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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
Nuages・・・雲のようにふんわりとしています

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名古屋めし? ヨコイのあんかけスパ

お元気ですか?

所要があって名古屋に出かけた。家の近くにできたスマートインターから高速道に乗れば一時間半で着く。
午前中に用事を済ませ、ランチを取るために駅地下に入る。実は名古屋の食べ物の番組を見て妙に心がうずいていたのだ。所要というのは言い訳で、何か名古屋めしをパートナーさんと食べてみたいというのが本音だ。
私は以前仕事で名古屋に来ることが度々あり、名古屋の食事には馴染みがある。山本屋本店の味噌煮込みうどん、矢場とんの味噌カツ、蓬莱軒のひつまぶし・・・。名古屋は独特の食文化を形成していると思うのだが、正直なところこれだという捉えどころがつかめない。カクキューの八丁味噌に象徴される濃い味噌味はうどんや味噌カツの他にどて焼きと呼ばれるおでんも有名だ。本当はこのどて焼きのおでんを頼みながらビールを飲みたいというのが一番なのだが、昼間に車では叶うべくもない。味噌煮込みうどんはやたら熱いので猫舌のパートナーさんには辛い。矢場とんは私は何回か食べているし、以前中部国際空港でパートナーさんも経験済みだ。
そこで、おのずと浮かんできたのが「あんかけスパ」だ。きしめんも良いのだが、インパクトでは「あんかけスパ」に軍配が上がる。
ちょうど「KITTE名古屋」の地下に老舗の「ヨコイ」が有ったので入ることにした。

d18826.jpg  c18826.jpg

ランチタイムでもあり、店の前には数人が並んでいるが回転が速いので心配はない。店員さんがメニューを渡しながら人数を確認している。手際のよい店は入る前から心地が良い。カウンター席に案内されて待っていると手書きの大きなポスターが眼に入った。創業55年。元はあんかけスパの専門店「そーれ」から始まり、独立して昭和38年に「ヨコイ」を開店させという。
名古屋にはこの他にもあんかけスパを出す店が沢山あるそうだが、珍しさで食べるだけなので何処がどうのと一生懸命になるほどでもない。

b18826.jpg  a18826.jpg

私は以前一度だけだが「あんかけスパ」を食べたことがある。そこで今回はクリームコロッケののったナポリタンセット。パートナーさんにはエビフライののったミラカンセットをいただいた。
始めて食べるあんかけスパにパートナーさんは興味深々。フォークでとろっとした餡をかけながら太い炒めたパスタを頂く。野菜や赤いウインナーが具だが、子供の頃給食で食べたパスタみたいだ。でも餡は胡椒の辛みが強いので大人味と言える。

もう10年以上前の話になるのだが、私の職場の知り合いに名古屋出身の男性がいた。文庫本を集めるのを趣味にして私と話が合った。学生時代には都内の有名なJAZZバーでアルバイトをしていたので私のJAZZ入門に指南役も買って出てくれたこともある。そんな彼がある時仲間内の会話からあんかけスパの話になり、翌日レトルトのソースをいくつも買ってきた。事務所の給湯室でパスタを茹でて、その日はみんなであんかけスパを楽しむランチ会になった。遊び心のある自由な人だった。
私が職場を去った後、彼はすぐに癌を患って亡くなった。親しい友人を亡くすのは悔しくて寂しい。
あんかけパスタを思うたびに彼の事を思い出す。

さて、名古屋めし企画も「あんかけスパ」を頂いたので、今回は満足。めでたしめでたし。

この後、地下街を迷よいながら鎌倉シャツの店にたどり着き、それぞれブラウスを購入。実は2月に名古屋に来た際に酔っぱらいながら地下街を歩いて偶然見つけたので場所がよくわからない。Googleマップを手にしながら歩いたが、何せ地下街なので通路一つ違うとあれ?って事になるのだ。

