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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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『アンソロジー ビール』

お元気ですか?

居酒屋について書かれた本は沢山あり、何処何処の居酒屋は美味しいだの趣があるだの、その土地の銘酒や料理とともに紹介されるとついそんな居酒屋で日ごろの疲れを落としてみたくなる。でもこれは本を読んでの話。テレビの番組で、「○○の居酒屋放浪記」だの、若い女性の居酒屋探訪を見ていると、あぁなんてつまらない番組だとチャンネルを変えることになる。誰が好き好んで他人が居酒屋に入って常連さんと乾杯なんかして酒とつまみを頼んで赤ら顔になっているのを眺めていられるものか。

『アンソロジー ビール』を読んだ。このシリーズ4冊目、奥付けをみると2014年7月8日一刷とあるから最新のものだろう。『おやつ』『カレー!!』『弁当。』と続き、『ビール』を知ったとき読もうかどうか躊躇したのだが、そこは私の性格、癖のなせるところで、やはり読んでしまう。阿川佐和子と阿川弘之親子の登場はもうこのシリーズおなじみになっているので、もしこの後も続くのならやはり載録してほしい。川本三郎の「駅前食堂のビール」は函館が登場し久住昌之の「九月の焼きそビール」には井の頭公園の茶屋から見た風景が活写されている。どちらも私には沁みる風景だ。
今回の『ビール』では、『弁当』で苦言を書いたような、タイトルに感嘆符や句点はついていないし、小見出しをつけてアンソロジーを区分けするような事もしていないのは嬉しい。小見出しはついていないが、読み始めると日本のビールの文章が並び、海外のビールはどうしたと少しいらいらしだすと、森茉莉の「独逸と麦酒」から海外でのビールの話が続く。ただし、ドイツやチェコのピルゼンを書いたものはあるも、ベルギーのシメイなどトラピストビールに言及したものはなく、ベルギービールを楽しむ私としては残念である。

ビールを最初に口にしたのは子供の頃、正月の親戚の集まりで、機嫌の良くなった大人たちの勢いで舐めてみたのが最初だった。従兄弟同士子供らは決まったように「うへぇ~」と顔をしかめた記憶がある。私が最初に自分で買った酒は高校2年の夏、サントリーのオールドで、ビールを飲むようになったのは大学を出てからだった。もともと量を多く飲むほうではないし、学生時代友達と飲み歩くという機会も少なかったからビールよりもウィスキーやワインの方が性に合っていた。だが、就職するとそうも言っていられない。どこに入るのかというほど飲む。安いチェーン店の居酒屋でつまらない話をしながら飲むビールは正に惰性。これが水なら大ジョッキ三杯も四杯も飲めるものか。
ならばビールを飲まなければいいじゃないかと言うのは酒飲みの心知らず。時間がくれば自然とそわそわし、仲間を探し、理由を見つけていざ出陣となる。だから、ビールに一家言お持ちの先輩諸氏のように、泡が旨いとか冷えてなければいけないとか、地元の工場に出来るだけ近いところで・・・など言ってられない。繁華街に向かった足はいい加減な所ですぐ妥協してテーブルに案内されると腰の落ち着く間もなく、「生4つ」とか「瓶ビール5本もってきて、後はそれから」なんて声をそろえて言うのである。
でもそれは若い頃の話。大所帯で繰り出す年頃を過ぎると、気の合った者と人気の少ない隠れ家に行くようになる。通常二人、多くて三人で、それぞれが馴染みの店に行くのだが、これは子供が仲良くなった友達に自慢の玩具を見せるような気持ちであって、一緒にいった酒友もそこはわきまえていてお互い相手のテリトリーでは大きい顔をしないのが礼儀である。そうゆう酒友と路地を入った小料理屋や黒光りするおでん屋でしばらく飲んでそれぞれの家路に分かれたとき、大人になってよかったとじみじみ思うのだった。

