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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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『秘密の花園』

お元気ですか?

図書館にある梨木香歩さんの本を借りて読んでいますが、所蔵リストの中に『『秘密の花園』ノート』という岩波ブックレットがありました。小説もエッセイももうほとんど読んでしまったので、このブックレットを読もうかと思ったのですが、私はまだ『秘密の花園』を読んでいません。はるか昔、同じ作者バーネットの『小公子』と『小公女』は子供向けの本で読んだ記憶があるのですが、『秘密の花園』は読んでいないのです。
そこで、『『秘密の花園』ノート』を図書館に予約し受け取りに行った時に児童書の書架に廻り『秘密の花園』も一緒に借りてくることにしました。

こんなお話です。
インドで両親をコレラで亡くした少女メアリは、裕福な伯父に引き取られイギリスのヨークシャーに来ますが妻を事故で亡くした伯父は失意からメアリに関心をもたず留守がちです。インドで召使に囲まれて我侭に育ったメアリでしたが若い女中マーサの話にすこしづつ心を開いていきます。ある日、庭で遊んでいたメアリはコマドリに誘われるように鍵がかけられ屋敷の人から忘れられていた庭をみつけます。そして屋敷の中では女中たちも口を閉ざしメアリに教えまいとしていた病弱な男の子コリンに出会います。
二人はマーサの弟ディッコンと一緒に庭の手入れをし草花を育て遊んでいくうちにすっかり健康になっていきます。

イギリスの植民地時代、ヴィクトリア朝のお説教めいた児童書の匂いも残っている『秘密の花園』ですが、児童心理を思いながら読むといたるところに読み手へのヒントがちりばめられている本です。屋敷の中の閉ざされた部屋の数々や庭、草花の再生など心と命の関係が上手く配置された物語です。そう思って読むと、心理学に詳しい梨木香歩さんがブックレットを書いたのも分かるのです。

梨木香歩さんは『ノート』でまずインドの屋敷でメアリが体験する孤独に注目します。コレラの蔓延で両親を亡くし召使もメアリを捨てて逃げ出し、メアリは屋敷に一人ぼっちになります。部屋に紛れ込んだ蛇すら彼女の前からいなくなる恐ろしいまでの孤独な空間ですが、メアリは孤独を感じていません。すでに彼女は人間との関係性を失ったなかで育てられていたため改めて孤独を感じることが無かったのです。
梨木さんは屋敷にも注目します。ヨークシャーの屋敷に連れられて来たメアリは伯父のクレーブン氏から歓迎されるわけではありませんが、それはクレーブン氏が失意の中で子供のことに感心を寄せることが出来ないでいるからです。しかし、屋敷は違うようです。子共部屋の暖炉の火を女中のマーサが起こすシーンを梨木さんは温かさが備わってきた象徴と見ているようです。梨木さんは動物にも注目していて最初に登場した蛇から次のねずみ、コマドリやカラスと次第に体温を持った動物が出てくることを指摘します。屋敷の中に沢山ある部屋をメアリが探検する姿は自分探しのようですし、その一室にある象牙で出来た人形で遊ぶシーンはインドでの自分を思い返すものでしょう。そして女中たちが隠していたコリンとの出会い。二人とも大人から存在を否定されたようにして育ち、我侭で相手のことを理解できない子供が二人出会ったとき、相手に自分を見て社会性が生まれるのです。
子供たちには導き手が必要です。梨木さんはそれを「光の一族」と言い「ほとんどの植物は、芽を出すために光を必要とします。」といい、女中のマーサとその母親スーザン、そして弟のディッコンをあげます。ディッコンは動植物と心を通わせる優れた子供として描かれメアリとコリンの成長の芽を上手く直接的に導く存在で、すこし妖精的な出来すぎた感じの子供です。マーサの母親で十二人もの子供を育てたスーザンは導き手というよりもまさしく存在と言ったほうがいいでしょう。誰もが一目置きその言葉に耳を傾け、安心する存在です。梨木さんはこの家族を「生命力の化身」と評します。

こうして心と体とを病んでいた子供二人が周りの導き手を借りながら動き始めます。しかしそのためには「場」が必要です。メアリはコリンを庭に誘います。コマドリに誘われて鍵を開けた庭です。鍵を開けたということからしてもうそこが神聖な場所であることは明白です。物語ではそうはなりませんが、鍵というのは外から開ける事も出来れば中から閉めることも出来ます。実際物語りの中で庭の塀にはしごをかけて覗いていた庭師ベンをコリンは見つけて扉から中に入れます。塀は越えてはならないもので扉は出入り可能なもの、そしてそれには鍵が必要なのです。
二人はこの庭で草花の世話をしたり運動をしたりします。心と体を育てて行くのです。梨木さんはこの庭に母性をも見出します。それに加えさらに梨木さんが指摘する家、家族としての存在の場というテーマの方に私は惹かれます。庭はコリンの母親が事故で無くなった場所でした。父親であるクレーブン氏にとっては禁忌の場所です。しかし、そこは正に母親の場所でもあり家族の場でもあるのです。

子供たちにとって神聖な庭は自分を育てる秘密の花園でした。そして庭は土地に根ざした家の再生の花園でもあったのです。

梨木香歩さんは『ノート』の最後に次のように書いています。
「バーネットがこの作品を書いた当時、このようなことを明確に意識していたかどうかは分かりません。たぶん、していなかったでしょう。けれど、ときに作品は、作家個人の意図と意識を越え、神がかり的に生まれるものであり、読書とは、そういう作品と読み手との間の協働作業(コラボレーション)であると言えます。そう考えると、本を読む、という作業は、受け身のようでいて、実は非常に創造的な、個性的なものだと思われます。それぞれが、それぞれの人生という「庭」をつくる作業にも似ています。」と。


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