FC2ブログ

プロフィール

杣人・somabito

Author:杣人・somabito
Nuages・・・雲のようにふんわりとしています

カレンダー
04 | 2020/05 | 06
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
リンク
ブログランキング

FC2ブログランキング

人気のあれこれ!
月別アーカイブ
最近のトラックバック

食本『三四郎』  始まり

お元気ですか?

穏やかな天候に恵まれ、我が家の周りの小さな田圃に水が張られだしました。
例年に比べて遅いような気がしますが、
何処からか鴨がやってきて水遊び。
それを見ながらパートナーさんは、にこにこ舌舐めずりをしています。

以前、アグネス・チャンさんが「ハトを見ると美味しそうって思うんです」って言っていましたが、
我が家のアグネスは「お友達が遊びに来た!」って言っています。
さしずめ、私はごん兵衛さんですね。

さて、先日から夏目漱石の『三四郎』を読んでいます。
読むといってもじっくり言葉を吟味しながらというわけではなく、食べ物に関係するところを
抜き出す作業をしながらという、極めて趣向的な読み方。

私は、食への関心はその人の文化度を測る目安になると考えています。
志賀直哉や阿川弘之、池波正太郎が食べ物に多大な関心を払ったのに首肯。
でも、夏目漱石の食への関心にはあまり思い至らないでいました。

もっとも、『三四郎』の冒頭で彼が駅弁を車中で食べるのは記憶していますし
浜松の駅弁屋さんが当時の駅弁を再現しようと試みたという記事を新聞で読み
興味をもって駅弁屋さんに問い合わせたこともありました。

それが最近になって『夏目家の福猫』に出会い、久しぶりに気持ちが動きます。
著者は半藤末利子さん夏目漱石のお孫さんで、代々続くぬか床について紹介しています。
家庭人漱石の一面。
それは彼の作品の中にどのように映し出されているのでしょうか。

『三四郎』は私にとって、初めて夏目漱石とお近づきになった本です。
久しぶりに高校一年生の気分になって、頁を繰ってみることにしました。


『三四郎』ですが、『虞美人草』『坑夫』につづく三つ目の長編小説で
朝日新聞に明治41年(1908年)9月1日から12月29日まで117回連載されています。
明治という近代化の中で、個人が「迷える羊」となり「無意識の偽善者」としての行為の結果に
責任を突きつけられる存在として描かれていきます。
時代的には、1902年に日英同盟、1904年に日露戦争で日本が勝利し、
1905年にポーツマス条約締結と、日本が世界の強国と肩を並べ出した頃です。

夏目漱石は、明治33年(1900年)から2年間の英国留学を経て明治36年に帰国し、
神経衰弱に苦しみながら帝国大学や明治大学で教鞭をとり、
明治38年に「ホトトギス」に『吾輩は猫である』を発表して注目を集めます。

『三四郎』には『それから』『門』と続く前期三部作としての位置付けがありますが、
近代化を突き進む日本の中で、自己の存在と罪に揺れる個人を見つめた漱石文学の
転換点と言える作品群の第一号とも言えます。

私は、『三四郎』を始めて読んだ時に、人間心理への洞察の深さに驚き、
フロイトの『夢判断』などより遥かに優れていると文学者への畏敬を深くしたものでした。


さぁ、それでは『三四郎』の頁を開いてみましょう。


まず、最初のシーンは「うとうととして目がさめた」三四郎が
「思い出したように前の停車場で買った弁当を食いだした」のですが、
このお弁当には「鮎の煮びたし」が入っています。

さて、ここでいくつかのチェックすべき項目が浮かびます。
名古屋に向かっている列車なのは相席になっている女性が
「名古屋はもうじきでしょうか」と三四郎に話しかけてくることから分かります。
では、弁当を買った「前の停車場」は何処の駅でしょうか。
そして、それは何時ころのことなのでしょうか。

名古屋に「九時半に着くべき汽車が四十分ほど遅れた」とありますからこの駅弁は夕ご飯用です。
「次の駅で電車がとまった時、女はようやく三四郎に名古屋へ着いたら迷惑でも宿屋へ案内してくれと言いだした。」とありましたから弁当を買ったのは、名古屋より少なくとも三つ以上手前の駅で、
5時から7時ぐらいの間に停車する「鮎の煮びたし」の入った弁当を売っている駅と推測しましょう。
岐阜?米原?草津? 残念ながら手元にこの時代の列車時刻表が無いので
すぐには分かりません。宿題としておきますね。

ところで、このお弁当。三四郎は食べ終わった殻を
「弁当の折りを力いっぱいに窓からほうり出し」ちょうど折り悪く窓から顔を出していた
女性の顔にぶちまけてしまいます。
当時は窓から物を捨てるのは当たり前の事のようですね。

後で出てきますが、次の日に豊橋で乗った男は
「窓から首を出して、水蜜桃を買い」三四郎も御相伴になるのですが、
「さんざん食い散らかした水蜜桃の核子やら皮やらを、ひとまとめに新聞にくるんで窓の外に投げ出した。」とあります。 

いかがですか、当時の風習を知る面白いシーンですね。
現代の列車しか知らない若い人には、窓を開けて駅弁を買うなんて事すら想像出来ないかもしれません。
水蜜桃のような果物がホームで売られていたというのも面白いですね。

