのでしょうか。
親の愛情、気持ちというものよりもっと大きなものを感じますが、私には上手く言い表すことが出来ません。

昔々、私が合唱部にいた頃、父は私が歌うのをとても喜んでくれていました。悪戯にヨーデルのようなことをするともっとやって見せろと催促すらしました。父も子どものころ小学校の先生に良い声だと誉められ嬉しく思ったことがあったからです。その時は「星の界」という歌を歌ったのだそうで、私に楽譜は無いかと訊いてきたこともありました。
父に残された時間はそれほど多くはありませんが、父の様々なことを思い出し記憶に留めることが私に出来るせめてもの事です。


『ウィンブルドン』ラッセル・ブラッドン

お元気ですか?

当地は7月のお盆をむかえ、夜には念仏踊りなるものがどこからか聞こえています。土地土地に残るこうした風習に人の姿を見ることで心に清涼感を生みます。

読みたいと思いながらなかなか出会えない本があります。今日読み終わったラッセル・ブラッドンの『ウィンブルドン』も私の読みたい本のリストにいつもありながら長い間近づくことの出来なかった本です。今となっては何処でこの本を知ったのかすら覚えていないのですが、殺人予告をする犯人に抗しウインブルドンの決勝戦を行うテニスプレーヤーの話という内容を知り読みたいと思ったことは確かです。
私の同年代の人たちはきっと思い出すでしょうが、テニスが華やかな時代でした。ビョルン・ボルグ(スウェーデン)、ジミー・コナーズ(アメリカ)、ジョン・マッケンロー(アメリカ)、女子ではビリー・ジーン・キング(米)、クリス・エバート(米)、マルチナ・ナブラチロワ(米)といった選手たちの名前が浮かびます。中学時代校舎の中庭にあったテニスコートで練習している友人の姿も思い浮かびます。
しかし私はテニスファンというわけではありません。軽井沢や那須のペンションで遊び程度のテニスをしたことしか経験がありません。それでも本書『ウインブルドン』に惹かれたのは、他の作品にはない設定のせいでしょう。

こんなお話です。
17歳のプロテニスプレーヤーツァラプキンはソ連のチャンピオンだが、世界第二位の選手であるゲイリー・キングと知り合い亡命を決意する。キングの家族によってKGBから救われたツァラプキンは彼らと一緒に生活しながら世界を転戦しテニスを心から楽しでいた。そして亡命から一年後、ウインブルドンで決勝に進んだキングとツァラプキンは何者かの脅迫を受ける。犯人の要求を呑まなければ決勝戦の勝者どちらかとロイヤルボックスで観戦している女王陛下を殺害するというのだ。そして脅迫が本物であることを証明するように観客の一人が撃ち殺される。

『ウインブルドン』を読みながらふと気がつくのは作者の読ませ上手ということだ。テニスのファンではない私が作者の思惑通りにゲームを追っている。正確なショットを繰り返すツァラプキンとそれを打ち返しながら相手の意図を察するキング。ゲームカウントの間に二人はコートでの応酬を通じて気持ちを通じ合わせているのが楽しい。
テニスは心理的要素の強い格闘技だ。誘いおびき寄せ、揺さぶってポイントを稼ぐ。相手の性格やゲーム運びの癖などを知り対応するし、自分に有利なようにゲームをもっていく事もしなければならない。それだけにどうしても相手が有利なゲームの場面ではそのゲームをやり過ごして自分が有利なゲームで取り返すという計算もする。こうしたテニスの特徴が作品の中に存分に盛り込まれながら物語が進んでゆく。実際作者はこのテニスの面白さを伝えることに作品の半分を使い全部で23章ある作品の11章になって初めて事件が起こる。私はいつ事件が起こるのだろうかと事件の書き出しを読み逃さないようにと気にしたが、ミステリー作品としてこれは異例なことではないだろうか。
そして一度事件が動き出すとプロとしての意地の見せ場が展開する。プレイヤー二人、警察、ゲームを放送しているBBC、女王陛下も犯人の脅迫に屈して避難することを拒否する。それぞれの人がそれぞれの立場でプロの意地を示すのだ。プレイヤー二人のゲームを続ける姿は犯人狙撃者の一人も感心させるほどだが、狙撃者もプロなので犯行を止めることはない。

