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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
Nuages・・・雲のようにふんわりとしています

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映画の思い出

お元気ですか?

湯のみ茶碗とともに、母と暮らした色々な事が思い出されます。
洋裁が得意で何時も縫い物をしていた事。
(そのせいか、私自身針を持つのが好きです)
料理が好きでNHKのテキストを見たりしなが新しい料理にチャレンジ。
(お手伝いは缶詰を開けるのをはじめ、お米もよく磨いでいました)
身体が弱く、自己管理が徹底しています。
(いつももしもの時には誰に連絡するのかなんて心の隅においていました)

そして、映画。
母は映画が好きでした。

私が子供の頃、函館の町には映画館が沢山ありました。
東映、大映、スカラ座・・・
北の玄関と言われ、北洋漁業の基地となっていた頃です。
町には海で働く男たちの娯楽の施設が必要だったのでしょう。

昔の映画館はちょっとした舞台劇場を兼ねています。
銀幕を上げれば奥行きのある舞台が用意されていますし、
客席の両サイドにはオペラ座のような桟敷席のある映画館もありました。

母の父親(私の祖父ですね)は、若いころそんな劇場でバイオリンを弾いたと言いますから、
音楽や絵画への興味は祖父の血なのかもしれません。

母は20代の頃、家の近くにあった聾唖学校に勤めていました。
寄宿生のお世話をするような仕事だったそうですが、生徒達から先生と慕われます。
当時は盲学校も一緒にあったはず。
その寄宿生に母は休みの日に見てきた映画の話をするのだそうです。
「赤い靴」なんかを箒をもって振りをつけながら話すと生徒たちが喜んで、
「先生またあの話して」とせがんだと言います。

私の家にはその頃の生徒さんが遊びに来たりしていましたし、
私も母に連れられて聾学校に行き、校長先生のお宅でお菓子を頂いたりもしています。
とても大切な私の思い出なので、このお話もいずれまた。

その映画好きの母。
小学生の私を連れて時々映画を観にいきます。
「リア王」「ローマの休日」は母と一緒に行っています。
「リア王」は誰の映画なのか覚えていないのですが、そのうちに調べることになるでしょう。
(グリゴリー・コージンツェフ監督、ユーリー・ヤルヴェト主演による1971年のソ連映画かな?)

当時映画は二本立てでした。
斜陽貴族の娘とフランスに侵攻してきたドイツ人将校の悲恋を描いた「別れの朝」や、
(音楽が記憶から蘇ってきたのですが、フランシス・レイだったのですね)
寄宿学校での男子生徒同士の情を描いた映画。タイトル思い出せませんが、引き裂かれた生徒が
鉄橋を走る汽車から飛び降り自殺するラストが鮮明です。
そんなちょっとオマセな映画も一緒に見ます。
そうそう、官能的なラクエル・ウェルチが出ていた「恐竜百万年」も母と一緒でした。
でも、これは確か小学校から割引チケットを貰っていったんだと思います。
先生方は内容を知っていたのでしょうかね?名作ですけど。

母は映画を一緒に見ても、映画の話を一緒にすることはありません。
お互いそれぞれの思いを胸におさめて楽しむばかりです。

一度、失敗した事があります。
今は無い北海道拓殖銀行のホールへベートーベンの伝記映画を見に行った時の事です。
普段は映画館の中でお菓子を食べるということは一切無かったのですが、
その時に限り、平たい飴に棒のついたものを一つ私に持たせてくれました。
母なりに私が飽きるかも知れないと心配したのかもしれません。
CDの大きさぐらいの赤や青の渦巻きが描かれた砂糖甘い飴です。

映画が始まってからゴソゴソしたのでは顰蹙ですから始まる前にセロファンの包を開け、
しばらく手に持っていましたが、すこしづつ私は舐めはじめます。
ちょっと砂糖の甘さがきつくて私の好みの味ではありません。
でも、一度舐め始めたら途中で止めるわけにもいきません。
しかも、不幸なことに表面が溶け出してくるではありませんか。
垂れ始める飴が手や床に落ちないように私は必死になって舐めなければいけなくなったのです。
映画はベートーベン。重厚な空気が画面に広がっていますが、
私の口と手はそれどころではないのです。

舐めるのもここまでと思った私は、こらえきれず、一部をガチッって噛じり割り
溶け出す部分を口の中に収め、それでも余る三日月型の飴をティシュにくるんで諦めたのでした。

映画を見終わってホールを出た私に、母は一言。
「せっかくの映画の最中にバリって割る音は良くないね。」
飴を持たせたのは母なのに・・・と心の中で思いながら、私は映画館ではものを食べるものではない
と学んだのです。甘いけれど苦い失敗。
このベートーベンの映画もそのうちに見つけて、
今度は家でなんの気兼ねも無く珈琲でも飲みながら再度挑戦してみましょう。

母と映画を観に行ったのは小学校4年生までだったと思います。
この4年生という年は私にとってとても重要な年だったのですが、それはまた別の話。

母と見た映画の話も最後です。
今回ご紹介した映画はどれも素晴らしい映画ばかりで、私は母に感謝しているのですが
とりわけ私の記憶に残った映画。
それは、「エデンの東」です。

アン王女が目を輝かせながら「ローマ!ローマです!!」と言うなら、
私は同じような目をして、「エデンの東です」と言うでしょう。

カインとアベルに題材を取ったジョン・スタインベック原作の映画。
父親の愛情を渇望するジェームズ・ディーンの姿は小学生の私にも胸に迫るものがありました。
熱くなった頭を肩にのせ、私は母と一緒に電車に乗って家に帰ります。

電車から降り、二人並んだり前後になりながら歩いて帰る道すがら。
母は小さく独り言のように言います。
「父親と見る映画だね。」 と。

父は家族と離れ単身赴任で仕事をしています。叶う事ではありません。
でも、母のその言葉で「エデンの東」は私にとってキャル(ジェームズ・ディーン)の立場と同時に
敬謙で不器用な父親アダムの立場でも考える必要のある映画になっていくのです。
善人であろうとするが故の罪。愛情を求める事の苦しみ。

子供の頃に見た映画は私にとっての一生の財産になりました。
そのきっかけを作ってくれたのは映画好きだった母です。感謝しています。
そして、思うのです。
いい映画というのはどんなに幼くても子供の時に見ておくべきだと。
私のようにちょっとオマセなガキになる危険性はあるかもしれませんが、
余りある宝物がそこには必ず待ってます。
まぁ、私が証人ではちょっと心もとないですけど。

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