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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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『至福の味』 ミュリエル・バルベリ

お元気ですか?

関東に大雪をもたらした寒波は当地にも強い風と寒さを連れてきて、今日は朝から風が荒れています。東京の友人を心配しながら当地が風だけで済んでいることに感謝しています。

ミュルエル・バルベリの『至福の味』を読みました。年末に『優雅なハリネズミ』を興味深く読んだので彼女のデヴュー作である『至福の味』も読みたいと思ったのでした。『至福の味』はちょっと変わった本です。臨終の床にある主人公がかつて味わった「至福の味」を思い出したいと必死に自分の記憶をたどる話です。体を動かすこともできない主人公がひたすら自分の過去を振り返りながら自分にとっての魂の味を思い出そうとする姿は壮絶な観すらあり、角度を変えた言い方をすれば誰も助けに来ない地下牢で必死に救いを求めるような感覚もあります。
この『至福の味』がそうゆう恐怖にならなかったのは、彼を取り巻く人々が深い愛憎で彼を語っているからでしょう。

主人公は高名な料理評論家です。若い頃から料理の世界に身を置き評論家として生きてきた彼はその独裁者のような生き方ゆえ名声とともに多くの敵を作ってきました。そんな彼を取り巻く人たちが、彼の記憶のひだのなかから彼への思いを率直に語るのです。読者は愛人や家族、料理人やホームレスといった人たちが語る彼への思いを通じて主人公の姿を組み立ててゆきます。なかなか面白い構成と言えるでしょう。
主人公が記憶を探りながら魂の味を確認しようとする姿はプルーストの『失われた時を求めて』を思い出させますが、その対比はここでは触れないでおきましょう。それよりも主人公は肉料理、野菜料理、日本料理、パンやハム・・・と次から次へと記憶を絞り、読者はその食べ物に惹きつけられます。本書は2000年度の「最優秀料理小説賞」を受賞したそうですが、料理評論家を主人公にした小説ですから食べ物が沢山出てくるのは当たり前のことです。大切なのはその食べ物の描き方でしょう。私はこの本の作者が本に登場させた食べ物を実際に食べたのか、または、レストランに出かけたのかは知りません。でもきっと本書を書くにあたっての資料作成の際に、自分でマーケットに行って野菜を手に取ったり、レストランにある料理を写真に撮ったりして様々な想像を膨らませていったであろうことは分かります。本書は2000年にガリマールから出版されていますから名の知れたレストランのHPを見て興味を引く料理を参考にしたのかもしれません。そんなことを思っていると作者の執筆風景が私の頭の中に浮かんでくるようです。

実は私は料理の本を読むのが好きです。人類はギリシャ時代から自分たちの食べるものを文字に書き残してきました。私たちは何千年も前の食べ物を書物で読むことが出来るのです。様々な本に書かれた食べ物はその時代と時代に生きた人を生き生きとさせてくれます。

以前夏目漱石の『三四郎』を食べ物を切り口に読んでみたことを書いたことがあります。塩野七海を色々と読んでいたころに彼女の本の中に食べ物が出てこないのに気付いてすっかり興味を失ったこともあります。どうやら私は食べ物に興味を持っている人間が好きなようです。
最初に感動した食べ物に関係する本はモーパッサンの『脂肪の塊』でした。普仏戦争のプロイセン軍から逃れるため乗合馬車に乗った人々、その中に脂肪の塊と呼ばれる娼婦が持っていたバスケッの食べ物。不安と空腹の中にあって彼女がすすめてくれた煮凝りによって乗合馬車の人たちはどれほどほっとしたことでしょう。しかし一旦空腹が満たされると人々はまた偽善の顔に戻ってゆきます。私は食べ物を通じて人間の姿を浮き彫りにするモーパッサンの短編に深く感動したものでした。

