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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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父の退院

お元気ですか?

北陸新幹線が開通して昨日で二ヶ月になった。お祭り騒ぎのような報道にテレビというのはどうしてこう横並びの番組を作るのだろうとすこし引いてしまう。GWも近づいたある日の報道では金沢駅の問題点として駅にコインロッカーが少ないこと、ゴミ箱が無いことを紹介していた。駅のイメージ、デザイン性を優先してのことだという。待望の新幹線開通であるしPR活動も行ってきたのだから準備もしただろうに来客数の予測をはるかに上回ったということなのだろうか。それとも一時の人気と考え設備を抑えたということなのだろうか。私も大好きな金沢である。落ち着いた頃に行って地元の人から話を聞いてみたいと思う。


この二ヶ月間、私たちは父の退院にむけて準備をしてきた。六年ほど前から短い入退院をするようになり、三年前に現在入院中の病院に移った。肺や心臓も弱まり一時は生命力20%と医者から言われ、私たちが駆けつけた時には朦朧とし新潟の実家の事ばかりを話す父は明らかに川を渡っていた。その父が少しづづ回復し去年私が帰省したときには車椅子で移動しリハビリ室に行き、バーにつかまって往復の歩行をしたり言語療法士の方に付き添われて童謡を歌ったり出来るまでになっていた。しかしその後の一年、病状は安定したものの体力の回復は望めず寝たきりの状態が続くようになった。老衰である。病院としてこれ以上は入院を続けることは意味が薄いと考え退院を提案してきた。その期限が五月末だった。

父は家に帰られると喜び、母も父が喜ぶならと覚悟を決めた。以前からお世話になり家の事情も理解しているケアマネージャーさんに連絡し、在宅ケアのプランを作ってもらうことにする。母はすでに父が入退院をするようになった歳になっていて父のオムツ換えなど力仕事は出来ない。ケアマネージャーさんが作ってくれたプランは三泊四日のショートステイを入れた在宅介護で、自宅にも毎日、日に三回着替えやオムツ換えのためにヘルパーさんが来てくれるというものだった。母の負担を考えると良いプランに思えるが、父が納得してくれるかが気がかりだった。

五月八日、病院に行き医者、看護士、療法士、病院と相談してるケアマネージャー、父も含めた私たち家族でカンファレンスが行われた。それぞれの立場から父の状態についての説明があり、私から病状が悪化した場合の対応、栄養面での注意など今後の事についての質問をいくつかする。家の近くの国立病院への紹介状(この病院は以前から父も通っていたので安心)、口腔ケアや食事指導など。そして父の精神面の確認。

翌日、父は自宅に一時帰宅した。カンファレンスの前に病室に行ったとき、「明日家に帰るの止めようか」と突然言い出したのに驚いたが、これは父が私に遠慮しての事だった。最初に一時帰宅を実施したときレンタカーを借り私が乗り降りをおぶって手伝った。それを思い出したようだ。これに限らず今回父は私にとても気を使う。帰宅のため背広を持っていくと私のベルトと交換しようと言う。故郷で作ったヒスイのバックルのベルトを私にくれようというのだ。一時帰宅は介護タクシーが来てくれるから車椅子に乗って家にいけると安心させた。
自宅に帰った父は車椅子のまま自分の書斎を見たり、居間から庭を眺めたりした。昼食はお刺身が食べたいと言っていたので、パートナーさんとスーパーに走りお刺身と海苔巻きを買ってきた。母と二人分と思って皿に盛り付けたお刺身はほとんど一人で食べた。汁物と思って麺類の好きな父のためうどんを茹でたらそれも食べる。病院とは全く違う食欲だ。

食事も済んで休んでいるところにケアマネージャーさんがリース業社さんと来た。これから使うベッドや車椅子、玄関に使うスロープなど決めなければならない。特にベッドは何処に置くのか父の意向を訊きながら決める。リース業社さんは昨日ケアマネージャーさんが一緒に来てもらって家を見てもらいましょうと提案してくれた。パートナーさんはお茶を換えたりしながら話を聞いていて、スロープが必要な事を指摘してくれた。何人もの目で見、意見を交換することの大事を改めて感じる。
リース業社さんが帰ったあと、話は訪問介護とショートステイの話になった。当初訪問介護に訪問リハビリを加える計画だったが、リハビリというのは目標設定が必要なのだそうで、父の場合それは困難だということで、リハビリを訪問看護に変更した。介護の方が家に来る時間も決める。ショートステイは私が父に話したらあっさりと「いいよ」と言われた。あまりに簡単にOKされたので理解しているのかどうか心配になるくらいだ。しかし、送迎の車に乗って施設に行くこと、三泊しお風呂や食事の世話が受けられることなど話は通じている。事前に父には母が父の世話で倒れたりしないようにケアマネージャーさんに案を作ってもらっているからと伝えていた。父もしっかり考えてくれていたのだろう。

ケアマネージャーさんが帰り、父にお礼を言っていると介護タクシーが迎えにきた。父は病院に戻る車中何を考えていたのだろう。以前に比して無口なように感じた。

今回の函館への帰省はこの父の退院をめぐる一連の調整が用事だった。ケアマネージャーさんとの打ち合わせはメールと電話で行い、それぞれが母とも連絡をとり共通の理解を確認する。
家の片付けも大事な用件で、母はピアノや大型のソファーを処分することを決め私が業社に連絡をとった。幸い父が一時帰宅する前に必要な処分が出来た。インターネットと電話があれば離れていても段取りは組める。短い時間で必要な事はおおむね出来た。まずは及第点であろう。

パートナーさんは母にオムツなど通販の利用を紹介している。かさばるオムツを母がスーパーで買ってくるのは大変だからだ。そのオムツは医療費控除を受けることが出来る。パートナーさんが思いついて私に言ってくれたので私はネットで確認し母に連絡した。医療費控除を受けるには医者の書く「おむつ使用証明書」と利用者本人(父の名前)の領収書が必要になる。そうゆう細々した事にこれからどれだけ気づいていくのだろう。

どんなにインターネットや通販で出来ることが多くなったにしても親の顔を見、話をし、お互いの気遣いを感じながら過ごすことがなければ心は埋まらない。
だからこのブログに「父母のこと」という項目をたて、かなりプライベートなことを書いているのは私自身の慙愧だ。悔しさであり業であり闘いだ。親が身をもって私に鞭打っているのだろう。親の愛を知るというような綺麗なものではない。親が私の顔を見てくれるよう、その時が来るまで闘わなければならない。


今回函館に帰省する前には退院にあわせて私だけでももう一度帰ろうと思っていた。数日は家で一緒に過ごしショートステイの様子も見に行きたいと思っていた。しかし父は来なくていいと言う。これも父の遠慮なのだろうか。パートナーさんとも話し少し時間をおいてから帰ることにする。新しい生活が始まって問題点が見つかり意見が出てから行った方が役に立つことが出来るだろうという判断だ。そのときに向けて準備をするのも私たちの闘いだと思う。


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