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杣人・somabito

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『死は誰も忘れない』ディディエ・デナンクス

お元気ですか?

『死は誰も忘れない』を読みました。『記憶のための殺人』に続くディディエ・デナンクスの2冊目です。

こんなお話です。
1963年、フランス北部ブラヴァンクールの町にある職業専門学校で一人の学生リュシアンが池で溺死した。ぬかるみの地面には《ぼくの父は人殺しではない》と文字が書かれていていたが、捜索にあたった教師はその文字を足で消し警察は事故死として処理した。それから25年ライターのマルクはジャン・リクアールを訪ね戦時下でのレジスタンス活動について取材をしている。ジャンはリュシアンの父親でドイツに協力した人物を殺害した罪に問われ戦後投獄された経験をもっていた。

インタビューによって語られるレジスタスの過去と過酷な経験はカミユの描く世界のように不条理だ。特別な政治意識もない若者が次第にレジスタンスの活動に組み込まれてゆくが末端の彼には自分がどのような組織に属し何の目的で行動しているのかさえ分からないまま事態が動いてゆく。それでも活動しているという気持ちの高揚は彼を支配してゆく。そして、戦後の裁判で殺人罪に問われたジャン・リクアールは「ぼくがレジスタンスの活動家だったのはたったの数週間だけなんです。」「命令に従っただけです。」と抗弁する。

ディディエ・デナンクスが掘り起こす歴史には目に見えるものの裏でうごめくものがあり『死は誰も忘れない』でも英雄的に語られるレジスタンスとは違い消耗品として使い捨てられてゆく人々が描かれる。使い捨てられる人々がいるという事は当然使う側の人間がいるわけで彼らは立場や情報を利用ししたたかに生きてゆく。ではデナンクスは告発の物語を書こうとしているのだろうか。私にはそうは思えない。
前作『記憶のための殺人』ではフランスに侵攻してきたナチスドイツに積極的に協力しユダヤ人移送に加担した事実が掘り起こされていたが、そこには自らの判断を持たず役人的に協力する人物が登場する。
以前見た映画『ハンナ・アーレント』ではアイヒマンの裁判を傍聴した彼女が、命令に忠実に従うだけのアイヒマンのような小役人が、思考を放棄し、官僚組織の歯車になってしまうことで、ホロコーストに加担してしまうということ、無思考と凡庸が悪の温床になって行くことを明らかにしていた。『記憶のための殺人』は正にフランス版のそれなのだが、『死は誰も忘れない』でもレジスタンス活動に加担してゆくなかで普通の人間が巻き込まれてゆく不幸を描いている。普通の人間が幸せに生きられない不幸であるが、無知の不幸、凡庸の不幸という事も出来る。そう思うとにわかに警戒しなければと思うようになる。私も無知で凡庸な人間だからだ。

パリではテロがあり今も厳戒態勢にある。オウム真理教による東京都庁爆破事件では幇助の罪に問われていた女性に無罪判決が下され裁判官が法的には無罪であるが結果に向き合うように被告に諭した。私たちは何を見て考え自分の行動を決めてゆくのだろう。悪しき心の入り込まないように、悪しき者に翻弄されることのないように警戒しなければならない。

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テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

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