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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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『エデンの東』

お元気ですか?

朝から強い日差しで蒸し暑いのですが風は9月の秋の臭い。昨日までの仕事の緊張から離れのんびりした週末を過ごしています。

WOWOWで『エデンの東』をやっていたので朝食前の一本で観ることにしました。『エデンの東』は小学生の頃、母に連れられて映画館で観ました。市電を降り家に帰る道、母が「男親と観るといいね」と言ったのを覚えています。
ジョン・スタインベックが原作を書いたのが1952年でエリア・カザン監督が映画にして公開したのが1955年ですから小説発表と同時に映画化権を買ったのでしょう。ジェームズ・ディーンの主役初出演ということでも映画ファンには記憶に残る映画ですが、ストーリーと共に映画としての完成度が高く何度観ても感心する映画です。

お話は、旧約聖書のカインとアベルの物語を下敷きにしていますが、映画では家族との確執、善と悪の存在、愛情の在り方などが示されていて丁寧な脚本により濃い内容となっています。
1917年、カルフォルニアのサイナスに住むキャルは双子の兄アロンと農場を経営する父アダムと暮らしています。敬虔なクリスチャンである父アダムは真面目で父の教えに素直なアロンを可愛がっていますが、奔放なキャルを嫌っています。アダムはキャルの中に家族を捨てて出て行った妻ケートの姿を見ると同時にキャルを受け入れられない自分を恐れているのです。母親は東部に行って死んだと教えられて育ったキャルとアロンですが、キャルはモントレーの港町で母親ケートがいかがわしい飲み屋を経営していることを知り会いに行きます。
父親に愛されていないのではないかとキャルは兄の恋人アブラに悩みを打ち明け、アブラは自分も父親の再婚で父親から捨てられた思いを抱いて傷ついた過去を話し心を近付ける2人。父アダムや兄のアロンの敬虔でよき人の生き方に息苦しさを感じています。
そんな折、アダムはレタスの冷蔵輸送を先駆的に試み運悪く失敗し破産寸前まで追い込まれます。キャルはアメリカの参戦で大豆相場が高騰することを知り母親に金を借りて相場で儲け、誕生日のプレゼントにと父親に渡そうとしますが、アダムはキャルの気持ちを理解しようとせず逆に非難します。父親に拒絶されたキャルを慰めるアブラを見て兄のアロンはキャルを罵りアブラに近づくことを禁じます。
絶望に落ちたキャルは兄を母親の処に連れて行き会わせ、母親の真実を知った兄は自暴自棄になって入隊し父アダムは衝撃から脳卒中で倒れます。

私にしては珍しくストーリーを書いてみましたが今回注目したのは演出についてでした。実は見始めた時はそれほど意識していたわけではなかったのですが、キャルの映像に影がしっかり付いている事に気がつきます。映画で影というのは珍しいものです。オーソンウエルズの『第三の男』の石畳に映る影は有名ですが、映画で影が描かれているとなると何か意味をもった演出と考えてもいいでしょう。

最初にキャルの影に気がついたのは映画の始まったばかりの処、キャルが自分の悩みを話しているシーンでした。壁にしっかりとキャルの影が映し出されます。聞き手役の人の影は薄く、ライティングを考えても意図的に影を作っているようです。そこでどのようなシーンでキャルの影が出ているのかに注意しながら観ることにしました。するとキャルが悩みながら行動するシーンに強く影が描かれているように見えます。影は何を意味しているのでしょう。
キャルは父親から疎まれ愛情を向けられることが無いので周りからも荒れた性格のように見られています。しかし、彼の言葉や行動を見る限りではとても素直で自分の心に正直です。戦争で非難の目を向けられたドイツ系移民を助けようとする姿もとてもヒューマンなもので、ナショナリズムに駆られている住民とは違っています。そんなキャルの自然な姿に影があるのは人間の中にある正邪両面合わせ持った姿を表しているのでしょう。それに比べ、父アダムや兄のアロンには影は描かれていません。自分のよき人を信じきって生きている彼らには自分の中にある影の部分を見る目が無いのです。人間に対して正直であるキャルの方がよき人である人間より苦悩に満ちた生き方をせざるを得ないのは皮肉で哀しい事です。
場面が進むにしたがって、キャルの影が苦悩を持った姿を表していることが見えてきました。すると次の興味がわいてきます。母親と2人で逢うシーンではどうなのかという事。これは実に驚くほどに影が無いのです。最初に探し当てて逢うシーン、穀物相場に張るお金を借りに行くシーンでは母親もキャルも影が描かれていません。同じ性質を感じ合う親子の姿を表す心通わすシーンです。互いに自然な心を素直に見せ合う親子に影は必要無いのでしょう。
終盤、父親に拒絶され、兄にもアブラに近づいたり話したりしてはいけないと、つまり家族ではないと否定されたキャルは木陰から出てきて兄を母親のもとに誘う時、そこに影が漂います。そして、母親の居酒屋につれて行き母親に合わせたドアを閉めた廊下にはキャルの黒い影が長く伸びるのです。
話はそれますが、この時の兄アロンの演技は秀逸で兄が自分の母親の存在を予感していたことをうかがわせています。言葉や態度ではなくアロンの困惑した表情の中にそれを表しているのですがこの演技の深みはたまりません。

今回観た『エデンの東』、パートナーさんが起きてくるまで時間があるからと見始めたのですが、ふと気がついた影にとても充実した見方が出来ました。私達は正しくあろうと思いますし正直であろうとも思います。しかしそれぞれがそうである時に、周りにいる人や親しい人と思わぬ諍いを生んでしまうことがあります。思想が違ったり、方法が違ったりと色んな事が原因ですが、親兄弟近しい人ほどその諍いは強く現れます。そこから救われるためには相手を許し、認めて愛することが大事でしょう。自分と違うものを許し愛することは難しい事ですが、拒否や非難からは何も生まれてきません。

私の影はどう皆さんに映っているのでしょうか。



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おまけ)

今回観た『エデンの東』は母と小学生の3年生か4年生の頃に観たのだと思います。母は自分が観たかったので私を連れていっただけなのですが、私の記憶に残る映画の一つとなってしまいました。今でも影響をもっているのですから、子供の頃の体験というのは恐ろしいものがあるとつくづく感じます。
今回は影に注目しましたが、果たして私の見方がエリア・カザン監督が意図したものと合致しているかどうかは全くわかりません。そう外れているとも思いませんが・・・。本にしても映画にしても音楽にしても、自分の興味の向いたところを確り注目すると同じ作品でも幾通りもの楽しみができますね。何回も観ている『エデンの東』ですが思わぬ楽しみを得ました。

皆さんはどんな映画の楽しみ方をなさっていますか?
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