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杣人・somabito

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松浦武四郎

お元気ですか?

週末、三重県に出かけてきました。弓道の用事が主だったのですが足を伸ばして松坂に向かいます。
松坂牛のグルメ三昧?いえいえ、今回は美味しい食事はおあずけです。

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訪れたのは松浦武四郎記念館。江戸末期、北海道を歩きまわり地図をつくりアイヌの人々の生活を記録し、地誌を書き残した偉人です。
恥ずかしながら、私が松浦武四郎を知ったのはつい最近の事で、中学や高校の歴史の事業で習った記憶もありません。その経緯のお話は後にして伊勢街道近くにある記念館に入ってみましょう。

建物は小野江小学校の隣にあり、訪れたときはちょうど運動会でもやっていたようで子供たちの歓声が聞こえていました。ロビーに入ると床に広がる大きな北海道地図。受付で入館料を払い展示スペースへ進みます。

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若い頃から旅への思いを持ち、九州や四国遍路をした松浦は28歳の時に初めて蝦夷地を探検調査します。アイヌ語を習い覚え、北海道をくまなく歩いてアイヌの人々生活の様子を記録し文化の素晴らしさを伝えるとともに、松前藩が行なっていたアイヌの人達への政策に強く反対し松前藩から命を狙われるような危機にもあいます。
1868年、51歳の時には明治政府から「徴士箱館府判官事」に任命され、アイヌ民族の歴史を取り入れながら北海道各地の名前を考える職につきます。
北海道という名前は“北のアイヌ民族が暮す大地”という意味の“北加伊道”という言葉から誕生したのだそうです。

函館生まれなのに何も知らずに育ってしまいました。学校で習う日本史は大抵明治維新ぐらいで終わってしまい、しかも受験に必要な項目を覚える事に終始しています。身近なところに大切な歴史があっても教科書や受験に関係がなければまず取り上げられることはありません。北海道で育った私にとって日本の歴史は外国の歴史と同じくらいに遠いものだと感じていたのです。

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館内には松浦武四郎の業績を紹介するパネル展示や書、品々が紹介されています。東京の国際キリスト教大学に現存するという晩年使っていた一畳敷の書斎が再現されたものもあり、入って見ることもできます。起きて半畳寝て一畳と考えていたのでしょうか。官職を辞し東京で晩年を過ごしながらも西日本を廻ったり富士山に登ったりし続けた松浦武四郎です。書斎は一畳でも頭の中には全国の風景が広がっていたことでしょう。
旅をすること、その土地の人々の生活を知ることの大切さを一畳の書斎から知ることができます。

受付に戻り、近くにある生家の場所を尋ねると地図で分かりやすく教えてくださいました。

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生家は一般公開はされていませんが、簡単な紹介文が掲示されています。
生家の奥には今も人が住んでいらっしゃるような建物が見られます。どのような方がお住まいなのでしょう。

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記念館の受付では北海道の各地に点在する松浦武四郎の足跡を知らせる地図も頂戴してきました。北海道を旅するときに訪ね歩くのも良いでしょう。旅の楽しみが一つ増えました。

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さて、この記の冒頭、松浦武四郎の事を知ったのは最近のことだと書きました。その経緯を書いて感謝を申し上げたい。

きっかけは時々お邪魔しているブログ『探偵小説三昧』のsugataさんが函館出身の作家高城高さんの『ウラジオストクから来た女 函館水上警察』を紹介してくださったことによります。明治の函館を舞台にした警察ものですが、この本の前作『函館水上警察』に若い森鴎外が函館を訪ねたことを織り込んだ作品があり、日本で初めて天然痘の強制種痘を行った深瀬洋春という医者が登場します。当時函館は東京以北最も栄えた都会であり、海外の新聞にも紹介されるくらいの賑わいをもつ街でした。
森鴎外が訪ねた函館、深瀬洋春が西洋式医療を広めた函館はどんな風景だったのだろうとネットを逍遥したところ、「北海道地域医療研究会」というグループの運営委員をされている函館の間島さんという方が書いた文章に出会います。「~蝦夷地のアイヌ種痘之碑を訪ねて~」という文章ですが、間島さんは「松浦武四郎の足跡」を訪ねる旅というのを趣味とされているそうで、簡単な松浦武四郎の紹介と北海道と命名した事、三重県に記念館があることが記されていました。

北海道を遠く離れた三重県出身の松浦武四郎という人物がどのような経緯で「北海道」という名をつけたのか気になります。実は私の名前も北海道に由来して付けられていますので、私にとって松浦武四郎を知った事は名付け親に出会ったような感もあるくらいです。
いずれは機会をみつけて記念館を訪ねてみたい。そう思っていたのが、今回実現したのです。

人は旅に出て様々なものに出会います。今回の私の旅は三重県松坂の偉人松浦武四郎と北海道との出会いでした。この素晴らし出会いを導いてくださった本やネットを通じての人達に深く感謝したいと思います。皆さん、有難うございました。



追記)
この記事を書いてからあらためて松浦武四郎を検索してみると、北海道各地の足跡を訪ね歩いて紹介しているブログが色々とあることを知った。素直に嬉しい。私もいつの日か訪ねてみたいと希望が広がる思いだ。
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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鍵コメ様へ

コメント有難うございます。
まだまだ知らない事がいっぱいあります。
思わぬ出会いや切っ掛けで世界が広がってゆくのって楽しいですね。

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