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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
Nuages・・・雲のようにふんわりとしています

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父の死 その3

お元気ですか?

父が亡くなって葬儀社に運ばれ、母と私も父が横たわる部屋で一緒に泊まりました。朝、母が朝食を取り私も少しお相伴にあずかります。あまり食べる気にならなかったから母一人分の注文だけだったのですが、ご飯もおかずも予想以上に美味しいのです。配膳してくださった女性によると葬儀社の建物に厨房があり5人ほどの人が料理を担当しているそうです。これなら昨夜打ち合わせで決めたお通夜や葬儀を終えた後の食事も心配することはないでしょう。

食事を済ませしばらくすると葬儀社の担当の方が来て昨夜決めた内容の確認と今日の予定を伝えてくれます。11時ぐらいにお坊さんが来て枕経を行い、午後3時に湯潅・納棺が行われます。
お坊さんが着き昨日母の伝えた希望に沿って付けてきた法名を教えていただきます。母は父が好きだと言っていた文字が入った法名を喜び安心したようです。お経をあげるとお坊さんはお焼香の仕方を教えてくださいます。宗派によって少しづづ違うようですが違う宗派の場合でも自分の宗派のあげ方で良いそうです。確かに宗派それぞれのあげ方を知ることは出来ませんからね。

お坊さんが帰られ、私も母を残して家に戻ることにします。お金や礼服の準備をしなければなりません。葬儀委員長Sさんの車に乗り家に戻ります。家についてすぐお隣に挨拶に行き父が亡くなり葬儀のため家を留守にしていることを伝えます。併せて町内会のルールは分からないのですが葬儀のスケジュールをお知らせします。この地域では特に町内会で取りまとめて何かをするという事は無い様で、各ご家庭で新聞を見て初めて知り判断するのが普通なのだそうです。留守で無用心であるため忌中の紙も玄関に張り出すことはありませんし、家に弔問客のための用意をすることもしません。

銀行に行き当面必要になるお金をおろしてきます。現金はお坊さんへのお布施、法名代、火葬場へのお車代、お食事代、そして永代供養をお願いするお金などが必要になります。ちなみにこのお金の金額は葬儀社の方から教えていだいていましたが、お坊さんとも直接教えていただきメモを貰っています。火葬でお車代を渡し、葬儀が始まる前にお布施などを渡しましたが、お坊さんから領収書を貰うことはありませんでした。

家に戻り礼服の準備や遺影に使う写真をアルバムから探します。今は顔写真があれば葬儀社が背広姿に顔を合成して作ってくれますが、おしゃれだった父にそれは嫌です。書斎のアルバムを何冊も開いて何か良い写真が無いか探します。しかしこれがなかなか大変な作業です。写真は沢山あるのですがほとんどが旅行の写真などでラフな服を着ています。風景と一緒に撮っていますから人物のピントも甘くなります。親戚の法事で集まったときの写真は礼服を着ていますからどうかと思いましたが、今度は集合写真ですから一人一人が小さく引き伸ばしたときに無理が出ます。なによりほとんどの写真が素人写真ですので、光量が足りずピントが甘く、顔にも影が入ったりしています。私の知人で亡くなった時のことも考えて毎年正月に家族で写真を撮るという方がいますが、そうゆう準備も良いかもしれませんね。
遺影ですから父らしさを偲ぶことの出来るものを探します。真面目さや優しさがありしかもある程度の緊張感をもったもの。そこで旅行の写真でも海外のものはやめ、家族親戚との旅行も外します。礼服姿も集合写真は使えませんし、食事のスナップ写真もお酒が入っていたり顔を正面からとらえていませんから駄目です。こうして当たりをつけてゆくと、海外ですが戦死した兄を慰霊しにグアムに行ったときの写真で良いのがありました。もう一つはシベリア抑留で亡くなった方を慰霊した戦友との写真がありました。こちらは野外で撮られ光の量も充分です。背広も着ていますし穏やかな顔でありながら気のしまりも感じられます。アルバムごと持っていくことにします。

写真を探していると、突然の停電。何事かと思いブレーカーを見ますが、異常はなく、そのうちに外は物凄い雨が降ってきました。どうやら雨雲が移動しているようです。結局この雨は函館を2時間ほどで通りすぎましたがその後も北海道を西から東に移動しオホーツク沿岸で土砂崩れなどを起こしています。

家での用事を済ませた私は新潟から来る親戚のためにホテルの予約を電話でし、ホテルに行き支払いをします。函館は8月1日から港祭りで賑わいます。それでなくても夏休み中ですし観光客も多くホテルが取りにくいのです。
函館駅から葬儀場へ戻るにはタクシーを使います。お客様の事を考え値段と乗車時間を確認するためです。

こうして葬儀場に戻ったのが2時40分。母にアルバムの写真を見せていると担当の方が来て父の遺体を動かします。納棺師の方が来たのです。
納棺師の方はまず湯潅という遺体を拭き清め衣装を着せる作業をします。この間、私はおりんを鳴らし続けます。母とSさんは一円だまを6枚、きっと六文銭なんでしょうね、お米と一緒に袋に頭陀袋に入れます。納棺師の方はとても手際よく父の体を隅々まで拭き、着物を着せ替えてゆきます。全く無駄のない動作に見入っていると時々おりんを鳴らす私の手が止まりそうになるので、心の中で数を数えおりんの音の消えないうちに鳴らします。
約40分ほどで湯潅は終わり、葬儀社の方と私たち三人で父をお棺に納めます。ドライアイスを詰め、花をかざり蓋をして終了。お棺には故人の好きだったものや思い出の品などを入れることも出来ますが、母は「あの世に行くのに現世のものをもって行く必要はない」と言います。これが後でなかなか的を得た考え方であることが分かるのですが、それはまた別の機会に。
湯潅・納棺の儀が終わり、葬儀社の方に手際のよさ仕事の綺麗さに感心した旨伝えたところ、今回の納棺師さんの所属している会社は映画「おくりびと」で指導監修をした会社なのだそうで、やり方が映画とそっくりなのだそうです。納棺師さんも函館で一番腕の良い方なのだそうです。

納棺が終わると後は明日のお通夜を待つばかりです。私は参列いただく方のチェックや連絡の漏れがないかを確認します。夕食は近くのコンビニに行ってお弁当を買ってきます。昨日は夕ご飯、今日はお昼ご飯を食べていませんでした。
10時過ぎ、パートナーさんが到着しました。仕事を午後から休んで来てくれたのです。お疲れ様と軽くビールを一緒に飲みますが、三日ぶりのお酒でした。

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