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杣人・somabito

Author:杣人・somabito
Nuages・・・雲のようにふんわりとしています

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クリスマス・イブに

お元気ですか?

今日はクリスマス・イブ。といっても我が家では子供のはしゃぐ声もプレゼントの交換もありません。朝のテレビではクリスマスを一人で過ごす人のことをクリぼっちと言い、最近はそうゆう人が増えていてケーキ屋さんや飲食店でもクリぼっちさんをターゲットにした商売があるのだそうです。私が二十代の頃はまだ景気がよくバブルと言われる時代でしたから間違ってレストランに行こうものならカップルですし詰めのお店で食事をさせられたものです。そんな失敗を体験した私たちはクリスマスシーズンは決してレストランにはいきません。仕事が忙しくて家で食事を作るもの億劫で寿司屋さんにいった事もありますが、忘年会なんかが入っていると馴染みの寿司屋さんもいつもとは空気が違うのであまり楽しめません。そんなこともありこの時期はすっかり家で過ごすことが多くなっています。

パートナーさんは子供の頃に家族で食べるチキンが印象に残っていて、私とのクリスマスにもチキンを食べることをお決まりにしています。何かの都合で買うことが出来なかったときなどは何軒もはしごしてようやく用意したこともあったくらい。
決して高級なチキンである必要はないのですが、やっぱり食べなければ収まらないようです。そういう訳で今では家でローストチキンを作ります。今日もレシピをもとにソースを作り漬けこんでおきました。夕ご飯はローストチキン、ムール貝のワイン蒸、サラダとチーズ、そしてフランスパン。シンプルで質素ですがそれぞれに思い入れのある料理です。

そして今日のもう一つのメインはワインです。
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ルイ・ジャドーのCHABLIS FOURCHAUME の1996年。20年もののワインです。このワイン実は東京でマンションを買ったことを記念して買ったワインでいままで飲まずに持っていました。今年新たに家を建てることになったこともあり飲むことにしたのです。
決して望ましい状態で保管出来ていたわけではないので少々心配でした。ソムリエナイフを刺してみるとコルクもぼそぼそと崩れてしまいました。
でも一口口に含んでみるとなんということでしょう。琥珀色の液体がすーっと口の中に広がります。枯れてはいますがお酢のような酸味はなくしっかりとワインの力をもっています。良いものは枯れても一級なのです。

私たちの静かなクリスマス・イブ。素敵なワインのおかげで思い出深いものとなりました。
皆さんはいかがお楽しみでしょうか。


そうだ 奈良に行こう!

お元気ですか?

すっかり当地も秋めいて朝夕はかなり肌寒いときもあります。パートナーさんは衣替えをして楽しそう。
秋は行楽の季節でもあります。パートナーさんがキトラ古墳の公開に応募したので、朝早く起きて車を走らせます。
四時間ほど走ってまずは橿原神宮を訪問しましょう。

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『日本書記』によって日本建国の地と記され第一代神武天皇をお祀りしている橿原神宮は澄み渡った空の下とても静かな空気をたたえていました。実は橿原神宮は戦後GHQによって日本の武道が禁止された4年をへて1947年に全日本弓道連盟が誕生した場所です。事情があり翌年いったん解散するのですが、弓道にかかわる者にとっては重要な神社と言えます。そうゆうこともあり一度行ってみたかったのです。
近くには弓道場もあり高校生が練習をしていました。

橿原神宮を楽しんだ私たちはキトラ古墳に向かいます。以前高松塚古墳や石舞台古墳周辺を堪能したことがありますが、今回はキトラ古墳の壁画を公開するというのでパートナーさんが申し込んだのです。駐車場に車を停め地図を頼りにキトラ古墳壁画体験館という建物に歩いていきますが、途中農業体験などをする施設もあり600mほど歩いていかなければなりません。
建物に着き少し早く来た事伝えると早いグループに変更してくれました。施設には壁画のあった場所や発掘当時の話がパネルとミニシアターで紹介されています。実物の公開ということで多くの方が訪れています。中には韓国の学生さんもいて古代の交流が現代につながっていることを思い様々な考えが沸いてきます。
今回公開しているのは朱雀と白虎、そして天体図です。二十人ほどのグループで展示室に案内され入るとドアが閉められ三つに分かれた壁画を自由に見学します。10分ほど見ると係りの方がドアを開けて外に出されます。

