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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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父の死 その4

お元気ですか?

父が亡くなって3日目、通夜の日です。11時にお経をあげにお坊さんが来ますが、それ以外夕方まで特に用事はありません。母とパートナーさんは髪を整えに美容院に行きたいと言いますが、母がいつもお願いしている処はお休みです。葬儀場の女性に訊きますが特に提携している処も無いので i Phoneで近くの美容院を地図で調べ電話をします。何軒か候補をパートナーさんに伝えるとパートナーさんはそこが良いと確信をもって店を決めます。何か根拠があるのでしょうか。私にはこういう時のパートナーさんの思考が分かりませんが大抵良い結果になります。二時間ほどで二人が戻ってきました母が「私のいつもやってもらっている美容師さんと知り合いだったよ。」と満足しています。

母に留守を頼み、私とパートナーさんは家に戻ります。洗濯物や遺影選びに持ってきたアルバムを持って帰り、家の片付けをしなければなりません。葬儀が終わり家に戻るとすぐ葬儀社の方が家に祭壇を作りに来ることになるからです。病院に呼ばれる時にはそこまで予定していませんから部屋を片付けスペースを作り、来客があっても大丈夫なように備えます。留守宅には弔電も届いていました。一時間半ほど掃除をし、マクドナルドで遅い昼食を取ります。アイスコーヒーを飲みながら、初めてマクドナルドを食べた頃はフィレオフィッシュが好きだったことを思い出したり、チキンナゲットを齧りながら、あっこれがあのナゲットだと思わず齧った切り口を見たりします。

タクシーで葬儀場へ戻ると新潟からの親戚がいらしています。父の好きな地元のお菓子をお供物として用意してくださり、朝一番で店に寄って笹餅を買ってきてくれています。私も笹餅をご馳走になりましたが笹に包まれた餅が柔らかくて美味しいものです。
叔母は父の妹、父が亡くなり、兄弟姉妹で最後の一人となりました。父の兄弟は皆仲が良く戦争中男兄弟は兵隊になって家を離れていますから親をたすけて良く家を守ったと生き残った兄弟二人は姉妹に深く感謝していました。父を見送るのに最も大切な叔母です。その叔母も85歳ですから函館に来るのも大変なのですが、娘や甥の付き添いを得て来てくれました。心中どれほど寂しいものなのでしょう。あまり多くを話さないのは思い出が多いからかもしれません。

夕方4時、控え室から棺が葬儀会場に運ばれ祭壇の準備が進められます。会場の様子を確認しに行き、届けられた花の飾る順番を決めます。受付には葬儀社の女性が二人すわり準備を始めています。事前に家族からも受付に人を配して欲しいと言われていましたが、親戚は皆高齢ですのでパートナーさんが受付につくことになります。ここで北海道独特の問題がおきました。
北海道ではお香典を持って来た方に領収書を渡すのです。パートナーさんも私もこれは始めての事なので、担当の方から受付の流れの説明を受けなければなりません。通夜・葬儀にいらした参列者は受付で香典を渡しお返しを受け取ります。このとき芳名帳に名前を書くことはなく、領収書を受け取ります。連名でのお香典には複数の名前が記されます。そしてすぐその場で記録簿に名前と住所、金額が記入されます。今回はここまでを係りの方がやってくださいましたが、親戚の人間がやる場合もあります。パートナーさんは受付の後ろで香典袋と現金を確認し手金庫に入れる役です。この領収書を渡す習慣は北海道が土地が広く遠方の場合地区を代表して参列することが多かったからなのだそうです。現金の授受があるわけですから私は理解できますが、お香典を渡した目の前で検められるのが嫌だと思う方もいるかも知れません。参列はしたいけどお香典は持ってきていないという方がいらしたらそれもまた無粋かもしれませんね。難しいところです。

お通夜が始まるころになると予定していた親戚の方は皆さん、私の知らない会社関係者の方、町内会の方、シルバー合唱団の方、と連絡を差し上げた方意外にも新聞の訃報欄を見て来た方がいらっしゃいます。特に会社関係の方は葬儀委員長を務めてくださるSさんが連絡をしてくださっていたのですが、父はOB会でも最高齢の一人でしたからいらして下さった方皆さん高齢です。それにしても会社を終えて35年もたつのにと思うと父と会社の関係がどれほど深いものだったのかと思います。これは後でSさんの弔辞にも現れるのです。

お通夜の式は葬儀社さんの司会係の案内で始まります。お坊さんが入場しお経をあげ法話があります。葬儀委員長Sさんから弔辞をいただきます。Sさんは会社勤めの時代とOB会とで60年の付き合いのある方です。私たち家族も知らない仕事での様々な事をご存知です。父は食品関係の製造業の会社に勤めていましたが、若くして抜擢され役職につき会社の中では商品の開発、高い品質とコスト管理などに能力を発揮し、業界でも名前が通っていました。まだ私が小学生の頃ですが新聞に名前が載っているのを見つけると、父は「他の会社に比べると規模が格段に違うから大変なんだよ」と少し誇らしげに教えてくれたことを覚えています。
農家の方には現金収入の道をつくり、技術指導も行い長く安定した農業が出来るように考えていたようです。町ぐるみ地域ぐるみで新しい農業へ変わってゆくため企業として携わってきました。後に農林水産省の要請で中国に技術指導者を派遣することになったとき、関係団体から推薦され父が行くことになるのですが、父は戦前に満州で働いたこともあったので喜んでいたものです。今回父の部屋を整理していて中国語の辞典やテキストがあるのをあらためて見ると、若い頃パイオニア精神をもって大陸に渡り戦後は北海道でその意志を貫いたのだなと感じます。
Sさんの弔辞は父の業績を通夜に集まった方に伝えたいという篤い思いでお話は長かったのですが私たち家族には重みが伝わる非常に有り難いものでした。

式が終わり列席者の皆さんがお帰りになります。食事をとりながら皆さんで父を偲びながら思い出話などして頂きたかったのですが、高齢の方ばかりですので多くの皆さんが帰られます。私やパートナーさんの経験では事前に食事の席に参加していただくよう案内の紙をいただいたりた事もありました。今回はそうゆう用意がありませんでしたので一人一人声を掛けるのですが、遠慮される方もいます。結局親戚やそのまま泊まられる方が食事の席につき、せっかくいらして下さった町内会や合唱団の方に席についていただけなかったのは残念でした。

それでも夜遅くまで父の棺の前で従兄弟たちと飲みあかすことが出来たのですから、良しとしましょう。



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