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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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『プルーフ・オブ・ヘヴン』エベン・アレグザンダー

お元気ですか?

今日はGoogle Chrome が全くつながらずあれやこれやと試してもうまくいきません。どうして突然こうゆう事になるのか・・・。原因を探し解決しなければ私はいつまでももやもやして落ち着きません。ちょっと困った状態です。

『プルーフ・オブ・ヘヴン』という本を読みました。エベン・アレグザンダーという医者が書いた本ですが、副題に「脳神経外科医が見た死後の世界」とついています。実は借りてくるまで気が付かなかったのですが、カバーのそで(折り返して内側になったところ)に著者の写真があり、それを見て“あぁこの人か・・・”と思い至りました。確か立花隆さんの番組に登場した人なのです。
私たち人間は何処から生まれ来て死んだらどうなるのか。命とはなにか。といった問題は誰もが考えるのですが、近年医学の進歩により死の淵をさまよった人が命をとりとめるようになりました。そして臨死の状態を記憶し語るということが数多く報告されるようになったといいます。その報告に共通する事を見ると死後の世界があるのではないかと考えられるようになってきています。しかし一般に科学者は実際に検証でき普遍的に確認できるものでなければ認めることはしません。とりあえず認めてという扱い方はしないのです。ところが、エベン・アレクザンダーは脳神経外科の医者であり、その彼が細菌性髄膜炎にかかり、脳が全く機能しない状態になります。脳の専門家が自分の脳は全く機能していない、つまり死んでいたと云い、その状態で自分が経験したことを著したのが『プルーフ・オブ・ヘヴン』です。専門の医者である科学者が死の世界を経験しそれを伝えた本なのです。宗教家や霊能者と言われる人が死後の世界を語るより私には興味が持てます。でも科学者が書いた本だから信用がおけるのかと言ったらそうではありません。私は脳外科医でも死後の世界を経験してきた者でもありませんが、検証的に読むことはできます。彼が言っていることはどのような事実に基づきどのような類推や仮説を経て導き出された事実なのか、論理の構成に無理はないかと疑うのではなく確認してゆく読み方です。疑うというのはすでにバイアスがかかりますからそれ自体公平であると思いません。死後の世界と同時に生まれてくる前の世界も含め、つまり生命と存在のすべてに興味をもつ一人として少し好意的にこの本を読むことにします。

2008年11月10日の早朝、エベンは自宅で目覚め背中に痛みを感じます。インフルエンザと思いお風呂に入って体を温めますが症状は悪化し激しい痙攣発作を起こし病院に運ばれます。救急搬送された病院では患者が仕事をともにする脳神経外科医エベンであることを知り専門スタッフが集められ、検査の結果大人には1000万人に1人未満の罹患と非常に珍しい大腸菌性髄膜炎であることが判り抗生物質による治療が行われます。しかしエベンは昏睡状態になり治療の効果も上がらないまま7日間眠り続けます。本はその七日間の昏睡状態の中で彼が体験した世界と覚醒後家族や周りの人たちから聞いたことを交互に織り交ぜて時系列的に書いています。
エベンは最初暗がりの中で記憶も自意識もなく肉体の感覚もないただいるだけの存在としてあります。言葉も持っていなかったといいます。周りには木の根か血管のように見えるものが下がり絡み合っていて彼はそれを「ミミズの目の世界」と呼びます。時間の観念が無かったといいますが、そこにいる時間が長くなってくると次第に落ち着きが悪くなってきてグロテスクな動物が顔を突き出し吠え、この地下世界は自分の居場所ではないと感じここを出なければと思うようになったと言います。
この段階ですでに私にはいくつかの疑問が出てきます。脳が機能していない状態で意識はあったといいますがエベンはどうやって記憶したのでしょうか。時間の観念が無かったと言いながら彼が語る世界は時間軸があるように思えます。疑問は答えを急がず一つ一つプールしておきましょう。

次に闇の中から絹糸のような白い光が放射され闇が消えていき生きた音色旋律が聞こえてきます。やがて光の真ん中に何かが現れそれを見極めようとするとエベンはいきなり上昇し開口部をくぐり抜け別世界に行きます。まぶしく輝き活気に満ち田園風景が広がる美しい世界です。彼はその世界を現実(リアル)と表現します。風景の中を飛び続けた彼の傍に蝶の羽に乗った女性がいてエベンに言葉を介さずにメッセジを伝えてきます。それは「あなたは永遠に深くあいされています」「恐れることは何もありません」「あなたのすることはひとつも間違いはありません」という三つのメッセージで彼には真実を伝えられていることが瞬時に分かったと言います。エベンはこの世界をゲートウェイの世界と呼びます。