数年前、まだ東京に住んでいた頃、「寒ぶりが食べたいね」とパートナーさんと意見が合い、金沢に車を飛ばしたことがあった。中央高速を松本で降り、高山、白川郷と抜けて金沢に入った。夜、近江町市場の鮨屋に入りビールとつまみを頼みさぁエンジンがかかってきたぞと酒を頼んだところ、「お一人様二本までです」と言われ、目が点になった。日本酒を二本もらい後を続けたが、気合はそがれたまま、美味しいはずの握りも全く楽しめず、店を出た交差点の風景がやけに寂しく映った。
『ビール』に内田百閒の「タンタルス」という文章があるが、そこに同じ経験が書かれているのには驚いた。曰く、東京駅のステーションホテルに食事に出かけた百閒先生は食事をしながらビールを飲み、スープが終わる頃には二本を終え女中さんに追加を頼むのだがなかなか持ってこない。支配人を呼びただすと「お飲み物はお一人様麦酒又はサイダーのどちらか一本ずつと云うことになっている。こちら様へは既に麦酒二本とサイダーが来ている。もうこれ以上は差し上げられないと云った。」とある。なんだ百閒先生と同じ経験をしたのかと嬉しいような気もしたが、ちょっと待てよ、先生のご経験は戦時下の統制だったのではないかと今気がついた。すぐ検証は出来ないが、きっとそうに違いない。やっぱり近江町市場の鮨屋で、私は狐につままれたのかも知れない。金沢の名誉のために言い添えると、その後金沢で何度も鮨屋に入っているが以降二本までですと注文を付けられたことはない。もっとも、鮨屋での大酒飲みは嫌われるからよした方が良い、そのための店側の配慮なのかも知れない。

永井龍男の「酒徒交伝」に文春クラブでの話が紹介されていて石黒敬七が登場する。柔道家で新潟県出身、テレビ放送の最初の頃から今でいうタレント・コメンテーターとして活躍した人物なので記憶があるのだが、「ジョッキ片手に、いつも上機嫌で、望まれれば艶歌師の真似をする他に、大きな声一つ立てたことがないばかりか、ビアホールなぞの客が、その辺で派手に喧嘩口論を始めても、素知らぬ顔で呑んでいる。敬さんの奥床しさは、もう一つ、長期間暮したフランスやパリの話を人前でひけらかさないことだった。」とある。酒の姿にその人の品性を知る良い例だと思う。私もシャンゼリゼでビールを飲んだ話をここに書こうかと思っていたが、ひけらかすのはひかえる事としよう。

川本三郎の「駅前食堂のビール」に登場する店とは違うが、函館の駅前にビールバーがある。ビジネスホテルの傍で立地は悪くないのだが、いつも大入りというほどでもない。私などにはかえってそれが良い。三十代後半と思しき主が静かに店を切り盛りしていて、客も勝手にやっている。ある時など広島から出張でやってきていた客がホットプレートを借りてお好み焼きを焼いて相客に振舞っていて、私もご相伴に預かった。こうゆう店は残って欲しいと思う。函館人の自由さが残る心地よい店だからだ。
イギリス人のビール評論家でマイケル・ジャクソンという人がいる。歌手のマイケル・ジャクソンと同じ名前なのを自分でもネタにして笑っていたが彼が「世界ビール紀行」というテレビ番組の案内役を務めたものを以前NHKが放送したことがあった。たまたま私はビデオに録画しDVDにコピーし直して持っていた。函館のビールバーで、マイケル・ジャクソンの本を見つけたのでDVDの話をすると見てみたいと云う。一年後持って行った。良い店というのはなにも常連のように足しげく通わなくても客の居場所のある店だ。そうゆう店を何軒か持つのは、玩具箱にお気に入りの玩具を集めてゆくのに似ている。
マイケル・ジャクソンはベルギービールを紹介した功績があるが、2007年に亡くなったそうだ。

東京時代の私の酒友はすでに何人も亡くなっている。酒は楽しくもあり寂しくもある。


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(2014/07/01)
東海林さだお、川上弘美 他

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