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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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『新しい人生』

お元気ですか?

最近はパートナーさんが勤務先から持ち帰る情報を楽しみにしています。昨日も小学校と中学校の卒業式の日程の決まり方についての話題が出たようで、兄弟姉妹で小学校・中学校を卒業する場合を想定して日をずらしているんだとか、市議会議員が挨拶をすることを考慮しているんだとか、およそ私達には分からない事情が当たり前のようにあるようです。

ジョルジュ・シムノンの『新しい人生』を読みました。集英社のシムノン選集の一冊です。中学生の頃からいつかは読もうと思っていたシムノンのメグレシリーズですが、長い年を経てようやくメグレを読むようになると同時にシムノンの推理小説以外の作品にも強く惹かれています。シムノン自身、メグレシリーズを「他の作品との位置づけではほとんど遊びに等しい」と語っていたとも伝えられ少しばかりリラックスした感じで書いていたのかもしれませんし、それに比べて文学作品を書きたいという希望を持っていたことから考えるとより挑戦的に取り組んでいたようにも感じられます。
それほどに『新し人生』は素晴らしい小説です。

『新しい人生』はこんなお話です。
レストラン経営と食品販売で成功したマラ-ル家の会社に勤めるデュドンは経理を担当しているが、マラール氏がポケットマネーを請求するのに乗じて自分用にもちょろまかしながら何時かは露見するのではないかと思っている小心者の男。
ある日、デュドンは娼館からの帰りに市議会議員でワイン商であるジベの車に轢かれ重傷を負ってしまう。浮気相手を車に乗せていたジベはデュドンに専属の看護婦アンヌ・マリーをつけて厚い介護をし退院すると自分の会社に雇い入れもする。
デュドンはジベの会社でも仕事の手腕を発揮するのだが、それは彼が小市民であるがゆえにワインを販売させている小売店の小さな悪事に鼻が利くからだった。アンヌ・マリーと結婚し新しい生活を始めるディドンであったが、交通事故の静養に行ったロワール河沿いサンセールのホテルでマリーと言い争いをする。静養からパリに戻ったディドンは再び娼館に通うようになり、マリーもかつて関係のあった医者と逢うようになりながら、二人の生活は続いていく。

どこにでも居そうな男の姿を通して描かれたとても深い話です。それは、この話のテーマが告解だからなのです。
デュドンは何時も心の中に告解を描いていて、それは子供の頃の母親の影響もあるのですが、その告解があることにより罪を犯す事が必要な事、少なくとも当たり前の事にすらなっているのです。会社の金をちょろまかすのも金が欲しいからという理由ではなく告解するべき悪事を自分が犯していることが必要だからです。
デュドンは自分の罪を知っているように、他人の罪もよく分かります。ワインの小売店が契約に違反して小金を得ていることも、ジベが浮気をしていることも、アンヌ・マリーの親兄弟の俗っぽい見栄にも少しも嫌悪することなく、さもありなんと受け入れます。でもそれは慈悲でも理解でもなく、不感症的な受け入れと言っていいでしょう。
シムノンへの賛辞を送るアンドレ・ジイドはシムノンの『片道切符』という作品について「『異邦人』との酷似が云々されていますが、あなたのほうがもっと遠くまで言っているのではないでしょうか?いつのまにか、とでも言ったらいいかと思いますが、芸術の絶頂にまで達しています」と言っているそうですが、ではシムノンがカミユほどに不条理をテーマにしているのかと言うと私にはそうとは思えません。ある意味では不条理もそのままにさもありなんと受け入れているというほうがふさわしいように思うのです。
同じような意味で、訳者の栗津則雄氏が「この題名「新しい人生」(Un Vie comme neuve)は文字どおり訳せば「新しきがごとき人生」とも言うべきものであって、題名が示すように、ここに物語られているのは、まずしい会計係と看護婦とを束の間おそった「新しい生活」の幻と、その消滅の悲劇だろう。」と言っているのは半分あたっているかもしれませんが、本質で違うと言えるでしょう。
デュドンにとって人生は罪とともに生きる悲劇の中にあります。それは会社が変わろうと魅力的な看護婦と結婚しようと変わるものではありません。ですから新しい生活のように見えても本質では何も変わっていないのですから消滅というのはありえないのです。新しい生活への変化が幻と消えた事が悲劇なのではなく、罪と共存する生活が続く事が悲劇なのです。

ではその変わらない本質とは何かというとそれは告解に他なりません。つまりキリストの存在が人間の罪を規定しているのです。さらには、キリスト教徒であるかなしかにかかわらず、私達は自分の中に変えたいもの逃れたいものを持っていることに気づきます。そして多くの場合生涯を通じてそれと向き合わなければなりませんし、それは深い悲しみと痛みを私達自身に与え続けます。それを罪と言うかどうかは別としてですが。

ジョルジュ・シムノンはメグレシリーズでも人間の罪と哀しみを見事に描いています。探偵小説と文学作品との垣根を私は意識しませんしジャンル分けをもって作品の優劣を言うのは勿体無い話だと思っています。しかしながら、この『新しい人生』に描かれたテーマ、表現方法は主題をいっそう明確に示した点において非常に素直で素晴らしい作品であると言えるでしょう。私はこうゆう人間の本質を考えさせる本に巡り会えた事を喜びたいと思うのですが、哀しい現実の再確認に時々深い溜息もつきたくなるのです。
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テーマ : 読書感想
ジャンル : 小説・文学

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