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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
Nuages・・・雲のようにふんわりとしています

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記憶の塊

お元気ですか?

昨日は台風一過で高い青空に蒸し暑いくらいだったのが、今日は一転雲に覆われて雨交じりの寒さ。家の前の田んぼには刈り取られたあとの藁が水の引いたままに散らかって残され、そこにいつにも増して鳥たちが集まって賑やか。

最近左の耳の上、脳の中にこぶし大の塊があって、それは薄い茶色のようで輪郭が絵の具を水で溶いたようにぼやけているのだが、その中にどうやら記憶の一篇がいくつか入っているようだ。ふとした拍子に何かを思い出そうとすると決まってその脳の中の塊が浮かんでくる。何を思い出そうとしているのかも定かではないのだが、その塊に手を近づけると手のひらに二つ三つ柔らかいぼんやりと形になろうとしているものが乗っている。ただし、見つめてもそれが何なのか皆目わからない。
何かはっきりしないもどかしい感じがあって、頭に手をやったりするのだが、もちろん脳を掻くわけにもいかないし取り出して見るとゆうのも出来ない。
そもそも、それが記憶の塊だというのは私がそう思っているだけなのだが、それはかなり確からしい。大切な記憶なのか他愛もないものなのかはわからないが、手にとったそれを見ながらあぁこれがはっきり見ることが出来れば因果が分かるのにと予感する。しかしそれは蛸の卵が薄いけれどしっかりした皮膜に覆われているように姿を現さないままだ。

この脳の中の塊は何かを思い出そうとするときに現れるのではない。何事もない普通のときに突然現れて、私に記憶を見るように要求するのだ。だから、昨日の塊と今日の塊とでは、検めることがまだ出来ていないが、中身が違う。それは分かる。まるで記憶の方が何か意思をもって私に思い出してもらいたがっているかのようである。

そもそも、私は何処にいるのだろうか。現実というものが記憶の連続性の中にあるとしたら、そしてその記憶をところどころ溢れ落としているとしたら私がいる現実は作り替えられていないまでにしろ随分と隙間だらけの不完全な現実なのではないのか。その現実の不完全さに不安を感じた私が記憶から溢れ落ちた現実をすくうようにして拾い集め補完するように欲しているのではないのか。
だが、溢れ落ちたのにはそれなりの理由があったのではなかったのか。記憶が必ずしも私にとって喜ばしい都合の良いものとは言えない。むしろと留めたくないからこそ溢れ落ちてしまったのではないのか。その記憶が私にもう一度居場所を要求している。
脳の中の薄茶色の塊の中にある記憶の一篇一篇を見つけ出し、私の中に置き直してやることで何が変わるのか。そんな事を思いながら最近自分の脳と付き合っている。

********

そんな生活をしていたら、梨木香歩さんの『F植物園の巣穴』という本を読んだ。植物園に勤務する男が迷い込む異界の話なのだが、梨木さんらしく意識と世界とが重なりあって境界がぼやけているのが愉快だ。
私の脳がこの本を読んで自分の脳を理解する助けにしろとでも言っているのだろうか。

f植物園の巣穴f植物園の巣穴
(2009/05/07)
梨木 香歩

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