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住民の自分たちの所にも似たような古墳があるよという声から調査が始まったキトラ古墳。キトラというおよそ日本語らしからぬ呼び名も言い伝えられていたということですが、研究者の方のみならず私たちのような素人でもわくわくする発掘です。

十分にキトラ古墳を堪能した私たち、朝早く家を出てきましたので、お腹がすいています。
前回奈良に来た時に三輪そうめんの工場があるのを知り、あっそうなんだと気が付いた次第。次回は是非三輪そうめんの工場とか訪問出来たらと思っていました。今回工場見学は時間がありませんでしたがお昼ご飯は三輪そうめんと決めてきました。

そこでパートナーさんが選んでくれた店が、池利三輪素麺千寿亭というお店です。
入口は込み合っていましたが、素麺だからお客さんの流れは速いだろうと思って名前を書くと十分もしないうちに席に案内されました。

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左はパートナーさんが頼んだ大阪樟蔭女子大学とコラボして生まれた「樟利セット」という料理。冷たい素麺と温かい担々麺、粽がセットになっています。右の私のは五色セットでかぼちゃ、トマト、ゴボウ、ほうれん草、梅と色々な味が楽しめボリュームもあります。

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パートナーさんのセットにはアイスもついていて、想像した通り素麺の素揚げが衣をまとっていました。

本場の素麺を堪能した私たち。お土産もここで購入し次の目的地法隆寺に向かいます。
そのお話しは次回また。

では。

『強父論』阿川佐和子

お元気ですか?

先日テレビのチャンネルを回していたら(この言い方昭和世代ですね)『徹子の部屋』に阿川佐和子氏が出演していた。おやと思いチャンネルを止め見始めると、案の定お父上阿川弘之氏の話題をしだした。阿川氏は志賀直哉の弟子で海軍提督を主題とした三部作や鉄道を中心とした旅行記、そして若いころの青春文学など幅広い活動をした作家だった。
私は父に初めてそして唯一連れられて見た映画『山本五十六』が記憶に強く残り、その原作者が阿川氏だったことから阿川氏の作品を読み始めるのだが、青春文学などはすでに絶版になっていてづいぶん時間をかけて古本屋で集めたものだった。

お嬢さんである阿川佐和子氏がテレビの仕事で知られるようになると、阿川弘之氏のエッセイなどから漏れ見えてくる姿と重ねて親しみをもったもので、当然彼女がエッセイを書きだすと何冊かは買って読んだ。しかし彼女の出ているテレビを見ていたわけでもないし本も最初の頃のことで、『聞く力』という本が評判がよいと聞いても読もうとも思わなかった。

しかし、『徹子の部屋』で阿川佐和子氏はお父上の禁を破って父親の事を書いたという。『強父論』がその本だ。私は久しぶりに書店で買って読みたいと思った。晩年阿川弘之氏は筆をおいたからしばらく新しいものが読めなかった。これは仕方がない。だが『山本五十六』から始まって全ての文庫本、晩年の新刊本を読んできた私としては阿川佐和子氏の本というよりも阿川弘之氏への敬意と追悼の思いで最後の本として買わなければいけない、古本屋に並ぶのを待つようなことはしてはいけないと思った。

阿川弘之氏が亡くなったのは昨年の八月三日、テレビのニュースで知ったのは四日の事だった。ちょうど私は七月三十日に亡くなった父の葬儀を終えパートナーさんと一緒に様々な事務処理にとりかかろうとしているところだった。
阿川氏の亡くなったニュースを聞き、まず心に浮かんだのは同じ年しかもこんなに近い日に亡くなったということへの勝手な縁を思う気持ちとお礼だった。先に書いたように私が阿川弘之氏を読むきっかけは父にある。その父と阿川氏が近い日に亡くなっていることで私はこれからも二人の事、父に連れられて映画『山本五十六』を見た日の事を必ず思いだす。そうゆう縁を思った。

