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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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『若い兵士のとき』ハンス・ペーター・リヒター

お元気ですか?

連日三十度を越す暑さに食欲も湧かず、うどんやそうめんといった食事を続けていたら体重が少し増えてしまいました。プールで泳いで体力維持を図っていますが、体をしぼるほどではありません。そこで、豆乳を飲み、肉や魚のたんぱく質と野菜中心の夕ご飯に変えてみました。豆乳が私の体に合っているのは経験から承知済みです。お通じもよくなります。夕ご飯にご飯や麺類を取らないので少しづつ体が軽くなってきています。

ハンス・ペーター・リヒターの『若い兵士のとき』を読みました。『あのころはフリードリヒがいた』『ぼくたちもそこにいた』に続く三部作の最後です。先の二作品は1961、1962年と続けて書かれていますが本作は1967年と少し時間をおいて発表されています。また二作品には年代とエピソードごとのタイトルが付けられているのに対して、本作には年代もタイトルも付けられていません。三部作としてみたとき、この違いに統一性の無さを感じ戸惑うかもしれませんが、実はこのことに本作の姿があると考えられるのではないでしょうか。

物語は主人公が14歳のときから始まります。空襲警報に怯えるドイツで学校が無期限で休みになったため仕事を探す主人公。ヒットラー・ユーゲントとして射撃訓練をする主人公。『フリードリヒ』で主人公は1925年生まれと知らされていますから14歳は1939年と分かります。本作では主人公14歳の1939年から20歳で終戦を迎える1945年までが描かれています。ただし年代の表記はありません。読者は所々に書かれた主人公の年齢で年代を知るのです。それは十代で士官学校に入り18歳で軍曹になり自分の父親よりも階級が上になって面会するエピソードや19歳で少尉になり自分よりも年上の子どもがいる当番兵の話など、少し皮肉混じりの話題に年齢が書かれているのです。こうした表現は主人公の年齢という個人的なことを記すことで自分が経験したことという証言者の視点を強く意識させるものになっています。さらに、主人公が経験するそれぞれの事がらが時系列でも関連付けられてあるのでもなく、戦争という一つの事件の中で起こった全てが平らたく並べられ、戦争とはこうゆう事なのだよと見せているようです。
年代もタイトルも付けず、とても短い文章でエピソードを綴り、一つ一つのエピソードの間には * があるだけの作りは作者が戦争経験を辛い記憶の中から搾り出すようにして文章に書き出した印象を受けます。その苦しみが先の作品に続く位置にありながら5年の時間を要した理由なのではないでしょうか。
訳者上田真而子さんによると、リヒターは「この後もう書かなかった、書けなかった」といいます。「『若い兵士のとき』には『フリードリッヒ』の場合のようにストーリーを立てて作品として構築する気持ちの余裕はもうなかったのだろう」といいます。そうなのでしょう。それほどに戦争を当事者として自分の中に整理し置き直すということは苦しい事なのでしょう。


今回、私は梨木香歩さんの本に誘われるようにして子どものころに読めなかった児童書を改めて読んでみようと思いました。そして『あのころはフリードリヒがいた』を手にとりそれが三部作であることを知りました。もちろん本を書くということは読者を想定しての作業です。しかしこの三部作に関しては作者リヒター個人の浄化的作品である事を感じます。
ドイツは戦後、戦争責任を明らかにし罪を罰し賠償を行うことを長い時間をかけてやって来ました。その一つ一つを私がここで書く事は知識も能力も乏しいのですが、最も大切な事は自分たちドイツの法律にもとづいて罪を明らかにしてきたということです。アウシュビッツ収容所にしてもドレスデンにある軍事史博物館、ベルリンの歴史博物館にしてもその負の歴史を今の国民に示し自分たちの過去を考える事から目をそらさない、そうゆう取り組みをドイツが続けていることです。
リヒターの三部作を読みながら、彼の本がドイツが戦後行ってきた反省と同じ作業であると私は強く感じます。そして三部作が児童書というジャンルを越え強く感動を与えるように、ドイツの戦後の姿勢がヨーロッパの各国で評価を得た一因であると思うのです。

日本は戦後国際社会に復帰し、経済的発展を遂げてきました。その過程で戦争の賠償も行っています。政府はODAによって国際貢献をしたことを戦争への反省に基づいての行動だったと言います。はたしてそうなのでしょうか。私にはそういう言い方は真摯な態度に思えませんし、ドイツの反省の姿とはづいぶん違って見えます。ドイツと同じ事をすれば良いというのではありません。民族や宗教、歴史の違いがあるのですから日本には日本のやり方があるべきだと思います。しかし、少なくとも私たちは日本人として自分たち自身で歴史を検証し間違いを反省し後世に何が間違いだったのかどうすれば間違いを防ぐことが出来るのかを伝え問いかけてゆかなければなりません。そしてその姿勢に国際社会の理解を得て初めて日本が平和国家をめざし世界の平和のために貢献しうる国であると認めてもらわなければならないと考えるのです。

誰かに謝罪を求められてから謝るのではなく、自らの行為を反省し過ちを認めるところから始めなければなりません。それが出来てはじめてどう償えば良いのかを考え相手と話し合わなければ、相手はいつまでも納得することはないでしょう。戦後70年という節目の年だといい、総理大臣の談話に注目がいっていますが何かを言う前に、日本はもっと大切な事をしなければならないのだと思うのです。大変な迷惑をかけた近隣諸国のために、そして二度と過ちを繰り返さない国を続く世代に残すために。






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テーマ : 児童文学
ジャンル : 本・雑誌

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