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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
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日本海

お元気ですか?

先日来父と新潟に行く話をしていました。
昨年の9月に亡くなった伯父の墓参りに行きたい父。
自身体調がすぐれず葬儀に参加できなかったのが心に残っているのです。
「3月に横浜に出る用があるからその後一緒に行こう。」と私を誘っていましたが、
その時、一緒に話に出て来たのが「日本海が無くなるから・・・」というものでした。

青森-大阪を結ぶ寝台車。
運転開始は1947年7月で1950年に日本海と命名されているそうです。
父が終戦後シベリア抑留を経て糸魚川に戻り、北海道に新しい生活を開拓すべく乗った列車です。
故郷と自分とを繋ぐ列車だったのでしょう。
帰省の思い出のいくつかを何度となく聞かされたのを覺えています。

3月の計画は実現出来ず、父の日本海とのラストランはかないませんでしたが、
どんな思いで父はニュースを見たことでしょう。

宮脇俊三さんを引き合いに出すのはおこがましいのですが、国会議員だったお父様が出張する姿と鞄に入れられた時刻表が彼の列車好きの原点と書かれています。
私も同様に父の持ち歩く小さな時刻表をめくりながら鉄道地図に列車の音を聞きました。
鉄道マニアでも時刻表マニアでもありませんが、時刻表をめくれば頭の中で何処へでもいけます。

父が帰郷の際に日本海を利用したのと同様、私も何回この列車に一人で乗ったことでしょう。
中学、高校生の頃から特段の理由もないのに連絡船と日本海を乗り継いで父の故郷糸魚川に向かいます。
一人旅は私を背伸びした大人に変えますが、旅先で私は無口です。あまり同席の人と話した事はありませんし、まして三四郎のような出会いもありません。
時々夜のホームに立つ人を眺め、それに飽きると寝台車の蒸し暑いスチームとコールタールの匂いを枕にしてさっさと寝てしまうのです。

糸魚川で降りる客は極わずか。車掌さんが起こしに来てくれるほです。
まだ4時半か5時頃停車した列車から降りるとホームを渡り改札を抜けます。
早朝の静けさの邪魔をしないよう、息を殺したように実家までを歩きますが、畠仕事に出る伯父が起きだしてくるのにもまだ時間があります。
荷物を玄関先に置き、庭つたいに広がる浜に出てそのまま浜で一寝するか、海に入ってひと泳ぎです。

そうこうしていると、家が起きだした気配を感じますので「おはようございます。また来ちゃいました。」と。



故郷糸魚川の話をする時はまるで自分と同じ知識を持っているかのように私に話をする父。
私が糸魚川にいる間に1~2回は電話をかけてきた父。
父は私が日本海に乗るのをどういう思いで見ていたのでしょう。

父も私も何回も乗った日本海ですが、一緒に乗ったのは1回ぐらいしか無いのです。



おまけ)

17日からのダイヤ改正によって日本海の定期運行がなくなりました。
TVのニュースではホームにあふれる人や日本海と人生を重ねた思い出のインタヴューが流れています。
土曜日、まだあるならと本屋さんを覗いてみましたが、時刻表はすでに新しいものが並んでいます。
そのうちに古い時刻表を探して日本海の旅をしてみましょう。
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