プロフィール

杣人・somabito

Author:杣人・somabito
Nuages・・・雲のようにふんわりとしています

カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
リンク
ブログランキング

FC2ブログランキング

人気のあれこれ!
月別アーカイブ
最近のトラックバック

おやつの話3・・・柿の種

お元気ですか?

『アンソロジー おやつ』PARCO出版を読み終わった。こうゆう本は決して高尚ではない。それどころか他人の心の内をそれもけっこう素直な部分を覗き見した気になってちょっと恥ずかしさすら感じる。それでも、そうそうって共感したりやっぱりこの人変って妙な納得をしたりするのが期待を裏切らないのでついつい読んでしまう。ただ次から次とおやつへの思い出やこだわりを読んでいると少しばかり胸焼けがする。池波正太郎のエッセイだって立て続けに読めばやはり食傷気味になるだろうから出版社や編集者を責めてはいけない。面白がって読んでしまった私が悪いのだ。

本を読みながら虎屋の栗むし羊羹や泉屋のクッキーを話題に登場させたが、高級なお菓子をいつも食べているわけではない。どちらかというとお菓子は買わないほうで、それは子供の頃から変わらない。母親と買い物に行って私の好きなお菓子を買ってもらった記憶が無いし、小銭を握って店屋に入り自分用にお菓子を買うという経験も無い。
子供の頃、森永のチョコボールというお菓子があって箱についているシールを集めて応募すると九官鳥の人形が当たるというのをテレビのCMで流していた。ある日、友達の家にその九官鳥が当たったというので見せてもらったことがあったが、九官鳥そのものよりそのためにいくつチョコボールを買ったのだろうと想像すると不気味になった。子供ながら呆れてしまったのである。
私の家でお菓子といえば、頂き物か、来客用に用意したお下がりであって、日常的に買っておくものではなかった。それだけに季節の折々に父の故郷から届く荷物の中に米に混ざって笹団子やゆべしといったお菓子があると宝物を掘り当てたように嬉しかった。そんな故郷から送られてくるお菓子の一つに元祖浪花屋の柿の種があった。朱色に蟹の絵が描かれた包装紙は今も変わらないのだが、この包装紙のおかげで、私は猿蟹合戦の話は新潟の民話だと信じ込んでいる。都合の好いことに父の実家には当時囲炉裏もあり、栗がはぜるのはこんな囲炉裏なのだと理解するのに十分であったし秋になれば渋い柿も送られてきた。私の想像は柿の種を前に広がった。
こうして柿の種は私の好物のお菓子となったのだが、柿の種には今や世界進出を図る亀田製菓がある。ブルボンと並ぶ新潟県のお菓子メーカーだが、亀田製菓の売りは柿の種とピーナッツを一緒にした柿ピー。いわずと知れた大ヒット商品だ。これに対抗して元祖浪花屋のそれは頑なに・・・と思いきやチョコレートなどをコーティングした柿の種なども出してなかなか遊び心で勝負をかけている。
柿の種を食べ続けて半世紀の私としては、普段柿ピーを頂きながら、たまに元祖浪花屋の柿の種が届くと、やっぱりこれだねと節操のない姿をさらけ出すのである。

本の中に酒井順子の「袋菓子の陶酔」という文章があった。「カルビーかっぱえびせんは、おいしいから『やめられない、とまらない』のか、それとも『やめられない、とまらない』からおいしいのか」というのだ。
袋菓子に手を入れ、ポイッ、ガリッ、ポイッ、ガリッと単調なリズムで咀嚼を繰り返していくと意識は「無」に近づき、日常の雑事が次第に脳裏から追放されてゆく。袋菓子という決して上品な食べ物でなくカロリーも高く健康のためによろしいとされている食べ物でもないものを食べるという背徳的行為も、やめられないという諦念も後ろめたさがあるからこその快感になっている。(酒井氏の文章をお借りしました。)
こうまじめに考察されると、私など御白洲に転がされた放蕩息子よろしくすっかり観念してしまう。まったくもってその通りでございます。と一件落着のようだが、ちょっと待てよ。私にも言い分がある。
最近の柿の種は小袋に入っているが、これはいけねぇ。袋菓子の矜持ってものがねえ。どうせ庶民の袋菓子だ、お上品ぶって出されても面白くない。どんと大きな袋のまま出てきて好きなだけ手を突っ込んでくれと威張ってくれたがいいだろう。えっどうだい。羊羹に線を引いたのも気に入らなかったが、袋菓子を小袋にしたのもてんで合点がいかねぇや・・・。
と一人テンションをあげながら、柿の種を抱える夢を見ている。

元祖浪花屋の柿の種は立派な缶に入っているのが本来だった。四角い缶の丸い蓋を開け、手をいれて柿の種を取り出すとき、私は満足感を味わっていた。ところがある時届いたそれは缶の蓋を開けるとなんと小袋に分けられた柿の種が入っていた。その残念な気持ち、どれだけ私が落胆したことか。その時缶は缶の役目を捨てただのイミテーションに成り下がったのだった。

母の実家は出入りの人が多くいつもお菓子を用意していた。決して高級なお菓子ではなかったろうが、決まった店が御用聞きに来て大福帳に記帳しお菓子を置いてゆく。そうゆうお菓子は一斗缶に入ってお勝手の隅に置かれるのだが子供たちに缶を開ける自由は許されなかった。一斗缶のお菓子は出入りの人のためのお茶うけであり、子供用のお菓子は祖母や親から手渡されたりみんなで食べるのだと言われテーブルに置かれた菓器の中に盛られた。そんな子供の頃の小さな記憶が、柿の種に繋がるなんて誰が知るだろう。元祖浪花屋の柿の種の缶は実家のお勝手にあった一斗缶の写しだ。缶を開けて手を入れてみたいという密かな思いが半世紀後に芽を出す。

恐るべし袋菓子、恐るべし一斗缶。恐るべし柿の種。

スポンサーサイト

コメント

Secret

杣人のNuages

ブログ内検索
 RSSフィード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ホテル探しに!
クリックをお願いします!
Google