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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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『不思議な羅針盤』

お元気ですか?

梨木香歩さんの本が続いています。気になると集中して読もうとするのは私の癖です。これが古本屋さんで探してというのでしたら何年越しでとなるのですが、今回は図書館で借りていますので、以外に次から次と読むことが出来るのです。しかし、作家が何年もかけて書いている作品をあれもこれもと読んでいると私の中に落ち着きのなさのようなものを感じ出します。それは作品たちがそれぞれ持っている距離感や梨木さんが思考し作品に仕上げていった時間を無理に縮めてしまったことからくるものです。あまり急いで読むと一つの作品が私の中に沁みて定着する間もないうちに次の作品が混ざってしまい、熟成のしかたに無理が生じるのでしょう。書き出した未読の作品リストを見ながら少し反省をしています。

『不思議な羅針盤』は雑誌『ミセス』に2007年1月号から2009年12月号まで連載されたエッセイをまとめたものです。読者層は梨木さんと同年代ですからきっと反応もよかったのでしょう。3年に渡るエッセイの内容は梨木さんの様々な視点を知ることができます。
エッセイという言葉を知ったのはいつのころでしょう。小学生のときに教科書にあった文章が最初かも知れません。中学生の頃、遠藤周作がブームになり狐狸庵先生や北杜夫、阿川弘之などがインスタントコーヒーをテレビの中で飲んでいました。狐狸庵先生は従姉妹のお気に入りでしたので私は近寄らず、吉行淳之介に向かいます。まぁ色気づく頃ですから正しい選択でしょう。とにかく小説とは違う読み物とのお付き合いはこの頃からなのです。
小説を読むときは物語を楽しみます。その上で作者が何を描きたかったのかを考えますが、エッセイの場合はこれが私の視点ですと直接的に読者にメッセージが届けられます。これは結構大変なことで、読者は作者のストレートな視点や感情と向き合わなければなりません。作者の生身なところと付き合わなければならないのです。梨木さんは正直な人のようで、エッセイの中で作るということをしていません。少し硬さを感じるくらいに正直でストレートな方なのです。

『不思議な羅針盤』は雑誌に掲載されたエッセイですから、季節感や時事的なことを含みながら書かれています。庭に見つけた草花、犬の散歩の出来事から動物の野生性、そして人間の事。その文章は読者と雑誌の距離感と同じような距離感をもって読者に向き合います。『ミセス』は大きくて結構重い雑誌です。手に取って読もうとするときそれは読者に覚悟を求めます。読者も年齢層は高めですですから意識の高さ価値観も定まった方が多いでしょう。受動的では決してない読者にエッセイといえども、いやだからこそ、真剣勝負、正直に向き合わなければならないでしょう。
梨木さんの読者はエッセイを読み改めて梨木さんを知り微笑ましく思ったり共感したりするでしょうし、ご存知無かった方は草木を見たり電車の中の風景にふとエッセイを思い出して梨木さんの視点と自分の感性をくらべて新しい発見をするかも知れません。もしかしたらそうして次の雑誌の発売を待つ楽しみを得るかもしれません。雑誌に掲載されるエッセイというのはそうゆう距離感を読者に持たせます。
一方単行本になったエッセイを読むとき、私はある緊張をもって読み出します。今ふとそれは寿司屋のカウンターに座った時の緊張と似ているかもしれないと思ったのですが、並べられた魚の前で、どう調理されるのか自分の経験知識感性といったものをフル稼働させながら板さんと向き合う緊張です。
作者は何をどうゆう視点から見て何を感じそれをどう表現してくるのか。それを私はちゃんと捉えることが出来て、さらに自分のものと比べることが出来るのか。そうゆう向き合う緊張が物語を読むのとは違う形でエッセイには存在します。
しかも、その緊張は雑誌に掲載されるリズムとは違い、頁をめくるたびにやってきますから、クイズの早押しボタンを押すような緊張を体験することになります。これがテーマの決まったエッセイならこれほどでもないでしょう。食べ物に関するエッセイだったり映画に関するエッセイだったりと前もって分かっていればこちらも心構えが出来ています。池波正太郎のエッセイにはそうゆう読む側の安心感がありました。しかも彼はエッセイを作っています。

梨木さんの雑誌に掲載されたエッセイは話題の切り口が色々で、植物や動物の話となると私は最初から降参しているのですが、それでも、カラスと話をするところでは、函館の家でカラスと睨み合った事を思い出しますし、彼女自身の小学生の頃を書いた文章では人間の個がもつ方向性の狭さについてふれていて全く共感してしまいます。
平松洋子の『夜中にジャムを煮る』やイサク・ディネセンの『アフリカの日々』など記憶に残る本が取り上げられていれば密かに喜びもします。
それでも『不思議な羅針盤』を読み終えた今、少しばかり疲れてしまっています。そして読み方を間違ったかなと思ったりするのです。雑誌の連載という使命を終え、単行本になったとはいえ、この本に収められている文章は時間を置きながらゆっくりと読むべきものであったに違いない。一つのエッセイを読んだらそれが静かに自分の中に収まるのを見届け、自分の日常の中で思い出してあげることで根付かせる必要のある文章たちなのだったと。

子どもの頃、図書館から借りてきて読んだ本でどうしても手元に置いておきたくて、結局書店で買ってしまったように、梨木香歩さんの本は自分の本棚に収め時々読み返しながら熟成を楽しむことが必要な本なのでしょう。そうゆう作家と出会っていることを私は喜んでいます。

不思議な羅針盤不思議な羅針盤
(2010/12/17)
梨木 香歩

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