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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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『春になったら苺を摘みに』

お元気ですか?

本の話を続けましょう。

先日 「風の中の散歩」のここさんからお勧めいただいた、
梨木香歩さんの『春になったら苺を摘みに』を読みました。

梨木香歩さんは、以前見た映画『西の魔女が死んだ』で初めて知り、
(その映画だって、シャーリー・マクレーンのお嬢さんが出ているというので興味を持ったのですが)
「あっ、懐かしい空気を持った人だ」と興味を持っていました。

その、“懐かしい空気”の謎は今回『春になったら苺を摘みに』を読んで
私なりに納得出来たのですが、それと同時にちょっとくすぐったい驚きも
味わうこととなります。

『春になったら苺を摘みに』は梨木香歩さんが、20年前に留学した際の下宿の主人、
ウェスト夫人を縦糸に、様々な人との交流から生まれる思索を綴ったエッセーです。

前回、私は梨木さんの本に“結界”という言葉を置きました。
今日は、“距離”という言葉を用意してみましょう。

梨木さんは20年前、S・ワーデンのカレッジに入学しますが、
その地を「ミルンの『クマのプーさん』で有名な森に隣接する」所ですと紹介します。
日本人にも馴染みのある『クマのプーさん』。
でも、私はここに梨木さんの仕掛けを読んでしまいます。

『クマのプーさん』の男の子、ロビンは物語の中の人物です。
でも、実際のクリストファー・ロビン・ミルンは大人になっても周囲から
『クマのプーさん』の男の子と同一視され、
社会との関わり、親との関係に悩みながら生きることになります。

誰からも知られた男の子は、「それは自分じゃないよ」と言いながら、
自分を探し、居場所を探しながら生きてゆかなければならなかったのです。
大人になったロビンは、田舎町に小さな本屋さんを開きますがそれすら
居心地のいい場所とはなりませんでした。

そんなことを思い出させる、梨木さんの導入に、ちょっと身構えながら
読み始めます。

登場人物のこと一つ一つをここでは書きませんが、
梨木さんが下宿や旅の先々で出会った人は、それぞれに特徴のある人達です。
時には戸惑うくらいの人達と接していく中で、
梨木さんは相手のふと見せる美徳をさりげなく記憶してゆきます。

たとえば、
気位の高いナイジェリアの家族。その主婦であるディディの前で、
日本からの来た客と蕎麦を音を立ててすすった時、「驚いたでしょう」という梨木さんに、
ディディは顔色一つ変えず、
「それが文化である限り、どんなことであろうと私はそれを尊重する。」と言います。

下宿の女主人、ウェスト夫人にも
「彼女は毎週(クウェーカー教徒の)ミーティングハウスに通っていたが一度として、
勧誘されることはなかった。彼女は自分の信じるものは他人にとってもそうなるはず、
と独り合点するところはなく、また人の信じるところについてはそれを尊重する、
という美徳があった。」
と評します。

もう一つ、カナダのトロントを訪れ、PEI(プリンス・エドワード・島)への夜汽車に乗る梨木さんは
『赤毛のアン』で有名な、ルーシー・M・モンゴメリーについても
「PEIへの偏愛。自分に繋がるものたちへの過度の賛美は、
第一次世界大戦時での彼女の言動を見ても明らかなように、容易にナショナリズムに
結びつく。しかし彼女にはそう流れてもおかしくない切羽詰った事情があった。」
と理解への緒を用意し、決して否定や拒否だけのスタンスを取りません。


人と付き合う、相手と向き合うということは
お互いの器の大きさとその中に何が入っているかを慮りながら、
さわってみたり、重ねてみたり、離れてみたりし乍ら、心地良い距離を見つける作業です。

「ウマが合わないなら無理に付き合うこと無いよ」と言われるかもしれません。
でも、社会生活を送っていればどんな人に出会い、どんな事件に遭遇するかわかりません。
さっさと離れて知らんぷりをしたり、拒絶したりばかりもしていられませんから、
相手を認めながら距離をとる術を身につけたほうが楽ですね。

ところで、本を読むという事も作者との対話、作者との距離の確認といえます。
特にエッセーは作者の考えが直接的に書かれていますから、
共感したり、疑問に思ったりしながら、作者との距離を感じてゆきます。

『春になったら苺を摘みに』は梨木香歩さんが出会うユニークな人たちと
人間性を確認しながら丁寧に距離を見つける日常の記憶です。
気持ちの良い距離を見つけるには、充分な観察と想像力が大切。
そして何よりも、相手に対する尊敬が必要でしょう。

『春になったら苺を摘みに』は、そんな気持ちの良い本。

梨木香歩さん。
もう少し近づいて、重なる部分がどこにあるかを知りたくなりました。
今、手元には『裏庭』が届いています。
この児童文学ファンタジー大賞を受賞した作品は、どんな世界を見せてくれるのでしょう。


*********

追記)
この記事、上手く書けていません。自分で読んでも困ってしまっています。
でも、書き直すとすると消してしまわなければならず、それもやはりちょっと困ってしまいます。
パンと手を叩いて消えてしまう。そんな都合の良い事を、言葉達に背負わせることはできません。

だから、この追記は言い訳で、書いてしまったけれど、どうも言いたいことが上手く書けていない。
という事を残して置きたいというちょっと身勝手な追記なのです。
ここにお立ち寄りくださり、読んでくださった方には、誠に申し訳ない話です。

でも、どうして上手く書けないのでしょう。
実は、最初から上手く書けそうもないと思っていました。
それでも、読んだからには何か読んだという事を残して置きたい。
そんな軽い思いが招いた結果なのだと思っています。

