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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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父の死 その1

お元気ですか?

父が亡くなりました。平成二十七年七月三十日、満九十歳、行年九十二歳、この日が来ることを理解し準備してきたとはいえ私や家族にどのような変化が起こるのか、極めて個人的な事柄ではありますが、書いておきたいと思います。

父が再入院したのが約一ヶ月ほど前のことで、ショートステイ先から呼吸が苦しいので帰ると自分から言い、帰宅し翌日入院となります。薬で症状は和らぎますが、すでに体は老衰していますから体力は無く回復する様子はありませんでした。電話で様子を知らせる母の声からも父が難しい状態である事が推察できますが、私を呼ぼうかと問う母に父は呼ばなくていいと言っていまいた。

母から電話が来たのが7月28日の夜10時の事です。珍しく携帯電話のほうにかかり、容態が悪いので来た方が良いと言います。母がこうしたほうが良いと言うときはそうした方が良い、というのは子どもの頃から良くわかっています。翌日の飛行機は取れないので新幹線で帰ることにし、パートナーさんと諸事打ち合わせをします。私一人で帰省しパートナーさんに状況を連絡することにしますが、長期化することも考えられましたので、お互いのスケジュールの確認や行動のすり合わせをします。翌朝パートナーさんは職場に出、上司に様子次第で休みを取らなければならないことを報告し仕事の調整を図ります。私は新幹線に乗るべく駅へ向いました。

函館に着いたのは夜の7時8分、電車に乗り病院に着いたのが7時40分、母が一階夜間受付まで降りて来てくれていましたが、開口一番「どうしてもっと早く来ないの」とお叱りの言葉。「7時に着いて電車で真っ直ぐ着たのにいきなり文句言われるの?」と返すと「こうゆう時はタクシーですぐ来るもんでしょう」と。まぁごもっともかな。10分も違わないんですけど・・・。

夜間の病室に入ると父は口に呼吸用のマスクをし耳に酸素フォアードを測るセンサー、腕には点滴が注されていますが、目をしっかり開けて私の方を見て「来たよ」と言う私に「あぁ」と言います。意識も頭もしっかりしています。「函館に来させてくれて有難う」と言うと、「背中が痛い」とか「足が痛い」言いますから私が軽くさするようにすると安心したような目になります。すでに血流が弱く体のあちらこちらに痛みが出ているのです。ベッド脇の機械を見ると、酸素フォアードは93%ぐらい、血圧は70/33ぐらいです。私たちがいる間に看護師が来て機械を調整したりた体温を測ります。体温は37.3℃、高めですが昨日は37.8℃だったのだそうです。母は昨日より顔色が良いと言います。
すでに8時をまわり面会時間は過ぎています。私は父に「もう眠って。眠れば痛みを忘れられるから」と言います。「もう遅いから帰るよ、また明日来るから。」と言って母と私は病室を出ました。

翌朝、冷蔵庫にあるもので朝ごはんを用意しパートナーさんと電話で「まだお医者さんと話ていないし判断材料が無いので仕事を続けていて」と話ます。パートナーさんからも仕事や打ち合わせしてきた内容の状況報告があります。
朝食を片付けたあと、母に契約している葬儀社や納骨堂のパンフレットを見せてもらいます。事前に準備していた両親なのですが、私は内容を知らないので担当者と話をしておきたいと思ったのです。しかし母はまだ担当者に会うほどではないと思ったようであまり急がないでもいいような言い方をします。私は母の意をくみ、様子をみることにしました。

その時です。11時に家の電話が鳴り、母が取ります。病院からですぐ来てくださいとの事です。母はタクシーを呼び、私は今広げていたパンフレットをまとめて鞄に入れ服を着替えます。もう分かっていました。

病室に入ると静かな父がいました。計器を見ると数値は表示されていません。そこへ担当のお医者さんが来て、11時に容態が変化し呼吸が止まり脈もとれなくなったと言います。もう30分は経過しています。私は昨晩父に会い話が出来たことを伝え、感謝の意を伝えます。お医者さんから「ご家族がいらしたので11時35分ということで」と死亡宣告がなされました。

私も母もお医者さんに感謝の気持ちでいっぱいです。長い間難しい治療を続けてくださり優しく接してくださいました。人生を精一杯生きた父ですから亡くなって悲しいという気持ちよりも人生を全うしたことに対して良かったねという気持ちで満ちすがすがしさすら感じます。
私は病室を出て、主な親戚に電話で父の死亡を伝え、朝見ていた葬儀社へ電話をかけます。1時15分には病院に遺体を引き取りに来るといいます。その間に病室の私物を片付け父を見守っている母を残し私は一旦家に私物を持って帰ります。

病院に戻りしばらくすると葬儀社の方がいらっしゃいました。死亡診断書を持ち車に乗り葬儀社へ向います。お医者さん、看護師さんらが出口まできてくださり挨拶をし車に乗って頭を下げていると車が見えなくなるまでお見送りしてくださいました。

こうして父は病院を離れました。次は私たちの仕事、父を見送る作業です。私たちには初めての事、新しい事が始まりました。

このお話続けます。


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コメント

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No title

突然の悲報に驚きました。辛いとは思いますが、体調を崩さないようお気をつけください。心からお悔やみ申し上げます。

Re: Re: No title

> sugata様、有難うございます。人に恵まれ正直に生きた父でしたので本人も家族も全く思い残すことの無い立派な生涯でした。今家族とともに世事の処理をしておりますがこの経験も私には新しいことを知る機会です。ブログに書くのはどうかとも思いましたがどう書けるかという自分自身への興味もありこの経験を記してみようと思っています。

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