『強父論』を読みながら悲しく思ったり辛く感じる内容ではあるが、阿川弘之氏が老人病棟のベッドにほぼ寝たきりでありながら食べることには意欲を持っていたことやリハビリには素直に懸命な努力をしていた事は私の父と重なる。私も父の病床に何かしらの食材、黒豆の煮たのや柔らかく作った卵焼きなどを持っていった。母が骨折して入院した時は医者である伯父のアドバイスもありしばらく事実を伏せて父を見舞った。父は一時帰宅するときは美味しいものを食べるのを心底希望し私が「そんなに食べられないよ」と言うと本気で怒りだす始末だった。そして何日も前から帰宅するときに着る背広を選ぶのだった。
頭の働きのしっかりした老人は自分の本性に素直なのだろう。阿川弘之氏と父を比べる訳でもないが、同じように老人病棟で暮らしリハビリをし、妻や子供の世話になりながら自分の我儘を貫く。二人とも幸せな人生だったと思う。


『強父論』を読んでいる間に私は耳かきを買った。竹の耳かきやクジラの骨の耳かきは持っているが、今回買ったのはらせん状になった耳かき。阿川佐和子氏がまだ中学生の時に父弘之氏へのプレゼントに買った耳かき、それと同じ品ではないが同様のらせん状の耳かきだ。耳かきは机の上に置かれたペン立てにあり、父の写真と並んでいる。
そして私は阿川弘之氏が訳したポール・セローの『鉄道大バザール』を今日から読み出した。

『声』アナールデュル・インドリダソン

お元気ですか?

また台風が沖縄・九州地方を北上し明日には本州を西からなぞるように通過してゆくみたいです。数十年に一度という表現の大規模暴風雨を連れて移動する台風に私たちはどうしたらいいのでしょうか。先日の北陸や北海道に大被害を与えた台風のように、経験の薄い地域では防災として何をしていいかもわからないのではないでしょうか。どうぞ皆様お気を付けください。

いつもお世話になっている「探偵小説三昧」のsugata様、ここしばらくはご推薦の本を見ながらも私の読書モードが低下していたこともあり読むことが出来ないでおりました。しかし、先日アナールデュル・インドリダソンの『声』という作品を紹介しているのを拝見し、これはすぐ図書館に予約。実はタイトルに惹かれたからなのです。
『声』というタイトルでまず私の頭に浮かんだのはプーランクのオペラ『声』でした。フランス語のタイトルではLa Voix Humaine.『人間の声』となるこのオペラはジャンコクトーの原作にプーランクが曲をつけたもので、女性が一人受話器を持ちながら間違い電話や混線にいらいらしていると別れた恋人から電話がかかってきて・・・女性は次第に錯乱してゆきます。ちょっと怖い一人オペラなのですが、それだけに圧倒的な迫力で聞く人をひきつけます。

さて、sugata様の解説を読むとアイスランドのレイキャビックが舞台。最近スウェーデンやフィンランド、ノルウェーといった北欧の作品が紹介されるようになったとはいえ、アイスランドとはまた激しく寒いところです。しかも孤島ですから殺人事件があったとしても犯人は逃亡なんかできません。人間の生活圏も限られていますから尚更のことです。とすると犯人は人に紛れているのでしょうか。

主人公はレイキャビック警察の捜査官エーレンデュル、先に『湿地』『緑衣の女』があり本作がシリーズ三作目なのだそうですが、先の二冊を読んでいなくても全く問題なく『声』を楽しむことが出来るのは作者のうまさでしょう。

事件はレイキャビックのホテルの地下、クリスマスイベントを控えドアマンのグドロイグルがサンタクロースの衣装のまま殺害されています。捜査にあたるエーレンデュルはホテルの従業員に聞き取りを開始しますが、誰もがグドロイグルの事をよく知らないと言い犯人どころか被害者の実像もつかめないでいます。かろうじてイギリスからきたレコードの蒐集家ワプショットからグドロイグルが子供の頃美しい声の歌手であったことを聞き出します。しかしホテルの従業員同様ワプショットも多くを語らないばかりか何かを隠している様子。そんな霧の中の手探りの捜査が少しづつ進んでいきます。