それくらい、『春になったら苺を摘みに』は重たいエッセーです。
ウェスト夫人の下宿に集まる異国からの人や「町で一番仲良しの通り」に
集まるS・ワーデンの人たち。
そして、旅先で出会う人達を語る梨木さんの観察は神経質なくらい細かくて
入り口の小さな言葉の奥に深い洞窟が潜んでいます。

梨木さんの他の作品にも見られる影がそこにも感じられます。

『春になったら苺を摘みに』の最後の章『トロントのリス』には
脳性小児麻痺の子供や、自閉症の大家さんが登場し、
梨木さんはそれはそれは詳しく語ります。

そういえば、最初の章の『ジョーのこと』では家族が聾唖者で
手話や読唇術がコミュニケーションの手段という中で育った
「信じられないくらいドラマチックな事件の起こる」ジョーのお話です。
(これも、梨木さんの仕掛けだと言えましょう。)

先に、私は梨木香歩さんが描く世界には“結界”があるということを言いました。
結界を超えてこちらの世界とあちらの世界を行き来するのは、異能の人々です。

生まれながら異能を身につけている人もいますし、必要に応じて術として会得する人もいます。
どちらにしろ、彼らは特異な能力を、人とは違った世界を身に纏はざるを得ません。

シャーマンのように、呪術や祈祷で村人の尊敬や感心を得ることもありますが、一方、
その異能ゆえに、村人から“違う人”と一線をひかれ孤独な生き方を求められてしまいます。

小さな町に下宿する異国の人、8歳の時から雇われ家事労働をして80年を過ごした人、
不器用なほどにプロ意識を持つ駅員。
そういった私たちの身近に普通にいる人達の中に、梨木さんは異能を認め人間の奥底を観る。
そこでは、自閉症の人も聾唖者の人も全く違いはありません。
ちなみに、私は健常者という言葉が好きではありません。苦々しい違和感を感じてしまいます。

異能を知るのは痛みを伴う作業です。多くは触れてはいけない処にも近接しています。
でも、人が理解し合う、相手を認め合うにはそういった部分を知ることを
避けるわけにはいきません。

ですから、よく見て相手を慮って想像し、距離を知る必要があるのです。

梨木香歩さんは、きっと人間が暗い部分を持った生き物だということを感覚的に知っているのでしょう。
だから、容易に相手に近づこうとはしていません。
そして、ジョーやウェスト夫人ほどにも寛容でもありません。
だからこそ、相手の事が見え、深く観察する事ができ、ひりひりするような距離感を保つ事が
出来ているのだと言えます。

『春になったら苺を摘みに』は、手強いエッセーです。
そこには梨木香歩さんの肌を研ぎ澄ました緊張感があり、楽しむというより
深く考え、油断しないように気をつけながらお付き合いをしなければならない世界があります。

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(2006/02)
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テーマ : 読書メモ
ジャンル : 本・雑誌

コメント

Secret

杣人さん、こんばんは。

『春になったら…』
杣人さんの、緻密な読みにとても驚いています。深く丁寧な読みの世界をお話して下さって、ありがとうございました。
久しぶりに読み直したくなりました。
これは偶然なのですが、私にとっては、少し苦い思い出のあるトロントの旅に行く時に、ちょっと買ってトランクにしのばせた本でした。その直前に『村田エフェンディ滞土録』を読んで、とても感激していたので、空港で見つけて購入したのです。とても慰められました。考えてみたら、もう何年も前のことです。
そのせいか、今もとても大事な本のような気がしています。

杣人さんのことも含めて、人との出合いって、不思議だなあと思います。私にとって、梨木香歩さんの世界、その不思議さを手に取ってみるような感じなのでした。
またどうぞご本のお話、いろいろお聞かせ下さいませ。

ここ様、コメント有難うございます

以前にも書きましたが、“読書感想文”って苦手です。
(あっ、いや、こんな書き出しではいけませんね。)

誰もが同じものを手にする“本”をどう読んでいるかを衆目の下にさらすなんて
こんな恥ずかしいことはありません。冷や汗ドキドキなんです。
(正直に申し上げて、ここ様からどのようなコメントをいただけるか、ハラハラでした。
もしかして、怒っちゃわないかな?なんて思って記事を消してしまいたくなったくらいです。
可笑しいでしょう。)

本を読むということは著者との対話ですから、本から何を読み取るかは読み手が何を聞きたいか、
にかかっていますね。
今回“結界”“人との距離”というキーワードが響いてきたのは、私がそうゆう音を聞きたかったからなのだと思います。クリストファー・ロビンに反応するのもそうです。これ、話しだすと大変なのでここまでで・・・。

もう、お気づきでしょうが、ブログの前半部はとてもぎこちなく書きました。何回も書き直したのに、
全然気持ちが付いていない。どうしようと思っちゃいました。
そこで、追記を書いたのですが、これは一気に。不器用な記事になったのはそのせいです。
お勧めいただいた、ここ様の大切の本。ごめんなさい。

『村田エフェンディ滞土録』今、探しています。
一般の本屋さんやアマゾンですぐに購入することは可能ですが、それでは楽しくないので、
古本屋さんで出会うのを心待ちに、いそいそと出かけています。
ご縁が運ばれて来る時、きっと私のところにやってくると思っています。

その時には、また私の戯言、お聞きいただけますか?

『春になったら苺を摘みに』をご紹介いただきまして、心から御礼申し上げます。

あっ、そうそう。文庫本解説を書かれている清水真砂子さんが、
解説の中で「時折須賀敦子の文章を思い出した」と書いていました。
思わず、ニヤリ。です。

また、お付き合いください。では。

追記)
今日、両親に電話をしました。ここ様の「金婚式」を拝読させていただいたおかげです。
こちらにもお礼申し上げます。







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