さて、魂の味を思い出そうとする主人公とともに読者は自分にとっての「至福の味」を思い出そうとします。この本を読みながらそれをしようとしない読者はいないはずですし、もしそうだとしたらその読者はこの本を何も楽しんでいないのです。
私は当たり前のように同時進行的に自分の子供の頃からの食べ物の記憶を蘇らせていきました。夏のトマトやアスパラガス、塩じゃけやハタハタ、テールシチューやカレーライス。家庭で食べたものばかりではありません。家族で行った寿司屋や西洋料理のレストラン。黄金に輝くコンソメスープは確実に私を大人に近づけてくれたのです。
でも、『至福の味』を読みながら私の脳裏に浮かんでいたのは子供の頃母が作ってくれた甘いみそ味のスクランブルエッグなのです。とろとろのお粥の上に乗せた甘みそ味のスクランブルエッグは今でも私を布団の中でぐずっている子供にしてくれます。ようやく起きだして食べたお粥は忘れられないものになったのです。
もう母は作ってくれませんし、かといって私も自分で作ろうとはしません。それは記憶にあるものを作ることで記憶が変化してしまう事を恐れているのかもしれません。たとえ自分で上手に作ることが出来たとしても、それはやはり記憶にある甘みそ味のスクランブルエッグとは違うものなのでしょう。

いかがですか。皆さんの魂の味、至福の味は何でしょう。『至福の味』を読んでいただき思い出してみてはいかがでしょう。そして思い出したら私にそっと教えてくれないでしょうか。
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夜のピアノ

お元気ですか?

新年になって初めての記事です。今年も宜しくお願いいたします。

当地は物作りの町として売り出しています。関東と関西の中間地点にあって南アルプスを経由して流れ込む豊富な水、広い平地、物流に適した交通網とあって自動車産業や音楽(楽器)産業が盛んですし、農作物も豊富で人々の生活が比較的のどかで安定しています。
そんな町の駅、新幹線の改札を抜け待合室に行く途中に産業品を展示する二十畳ほどのスペースがあります。自動車が展示されたり、楽器が展示されたりして新幹線に乗る旅行客に当地の産業をPRするスペースなのです。

このスペース、私は大好きで新幹線を利用するときには必ず立ち止まっているのですが、それは展示された楽器に触れたり新しい車やバイクを見ることが出来るからです。ドラムや電子ピアノなど自由に弾いてみることもできます。電子楽器はヘッドホンをつけることができますから私のような素人さんでもへっちゃらです。時々小さなお子さんがお母さんの笑顔を横に一生懸命ピアノを弾いていることもあります。

先日14日、京都に出かけるため新幹線に乗ろうとしたらこのスペースに河合楽器のピアノが三台展示されていました。透明なアクリル板で作ったピアノ、小型のグランドピアノ、そしてアップライトのピアノの三台です。思わず近寄ってクリスタルのピアノの鍵盤に指をあて音を出します。少し甲高いキラキラした音が響いてきました。想像した通りですが、どんな音楽で使うのか私には想像がつきません。グランドピアノを試すと柔らかく落ち着いた音が響いてきました。ではアップライトをと試しますと、こちらもしっとりとした音を響かせています。きっと此処で触ってショールームに行きたくなる人もいるのでしょう。

一日京都で遊んで夜10時半ごろ新幹線で帰ってくると、グランドピアノを弾いている男性がいます。見た感じ30才台半ば、背広を着ていますからサラリーマンの方でしょうか。曲名は分かりませんでしたが演奏は確りした音を出しています。音楽活動をしている方かもしれません。このぐらい弾けたら楽しいでしょうと思いながら私は改札を抜けて帰宅しました。

数日後、知り合いにこの話をすると、入場券を買ってピアノの練習をしている人がいるそうだと教えてくれました。なるほどそうゆう利用の仕方があったのですね。都会ほどではないとは言え、当地も住宅地で楽器を演奏すればそれなりに音は響きます。我が家の筋向いにもピアノを弾かれる家がありますが、夜の演奏はけっこう聞こえてきます。もし本格的に練習したいとなれば相応の防音室を用意しなければならないでしょう。JRの入場券を買って自由にピアノが練習できるとしたらこれは使いたくなるのも分かります。それにしても噂になるほど練習するとは気合が入っていますね。

そんな話をしていたら、フランスの街角や日本でも商店街の一角にピアノがおいてあって自由に弾けるところがあるという話を思い出しました。音楽のあるところには人が集まり優しい空気が生まれます。上手な人もいるでしょうし、習いたての曲を弾いてみたいお子さんもいることでしょう。楽器が弾ける町は平和な町です。世界中の駅に楽器が自由に弾ける場所があるといいですね。

ではまた。

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