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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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『渡りの足跡』

お元気ですか?

秋分の日、当地は暖かな日差しの穏やかな日を迎えました。パートナーさんは「今日はお萩を作るね」と言って律儀に台所に立っています。

梨木香歩さんの『渡りの足跡』を読みました。先日読んだ『エストニア紀行―森の苔・庭の木漏れ日・海の葦』にコウノトリを見たいと希望していたのに、エストニアに着いた翌日に気候の大きな変化が訪れコウノトリが一斉にエストニアからアフリカに向けて飛び立って行ったことが書かれていました。梨木さんのこれまでの作品に境界とか変容といったキーワードを見つけて読んでいた私は梨木さんがコウノトリの渡りに感心を持ったことに興味を覚え、どうゆう理由が彼女の中にあったのかを知りたいと思い『渡りの足跡』を読み始めたのでした。

「雪と針葉樹に囲まれた北欧の海の入り江のような、屈斜路湖を、上から覗き込むようにして飛行機が斜めに降下を始め、やがて気がつけばすぐ下が女満別空港の滑走路だった。」と始まる冒頭は、『エストニア紀行』のラストでタリンを離陸した飛行機の窓から自分の旅した街や道路を確認してコウノトリの目と重ねあわせるのと呼応し、期待を抱えながら飛行場に降りる梨木さんが鳥目線となって読者を引き込みます。しかもそこは私も見知った風景であり、さらに知床半島に向かう道を車で走る梨木さんの目に映るものは私の記憶にあるのと同じ風景です。『エストニア紀行』とは違う気持ちの昂ぶりを感じながら読み始めます。

読み始めてすぐ、梨木さんは二つのテーマを示しています。カッコ書きのなかに(「案内人」という言葉を私はとても重要に思うので、ここではそう呼ばせていただくことにする)と示したそれは本書全体を通じて注意を払うべきテーマです。『エストニア紀行』でも、「案内人という個性のフィルター」がどうゆうものであるか知りたい言っている梨木さんです。「案内人」という日本語に単なるガイド以上の働きを見ているのでしょう。そのことは本書の中で後にデルスー・ウザラーに言及することでよりはっきりします。
もう一つは「旅立つ、ということを、長くても短くてもある程度住み慣れた場所を離れる、ということを、決意するときのエネルギーはどこから湧き起こってくるのだろう。」という明確な興味。衛星による渡り鳥の移動経路の調査を紹介し、「思えば近所の池や川に飛来するカモたちにも、一羽一羽、このような物語があり、命がけで旅を終え、奇跡的に辿り着いているのだ。」とエネルギーは物語の原動力であること、その物語に梨木さんが惹かれているのが分かります。

私の原風景の一つに母の家の窓から函館湾を眺めている自分の姿があります。函館山の中腹に建てられた家の二階の窓は出窓になっていてそこに肘をついたり、すっかり腰掛けたりして海を飽きずに見ていたのです。湾を行き来する船は北洋に行って漁をする漁船であったり津軽海峡を渡り物資を輸送する船であったりしますから、子供の私には風景はそのまま北海道の外、それも本州ではなく海外につながっていました。外国語を勉強する喜びや旅に出てふらりと街を歩く楽しみはこの原風景に拠っていると言っていいでしょう。同時に、私のなかにある「此処の人ではない」という気持ちもこの原風景によって育てられます。父が新潟から北海道に渡って来たように、私は何処に行くのだろうという思いは生まれ育った街であるにも関わらず函館に帰属する意識を生むことはありませんでした。何処か私が住むべき場所を探す気持ちは、「此処の人ではない」という乾きを抱えながら私の心の底に染み込んでいったのです。

本の話に戻りましょう。梨木さんはベーリング海をシーカヤックで渡った経験をもつ新谷暁生さんを紹介し(本当に残念なことに彼の本は当地の図書館に無い)アリュート人の姿に触れます。ベーリング海が海流のせいで意外に暖かく、海で暮らす彼らがシーカヤックによって文化を発展させていった事を紹介しながら、「アメリカとロシアに蹂躙され、その文化は壊滅的打撃を受けた。」「十九世紀末ロシア人達に連れてこられたアリュート人は、従来の自分たちの見知ったコースを大きく外れて千島列島のシムシル島周辺の海でラッコ猟をさせられていた。その海の水は、故郷の海とは全く違う冷たさのものだったろう。ことのきのアリュート・カヤック、それからその特徴的なパドルが、函館市北方民族資料館に展示されている。」と書きます。ああそうだった。私たちが函館の資料館で見て力強さに圧倒されたあのカヤックはそうゆう歴史を持っているんだと改めて思い出します。美しい民族衣装、繊細な装身具と同様アリュート人のどこからか来て住み着いた人たちの力強さです。

