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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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『鈴蘭』

お元気ですか?

爽やかな朝。

昨日に続き、今日も朝3時に目が覚めた。睡眠時間3時間。
以前、軽い不眠症になったことがあった。といっても1時間か2時間眠ると目が覚めるのだから
不眠症と言えるのかどうか分からないが、一晩のうちにそんなのを3回くらい繰り返す。

目が覚めると布団の中でうだうだしているのは嫌なので、起きて自室の机に向かい、
PCをひらいたり、本を読んだりして眠たくなるのを待ち、布団に戻る。
無理に寝ようとも無理に起きようともしない。身体にまかせた。

ストレスも相当なものだったし、鬱病の初期段階かな?とも警戒したが、
無事やり過ごす事が出来た。
睡眠が不規則になると、精神的にも辛くなる。
睡眠を健康のバロメーターとしてコントロールする事が大事だろう。

昨日は、そのままビデオを見て起きていたので午前がちょっと辛かったが、
今日は射会があるので無理をしない。2時間ほど本を読んでから、また布団に入る。
ヨガのシャバ・アーサナの要領で呼吸をしていたら深い眠りに入り、2時間眠る事が出来た。
計5時間睡眠。
爽やかな朝である。

東直己の『鈴蘭』を読んだ。2010年に出た「畝原シリーズ」の最新である。
東さんはこの1年で急速に読み集めたが、残すところあと5冊ほど。
新刊の『半端者』もBook off に登録した。

東さんの作品は「畝原シリーズ」にしても「ススキノ探偵シリーズ」にしても
社会問題を織り込む傾向が強くなっていて、それがちょっと鼻につく感じもしないではない。
まぁ、同世代としては、少し先輩のお兄さんお姉さん方が安保や学園紛争に熱くなっていたのを
見て育ったわけだから、自分たちは社会にどう関わっていくことが出来るのだろうかという
ちょっともどかしく自責にも似た思いを背負っているのは十分にわかる。
社会の中の矛盾や不条理を見ると、その事に対するのと同時に傍観者である自分に対する憤懣と諦め。
そんなものに心を重たくする。

今回のテーマはゴミ屋敷問題。
畝原は動物愛護を騙る嶺崎を調査するが、彼は市の土地や私有地を勝手に使用し
捨てられた犬猫を集め飼育する一方、大量のゴミを拾い集めてきている。
同時に行方不明になった高校教師を探す畝原はホームレスを利用した貧困ビジネスに緒を見つける。

ホームレスを簡易宿泊所のような所に住まわせ、生活保護を搾取する貧困ビジネスと、
住宅地にいつの間にか出来たゴミ屋敷や犬猫の施設は時々ニュースで見る。
あぁまたかと思いながら、問題化するまで手は就けられず、
問題と知りながらも行政は腰が重い。


東京、新宿の都庁の隣に新宿中央公園がある。
古くは十二社(じゅうにそう)と言い、夜の顔を持つ土地柄でもあったが、
広大な浄水場の跡地に西新宿という町が出来上がる。
高層ビルが建ち、国内外の名の知れたホテルや有名企業の名を冠したビルが林立するが、
すぐ傍の新宿中央公園はホームレスの住むところでもあった。今は知らない。

私は、職場が近かったのでこの公園をよく抜けたが、
時々どうにも不愉快な思いをすることがあった。
ホームレスにではない。

彼らは、青いビニールシートやダンボールで住処をつくっては自分たちのテリトリーと
一定のスタイルをもって生活をしている。
収入を得るために出かけることもあるだろし、食料を集めに歩くこともある。
だから基本的に普通に公園を通るサラリーマンや近所の住民には接点がない。
あるとすれば、毎週水曜日に宗教団体が説教とともに散髪や食事を配給しているぐらいであろう。

ところが、その中央公園にはペットの犬をつれた主婦の自然発生的集まりがある。
日中であるから、男性の姿は少なく殆どが3、40代の女性で子供連れの場合もある。
綺麗に手入れをされた犬を連れ挨拶を交わしているすぐ傍にダンボールの家や
ビニールシートが広げられている。

この国は、どうゆう人達が住むところなのだろう。
過去や家族を捨てホームレスという生き方を選んだ人達のすぐ傍に、
ペットの散歩をし、挨拶や世間話を交わしている人達がいる。

