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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
Nuages・・・雲のようにふんわりとしています

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父の帰宅

お元気ですか?

函館での私の役目も大方終わりつつあります。
母の退院とともに、父にも退院したいという思いが膨らみますが、実情は退院出来る体力はありません。そこで外出許可をもらい家に連れ帰ってみることにしました。婦長さんに話、医者の許可を得ます。外出日を日曜日の午後と決めました。
車椅子のまま乗せることの出来るレンタカーを探しましたが、生憎貸出中というので屋根の高い車を借りて乗り降りは私が背負って行うことにします。
当日、昨日退院したばかりの母と一緒に病院に向かい、父の病室に入ると、父はこれから帰ることが出来るという喜びで気合が入っています。どうしても着たいというシャツと背広に着替え車椅子に移して病室を出るとナースステーションから皆さん出てきてくださって「良かったね」とか「おしゃれだね」などと父に声をかけてくれます。なるほど、背広を着た父は少しシャキッとして見えますし私達の目にも馴染んでいますからベッドの上のパジャマ姿とは明らかに違い父らしく映ります。
看護師さんから外出許可証をもらい、見送りを受けてエレベーターに乗ります。
病院から家までは20分ほどの距離ですが、「会社の前を通って行く?」と訊くと、父も賛成してくれましたので少し遠回りですが、長年勤めた会社の建物の前を通ってから家に向かいます。

家につくと親戚に電話をしたいと父。車椅子に乗ったまま電話機の傍まで行き、母がダイヤルを回して先方が出たところで父に替わります。病院のベッドで話したいことを用意していたのでしょう。大きな声でしっかりと話をしています。

その間、私は近くのスーパーに父のリクエストであったお刺身やちらし寿司を買いに出かけ、急ぎ買い物を済ませすぐ家に戻り、食事の用意です。これも父の要望の鯛の潮汁を作り、お刺身とちらし寿司を食べやすくし、母が介助しながら食事が始まります。これまでも「何か美味しい物が食べたい」という父に鮭を焼いたり玉子焼きを持って行ったりとしてきましたが、病院には生物は持ち込めません。久しぶりのお刺身に父の食も進みます。母はスプーンを使って口に運んでいましたが、終いには自分で箸を持ちお刺身を食べています。これには私達の方が大喜びです。箸を使う父を久しぶりに見ました。
食事を終えると果物が食べたいと言います。用意はしてなかったのですが、パインの缶詰があったので一口で食べられるように小さく切り、ガラスの器で出すと父はこれも完食です。食べることの大好きな父らしい食事です。

食事を済ませ、ソファーで横になっていると時計は4時半です。庭の花木も見られました。父の気持ちも落ち着いたようです。そろそろ病院に戻らなければなりません。玄関までは車椅子で、そこから車までは私が背負って運びます。来た時よりは少し上手になったようです。

病院に戻り、担当看護師さんに外出許可証の半券を戻しながら状態の報告と食事内容の報告をします。4時間の帰宅でしたが、排泄は事前に病院で対応してくださっていたので私達が関係することはありませんでした。ベッドに戻る前には背広の着替えも看護師さんが手伝ってくださり、さりげないサポートが心に届きます。

体調良くこの日を待ってくれた父、自分のやりたい事をはっきりと伝えてくれた父のお陰で充実した外出が完了しました。父も私達も大満足の外出でした。

翌日の月曜日、病院では父の入浴日なので使用したタオルや下着をとりに行きます。エレベーターを降りたところで婦長さんに会いましたので外出が無事に済んだ事のお礼を伝えると、「お父さんとってもいい顔ですよ。」と喜んでくださいます。
父のリハビリをしてくださる、若い療法士さんも「お父さん家に帰ったって喜んでいましたよ」と声をかけてくれます。
病室の父は非常に満足気で落ち着いた様子です。私が持ってきた紅茶を飲みながら、「病院でも6時に夕御飯が出たのでそれも食べたよ」と言います。よほど家に帰ったことで機嫌が良かったのでしょう。
私に「お世話になりました。着られる背広はみんな持って行っていいよ」なんて言ったりもします。

帰り間際、「今度函館に来られるのは8月だけど、その時も家に帰られるように元気でいてね。」と私が言うと父は「次は退院だ。」という返事。どこまで本気なのか判って言っているのかははっきりしませんが、元気になれば家に帰られるという希望を父が持っていることは確かです。去年の10月、いよいよ危ないからと医者に呼ばれて函館に来た時の父の様子からは想像も出来ないくらいの回復なのです。父の生きる力に感謝して今回の函館の帰省を終えることができます。

今日はこれから、母の生活のサポートをお願いする訪問介護の人が来ます。老いた母には自分の生活のリズムがありますし、流儀もあります。それを理解していただいた上でどのようなサポートをしていただけるのか、打ち合わせをしなければいけません。まぁ、なるようになるしかないですね。

ではまた。
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コメント

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No title

おはようございます。

おとう様に取って我が家は何にも代え難い存在なのでしょうね。
記事をはいけんしながら じーんとくるものがありました。

大好きな我が家で 愛するご家族といっしょに
お好きな食事を戴き 生きる喜びをかみしめられたかもしれませんね。
外出した事で心にも 体にも 活力が戻られたご様子。
本当に良かったなあと心から思います。

杣人さんも 函館を離れると言う事は後ろ髪を引かれる想いでしょうが
又8月にはお会い出来るという事が ご両親様にとっても
明日への希望に繋がると思います。

Re: No title

けい様 暖かいコメントを有難うございます。
今更ながら両親の歴史に触れ家族の一員に生まれ育った事に感謝しています。
少しでも両親の喜びに手伝える事が私の務めであり喜びです。


杣人のNuages

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