雲の上、上空のはるかな高みでは何かが飛び交っていてエベンはそれを地上にはないもっと進化した高等な存在と感じます。聖歌のような荘厳な大音響がとどろきエベンはその高等な存在の歓喜の表現だと気付きます。エベンは神聖な存在に言葉を用いずに「ここはどこですか」「私はだれですか」「なぜ私はここにいるのですか」と無言の質問をし、即座に答えが返され思考が直接エベンになだれ込んできてすんなりと腑におちたといいます。
広大な虚空の中エベンはオーブ(玉響)が光を放射しながら傍にいてそのオーブが生きているのを感じます。彼は宇宙全体、または神や創造主、根源といった存在と全く距離がなく自分があってしかしそれは無限に広大であるためオーブが彼と無限な存在とを取り結ぶためにあることを知ります。エベンは覚醒後、この神または無限な存在をオームと表現しますが、オームはオーブを通じてエベンに宇宙はひとつではなく沢山ありその中心には愛が存在する。しかしわずかながら邪悪もあり、その邪悪があるため自由意志を持ち発展することが出来る。世俗世界では邪悪の力が強力であるが、最終的には愛が勝利を収めると伝えてきます。エベンは無数の宇宙の中に多くの生命がありその中には人類よりはるかに進化した知性と高次の次元があり高次の次元はその中に入り直接体験するしか知る方法がないと分かります。低次の次元からは高次の次元を知るすべがないのだといいます。
エベンはこの世界で洞察という形で明瞭な知識を授かったといいますが、覚醒し世俗世界に戻ってきた彼は制約を受けながらも授かった知識を引き出し考察する喜びを得たと言います。

さて、エベン・アレグザンダーは脳神経外科医という専門の知識を持ちながら自ら髄膜炎に罹り死を体験するというある意味では大変恵まれた状況で臨死体験を報告する立場に身を置くことが出来ました。このことにこそ何故彼だったのかという答えがあるように思えます。彼が体験したことは彼の脳が高次機能を有していたことを示していますが覚醒後彼自身が確認した医療データは昏睡状態にあったときには脳の活動は失われていたことを示しています。これはどうゆう事なのでしょうか。脳が機能を失っているにもかかわらず記憶や意識の働きがあるということはどうゆうことなのでしょうか。
脳の働きが失われているときに意識があったとする経験について、エベン・アレグザンダーは「意識のハードプロブレム」という表現で考察の糸口を提示します。私は今この問題に深く入り込めるだけの知識を持っていませんが、物質としての脳の情報処理の集積が意識を作りだすと言う考えがあり、この考えは人工知能が高度に発達したコンピューターは意識を持つという考えに行きつきます。現にそうゆう事を発言する科学者もいます。しかし私には違うように思えます。蓄積された情報が形づくられ意識と似た姿を持つことはあるでしょうが、ここで問題とされる意識は別な形で生まれてきたものなのではないでしょうか。既存の科学で説明の難しいものを科学者は敢えて科学の枠外に置いてしまい研究の対象とすることを拒否してきました。この姿勢は科学者が何百年も続けてきたものです。しかし本来科学というのは観察し考察し発見してゆくなかで分かるものと分からないものを区分けし、分からないものはさらに観察し解明してゆくことです。もし死後の世界や意識といったものが十分に分からないのであるならさらに研究を進める事こそが科学者の取るべき姿勢だと私は考えています。

さて、死後の世界や聖なるものの存在を『プルーフ・オブ・ヘブン』を読んだだけの私が論じるのは少々思い上がったことであり、荷の重いことです。私自身幾つかの不思議な体験を持っていますが、だからと言って確信をもって死後の世界があるとかないとか言えるわけではありません。しかし、エベン・アレグザンダーが脳が機能しない状態のもとで意識をもって何らかの世界を体験し言葉を使わず意思をかわしそれらを記憶してきたということを私はありうることと理解します。なぜなら意識というのは個人を離れて集合体となり力を持つことがあることを知っているからです。記憶も同じような働きをしますが、私は個人の意識や記憶はパーソナルコンピューターのように存在し、次元を変えたところにクラウドコンピューティングのように別の意識や記憶があり時に私たちはそれに触れることが出来るのではないかと思うからです。物事を理解するのに言葉はとても大切な道具です。道元は言葉をとても大切にしましたが、同時に座禅をくむことで言葉を超えて悟ろうとします。何かを分かる感得するときに言葉は必ずしも必要ではないのです。時に言葉は現実の世界を映しているぶんだけわかるという事の妨げにもなります。そう考えるとエベンの脳が機能しないときに意識を持ち何かの世界を見て意思を交わし記憶してきたことはそれほど不思議なことではないと思えます。
私が少し未来を見たり、何かが動きだしていることを察知したりしたのは私自身が特別なのではなく、そうゆう意識や記憶のクラウドにチャンネルが合致したことなのだと考えています。そして実は私はづいぶんと長い時間をかけてそういうクラウドにアクセスするパスワードを探しているのです。

さて今日も私は楽しい一日を過ごしました。ですが、相変わらずGoogle Chrome は直らずつながってくれません。明日は直るでしょうか。Google のクラウドには私の貴重なデーターが置いてあるので本当に困っているのです。

ではまた。

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テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

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