梨木さんの「渡り」はアリュート人に留まらず太平洋戦争の最中、アメリカに住む日系人たちが強制収容所に収監され、他のドイツ人やイタリア人と比べても不当に差別的扱いを受けた歴史にも触れます。彼らは二世三世というアメリカで生まれアメリカ人として市民権を持っていた人たちでした。そのため、自由と民主主義、平等を国民として信じていたにも関わらずアメリカという国がそれを自ら誤ったことに深い失望を感じます。そのためアメリカ政府に対して訴訟を起こしたりもします。また日本に送還される人も出ます。最近ではアメリカのテレビドラマなどでも日系人の強制収容の問題は題材にされていますので私が細かく書くところではありません。人間は自らの意思とは別のところで「渡り」をしなければならない場面に置かれるということがポイントで、梨木さんはこの章を「生きることは時空の移動であり、それは変容を意味する。それが「渡り」の本質なのだろう。ノーノーボーイたちも、オオワシも、私も。生きものはみな、それを生き抜かなければならない。その道行が、ときにどんなに不器用で、本人自身、当惑するような姿をして現れてこようと。」と結びます。
この「渡り」が「変容」であるというのは重要なテーマです。単に暖かいところで過ごし子作りをするために南の土地に渡ってくるというだけではないのです。

私は『渡りの足跡』に二つのテーマを見ました。一つは「渡り」のエネルギーは物語の原動力であり、その物語に興味をおぼえるということでした。もう一つは「案内人」です。梨木さんは「案内するもの」という章でウラジオストックへの旅を紹介し「案内人」のことを書きます。カーチャという函館の極東大学分校に留学した経験をもつまだ若い通訳と一緒にアルセニエフ博物館を訪ねます。アルセニエフはロシアの探検家ですが、私は彼の案内人デルスー・ウザラーを黒澤明監督の映画で記憶しています。アルセニエフは過酷な自然のなかで「この男と一緒なら死ぬことはない。」と絶対的な信頼をデルスー・ウザラーに寄せます。ここに帝政ロシアから来た探検家の「変容」を見ることができます。しかし「変容」は人間のもっと深いところで起きることをロシアの自然は教えてくれます。それはアルセニエフが知人に送った手紙に書かれた一節です。アルセニエフは探検で四回餓死しかかり、21日間続いた最後の飢餓状態のときに愛犬を食べたというのです。『アルパや哀れ。お前は八年間も歩き続けるという生活を共にしてくれた。そして自分の死によって、私と仲間を救ってくれた』とアルセニエフは書きます。そして、梨木さんは「アリパもまた「案内人」の役を担っていたに違いない。(中略)「案内人」という客体であったものが、いつか「主体」に吸収される、象徴的な事例のように思えて、この個所を読んだ時はしばらく考え込んだものだった。」と。
「案内人という個性のフィルター」に興味をもつ梨木さんですが、そのフィルターは案内を受ける旅人(主体)に吸収されながら主体を変容させてゆく力を含んでいるのでしょう。その「案内人」との浸透性に反応し変化を受け入れることが出来るかは旅人の気づきでしょうが。

少し長いお話になりました。梨木さんは『渡りの足跡』を次のように終えています。
「生物は帰りたい場所へ渡る。自分に適した場所。自分を迎えてくれる場所。自分が根を下ろせるかもしれない場所。本来自分が属しているはずの場所。還っていける場所。たとえそこが今生では行ったはずのない場所であっても。」

私は家の窓から函館港を見て自分が向かうべき場所を思っていました。「渡り」の準備をしていたのでしょう。東京に出て様々な人や出来事に会い本を読み、これらは全て「案内人」だったのかも知れません。数年前当地に移ってきた時、東京を離れる寂しさを思いながらも、新しい土地に待つ何かを私は期待していました。決して都合の良い未来を思ったわけではありませんでしたし、実際そうもなりませんでした。しかし、私は生きて自分が向かうべき世界を模索しています。頑固な性格ですが「変容」もあったと思います。幸いなことに、もう少し物語を続けるエネルギーも持っているつもりです。まだまだ「渡り」は続いているのかも知れません。
何処かの干潟で皆さんに微笑んで会釈を交わせるかも知れません。


渡りの足跡渡りの足跡
(2010/04)
梨木 香歩

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