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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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『村田エフェンディ滞土録』

お元気ですか?

『村田エフェンディ滞土録』を読みました。
時々おじゃましている「風の中の散歩」のここ様が、以前感激したとおっしゃっていた本。
私にとっては、梨木香歩さんの4冊目の本になります。

これまでに読んだ『西の魔女が死んだ』『春になったら苺を摘みに』
私は、結界、距離というキーワードを頼りに梨木さんの世界を読み解こうとしてきました。
今回はどうなるのだろう。
本が届いたときから、軽い胸騒ぎのような物を感じています。

そして、さて読もうと本を手にとった瞬間。まさに表紙を開いた時から、
私には箱庭という言葉が浮かんできたのです。まだ一行も読んでいない時から…。

『村田エフェンディ滞土録』はトルコに留学した村田氏が英国人のディクソン夫人の下宿で
同じように考古学の研究をしている独逸人のオットー、希臘人のディミィトリスらと生活をしている。
おや?『苺を摘みに』と同じような舞台なのだろうか?
そう感じるむきも無くは無い。

だが、『村田エフェンディ滞土録』は少し趣が違うようだ。

『春になったら苺を摘みに』では英国の田舎町の下宿に集まる異国のまたは性格、性質の違う者どうしが
お互いの距離を測りながら生活していた。
『村田エフェンディ滞土録』では違いを認識し許容しながら、さらに大きな枠の中に
我も彼もが居ることを描こうとしている。

梨木香歩はそれをかなり明確な意図をもって仕掛けている。
時代を第一次世界大戦前夜、英国の植民地政策がほころび始めたころに置き、
文中の国名は土耳古(トルコ)、独逸(ドイツ)、希臘(ギリシャ)というように、
漢字表記にしているのは、ノスタルジックな表現ではなく、異空間として世界を意識してのこと。

オスマン帝国の軍艦エルトゥールル号が1890年に和歌山県串本沖で遭難したという、
史実を織り交ぜながらも何処か別世界、もしかしたら地球と似た違う星の話のような空気を
漂わせている。

物語の重要な役割として鸚鵡が存在する。
誰か学者にでも飼われていたであろうこの鸚鵡は下宿人達のあいだにあって
実にタイミングよく、含蓄のある言葉を話す。時にはラテン語まで。

この鸚鵡。私は当初舞台進行の狂言回しと思っていたが、物語の最後になって
異界と通じている口寄せであったと分かる。
とすると、私が最初に感じた箱庭はあながち間違った感触ではなかったようだ。

箱庭。私に浮かんできたビジョンは、箱庭療法の絵。
心理療法の一つとして用いられる箱庭である。
梨木さんは、土耳古という舞台に異国の人々を集め、
箱庭の中に配置しなが役割を演じさせているのではないのか。

しかも、『村田エフェンディ滞土録』では箱庭は一つではない。
下宿の部屋に描かれた角をもった牡牛の神、日本からの来たお稲荷さん、
エジプトの市場から導かれた山犬の姿をしたアヌビス神。
そして壁に埋め込まれたサラマンドラ。
なんと、梨木さんは同じ下宿屋に、異教の神々まで同居させる。

さらには、国、政治という箱庭までも。

私たちは箱庭の中に置かれた人形であり、自らの手で人形を動かしながら物語を造り進めてゆく。
だが、俯瞰するとその箱庭は異界の神々や国や政治といった別の箱庭ともからみ合って、
私たち箱庭だけでの存在を許してはくれない。

梨木さんはテレンティウスの言葉を引用して言う。
「私は人間である。およそ人間に関わることで私に無縁なことは一つもない。」と。
そして、「ディスケ・ガウデーレ 楽しむことを学べ。」と。

**********

梨木香歩さんは怖い作家だと思う。
勝手な想像であるが、彼女は幼少の頃から自分の感性が廻りと同調しないことに気づき、
もどかしい違和感を感じ続けていたのではないだろうか?
そのために、自閉的、自衛的に廻りと距離をとるすべを得たのではないだろうか?

しかし、成長とともに否応なく社会的存在であることを求められると
その違和感を抱えたまま、どこかで折り合いをつけるすべも学ばなければならない。
いや、折り合いをつけた振りをすることを学んだのだ。
(彼女の場合、英国留学を機に距離感を学んだのかも知れない。)

結果として、より深く自分の中の異界、異能を見つめ抱えてゆくことになってしまう。

私が梨木香歩さんの作品の中に、結界や異能を読むのは、私のそれと触れるからでもあろう。
誰もがもっている結界。そしてかろうじて繋がろうとする意識。

箱庭の砂を指でなぞりながら、描かれた線と壁の向こうにどうやってつなげてゆくのかを
思い描くとき、私たちは壁の前で指を止めるのだろうか?
それとも、壁を千切り壊し、少しづつ砂を外にだすのだろうか。


村田エフェンディ滞土録 (角川文庫)村田エフェンディ滞土録 (角川文庫)
(2007/05)
梨木 香歩

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テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

コメント

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ディスケ・ガウデーレ

杣人さん、こんばんは。

『…滞土録』についてのご感想、なるほど…とうなづく思いながら拝読いたしました。
「箱庭」という言葉のおかげで、この本の、次第に世界の境界線が見えにくくなってゆく感じがでとてもリアルに思い浮かべられました。

私の場合は、ただ次第に引き込まれ、感動してしまうといった具合でした。
この本は、当時、読書感想文の課題図書になっていたので読んだのでした。
(杣人さんのような構造的な読みが出来るには、まだまだです。)

本の感想を交換するのって、私にはとてもとても楽しいです。
杣人さん、お忙しい中をおつきあい下さって、そしてさすがの読みをお聞かせ下さって、本当にありがとうございました!

追:ご存じかと思いましたが…『家守奇譚』登場人物が同じで、内容も少しだけつながっているんですよ。

読むを楽しむ

ここ様、こちらこそお礼申し上げます。
御紹介頂いたこと、コメントを頂いたこと、とても嬉しく存じます。

「箱庭」はまるで用意されていたかのように私の頭に浮かんできたのですが、
読み終わった今は、
下宿や街や神々の喧騒が「箱庭」の姿でそれぞれ一つ一つの銀河宇宙のように他の銀河と影響しあいながら
宇宙空間に浮かんでいる。そんなイメージも持っています。

ただ、今回の私の読み方は「箱庭療法」のイメージが強かったせいか、
作品のダイナミックな点をシャットアウトした感があります。
後半の政治的うねりに巻き込まれてゆくようなところは、もっと素直に読んだほうが良いのかもしれません。
私のちょっと偏屈な所です。

『家守奇譚』も読む予定でいます。こちらも楽しみですね。

有難うございました。

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