どちらも一方だけならそう不思議の無い風景、人達である。
それが、都庁のすぐ横の新宿中央公園という空間で同時に存在している。
私には、ホームレスの人達より、ペットを連れた女性達の方が不思議な存在に思え、
納得のし難い気持ちの悪い思いをしていた。

もちろん、彼女達は自由であり、ルールを守りさえすれば公園でペットの散歩をすることに
何の問題も無い。
だが私なら、ホームレスの人達が暮す同じ場所でペットの散歩はしない。
彼らのテリトリーでペットの散歩をし糞尿の始末はしない。

彼女達は、自分とペットの楽しみのため、ホームレスの存在は気にならないのであろうか、
それとも気になる以前に全く無関心でいられるのだろうか?
私には、今以て分からないし不思議なことである。


『鈴蘭』にはもう一つ、線維筋痛症という病気の話題が出てくる。
血液検査でもCTでも分からず、原因も治療法も不明という病気であるが患者は痛みとともに
理解されないという苦しみも味わうことになる。
そして、家族は理解出来ない苦しみを知る。

理解してもらいたくても理解されないとき、理解したくても叶わない時。
私達は大きな苦痛と底知れない絶望を見る。
だが、理解されることも知らず、理解しようとすることも忘れた人達は無垢な罪人になるのだろうか。

東さんは『鈴蘭』でゴミ屋敷問題や貧困ビジネスを取り上げながら
何を言いたいのだろう。

鈴蘭の花言葉は純粋、純愛というのとともに“きっと帰ってくる”というのがあるそうだ。
ゴミ屋敷の空き地には鈴蘭と山吹が植えられている。
山吹の花言葉は“幸せが戻ってくる”なのだという。

私たちは何を無くし、何が戻ってきてくれることを待っているのだろうか。

鈴蘭鈴蘭
(2010/06)
東 直己

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追記)

東直己の作品には人間を見る目の優しさがある。
犯罪者や社会への適合性を失った者たちを書きながらもその優しさを感じられるから
読んでいてどこか救われる。
『鈴蘭』。アスタリスクで区切って場面転換をしたり、
登場人物の行動の不透明なところがそのままになっていたり、作品としてはこれでいいの?と
思うところが無いわけではない。
馴染みの登場人物はづい分歳をとってきているから、ストーリーにからんだ動きも少ない。
東直己ファンとしては、大学生になった畝原の二人の娘の成長を見守るのが新たな楽しみ。
ちょっと嬉しい。

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テーマ : 読んだ本。
ジャンル : 本・雑誌

コメント

Secret

No title

60年ほど前 新宿駅西口から歩いて15分の所に住んでいました。浄水場の横を通るのですが、夜道は暗く、侘しい感じでした。西口を出ますと闇市が立ち並び、修理されたナイロンストッキングが風にはためき、今の新宿とは姿が全く違う世界でした。
処で東直己さんの作品は全く知りませんが、テントを張った人と、中央公園でのペット連れの女性方の姿の様子と杣人さまの心の様相は充分理解できます。
孫が近所の犬にかまれた時の飼い主の態度と、ペット仲間の女性方の庇い合いに驚かされました。
ペットの公園デビューと言う話も聞きます。飼い主はお互い「~ちゃんのママ」と呼び合うのです。
これをどう分析するかも一つのテーマ―になるかも知れませんね。心理学の論文にもなりそうです。
とに角不可解の日常現象が多すぎます。

相子様、有難うございます

相子様、難しい問題にコメントをいただき有難うございます。
ペットという存在は、単に生き物を愛し可愛がる気持ちだけではありません。
飼手である人間に都合の良いように作られた生き物という一面があります。
品種改良はその良い例なのですが、それだけに、飼い主とペットの関係というのは
おっしゃるとおり心理学的考察の成り立つものです。

自分の子供にしても、ペットにしても「公園デェビュー」というのは大変な儀式のようですね。
そうゆう母親・飼い主のテリトリーを守るためには自分たちと違う世界の人達を排除してしまう
心理が働くのでしょう。
恐ろしいことです。

仏教では中庸という言葉を使いますが、自分を含め一定の距離をもちながら
確りと事象をみつめおたがいの距離を測る事が出来る。
これが大人への第一歩だと思うのです。

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