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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』村岡恵理

お元気ですか?

最近はすっかりネットで本を買う機会が増えたが、旅先の古本屋を覗く楽しみはまた別のものがある。個人経営の古本屋ではその土地特有のものを探すのも面白い。例えば土地の小さな出版社が出している地誌などは普段目に触れる機会がないこともあり惹かれるものがある。
BOOKOFFなどの大型チェーンも楽しい。棚の本もきれいに並んでいるので特に探していた本でなくてもこれ読んでみようと手に取る気持ちになる。

先日函館に帰省した時も、近くの古本屋とBOOKOFFの二軒を覗いた。個人経営の店では高城高さんの本を見つけて頷いたり、水産関係の資料を手に取り知った名前が載っていないかページをめくった。BOOKOFFでは仏和辞典を100円でみつけ良いもの見つけたとばかりウキウキした。
そして、100円の棚で目に止まった文庫本が『アンのゆりかご』だった。

『アンのゆりかご』は『赤毛のアン』の翻訳で有名な翻訳家村岡花子の生涯をお孫さんの村岡恵理さんが書いた評伝だ。2014年の4月からNHKの朝の連続ドラマで『花子とアン』として放送されたのを私は当時両親の介護で函館に来ていて一人朝食を食べながら見ていた。入院していた両親のタオルや下着などを洗濯したり、早朝庭の草むしりをして一仕事を終えたあと、いたずらのように作るホットサンドイッチや東京のはちや珈琲店から送ってもらった豆をプレス式でいれながら朝食を楽しむ。そんな生活が3か月ほど続いたが、母が退院し私が函館を去り家に戻ると『花子とアン』も見なくなった。
しかし、本棚に並べられた私の文庫本の中から『赤毛のアン』を出して再読したのは良かった。新潮文庫の文章は学生の頃に読んだ印象とは違いとても真面目で丁寧な日本語に思えた。

今回そんな2年前の記憶も薄れていた私に『アンのゆりかご』が現れたのは村岡花子のことをきちんと知りなさいという本の神様の采配だろう。本との出会いにはそうゆう仕掛けが沢山あることを私は経験から確信している。
読み始めた『アンのゆりかご』はまず文章の立派さに驚いた。梨木香歩さんが書いているように客観性を失うことなく女性としての共感を持ちながらあたたかく村岡花子とその周りに集まった人たちを見ている。読みながらその距離感が快く、著者の村岡恵理さんの頭脳の明晰な人柄に好感を持つ。
そして花子の人生を知るにつれやはり人は教育と出会いによって育ち動かされてゆくものだと改めて思う。

クリスチャンであった父親(なぜ明治の時代にお茶の行商をする男がクリスチャンであったかその背景が簡潔に判りやすく説明されていて私は納得できた)貧しいが社会の不平等に敏感だった父親によってミッションスクールに入学する花子は好奇心に花開かせ英語の勉強に力を入れる。卒業し甲府の山梨英和で教師になるが、東京の出版社に勤め翻訳と作家活動を行う。その間多くの作家や女性の活躍を願う人たちと出会い刺激を受けることとなる。広岡浅子と出会いそこに集まる人、市川房枝との出会いなども女性の地位向上社会進出をもって世の中を変えてゆくよう花子の意識を高めてゆく。花子のとった方法が文学を通じた子供の教育にあったという違いだけだ。
本を読み広岡浅子との出会いを初めて知ったが、もしかしたらNHKのプロデューサーも『アンのゆりかご』を読みながら次のドラマの主人公を決めたのかもしれないなどと勝手な想像をしてしまうのも面白い。

私たちは幼いころは学校で教育を受ける機会を得る。しかしそこで良い教師に出会えるかどうかは運だ。もし不幸にして環境や人に恵まれなかったら本を読めばよい。良い本を沢山読み、様々な考えや世界を知り、自分の生きるべき道を探す。好奇心は自分の内なる声だ。興味に手を引かれながら前に進む時、次が待っている。村岡花子はそんな素晴らしいお手本を私たちに示してくれている。


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