スポーツに限る事ではないが、勝ち負けを超えて感動を呼ぶ試合というのがある。選手にしても真剣な好試合をしているといつしか勝ち負けの勝負そのものより試合の内容を楽しみゲームに傷を付けたくないという気持ちになる。凡ミスや集中力の途切れによる失敗などでせっかくの美しい試合に傷を付けたくないのだ。観客によるつまらないヤジや悪戯も迷惑だ。その点では観客も良い試合を作るための大切な一部だろう。そうゆう試合はいつしか選手、観客を崇高な高みへと引き上げてゆき感動と深い喜びをもたらす。
『ウインブルドン』の作者ラッセル・ブラッドンはミステリーという舞台でそれを実現したかったのかも知れない。そしてそれは見事に成功しているように私には思える。

おまけ)
『ウインブルドン』は1977年に発表された作品でミュンヘンオリンピック(1972年)でイスラエル選手団の宿舎がテロリストによって襲撃され選手11人が犠牲になった事件の記憶も生々しい時代の作品だ。1976年のモントリオールオリンピックでも政治的理由による不参加やアパルトヘイト問題によるボイコットなどスポーツの世界に民族問題や政治問題が影響を及ぼすことがはっきりした。東西冷戦が終わりベルリンの壁が崩壊しロシアの社会主義体制が表面上崩れるのはもう少し先である。
作品の冒頭で主人公の一人ロシア人のツァラプキンが亡命しKGBに襲われるシーンがあるが、幸いに本作品ではスポーツ選手の亡命という神経質な問題には深く入り込んでいない。スポーツビジネスについても軽く描かれているだけだ。それは作者の意図していることがテニス賛歌にあり主題とずれるからだろう。
小道具としてポケベルが登場するが時代を感じさせるのはそれぐらいのもので、今読んでも充分楽しめる作品だ。



テーマ : 海外小説・翻訳本
ジャンル : 小説・文学

『容疑者』ロバート・クレイス

お元気ですか?

梅雨前線が当地に居座り、この数日は雨の底にいるような毎日。今日は道場に行く事も出来ないのでようやく届いた『容疑者』を読んだ。お世話になっている『探偵小説三昧』のsugataさんが、昨年の暮れに紹介されていたので図書館に頼んだのだが順番が廻ってきたのが最近だったのだ。

こんなお話。
ロス市警のスコット巡査はパトロール中に銃撃事件に遭遇し、相棒のステファニーを亡くし自身も重傷を負う。九ヶ月後、警備中隊に配属になったスコットはアフガニスタンに従軍し負傷した軍用犬マギーと出会う。マギーもスコット同様作戦中に敵の自爆攻撃でハンドラーを失い自身も大怪我をしていた。お互い心と体に怪我を負った警官と軍用犬はパートナーとして再起をかける。

最初の数ページ。アフガニスタンに従軍し敵の攻撃のなか負傷したハンドラーの傍から離れないマギーの姿に思わず涙目になってしまい、パートナーさんに「これいいよ」と言ってしまう。読み進むうちに物語の方は特に凝ったものでもひねりが利いたものでもないのが分かるのだが、スコットとマギーの関係が適度な距離感をもって描かれていて読み手に緊張感を与えているのが良い。
犬好きにはたまらないだろうし、犬好きでなくても犬の立場からの主人を思う気持ちを知ると熱い感動が起こるだろう。本作品はそれを楽しむものだ。

軍用犬として特殊訓練を受けていたマギーは怪我を負ったことで民間人に飼われた後警察犬の訓練所にいる。アメリカでは警察犬をK9と呼ぶそうだが、映画で『K-9/友情に輝く星』というのがあった。コミカルでけっこうお気に入りの映画だった。
警察犬ではないが、『F.B.EYE!!相棒犬リーと女性捜査官スーの感動!事件簿』というテレビドラマもお気に入りだった。実在する女性捜査官スー・トーマスと聴導犬リーバイを主人公にした物語だ。再放送を望んでいる。

解説には北上次郎氏により「犬の出てくる翻訳小説ベスト十」があげられているが、私はどれも読んだことが無かった。何か犬の出てくる本を読んだことがあっただろうかと思い出してみると、「パンプルムース氏」シリーズに思い当たった。ふぅ~、フランス人は犬好きだからね。

さて、『容疑者』は図書館に返すまえにパートナーさんに廻そう。一時期パピーウォーカーに興味を持っていたこともあるから感想が楽しみだ。
そして、私はラッセル・ブラッドンの『ウインブルドン』を読もう。探していたのだが、パートナーさんが図書館の蔵書に見つけてくれた。内藤陳さんもお奨めの『ウインブルドン』。タイミングもばっちりだ。



テーマ : 海外小説・翻訳本
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