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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
Nuages・・・雲のようにふんわりとしています

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お墓にお参りすると・・・

お元気ですか?

函館に帰省すると私は祖父母の墓にお参りに行きます。母たち兄妹は高齢でお墓にお参りするには坂を登らなければならず足元が危ないのであまり行くことが出来ないのです。
子どもの頃、連休や夏休みになると母の実家に親戚が集まります。私たち子どもは山を駆け回ったり双眼鏡で函館湾の船を眺めたりして遊びます。祖母が亡くなり、祖父も亡くなるとそれは法事の集まりへと姿を変えました。私にとってお墓参りは皆が集まる楽しいイベントになりました。今の私にとってお墓参りは子孫としての務めとともに楽しい記憶を思い起こすものです。実際お墓から見える渡島連山や大沼の駒ケ岳、函館湾の様子は綺麗で清清しいものです。

高校生の頃、夏目漱石の作品に感動した私は東京に出たら雑司が谷のお墓に行こうと思いました。お墓を見たからといって何があるものでもありませんがそう思ったのです。慣れない池袋で降り、霊園の中を歩いて廻りお墓を見つけましたが残念なことに何も感じません。霊園に建つお墓は夏目漱石の残した作品とは全く関係の無いもののように感じます。私はそれを予感していました。

以前、フランスに行ったときパリの東部20区にあるペール・ラシェーズ墓地を訪ねた事があります。此処は本当に多くの芸術家のお墓があるところです。私がパンフレットを手に歩いているとお墓の専属ガイドさんが声をかけてきてこっちに誰々のお墓があるよと説明をしてくれます。私は自分の興味のある作家や詩人のお墓を見られれば良かったのですが、次から次と紹介してくれますので少し重荷にも感じます。とうとう40分ほど二人でお墓めぐりをする羽目になってしまいました。観光客も訪れる墓地ですからきっと日本人の方で同じようにガイドさんの説明を聞かれた方もいらっしゃるでしょうね。
でもこのときも、私にとってお墓はお墓でした。どんなに好きな作家や女優や歌手のお墓であってもこうゆうお墓なんだねって思うだけです。感慨深いという気持ちにはなれませんでした。

函館で祖父母のお墓参りをし坂を下りてくりと、お墓の横に白い木が建っているのが目に留まりました。
「日本最初に種痘を行った 中川五郎治の墓」とあります。

2015581.jpg

おやこんな処にお墓があるんだとちょっとびっくりし、失礼ながら写真を撮らせていただきました。お墓にはお花も供えられていますから子孫の方がいらっしゃるのでしょう。お墓の脇には石版も建てられ名前が彫られています。

中川五郎治の名前を知ったのは高城高さんの『函館水上警察』がきっかけで、その中に若き日の軍医森鴎外が登場する作品があります。興味に引かれるまま周辺のことを知るうちに択捉島で魚場の番人を勤める中川五郎治がロシアの捕虜となり、医師の助手となって天然痘の知識を得、日本に帰国し函館で種痘の施術をしたことを知ります。
中川五郎治を主人公にした小説は吉村昭『北天の星』ですが『花渡る海』『雪の花』そして『漂流』もあわせて読むと良いでしょう。
池袋やパリでお墓参りをした私が、地元の函館で読書で知った中川五郎治のお墓に出会いました。俺ここにいるよと教えてもらったようでちょっと嬉しくなります。


お墓にお参りするお話でしたが、神社のお話も。

函館の観光客がまず皆さん行くであろう、元町の公会堂とハリストス正教会の間函館西高校の横に細い坂があります。この坂の上にある小さな神社が船魂神社といい、保延元年(西暦1135年)に良忍上人が建てたといわれる北海道最古の神社です。港町函館にある神社が船魂神社というのはとても分かりやすく自然です。
そしてそのお社のすぐ傍に、文治の末(1190年)義経一行が津軽の海を渡るのを助け、喉が渇いた義経に水を与えたという童子岩があります。義経伝説って何処にでもあるんですね。

2015583.jpg   2015582.jpg

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