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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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Je suis Charlie ?

お元気ですか?

今日は20年前に阪神淡路大震災のあった日。数日前から防災や震災被害に傷つき癒されない日々を過ごしてきた人たちの話をテレビで放送している。当時私の知人も何人かリュックサックにペットボトルを背負い神戸に救援に向かった。人は助け合う生き物なのだろう。それは私たちの心の中に共感し想像する力があるからなのだと思う。遠くの個人的には縁もない人に対しても親しい友人や家族への思いと同じように感じ生きることを大切に思い自分にも何か出来ることがあるのではないかと行動を駆り立てる気持ち。そうゆう心を私たちは持っている。

1月7日、フランスでシャルリ・エブドという風刺週刊誌の本社がイスラム過激派により襲撃され12人が犠牲になった。連動するように1月9日にはヴァンセンヌのスーパーで女性警察官を殺害した犯人が人質をとり立てこもり4人の人質が犠牲になった。フランスは古くから風刺の精神が強い国で一つの文化となっている。その風刺新聞が攻撃されたのだから国民感情として怒るのも理解できる。しかも言論の自由、表現の自由と正義は自分たちの方にあると声を上げ、政治家はすかさずテロ組織との戦争であると表明し兵隊の削減を見直すことを決めた。
もちろん、暴力によって他人を傷つけたり、恐怖によって人を押さえ込み自分の意見を通そうとする事を容認することは出来ない。政治的宗教的立場の違いにより他人を傷つけてはいけない。しかし、私たちは暴力に走る人たちをそうせざるをえないような状況に追いやっていることはないのだろうか。私たちが正義を叫ぶことによって意見の違う人たちに不寛容になってはいないだろうか。

Je suis Charlie と書かれたプラカードを持ち集まる人をテレビで見ながら私は心が苦しくなる。テロリストやその組織が何故暴力に走るのか、何故若者がそうした組織に惹かれてしまうのかを考え、暴力ではなく対話によって問題の解決を図る社会を作るように取り組むことこそがテロとの戦いなのだと思う。対テロ組織のための軍隊の増強というのは対処方法でしかない。病気と同じでかかってから薬や手術で直すことよりも、事前の予防の方が費用も安く対処も軽く患者の体に負担が少なく済む。その意味でも世界中の知識を集めこれからの世界の姿を描く努力が必要だろう。正義を叫び対立の連鎖を続けても解決は見られない。暴力から身を守ることは大事だが暴力に至らない方向を探るべきだ。

テロリストという言葉が使われだしたのは、フランス革命の直後、九月虐殺と呼ばれる事件からだ。フランス革命で活躍したパリコミューンは8月末プロイセン軍の侵攻に狼狽しパリに侵攻を許せば反革命主義者が開放されパリ市民が虐殺されるのではないかという憶測が流れる。その結果反革命派狩りが始まりパリ監獄に収監されていた反革命派が引きずり出され市民により虐殺されたという。自由への勝利と評されるフランス革命の立役者がテロリストになっていったのである。市民がテロリストへと変貌したのは恐怖からだった。では今テロを起こしている人たちは何に突き動かされているのだろうか。

テロリストによる襲撃後発行されたシャルリ・エブドの誌面にはイスラムの預言者が Je suis Charlie と言っている絵が描かれた。これに対し言論の自由を守る強い意志として評価する人がいる一方偶像崇拝を禁じるイスラム教の人々を刺激するものとして否定的な意見を持つ人もいる。私も正直なところ残念に思っている。それはテロリストを刺激し挑発的に作用するからという理由ではなく、風刺のセンスとしてどうなのだろうと思うからだ。言論の自由、表現の自由というのはもちろんあるし、それを政治や暴力で封じることは強く反対である。しかし自由である以上その行為には責任が伴う。その責任の中には謂われなく相手を傷つけたり貶めたりしてはいけないということも含まれる。イスラム教を信じる人の中に過激な暴力に手段を求める人がいるからといってイスラム教を否定したり貶めてはいけない。そして優れた風刺というのは言われた方もちょっと苦い顔をしながら一本やられたねと笑えるくらいのもののほうが健全だと思うからだ。特に宗教は人が生きるために拠りどころとしているものだ。それを他人にからかわれたり否定されたなら言われたほうの気持ちはどうなるだろう。風刺を否定しないし、風刺に鋭い毒があることも時には武器になることも承知している。それだけに扱いには慎重に丁寧にならなければいけないと思う。
相手を思いやる気持ち、想像力を忘れた言論の自由は共感を得ない一方通行の言葉の武器になりうる事を言う側は心していなければいけない。

震災にあった人たちのため救援に向かったのは命を大切に思い、ともに生きようとする心の衝動が私たちにあるからだと書いた。それは国内に限ることではない。人種や地域の違いなく相手を思う事は出来る。

Je suis Charlie でも Je ne suis pas Charlie でもなく Je suis Terrien(私は地球人)と言える日が来ることを私は望んでいる。

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