次はノリタケの森という陶器のノリタケのミュージアムに向かう。以前からパートナーさんが行きたいと言っていたところ。駅から歩いて10分ほどの好立地に陶器の製造過程や会社の歴史を知る事の出来るミュージアムがある。売店もあるので私たちも普段使いのお皿を買う。
館内には絵付け体験が出来るところもあり、親子連れやカップルが楽しそうに絵を描いている。次回は私も体験したい。
そしてトヨタ産業技術記念館へ。ノリタケとの共通券で800円で利用出来るのが嬉しい。ここでは創業当時の自動車造りの様子を知ることが出来る他繊維機械や蒸気機関の展示、図書館などもあり興味のある人は1日いても飽きないかもしれない。
歴史を作ってきた車の展示では女性の方が説明をしてくれるので色々な事も知られる。私は小学生の頃に発売になったセリカGTをまじかに見る事が出来ちょっと懐かしかった。当時同級生のお父さんが出たばかりのこの車に乗って学校の駐車場に車を停めていた。お金持ちの子なんだなって思った事を思い出した。パートナーさんは好きな2000GTが展示されていないので途中で少しトーンダウン。そろそろ時間も良いので帰ろうという事になった。次は長久手のトヨタ博物館に行くことになるのだろう。

秋の始まり。まだまだ日差しも痛いが名古屋の街を楽しんだ日曜日だった。

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テーマ : こんな店に行ってきました
ジャンル : グルメ

終戦の日

お元気ですか?

今日は終戦記念日。私はこの記念日という表現に違和感を感じる。昭和20年8月15日という日の後にも中国や北海道などで戦闘が続いていたという事、沖縄の復帰や広島・長崎の被爆者の問題、シベリア抑留者の帰還問題など多くの人々が戦争にる被害を受け続けていた事は言うまでもない。また被害を受けた国々の人々はもちろん全ての被害者の感情を思うとはたして終戦という言葉があるのだろうかという気にさえなる。

終戦の日が近づくと新しく掘り起こされた史実に基づき多くのドキュメンタリー番組が放送されたり、ドラマが作られたりする。報道でも小学生中学生に自身の戦争体験を話す人、反対に高齢者に聞き取りに行く学生、戦争を語り伝え残してゆこうという動きが多く紹介されている。それは大切な事だと私も理解している。しかし、正直なところ私は疲れも感じている。

私は物心ついたころから戦争を聞いて育った。母は函館山の麓にある家の窓から戦闘機が戦う様子を見てその思い出をよく話してくれた。祖父は函館の捕虜収容所に出向き外国人の捕虜に作業技術を教えていたという。父は自身のシベリア抑留の話は晩年までしなかったが長男兄弟が戦傷し伊豆で療養した末に亡くなった話をし、その療養先となった旅館に私を連れていった。三男は戦闘機に乗り真珠湾攻撃をはじめ多くの海戦に参加し亡くなった。
別な伯父は九州から帰る時に広島の駅で被爆した人達が線路わきに横たわる中辛うじて動いていた列車に乗って函館に帰ったと教えてくれた。

私が小学生の頃は安保問題や学生運動で日本中がいつも騒乱だった。仲の良かった同級生は父親の仕事でベトナムに一年半ほど行き、戻って来たがベトナムの様子を話そうとはしなかった。TVで見るベトナムのニュースはよその国の話ではなくなった。

今日、NHKの「映像の世紀」という番組を見た。「難民 希望への旅路」というタイトルで、スペイン内戦によりフランコ政権からフランスに逃れる人々、第二次世界大戦でドイツの敗戦により難民となったドイツ人。パレスチナ問題で難民となるユダヤ人やアラブ人・・・。内戦や戦争によって国を逃れ難民となる人々の姿がとても分かりやすく整理されていた。この前の同番組では独裁者に焦点を当てヒットラー、ムッソリーニ、スターリンらが同時期に独裁者となってゆく姿を描いていてこれもとても興味深かった。
高校の歴史の授業などこうゆう番組を使いながら行えば歴史が身近な問題であることに気づき学ぶことが楽しくなると思う。