場面を少し戻しましょう。
名古屋まで相席した女性と三四郎は宿を同じくすることになり、
一つ蚊帳に寝るのですが、「度胸のない」三四郎には何事も起こらず、
女性と朝のお膳に向かいながら「下を向いて、お猪口の葡萄豆をしきりに突っつきだし」ます。
葡萄豆ってどんな豆でしょう。ちょっと哀れな味なのでしょうね。

豊橋から同席した男は三四郎と水蜜桃を食べながら、
「子規は果物がたいへん好きだった。かついくらでも食える男だった。ある時大きな樽柿を十六食ったことがある。」という話をします。
三四郎は子規の話に興味を持つのですが、男の話は豚のほうにそれていきます。
私の、食文化尺度論でみれば、この男も文化度の高い人と言えるのでしょうか。

上京する汽車の駅弁の最後は、お昼に食べた浜松の駅弁です。
「その晩三四郎は東京に着いた。」とあるので、お昼の弁当と分かるのですが、
名古屋を朝に出て、浜松にお昼。当時の汽車の事情を知る手立てにもなりますね。

「浜松で二人とも申し合わせたように弁当を食った。食ってしまっても汽車は容易に出ない。」
と書かれ、残念なことにどのような弁当なのかは書かれていません。
そのかわり「西洋人が四、五人列車の前を行ったり来たりしている」とあります。

当時から浜松は西洋人も立ち寄る大きな町だったのでしょうね。
市史などで当時の様子を調べてみるのも面白いでしょう。

ただ、浜松で西洋人を眺めながら「宣教師を一人知っている。ずいぶんとんがった顔で、鱚または魳に類していた。」と三四郎は夢想します。
いかがです?こんな比喩に夏目漱石の頭の中で、駅弁に入っていた焼き魚が見えていたように思いませんか?

こうして、熊本の高等学校を出てきた三四郎は東京に着きます。

どうです『三四郎』の冒頭。文庫本にしてわずか18頁の間に出てくる食べ物の数々。
食本としての『三四郎』に期待できませんか?
実は、私自身こんなに食べ物が出てきたの?って期待以上の事にわくわくしています。


ちょっとおまけ。

三四郎は熊本の高等学校を出て来たと言っています。
でも、名古屋で女性と同宿した際、宿帳には「福岡県京都郡真崎村小川三四郎二十三学生」
正直に書いています。
熊本の高等学校は寮生活だったのでしょうね。
それと、当時新学期は9月始まり。暑い夏の盛りに三四郎は上京しています。
ね、水蜜桃が登場するのも納得でしょう。

食本『三四郎』まだまだ続きます。請うご期待。

御用とお急ぎでない方は、またのお越しをお待ち申し上げておりますね。

三四郎 (角川文庫)三四郎 (角川文庫)
(1951/10)
夏目 漱石

商品詳細を見る



ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村 ←プチっと応援よろしくお願いいたします! 
スポンサーサイト



テーマ : 本に関すること
ジャンル : 本・雑誌

コメント

Secret

最高!

杣人さん、こんにちは。

食本『三四郎』、とーっても面白いです。
出て来る食べもののリストアップだけではなくて、それにまつわる状況にも触れて下さってて。軽快なテンポも、列車の旅みたい。
もういろいろ、本当に楽しませていただきました。
なのに、まだ18ページ!
これからも、すごく楽しみにしています。
ありがとうございました。

照れるけど・・・

ここ様、有難うございます。面白いって言っていただけてちょっとほっとしています。
文学作品をつかって、こんな遊びもいいでしょう!
漱石先生も雑司ヶ谷で苦笑いしているかな?

面白いですね

食への関心がその人の文化度を測ると言うことはここでも証明されそうで面白いですね。楽しみです。
作家や芸術家、学者などはその代表かも知れませんね。
好奇心と経済力、それに時間と三拍子揃っていますもの。更に加えるならば創造力でしょうか。概していろいろな面でマメですね。
食べ物の話が出来ない人は社交に向かないと言われますね。
私などどれも該当しません。残念。

有難うございます

相子様にも面白いと言っていただけてちょっと嬉しゅうございます。
学生時代に家にあるスパイスの数で、文化度、経済力を測る事が出来るのではと
考えて社会学の調査を計画したことがありました。

食本「三四郎」は面白い試みでしょう!
学生の三四郎さんは、いろんなところで美味しいものを食べているようです。
楽しみにしてお待ちください。

葡萄豆とは

そうそう葡萄豆とは大豆の煮豆です。
昔奉公人に出す惣菜が煮豆と聞いております。それは甘い豆ですとご飯が少なくて済み、塩辛いおかずですとご飯が沢山食べられて仕舞うと言うことで、煮豆は切ない食べ物です。

せつない葡萄豆

相子様、こうゆうコメント大好きです。嬉しくて大感激!
奉公人に出す煮豆?
一変に台所の板の間でちゃぶ台を囲む奉公人の様子が浮かんできます。
紫色に照り出すまで煮た大豆と思っていた「葡萄豆」に文化的味付けが・・・

有難うございます。

杣人のNuages

ブログ内検索
 RSSフィード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ホテル探しに!
クリックをお願いします!
Google