派手なシーンは無く、被害者の周辺の聞き取りが主な柱となって物語は進んでいきます。主人公エーレンデュルの過去の重荷や娘との関係が織り込まれながら重たい空気が物語を覆いますが、だからと言って暗く陰湿なものは感じません。たしかに社会問題を意識させ社会病質的な雰囲気を作品は描いていますが、どこか救いの匂いがします。

久しぶりのsugata様ご推奨の『声』。十分に楽しむことができました。アイスランドも行ってみたいですね。


それにしても小児性愛やLGBTといった事を背景にした犯罪ドラマが多いのが気になる。小説やテレビドラマが作者の創造のものであると同時に少なからず時代の反映であると考えるからだ。


おまけ)

この『声』の体裁について一言言い添えておこう。私が読んだ本は四六判縦組みだった。本文は明朝体で印刷されている。ところが読む進むとところどころ回想の部分がありその部分が斜体文字で組まれている。きっと原書も何か字体を替えているのだろうと推測する。訳本を編集するときにその部分を斜体にしようと決めたのだ。しかし斜体という文字は本来欧文文字の字体であり左から右に読む文字だから使うことが可能になる字体だと思う。ポスターなどならいざしらず、日本語の文章のしかも縦組みの版で斜体を使うのは間違いだ。実際その部分は非常に読みにくい。
今回の『声』に限らず最近の出版物には字体をいじりすぎる傾向があるように思う。ゴシック文字の多用も目に余るがコンピューターで文字が作られ組版が出来るようになったのも一つの原因である。昔なら植字工さんに怒られたものだ。
『声』に関しては次に改版があるとしたら、もしくは文庫本化の時に一考を願いたい。

『わが母の記』

お元気ですか?

今日は夜のうちから降り出した雨が一日続く模様。昨日道場で充実した練習をしたのでのんびりと過ごす予定だ。その第一歩として4時から映画を見た。映画『わが母の記』、井上靖の自伝的小説で幼少期母親と離れて暮らした少年が長年親に持ち続けてきた感情と老いて認知症が進む母親との関係が描かれている。
映画は井上家の協力のもと撮影が進められ井上靖の自宅や伊豆の風景をふんだんに取り入れていて、さながら監督原田眞人と井上家の人々の共同作業による井上靖へのオマージュのようだ。

実は井上靖の映画とは知らずに見始めた。南果歩や宮崎あおいといった私の好きな女優が出演しているのを知り見たのだが、とても深い映画だった。
幼少期、母親と離れ曾祖父の妾であった女性と離れの蔵で暮らした経験を持つ主人公は老いた母親にもある距離感を持って接している。それは自分の家族に対しても愛情表現の不器用さに現れ時には独善的で過干渉な姿となって現れたりもする。そんな父親を見つめる三女の姿は分析的で物語の語り部でもある。時にはぶつかることもある父親(主人公)と三女であるが、家族愛と理解に裏打ちされているので見ている方としてはそこに不安はない。昭和の時代の家族の姿が丁寧に描かれている。

認知症になり徘徊をする老母に捨てられたと思っている主人公であるが、自分への母の愛情に気づかされることもあり葛藤を超えて家族の愛情があることを知る。

井上靖は中学生の頃に『しろばんば』『夏草冬涛』を読んだ。高校生になって文学作品の読み方はこれでいいのだろうかと自分の本の読み方に不安を覚えていたときに、『天平の甍』を読みその後で井上靖が解説しているのを読んで自分の本の読み方が方向違いでないことを知り安心した。そうゆう意味では井上靖は私の恩人である。
あまり熱心なファンという訳ではないが、旭川の井上靖記念館や三島の井上靖文学館などを訪ねてみたい。

ではまた。

テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

杣人のNuages

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