しかし、私はそうゆう歴史を見ることに少し疲れを感じている。
国家の歴史は覇権と収奪の歴史と言う事が出来る。現在でも大国と言われる一部の国々は侵略領土拡大を当然の事のように行っている。何千年も前から少しも変わらない。国家という立場で他人を傷付け自分の都合の良い主張を繰り返す。歴史に学び反省することは人間には不可能なのだろうか。だとしたらそれは歴史の問題ではなく哲学の問題になる。
人間の本質を知り、幸福への道を探るために歴史に学ぶことが出来ないのなら私たちはどうゆうアプローチが可能なのだろうか。
「難民 希望への旅路」の番組の中で哲学者ハンナ・アーレントのインタヴューが映し出されていた。アイヒマン裁判を通じて人間の悪について深く考えた哲学者だ。思想を持たないことの悪を指摘し、誰でもがアイヒマンになり得ると指摘した。

戦争の歴史を語り伝える事は大切だ。誰もが二度と悲惨な歴史を繰り返したくないと言い、戦争は絶対してはならないという。しかし政治家は自国の利益のためと言って領土を拡大し、他の国を攻撃し、恫喝非難を声高に繰り返す。民主主義を標ぼうする国でも力を得た政治家は独裁的様相を恥ずかしげもなくさらす。国民が選んだ政治家だからその責任は私たち自身にある。
私たちは歴史を学ぶ。しかしその歴史から何を考えるのか、どう思想に組み立ててゆくのか。一人一人が注意深く警戒感をもって今を見、哲学し、行動してゆかなければ、気が付いた時には悲惨な歴史の当事者に堕ちているかもしれない。
歴史を伝えるだけではだめだ。

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

『バッドラック・ムーン』 マイクル・コナリー

お元気ですか?

マイクル・コナリーの『バッドラック・ムーン』を読みました。原作はVOID MOON となっていてVOIDは欠落したとか空虚なといった意味なので訳本のタイトルとは少し意味が違っています。

こんなお話です。
仮釈放中の泥棒キャシーはある事情からまとまったお金が必要になり、仕事仲間で恋人だったマックスの兄レオに相談する。レオが紹介してきた話はクジラと呼ばれるカジノの上客からギャンブルで稼いだ金を奪うことだった。しかし、ホテルの客室に忍び込み首尾よく奪ったはずの金はマフィアに絡む金でキャシーは窮地に立たされてしまう。キャシーが奪った金を取り返すよう指示を受けたのは裏の顔を持つ私立探偵カーチで、キャシーとも因縁のある男だった。

ハリー・ボッシュシリーズを軸にマイクル・コナリーを読むということなのですが、『ザ・ポエット』や『わが心臓の痛み』のようにボッシュシリーズとは少し離れた作品があってこの『バッドラック・ムーン』もその一つです。派生的に生じたという意味ではスピンオフ作品といえますが、マイクル・コナリーの中では『ザ・ポエット』の記者マカヴォイ、『わが心臓の痛み』の元FBI捜査官マッケイレブもボッシュの世界と交差して一つのコナリーワールドを作っているようです。

さて、今回の新しい女性の主人公キャシーはこれまで男性の主人公ばかりでしたのでコナリーの新境地開拓かと思われます。それはそれで読者には嬉しいことなのですが、私には正直なところ物語があまりにも普通です。ラストシーンのキャシーとカーチの戦いはもうすっかり読む前から分かっています。私でも分かるのですからミステリー好きの読者の方には当然でしょう。とすると何故マイクル・コナリーはそうゆう物語を書いたのかという謎が残ります。
本書の解説を書いている木村仁良氏は次のように書いています。「ボッシュものは12作目まで書く予定らしい。コナリーによると、ボッシュものを書くということがだんだん難しくなってきたという。ボッシュについてはほとんどのことを書いてしまって、書き残した新鮮な面が少なくなっているからだ。」
木村氏がこう書いたのは2001年ですから現在私たちはボッシュシリーズが12作どころかその倍もシリーズが続いていることを知っています。しかしこの時期コナリーは作品造りに苦しんでいたのかもしれません。気分転換のためにキャシーを書いたのでしょうか。コナリーがどんな作家作業をするのかしりませんが、筆力が落ちた時にエンジンの調子をみるような感じで流し運転のように本書を書いたのかもしれません。
だとすると、マイクル・コナリーがどのような切っ掛けで書き続ける事が出来たのか、その転機となるような作品は何なのかという興味が湧いてきます。『バッドラック・ムーン』は私にはそんな作品でした。

ではまた。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

杣人のNuages

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